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日々の聖書

 毎日の聖書原典黙読をずっと続けている。今週の日曜日は主のご昇天の主日、今度の日曜日は聖霊降臨の主日だ。それに挟まれた今週平日の聖書は第1朗読が全部使徒言行録、福音がヨハネのよる福音書が続いている。そんなわけで、第一朗読に旧約聖書が出てこないから、福音だけは毎日ヘブライ語訳でも読んでいる。そうするとよりよく理解できるからだが、ヘブライ語から遠ざからないためでもある。
 ところで、今日5月11日(水)の第1朗読は使徒言行録20章28-38節だったが、その一部分である35節は手を貸す運動と大いに関わりのある1節なので、今日はそれを特記しておこうと思う。その35節とは、「受けるよりは与える方が幸いである」という一節だ。
 聖パウロは3回目の宣教旅行の帰途、エフェソの長老たちに別れを告げたあいさつで、最後をこう結んだ。「あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように。また、主イエスご自身が『受けるよりも与える方が幸いである』と言われたことばを思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました」と。
 「このように働いて」とは、「わたしが働いたように働いて」という意味だ。実際、聖パウロはテント職人の技術を持っていたので、福音を告げながらもテント製作の仕事をしたりして、自分の生活は自分で稼いでいた。だから、「わたしは他人の金銀や衣服をむさぼったことはありません。ご存知のとおり、わたしはこの手で、わたし自身の生活のためにも、共にいた人々のためにも働いたのです」とも語った。主の福音を生活の糧にはしなかったのだ。
 
 「受けるよりは与える方が幸いである」というお言葉は福音書には書き残されなかった。このように福音書に書かれていない主イエス・キリスト様のお言葉はアグラファと呼ばれる。今日でも真正と認められるアグラファは非常に少なく、実際には4つか5つしかないと言われるが、このお言葉は最も代表的なアグラファの一つだ。原典のギリシャ語では次のように書かれている。
与えるは 1与えるは 2
ヘブライ語訳ではこうだ。おそらく主は実際にはヘブライ語訳のような言い方で教えられたのであろう。
To give is happier than to receive 1To give is happier than to receive 2
 
 果たして受けるよりも与える方が幸いかどうか、その受け止め方は人によって違うだろう。共感する人もいれば、そんなバカな、と冷笑する人もいるだろう。しかし、人々の受け止め方がどうであろうと、その言葉は手を貸す運動にとっては実に大事な支えなのだ。サマリア人の譬えの「行って、あなたも同じようにしなさい」という結びの一語が原点なら、「受けるよりは与える方が幸い」というお言葉は手を貸す運動のエネルギー源なのである。
 私は今日またそれを読んだ。そして、それを糧にした。だからそれを魂のエネルギー源として、謙虚に実践を続けて行こうと思う。



 
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プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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