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ご復活の宵と復活祭の宵

 今日、4月16日は2017年の復活祭であった。土曜日の復活徹夜祭に出るのはもう年齢的に無理だから、この数年は日中ミサに行っている。だが、今年はいつもより早く教会に行ったのに、何ともう満席だった。辛うじて丸椅子を見つけて座ったが、もっと後から来られた方々は1時間半立ちっぱなしだった。さぞ疲れたことだろう。後でナルテックスまで人がいっぱいだったと知って驚いた。クリスマスならわかるが、一般の人たちが復活祭にも関心を持つようになったのだろうか?信者でない方々もちらほらおられた。

 ミサの後ではK神父様の送別会を兼ねた復活祭パーティがあったが、そこでは教会が国際色豊かになったものだなぁと感じた。日本人がいるのは当たり前だが、私が話した相手にはセネガル人、ベトナム人、フィリピン人がいた。話さなかったが、中南米の人たち、アメリカ人もいた。こういう人々が争うのではなく、和気あいあいと一緒に過ごせるとは何といいことかと嬉しく思った。これもイエス・キリスト様が復活されたからこそ実現している信仰共同体の恵みだ。

 復活祭の典礼では一つ気付いたことがあった。ご復活の宵(註)と復活祭の宵の違いである。先週は聖週間だったが、日曜日は枝の主日兼受難の主日で、ミサ中はご受難の長い福音が読まれた。聖木曜日は主の最後の晩餐を記念した宵のミサがあり、聖金曜日には長い祈りと十字架の崇敬の祭式があった。聖土曜日は宵から復活の徹夜祭が荘厳に行われた。そして、今日、日中の復活祭ミサでは特別な続唱が歌われ、復活の朝を伝えるヨハネの福音書20.19が読まれた。要するに聖週間の典礼は、私たちが主のご受難と復活の朝までをよく思い起こしかつ追体験できるよう、非常によく用意されている。
 ところが、復活祭のミサが終ると、午後はもう何もない。普通の日になってしまうのだ。私自身もTVなどを見て、気持ちからはもうご復活が消えていた。だが、夕方ふと思ったのだ。かつて主が復活なさった当日は全く違っていたはずだ、と。弟子たちにとってその日は普通ではなかった。彼らはユダヤ人を怖れて家にこもっていたが、朝から「主イエスは生きておられる」と驚かされる知らせが入り、どうしたらいいのか動揺し迷っていた。そして、宵には戸が閉まっていたのに復活の主が出現なさったのだ。彼らは驚き、怖れ、疑うが、本当だとわかると怖れや疑いは大きな喜びに変わった。それは復活の朝に劣らぬ大事な信仰の契機の宵だった。
 ところが、復活祭の宵はそうではない。典礼は私たちが復活の朝の出来事まではよく追体験できるよう用意されているが、その後は急に何もなくなる。だから、復活祭の午後は世俗の普通に戻ってしまう。かつて起こった復活の宵の出来事を追体験する典礼がないからだ。世間で暮らす一般信者にはそれでもいいが、かつて私が経験した修道生活でもそれはなかった。典礼祭儀は、復活祭の朝までは主の受難と復活の実際と並行しているが、復活の午後以後の出来事は典礼祭儀には欠けているのだ。

 私が気付いたのはその点だ。主のご復活の宵と復活祭の宵とには違いがある、と。では、その欠けた所を補うにはどうしたらいいか?願わしいのはご復活の宵を追体験できる典礼祭儀があることだろう。でも、今はそれがないのだから、自分で工夫するしかない。例えば、復活祭の宵にはヨハネの福音書20.10-23とか、ルカの福音書24.1-49など、福音書の該当箇所を読むといいのではなかろうか。次の日曜日まで間が空くと気が抜けてしまうから、復活祭当日の宵に実践した方がいい。だから私はそうした。

(註)
 このブログでは、「夜」の代わりに「宵」と書いた。かつて日本の時刻表現では、「暮」が六つと六つ半、即ち午後6時頃から8時頃までを指し、酉の刻と言われ、「宵」(初更)が五つと五つ半、即ち午後8時ごろから10時ごろまでを指し、戌の刻と言われ、「夜」(二更)が四つと四つ半、即ち午後10時頃から12時ごろまでを指し、亥の刻と言われていた。これに照らせば、主が⒒使徒にお現れになったのは暮か宵のうちで、夜ではなかっただろうし、夜のミサも厳密に言えば宵のミサと呼ぶべきだろうと思ったからだ。
 ちなみに「暮れ六つ」とは日暮れの午後6時ごろを言い、「明け六つ」は朝の午前6時ごろを指す。また、夜間は「夜」(二更)、「真夜」(三更:12時~2時)、「夜」(四更:2時~4時)の三つに分けられ、「暁」(五更:4時~6時)がそれに続いた。「夜が更けた」とは、夜には二更、三更、四更があったから生まれた言い回しなのである。

 
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プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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