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受難の主日に想ったこと

 今日、4月9日の日曜日は、主イエス・キリスト様のご受難を想起する主日であった。福音はマタイによる福音書27章11-54節が4つの役割、すなわち✝(キリスト役)、C(語り手)、S(群衆役)、A(その他の登場人物役)によって朗読された。この章節は長いが、ぜひ前もって読んでおきたいと思い、昨日の土曜日のうちにギリシャ語原典とヘブライ語訳で読んでおいた。だからか、少し余裕があって、朗読中に気付いたり感じたりしたことがいくつかあった。そこで、思いついた順にそれらを書いておこうと思う。

<考察一> どの福音書もご受難は詳しく述べているのに、ご復活については短い。マタイの福音書でもそうだ。なぜだろうか?推測の域を出ないが、こう考えた。理由の一つは、初代の信者たちが主のご受難の真相を詳しく知りたいと、強く望んでいたからではなかろうか。もう一つの理由は、主の復活が人には追体験できる事実ではなく、説明すればわかる出来事でもなかったからであろう。
 人は誰も苦痛を体験しているから、ご受難はある程度追体験できる。しかし、ご復活はそうではなく、追体験ができない。イエス様がキリストであり救い主であると信じるには、復活はご受難以上に重要な信仰の大前提だ。しかし、それは聞けば聞くほどわかってくるご受難の真相とは違い、最終的には信じるしかない信仰の神秘に属する出来事だからだ。

<考察二> 「エリ、エリ、レマ サバクタニ」の叫びは、イエス様が実際に言われたまま残された数少ない言葉だ。ところで、それは何語か?ギリシャ語原典では正しく発音されているのか?その疑問についてだ。
 この叫びをヘブライ語訳で読んでカタカナ書きすると、「エル、エル、レマナ シャバクタニ」と訳されている。その対訳のアラマイ語では「エィル、エィル、レマナ シャバクタニ」とあり、非常によく似ている。ところで、この叫びが詩編22.2の引用であったことはわかっている。ところが、詩編のヘブライ語は「エリ、エリ、ラマ アザブタニ」で、前半は主の叫びと同じだが、後半は違う。後半の「サバクタニ」はアラマイ語の「シャバクタニ」とほとんど同じだ。
 してみると、もし主がヘブライ語で詩編22.2の一節を引用されたのなら、「エリ、エリ、ラマ アザブタニ」と叫ばれただろう。ところが、そうではなかった。もっとも、ヘブライ語の「捨てる」を意味する動詞は「アザブ」だけではない。「シャバック」もそうだ。しかし、イエス様は「アザブタニ」とは言われなかった。だとすると、主の叫びは実際にはアラマイ語だったのではないかと思われる。ちなみに「エル」(El)は「神」を意味し、「エリ」(Eli)は「私の神」の意味だ。"i"は英語の"my"に当たる。
 他方、ギリシャ語原典は叫びの発音を正しく反映しているかというと、やや不正確だと言わざるを得ない。ギリシャ語にはSaの音はあるが、Shaという音はない。日本語にLやVの音が欠落しているのと似ている。だから、本当は「シャバクタニ」なのだが、「サバクタニ」としか表記できなかったのだ。それは「ホサナ」でも同じで、ヘブライ語では「ホシャナ」と発音する。
 いずれにせよ、「エリ、エリ」の叫び声は迫真性があり、それだけで私にはこの受難の叙述が十分信ぴょう性があるように思われる。遠藤周作もどこかで、創作ではこのようには書けないと書いていた。

<考察三> マタイの福音書は何に焦点を当てて書かれているか、の問題を考えてみた。
 私が気付いて非常に驚いたのは、ご受難の記述はたいへん長いのに、十字架にはりつけにした場面は、「彼らはイエスを十字架につけると」と、ごく簡単にしか書かれていないことだった。対照的に兵士たちが服を分け合ったことなど、どうでもよい些事はこと細かに詳しく書かれている。普通の創作シナリオなら、おそらく十字架にはりつける瞬間は劇的なのでそこにこそ焦点を当て、刑吏の面々やら処刑の道具やら行動やらを含め、その苦痛と残酷な場面をもっと詳しく描くだろう。。
 ところが、福音書はそうしない。むしろ逆に、十字架の磔刑だったと言うのに、釘づけの様子を何一つ描いていないのだ。非常に不思議だ。では、それはいったい何を意味するのだろうか?私はこう思う。福音史家は人々の関心を主が十字架でいかに苦しまれたかよりも、むしろ主がいかに否定されたかに向けようとしたからではなかろうか、と。否定とは人々からも神からも無理解されず、無視され、拒絶され、見捨てられることであった。人を絶望させる最大の苦悩である。
 だから福音史家はまず主が人々に否定される場面に焦点を当てて、それを詳述した。それが裁判の場面であり、群衆が「十字架につけろ。十字架につけろ」と叫んだ怒号であり、大祭司や長老たちが十字架の下から、「神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ」と侮辱した場面などだ。主は人々の救いのために来られたのに、彼らから拒絶され、否定された。そして、父なる神にも否定された。少なくとも一時は見捨てられたかのような孤独に放置された。だから「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれたのだった。
 しかし、父なる神は御子を死者の中に放置されず、三日目に復活させられた。そこに救いの福音がある。主イエス様は神の子だったから、十字架から降りようと思えば降りることはできただろう。しかし、「今すぐ十字架から降りるがよい。そうすれば信じてやろう」という挑発に反応して、もしも降りて来てしまわれていたら、救いの業は成し遂げられていなかっただろうし、たとえ人々が十字架から降りた主への恐怖で信じても、そんな信は救いには無価値だっただろう。
 だが、主はそんなことはなさらなかった。なさるはずがなかった。父の御心を行なうため世に来られた方だったからだ。主は人々から否定され、神からも見捨てられた状態になっても十字架に留まり、試練に耐えられた。だから、聖パウロは「(主は)死、しかも十字架の死に至るまで従順でした」と教えた。そして、百人隊長たちは「本当に、この人は神の子だった」と言ったのだ。同感だ。ただし、彼らのように地震やいろいろの出来事を見たからではない。何度読んでも、私は福音書の迫真性に打たれるからだ。

<考察四> ピラトの裁判内容がどうしてわかったのか?それを自問自答する。
 どの福音書にもピラトがイエス様の裁判でどんな対応をとったかが書かれている。ユダヤ人の衆議所での裁きはイエス様に共感していた長老二コデモや議員のヨゼフがいたから、中で何かあったかは伝え聞けただろうと察しがつく。しかし、ピラトの裁判はローマ人でない者は入れなかった。そればかりか、ユダヤ人たちも入って穢れるのを嫌い、自分たちの方からピラトの官邸に入るのを拒否していた。ならば、どうしてピラト官邸で行われた裁判の一部始終や兵士が行った侮辱行為等が、主の弟子たちにわかったのだろうか? 私はこう推察する。ピラトの裁判の場には百人隊長や護衛の兵士たちもいた。彼らの中の誰かが後年教会内で語ったからであろう、と。
 総督ピラトは主イエス様がユダヤ人たちの妬みによって告訴されたことを見ぬき、できれば無罪放免しようと試みはした。しかし、暴動のおそれがありそうだと懸念すると、彼はそんな厄介には巻き込まれたくなかったので、妻の進言をいい口実にして手を洗い、「私はこの男の血に責任はない」と正義の擁護を放棄してしまった。彼は有能な政治家だったが、無責任男だった。
 それに対し、百人隊長や兵士たちは任務としてその場にいた。兵士たちはおそらく教養が低く、自分たちが誰に何をしているのかも考えず、主に茨の冠を被せたり、唾を吐きかけたり、葦の茎を持たせてバカにする挨拶をしたのだろう。また、貧しい家の出だったからか、イエス様の衣服をくじ引きしたりしたのだろう。しかし、彼らは悪人ではなかった。イエス様の言動に接するうち畏敬の念が湧き、侮辱したことや衣服を奪ったことなどを内心悔い始めた兵士もいただろう。
 他方、捕らえられ、裁かれ、死刑を宣告されても動じない主の言動に、百人隊長は早くから畏敬の念を覚えていただろう。だから、十字架の上で呪いどころか、天の父を信じ、自分を磔刑にした人々を赦し、壮絶だが従容と死を遂げたナザレトのイエスという人の死に立ち会ったとき、そして太陽が暗くなり地震が起こったのを経験したとき、「本当に、この人は神の子だった」と告白しないではいられなかったのだろう。兵士たちのある者もおそらく自分たちがした行為を悔いて胸を叩いたことだろう。
 しかし、事はそれで終わりではなかった。彼らは間もなく、十字架で死んだはずのイエスが復活したという噂を聞いただろう。ところで、彼らはエルサレムで勤務していたが、50日後の五旬祭にエルサレムでは聖霊降臨の出来事があり、人々は弟子たちのいた場所に駆けつけた。そして、別人のように変わった使徒ペトロの説教を聞いた。その結果、多くの人々が感動し、その日だけでも3千人の人が洗礼を受けた。あの百人隊長や後悔していた兵士たちもペトロの説教の場に居合わせたかどうかはわからない。あるいは使徒言行録10章に出てくる百人隊長コルネリウスは十字架の傍にいたあの百人隊長が、転勤でカイサリヤに赴任していたのかも知れない。
 それらは確かめようもなく、私の単なる想像の域を出ないが、彼らはその後どこかでキリストを信じる人々の群れに加わり、いわゆる初代キリスト者になったのではなかろうか。もしそうであったとすれば、外部者が入れなかったピラトの裁判で話されたり行われたりした一部始終が、なぜ教会にわかり、福音書で伝えられることができたのか、その納得がいく答えが得られる。信者となった彼らが教会の中で同信の人たちにそれを語って教えたからである。

<考察五> 今日の福音書の朗読では、役割S(群衆)が「十字架につけろ」と言う場面があった。群衆の役はミサに与る信者一同が担うのが慣例になっている。では、信者は嫌でもそう言わなくてはならないのか?これについては既に一度書いたが、もう一度それに自問自答してみた。そして、答えは今年も「私は『十字架につけろ』には同調しない。黙している」だった。
 なぜそう言いたくないのに同調しなければならないのか?きつい言い方かも知れないが、それはやらせととられても致し方ないのではなかろうか。もし本心ではないのに言うとしたら、良心に反することでもある。では、単なる演技?聖なる祭儀にそれは不謹慎だ。従って、こんな典礼の慣習はやめるべきだと私は思う。たぶんイエス様の裁判の場でも、「十字架につけろ」と叫ばなかった人たちがいたに違いない。少数派ではあったろうが、イエス様の告訴の行方が心配で群衆に混じっていたいたと思う。少なくともニコデモやヨゼフがいたら、同調しなかったはずだ。
 「十字架につけろ」と叫んだ人々も、本気でイエスに敵対していた人々と、大祭司や長老たちから買収されて叫んだ人々は気持ちが違っただろう。要するに、群衆は一様な人たちではなかったのだ。叫んだ人も叫ばなかった人もいた。もし聖週間の福音朗読がその再現を目指しているなら、「群衆役は『十字架につけろ』と言う役割」という決め方は当時の実情を反映していないと思う。だから、私は今年も「「十字架につけろ」の声には同調しないつもりでいる。

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プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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