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母の日

 明日は母の日。妻が話すのを聞いてふと自分の母のことを思った。
 私が子どもの頃は母の日はなかった。青年時代にはもうあったのだろうか?いずれにしても、母に花束を上げたことはない。思えば親不孝な息子だった。今になって花束のプレゼントをしたいと思っても、米寿に近い老人の母がまだ生きているはずもない。だが、何かしたいと思って古い母の写真の机上においてみた。
 私の記憶に残る母は小学校に2年までしか行ってっいなかったが賢母だった。9人の子を育て上げた。繭から糸を紡ぎ、機織りで着物を織って、仕立ててくれた。早朝から家族の食事の支度をし、昼間は父と畑で働き、少し早めに家に戻ると、また家族の食事の支度をする毎日だった。ご飯も粗朶や松葉を燃やしてを炊いていた時代だ。それだけでもどんなに苦労だっただろうか。夜は裸電球の下で繕い物の夜なべをしていた。
 思い出せば書くことはたくさんある。しかし、それはいつか別の時にして、明日は人生の終わりにせめてもの親孝行をするために、机上の写真と共に過ごそうと思う。私に生を与え、生き方の元を備えてくれた母に心からの感謝をあらわし、それを心の花束として贈りたい。親に迷惑や心配ばかりかけていた息子だったが、今はわが子だけでなく、多くの人たちと子ども達の心配をし、世話ができるようになりました。そして、まだ生きていますよ、と報告するために。

 生みの母は一人だけだが、私には育ての母みたいな人が少なくとも二人いる。一人はイエス・キリスト様の福音を教えてくれた元シスター・Gさんだ。いわば私を父なる神の子として霊的に生まれさせ、育ててくれた大恩人だ。人は洗礼によってキリスト教的に新たに生まれる時、赤子とは違って自分の意志で、自分で決心して生まれる。しかし、一人で育つことはできない。霊的にも多くの人のおかげで育つ。その中で最も育ててくれたのは元シスターGさんだった。だから、彼女は私にとって霊的な育ての親なのだ。
 もう人は大学生時代と留学生時代に学資を出してくれたカナダ人のOさんだ。彼女たちにも母の日に感謝したい。恩を忘れないことがおそらく彼女たちへの一番の恩返しだと思う。彼女は13人の子持ちだったが、夫が死んだ後葬儀屋を始め、女で一つで子どもを育て上げた。そして、まだ余力があったので私の学資を援助してくれて、会いに行ったとき、私を14番目の子どもだと言ってくれた。だから、彼女は私の知的成長にとって育ての親なのだ。育ての母みたいだったこの二人にも感謝の心の花束を捧げよう。

 母と言えば、けっして忘れてはいけないもう一人の母がいる。最高の母だ。それはマリア様。マリア様は聖母として、主を信じるすべての者の母である。だから、私だけの母ではない。だが、私の母ではあることも確かだ。聖母マリア様は地上における生みの母でも育ての母でもない。神の国における母である。だから、すべての母たちの母でもあるのだ。聖母には毎日祈るが、母の日には天の母としての聖母に感謝の祈りをささげよう。

 そして、最後にもう一人の母を加えよう。私の子ども達にとってのかけがえのない、すばらし母だ。そのような母親を人生の伴侶として生きている私は、この恵みをどれほど感謝したらよいことだろうか。来年は金婚になる。息子ではないから花束は贈らないが、この母には健康と幸せを祈ってやまない。よい母の日を!

 

  
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プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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