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棘の体験でわかったキリストの神秘体

 新年が来たと思ったら、もう1月も終わろうとしている。時の経つのは何と早いことか!
 さて、大寒の最中だが、昨日は天気も良く暖かかったので、久しぶりに庭仕事をし、特に気になっていた垣根のつるバラを剪定した。ところが、気をつけていたのにやっぱり棘が刺さり、思わず「痛ッ!」と叫んでしまった。幸い左手親指だったので、すぐに抜くことができた。
 だがそれで思い出した。以前、右手の薬指に棘が刺さった時の体験とキリストの神秘体のことだ。去る1月23日は年間第3主日だったが、そのミサの第二朗読がコリントの教会への第一の手紙12.12-30だったからだ。要点だけ書くと、使徒パウロはそこに次のようなことを書いた。教会をキリストの神秘的な体に喩えた教えである。

 「体は、一つの部分ではなく、多くの部分からなりたっています。足が『わたしは手ではないから、体の一部ではない』と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。…それどころか、体の中でほかの部分よりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。…神は見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。」

 ところで、以前体験した時の棘は昨日のとは違って、右手の薬指の付け根に刺さったのだった。だから抜くのに悪戦苦闘した。そしてその体験が、聖パウロの語ったキリストの神秘体の教えを私に実感させてくれたのだ。昨日の棘はその時の記憶を蘇らせてくれた。ところが私は右利きだだから、昨日と違ってその時は利き手ではない左手で、右手の棘を抜かなければならなかった。たかが棘抜きぐらいと侮るなかれ。それは思ったよりもはるかに大変だったのだ。
 私は子供の頃から棘は針で抜く。特にその時は皮膚下に深く刺さっていたので、棘抜きではとても無理だった。だから針しかなかった。火で消毒し、左手に持って棘の見える所に針先を当てたのだが、左手だとなかなかうまくいかない。何とかやっと針先を棘の上に持って行けても、今度は力の入れ具合が難しい。力を入れないと針先が皮膚に入らないし、入れ過ぎれば針先が深く肉に入って痛い。だから、脂汗をかきながら、苦心惨憺してやっと棘を取り出せたのだった。 
 さて、出て来た小さな棘を見た時は何とほっとしたことよ!同時に「何だ、こんなにちっぽけだったのか!」と、その小ささに驚いて拍子抜けしたのも覚えている。しかし、すぐあることに気付いて感動した。普段は意識もしていない薬指の小さな部分ために、自分の全存在が目を使い、頭を働かせ、不器用な左手を必死に動かし、神経を集中して、実に微小な棘を除去しようと全力をあげていたことに気づいたのだった。そのことに感動したのは、それがまさに「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しむ」と言われたキリストの神秘体の教えに当てはまったからだ。

 そして、その体験からもう一つのことがわかった。苦しみにせよ、喜びにせよ、それを「感じる」ということがいかに重要かと言うことだ。もし棘が刺さっても痛みを感じなかったら人はどうするだろうか?痛くないのだから、棘を抜こうとはしないだろう。棘ぐらいならいいが、ではそれが死に至るような病気だったどうだろうか?傷病があるのに痛みも異常も感じなかったら、人は痛みの原因に気づかず、気づいた時にはもう手遅れになっていて死ぬしかないということになりかねない。
 人は痛みを避けたい嫌な現象、消すべき悪だと思いがちだが、実はそうではないのだ。もっとも痛みをそういう悪だと思うからこそ人はそれから逃れようとして、結果的に痛みの原因である傷病や悪を除去することができるのではあるが、そもそも痛みとはその原因になっている何らかの悪元を教え、「傷はここだ。ここが病気だ。ここに悪がある。何とかして」と訴えるアッピールに他ならない、と私は思う。傷病や悪があるのに、その痛みを何ら感じられないなら、そのことこそ危険なのだ。 
 それはキリストの神秘体にも当てはまる。もしある部分に痛みが感じられたら、それは正常なしるしだ。心配は要らない。痛みがあれば、その原因である傷病に気づいて治すことが期待できるからだ。だが、ある部分に傷病があっても、全体がその痛みを何ら感じないなら、痛みの原因となっている傷病を治そうとする行動は起こらないだろう。その場合は深刻だ。では、教会の現実はどうだろうか?信者たちは神秘体である教会のある部分が苦しんだり悩んだりしている痛みを感じているだろうか?
 もし答えが肯定的なら希望がある。しかし、もし否定的なら深刻だ。信者の誰かが「信仰は自分と神様だけの問題だ。それは心の平穏に保つためにある」などと考え、習慣的に教会に来て、煩わされずに祈り、気持ちよく聖歌を歌い、他者の困苦や不幸には一切関わらないとすれば、そこには他者の痛みを感じられないという危惧すべき悪がある。無関心や鈍麻だ。棘がそれをわからせてくれた。こんな体験に照らして考察すると、キリストの神秘体もずっと生活実感のある教えとして理解できると思う。

 ところで、年間第3主日は他に二つの聖書朗読あった。第一朗読のネヘミヤ記8.2-10と福音のルカ1.1-4、4.14-21だったが、どちらも内容が豊富過ぎて、そのどちらか一つだけを取り上げても、とうてい一度では語りつくせないほどの箇所だった。ましてや上述の使徒パウロの手紙を加えたら、それら全部を同時に短い説教時間内に取り上げて語ることなどはどだい無理な話だ。そんなことをすれば「二兎を追う者は一兎をも得ず」の諺通りになることは明らかだ。
 そこで、では私ならどうしたかと自問してみた。そして自答した。私ならまず三つの聖書の箇所のどれか一つだけを選択する。内容が豊富であるほど、取捨選択に徹することが必要だ。そして、一つの箇所だけを選択したら、次はそれをよく吟味して、目の付け所をいくつか探す。そのあと更にそれらから一つだけを選択し、話題を絞り込む。そして、それについてだけ話す。私なら、そうしたと思う。
 例えば、第一朗読のネヘミヤ記8.2-10を取り上げようと、それを選択したとする。ならば、その章節にはどんな目の付け所があり、2500年前の出来事を現代の私たちとどう結びつけることができるかを吟味する。
 ネヘミヤ記のその章節は、バビロンの虜囚から帰ってきたイスラエルの民に、司祭であり書記でもあったエズラが夜明けから正午まで、モーセの律法の書を読み聞かせる場面だ。その日、虜囚から帰った「生き残り」の人々は男も女も、物事を理解できる年齢に達していた者は全員が広場に集まった。そして、エズラが木製の壇上から律法の書を読むと、民衆は「アーメン、アーメン」と唱和して両手をあげ、ひざまずいて泣いたとある。
 すると、総督ネヘミヤと司祭エズラは民衆に、「今日は聖なる日だ。嘆いたり泣いたりせず、行って良い肉を食べ、甘い飲み物を飲んで祝い合いなさい。食べ物や飲み物のない人には分け与えなさい」と勧めた。悔い改めて断食せよ、と言うのではなく、食べかつ飲んで祝いなさいという発想からそう言ったのだった。
 これは実に感動的な場面だ。だから、これについて話す人はまず自分がその感動を共感しなくてはいけないだろう。それなしに話したら、この聖書の箇所は冷めたピザみたいになる。さて、ではこの章節の中にはどんな目の付け所があるだろうか?
 私はまず「夜明けから正午まで、モーセの律法の書を読み聞かせた」ことに注目する。約6時間ぐらいだろう。たいへん長時間ではないか。だが民は飽きもせず不平も言わず、それを熱心に聞き、涙を流した。すごいなと思う。ひるがえって、私たちは教会でそんなことができるだろうか?黙想会はそうだというかも知れないが、そんな言い訳をするよりも、そこに学ぶべき何かを学ぶ方がよいと思う。
 「民衆が『アーメン、アーメン』と唱和して両手をあげ、ひざまずいて泣いた」という一節も目の付け所になる。アーメンとはそんな昔から使われ、今に至った意味濃厚な言葉だ。それにはいったいどんな意味があり、なぜそれがこの一節では感動的に唱和されたのか?それは興味深い問いだと思う。
 このとき読まれた律法の書とはどれだったのだろうか?それも取り上げるに足る問いだ。もし申命記だったら、「イスラエルよ、聞け」のくだりで人々は胸を打っただろう。その書にはどんな由来があり、人々はその朗読を聞いて何を思い、なぜ嘆いたり泣いたりしたのか?これも目の付け所となる。
 総督ネヘミヤと司祭エズラとレビ人たちが民衆に、「食べかつ飲んで祝いなさい」と勧めたのはなぜだろうか?これも目の付け所の一つになる。同時に彼らが「食べ物や飲み物のない人には分け与えなさい」と言った言葉も別の目の付け所になるだろう。
 福音についても同じことが言える。長くなりすぎるので、これについては詳述しないが、聖書はどんな章節にも目の付け所がいくつもあるものだ。しかし、短時間の話のこつは、それらのどれか一つに絞ることにある。欲張ってあれにもこれにもと言及すべきではない。大事なのは、目の付け所を多く見つけ出せる眼力と削ぎ落とす思い切りの良さがあることだ。それがあれば、一点集中で内容を深く話せるから、聞く方も興味を失わずに聞けるだろう。そうなればミサの説教も人を引き付けるものとなり得る。

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プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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