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小さな事柄から -その1-

 オランダにいた長男夫婦を訪ねたとき、もうすぐハイハイしそうだった孫が何かを口に入れかかったのに気づいた。慌てて取り上げたら、何とそれは床に落ちていたゴミの小片だった。そこで思った。なるほどなぁ、立っている大人と違い、腹ばいの赤子の目は床面の間近にある。だから、ゴミがあると目ざとくぐ見つけてしまうんだな、と。
 聖書を読む時にも似たことが起こる。お座なりな読み方だと見つからないが、細部にまで目を凝らして読むと、小さな事柄に気付き、時としてそこから思いがけない発見に至ることがあるからだ。もちろん些事は単なる些事で終わることが多い。だが、時として掘り出し物的な発見につながる些事もあるにはある。ここではそういう例を二つだけ挙げてみる。マルコによる福音書4.35-41にある「嵐を鎮めた奇跡物語」やルカによる福音書5.4-6にある「奇跡の漁」の中で気付いた小さな事柄だ。 

 では、マルコ4.35-41の嵐を鎮めた出来事では、どんな小さな事柄があり、それがどんな発見につながるのか、まずそれを紹介しようと思う。この奇跡物語は、イエス様と弟子の一行が舟でガリラヤ湖の対岸へ渡る途中、激しい突風に襲われ、弟子たちがパニックになった時、イエス様が風と波を叱って鎮静なさったという話だ。そこにある伝統的なメッセージまたは教訓は、弟子たちに見られた信仰の薄さの認識と、自然界をも従わせたイエス・キリスト様の神的な力に対する信仰だ。
 しかし、この出来事には、実は他の大事なメッセージや教訓も隠されているのだ。そして、それはほんの小さな一句に気付くことによって発見できる。では、その小さな一句とはどれかというと、36節だ。原典ではそれはマルコ4.35-41 前 小マルコ4.35-41 後と書かれているが、共同訳はそれを「ほかの舟も一緒だった」と訳している。マタイ8章とルカ8章も同じ出来事を伝えているが、イエス様の乗った舟以外の「ほかの舟」( マルコ4.35-41 他の舟)の存在を伝えているのはマルコの福音書だけだ。読者はそれに気付いていただろうか?それも舟は複数なのである。日本語だと複数かどうかはわからないが、他の諸外国語ではすべて複数で書かれている。例えば、英語では"boats"と明記されている。
 ということは、「ほかの舟」は2艘以上あったわけで、イエス様が乗った舟を入れれば少なくとも3艘だったことがわかる。考えてみればそれはそうだっただろうなとうなずける。なぜならガリラヤ湖で使われていた当時の舟は小さくて、12使徒だけでも1艘には乗り切れなかったかも知れないからだ。無理して乗れば乗れただろうが乗員過剰は危険だった。漁師出身が多かった彼らはそれを知悉していた。
 それに12使徒以外の弟子たちもいたし、一行の世話をしていた女性たちもいた。一般群衆は置き去りにできたが、仲間の一部を残していくわけにはいかなかっただろう。だから、数艘の舟に分乗して対岸に向かったのではなかろうか。しかし、イエス様が乗られた舟は一艘だけで、「ほかの舟」には不在だった。ここに大事なポイントの一つがある。そして、それに気付かせてくれるのがこの「ほかの舟」という一語なのだ。それは小さな一語だが、私たちに大事な発見をさせてくれるきっかけとなってくれる。

 では、どんな発見かと言うと、まずイエス様不在の舟における弟子たちの計り知れなかった恐怖だ。私たちは、イエス様の乗っていた舟が激しい突風に襲われ、荒波をかぶって水浸しになったとき、弟子たちが恐怖のあまり眠っていた主に、「主よ、助けてください。おぼれそうです」(マタイ8.25)と叫んだことを知っている。しかし、他の舟にいた弟子たちの恐怖はもっと凄絶だったに違いないのに、それを想像したことがあるだろうか?死の危機にあったのは同じでも、彼らの舟には「助けて」と頼める主がいなかったのだ。
 「助けて」と言える誰かがいるのといないのとでは、希望と絶望の落差がある。それを知ると、イエス様が不在だった「ほかの舟」の弟子たちは、死の恐怖と自然の猛威の前に完全に無力で、ただおろおろするばかりだっただろうと想像できる。多少でもできたことがあったとすれば、舟に流れ込んだ水を掻い出すことぐらいだっただろう。あとは逆巻く波と凄まじい風に翻弄されるしかなかった。「ほかの舟」の存在は、そんな想像を絶する恐怖の現実があったことを私たちに教えてくれる。第一の発見だ。

 ところが、それほど激しかった波風が突然ぱたっと止んで凪になった。その瞬間、「ほかの舟」で恐怖に震えていた弟子たちは「えっ?」と驚き訝しんだことだろう。ここに二つ目の発見が始まる。主と同じ舟にいた弟子たちは主が風と波を鎮められたのを目撃した。だから驚嘆して畏怖を覚えたが、「ほかの舟」にいた弟子たちはその激変がなぜ起こったのか全くわけがわからなくて驚いたのだろう。主が何を言われ、何をなさったかもまだ知らなかったからだ。驚きの理由が違った。
 嵐の真っ最中は、イエス様が乗っていた舟の弟子たちの声も主が風と波に命じられた声も聞こえなかっただろう。舟と舟は間隔を取っていただろうし、暗雲の下で荒波に揺られる湖上では、主が何をなされたかも目撃できなかったに違いない。しかし、対岸に上陸した後、彼らは主と同じ舟にいた弟子たちからなぜ波風が止んだか一部始終を聞いて、そうだったのかと納得し、信じたのだと思われる。弟子でも全部が主の言動をすべて目撃してはいないのだ。そういう弟子は目撃した弟子から聞いて信じた。ここに二つ目の発見がある。「見ないでも信じる」信仰の在り方だ。

 イエス様が乗っていた舟と不在だった「ほかの舟」は今生きる私たちにも通じる。私たちは誰もが苦難や迷いを経験する。人生の試練だ。しかし、祈って頼れる主が共にいてくださるなら、苦悩の闇を通り、迷いの波に翻弄されても、耐えかつ乗り越えられる希望がある。風も波も鎮める力ある方がいてくださるからだ。
 もう一つはイエス・キリスト様の福音を信じる信仰のあり方だ。主が教えかつなさった事績を私たちは聞いて(あるいは読んで)信じるしかない。目撃し直接体験することはもうできないことだからだ。しかし、それは現代の私たちだけではない。主の直弟子たちでさえ多くは同じ条件下にあったのだ。「主が不在だった舟」の考察はそのことをも教えてくれる。彼らも聞いて信じた。それは信仰の普遍的なあり方なのだ。
 ところで、主が共にいてくださる舟とは現代では何であろうか?私はそれを教会だと思っている。だから、人生の船路では主がおられる大船を選び、頼れる者が不在の小舟には乗らない方がよいと思っている。折しも今私たちは待降節第4主日を迎える直前にいるが、この日の福音にある「イマヌエル」とは「神われらと共に在す」の意味だ。嵐の奇跡には、私たちが主のいる舟に乗って、主と共にいる賢さをも教えているのだと思われる。
 聖書の解説書でも教会の説教でも、この嵐の時の奇跡で語られるのはイエス様が乗っておられた舟の中のことがほとんどだ。しかし、他の舟にいた弟子たちのことを想像することはそれに劣らない価値がある。神なき人生の小舟がどんなであるかを、「ほかの舟」にいた弟子たちの体験が教えてくれるからだ。これはこの出来事から得られる三つめの発見だと言ってもよかろう。
     (長くなってしまったのであとはーその2ーに)
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プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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