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小さな事柄から -その2-

 小さな事柄から思いがけない発見に至るもう一つの例として、ルカによる福音書5.4-6の「奇跡の漁」を挙げたが、ここではそれについて一考してみよう。 
 この出来事は、イエス様の話を聞こうとして群衆がガリラヤ湖畔に集まった時に起こった。主はシモン・ペトロの持ち舟に乗って群衆に教えた後、舟を沖に出させ、「(あなたがたの)網をおろし、漁をしなさい」と言われた。シモンは「わたしたちは夜通し漁をしたが何も取れませんでした。しかし、お言葉ですから網をおろします」と答えて、網をおろした。すると、おびただしい魚が獲れたのだった。そこで、他の舟の仲間に合図して手を貸してもらい、2艘の舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうだった。ペトロはそれを見るとイエス様の足元にひれ伏し、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。すると、主は「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」と言われた。そこで、シモンはすべてを置いて主に従った。
 そういう出来事である。

 では、そのどこに例に挙げた「小さな事柄」があり、それがどんな思いがけない発見につながるのだろうか?その話の中にある「小さな事柄」とは、舟の中でシモン・ペトロが言った「わたしたち」という一語や複数形で表現された二三の動詞、つまり上掲の下線が引かれた語だ。そして、そこから見えてくる思いがけない発見とは、シモン・ペトロといっしょに兄弟のアンデレが働く情景である。記事は一言も彼には言及しない。だから人は舟の中にはイエス様とシモン・ペトロしかいなかったと思いがちで、アンデレの存在など思ってもみない。だが彼も舟にいたのだ。この考察でそれがわかるだろう。そして、その考察が奇跡の漁の情景を大きく変えることも。
 それを証明するのがアンダーラインした次の4語、すなわち、(1) 「(あなたがたの)網を」(ルカ5章 あなた方の網=vos filets)、(2)「おろして」(ルカ5章 網をおろせ=lâchez)、(3)「わたしたちは…何も取れませんでした」(ルカ5章 何も獲れなかった= nous n’avons rien prris)、(4)「合図して(ルカ5章 合図した=firent signe)」だ。それらに見られる「複数形」に鍵がある。従って、ここではそれらが「小さな事柄」に当たる。
 ところで、日本語は動詞の活用に単数、複数の区別がなく、英語もそれは不完全だ。だから、その舟にイエス様以外の人が複数いたかどうかは判然としない。しかし、福音書原典のギリシャ語だとそれははっきりわかる。それはラテン語、仏独スペイン語訳聖書などでも同じだ。だから、それらの言語で読むと、舟にはイエス様とペトロ以外にも人がいたことがわかるのだ。そこで下線を引いた言葉にはその証明をしやすくするため、それぞれに対応するギリシャ語とフランス語の言葉をつけた。

 さて、これら4語の(1)と(2)はイエス様の言葉で、(3)はシモン・ペトロの言葉、(4)はシモン・ペトロと他の誰か複数人の行為である。それらを原典のギリシャ語や諸訳語で見ると、イエス様はシモン・ペトロ一人にではなく、「あなたがた」と複数で話された。目の前に複数の話し相手がいる話し方だ。他方、シモン・ペトロはそれに答えて、「わたしは」ではなく「わたしたちは」と言っている。そして、合図という行動は複数の人がしたことになっている。
 それら個々の検証は煩わしいと思う人もいるだろうから後回しにして、単刀直入に核心に迫ろう。ここですぐわかることは、舟にはイエス様とシモン・ペトロだけでなく、少なくとももう一人の人Xがいたということである。その人のことは発言も行動も福音書では何一つ語られていないから、人はつい舟の上には主とシモン・ペトロだけしかいなかったように解釈してしまうがそうではなかったのだ。
 では、そのもう一人の人とは誰だったのだろうか?それがシモン・ペトロの漁に使う持ち舟であったことを考えれば、そのもう一人は仕事の相棒でもあったに違いないから、それが誰であったかはもう完全に絞り込める。それはシモン・ペトロの兄弟(おそらく弟)のアンデレだった。それ以外の人はいなかっただろう。つまり、その舟の上には主とシモン・ペトロとアンデレがいたのだ。
 それなのに福音書が彼の存在にまったく触れていないのは、おそらくその場面の主役が主とシモン・ペトロだったからではなかろうか。しかし、そのために多くの人は彼がそこにいたなどとは思ってもみない。だが、彼は確実にそこにいたのだ。仮にそれを認めないとなると、なぜ主が複数形でシモン・ペトロに網を入れるよう命じ、なぜ彼が「わたしたちは」と答えたのか説明がつかなくなる。その舟に彼がいたことは否定できない事実なのだ。
 では、彼はそこで何をしていたのだろうか?思うに、彼は余計な口出しはせず、兄シモンと共に主のお指図に従って、黙々と網を湖に投げ入れ、次は大漁で重くなった網を一生懸命に引き、とても自分たちだけでは手に負えないと思うや、他の舟にいた仲間に兄共々手を振って応援を求めた。そんな彼の様子と働きぶりを想像すると、私にはあの奇跡の漁の場面がより生き生きと瞼に思い浮かぶのだ。これが小さな事柄から見つかる大きな発見だ。

 だが、発見はそれだけではない。その時の彼は控えめだったから、誰にも注目されなかったかも知れないが、後日、奇跡の漁の一部始終を仲間たちに証言したのは彼だったと推測できからだ。そして、それは後に福音書によって全世界に伝えられられるに至った。この推測は単なる仮説ではなく、根拠のある真実だと私は確信している。なぜなら、この奇跡の漁の全貌は彼の証言なしには知られ得なかったと思うからだ。  
 考えてみればわかる。ある出来事の目撃証言は、その場にいた目撃当事者でなければできない。ところで、あの奇跡の漁では、目撃当事者は主とシモン・ペトロとアンデレしかいなかった。なぜなら、その出来事は湖の沖合で行われたから、陸地の人々には舟の上の人の動きが定かには見えず、主とシモン・ペトロが話した声も届かなかったはずだからだ。だから、その時の出来事の全貌を証言し得たのはその3人しかいなかった。 
 しかし、イエス様ご自身が事後にそのことを皆に話されたとは思えない。シモン・ペトロはおそらく話しただろう。だが、彼は会話の当事者だったから、自慢話と取られないよう控えめに話し、ある部分は話さなかったのではないかと思われる。しかし、アンデレは違った。彼はある意味で第三者的な立場だったから、人々にその時の全てを客観的に伝えることができたはずだからだ。
 彼は主と兄シモンの話をすぐそばで聞き、主から言われたことを直接実行した。従って、彼はその奇跡の漁を委細漏らさず証言できる最適任者だったのだ。彼は主の言葉を記憶し、なさったことをよく観察していた。そして、それを伝えることが自分の役目の一つだと理解し、人々に話しただろう。後年、福音を伝えに赴いた各地でも、おそらく彼は自分のとっておきの話の一つとして、いつもそれを話したのではなかろうか。私はそう想像する。
 そうだとすれば、彼は福音書の形成にも大いに貢献したことになる。いずれにせよ、一人称複数の主語といくつかの動詞の複数形という小さな事柄は、それをきっかけにして上記の発見ができた者にとっては、今まで持っていた奇跡の漁のイメージを大きく変える鍵穴となるに違いない。


付録
 さて、ここからは厳密であることを好む人々のために、「いくつかの複数の言葉はその舟にアンデレもいた」という証明を、個々の言葉ごとに論証して、付け足しておこうと思う。煩わしいと思われそうなので後回しにした部分だ。
(1)
 「(あなたがたの)網を」(ルカ5章 あなた方の網=vos filets)もイエス様の言葉だ。言語の構造が違うから、日本語訳聖書ではこの語が先に来ているが、原典等では「おろし」の方が先で、この語は後に来ることを心得ておこう。また、日本語訳では煩わしさをさけるためだろうか、「あなたがたの網を」の(あなたがたの)を省略して、「網を」としか訳していない。日本語ではそれでいいのだが、原典や西欧語訳では(あなたがたの)という所有形容詞がちゃんとついて「あなたがたの網を」となっている。これも心得ておこう。
 ところで、もしその舟にいたのがシモン・ペトロだけだったら、主は「あなたの網を」と言われたはずだ。しかし、実際は(あなたがたの)と言われている。それは相手が複数であり、その網の共有者であることをご存知だったからである。では、シモン・ペトロと網を共有していたのは誰であったかと言えば、それはアンドレ以外にはいなかった。
(2)
 「(網を)おろし」(ルカ5章 網をおろせ=lâchez)はイエス様のお言葉だ。主はシモン・ペトロに「舟を沖に漕ぎ出して」と言われた時は彼だけに相当する単数2人称でそう言われた。ところが、次に「網をおろし、漁をしなさい」と言われた時は複数で言われている。日本語訳は省略しているが、本来は「あなたがたは網をおろし」なのだ。ところで、イエス様は「あなたがた」と言われたが、それは相手が二人以上だったからに他ならない。もしシモン・ペトロだけが舟にいたのなら、そうは言われなかったはずだ。
 では、シモン・ペトロ以外に誰がその舟にいたのだろうか?それは兄弟のアンデレ以外には考えられないだろう。ヤコブとヨハネが兄弟で漁をしていたように、シモン・ペトロも兄弟のアンドレと漁をしていたと考えるのが一番妥当だ。舟の操舵は一人でもできるが、網は二人以上いないと扱いにくい。相棒が要る。だから、もともと舟には二人がいた。主はその二人に向かってそう言われたのだ。従って、舟にいたもう一人はアンドレだった。

(3)
 「わたしたちは…何も取れませんでした」(ルカ5章 何も獲れなかった= nous n’avons rien pris)と答えたのは、シモン・ペトロだ。この一句は日本語とは逆に、原典では「わたしたちは」という主語が書かれていない。ギリシャ語やラテン語では、人称主語は省略されることが多い。動詞が人称と数で活用されるから、活用の形を見れば主語が必然的にわかるからだ。ところで、ここでの場合、ギリシャ語のルカ5章 何も獲れなかった elabomenは、この一語だけなら「わたしたちは獲りました」の意味だ。しかし、それに否定詞ルカ5章 ouden(何も)が来ると、「わたしたちは何も獲れませんでした」の意味になる。
 ところで、シモン・ペトロは「わたしたち」と言ったが、それは他の人がいたからで、彼はそれを代表してそう言ったのだ。そして、彼がその舟で「わたしたち」と言えたのは、兄弟でもあり漁の相棒でもあったアンドレ以外にはいなかった。よって、舟にいたのはアンデレであった。
(4)
 「合図して(ルカ5章 合図した=firent signe)」は、シモン・ペトロとアンドレの二人の行動だ。日本語や英語では二人のうちの一人が合図したのか、二人が一緒に合図したのかはわからない。しかし、原典ではκατενευσανは動詞κατανευωの能動態アオリスト形3人称複数だから、二人が合図したことがはっきりわかる。同じようにフランス語訳も動詞faireの能動態単純過去形3人称複数でfirentと表現している。
 ところで、イエス様がシモン・ペトロたちの仲間に手を貸してくれと合図するはずはなかったので、合図したのは主以外の複数の人だったことになる。では、それは誰だったかと言えば、消去法によってシモン・ペトロとアンデレ兄弟であったことがわかる。ところで、シモン・ペトロの存在はわかっているから、その複数のもう一人Xはアンデレであることがわかる。
 以上、4語の小さな手がかりから、その舟にはイエス様とシモン・ペトロ以外に、アンドレがいたことが証明でき、イエス様のお言葉に従って、黙々と行動していたことがわかる。



 
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プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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