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これまでとこれから

 毎年12月8日は無原罪の聖母の祝日だが、自分の洗礼記念日でもある。だから毎年何かを書いてきたが、今年はあまり時間がないので、私の人生の真の出発点となった受洗以来の過去とこれからのことを少しだけ書いてみたいと思う。
 私が洗礼を受けたのは19歳の時だった。あれからもう67年にもなる。振り返ってみると、もし主の福音に出会っていなかったら、私のこれまでの人生はまったく違ったものになっていたに違いないと思う。受洗はその後の私の人生を決定づけたものだった。それにしても、それ以来の年月には何といろいろなことがあったことか。私の歩いてきた道は紆余曲折、山あり谷あり、波乱に満ちていた。中でも3回経験した大きな決別は忘れがたい。
 決別とは、前のものを捨て、新しいものを選ぶ断絶であるが、その最初の経験が洗礼だった。ちなみに、他の二つは、一つが目指してなった職からの決別で、これは38歳の時。も一つは旧手を貸す運動との決別で、これは83歳の時だった。しかし、この二つについてはこれ以上ここで言及するつもりはない。ただ他の二つの決別が苦渋に満ちていたのに対し、洗礼が原因の決別は喜びと生きがいに満たされていた点で大いに違っていた。

 今日取り上げるのは、洗礼の時必然的に求められる決別についてだが、それはそれまでのものの見方、考え方、感じ方、生き方、宗教を捨て、主の福音に従ったものの見方、考え方、感じ方、生き方を選ぶことにある。これは一つの断絶であり、改宗とも言われる。今までのものと断絶するのだから、そこには当然痛みがある。しかし、洗礼の場合(もちろんしっかりと自覚した大人の場合だが…)は痛みよりも比較にならないほど喜びと慰めが大きい。
 もっとも、洗礼を受けて過去を否定し、心と生活のあり方を一新しても、同じ一人の人が生きている以上は全てが断絶するわけではなく、当然ながら継続するものはある。身体はその一つ。知識や技能、生活環境や労働も変わらずに継続するものだ。しかし、ものの見方、考え方、感じ方、生活態度、行動、宗教行為などは以前と断絶し、新しくなる。洗礼ではこの決別が起こるのだ。聖パウロはそれを「古い人を脱ぎ捨て、新しい人を着る」と言った。
 しかし、洗礼がもたらすのはそればかりではない。これは教会が教えていることだが、最も驚くべきことは、神がくださる成聖の恵みのおかげでそれまでの罪がすべて清められ、神の子として生まれることである。二度目の誕生だ。これは人が自力でできる断絶ではなく、神がしてくださることだ。だから、この点は過去との断絶ではあっても、決別とは言えない。ゆえに、洗礼は人が望まなければ受けられないが、罪を清められ、神の子としていただくことは人の力の及ばないこと、まさに神の恵みなのである。

 19歳の時に洗礼を受けて、私は過去との決別をした。だが、罪から清められ、神の子とされたのは神の憐みのおかげで、私の過去との決別はその前提条件にすぎなかった。もっとも、過去との決別と言っても、過去のすべてを否定したわけではない。継続するものもあったのだ。私の少年時代は貧乏そのものだったが、助け合って生きる家族の中で私はむしろ幸せだった。そして、よく働いた。そういう思い出や親の恩や家族の情愛等は否定したわけではない。知識や良い習慣もそうだった。否定し、決別したのはそれまでの自分にあった非福音的な考え方、生き方、宗教などであった。
 しかし、その決別は私自身の中においてだけでなく、家族や友人たちとも対立や衝突を引き起こした。特に洗礼が先祖代々の宗教をやめて、新しい教えを信じることだと知ると、わが家では論争がおこった。それまではそれほど熱心な仏教徒でもなかったのに、私に対して先祖代々の宗教を大事にしろと迫り、改宗は家族への裏切りだとなじった。特にすぐ上の兄は一番攻撃的だった。それほどキリスト教の知識があったわけでもないのに激しくけなし、私の改宗に反対した。もしフィリピンで戦死した長兄が生きていたら、私はもっと激しい反対に遭ったかも知れない。
 それでも私は決断し、洗礼の恵みを受けた。そして、今それをほんとうに良かったと思っている。その決別によって失ったものは確かにあった。家族の中で異質になったし、友も失った。そして、今思うと、若者の熱心さと純真さのあまり、少し惜しいことをしたと思うこともある。それまで持っていた手紙や写真などをほとんど燃やしてしまったことだ。過去との決別を徹底的に実行しようとしてしたことだが、これは若気の行き過ぎだった。しかし、主の福音から受けた富と、その信仰から得た充実感と幸せは計り知れなかった。それに比べれば、その時の決別で失ったものなど物の数ではなかった。

 その後の私は法務局出張所の仕事を退職、上智大学ドイツ哲学科に入った。それは自分が選んだ教えに間違いがないかどうかかを確かめ、主の福音が真実かどうかをもっと深く知るためだった。従って、大卒資格を就職に生かすことはほとんど念頭になかった。大学には退職金とわずかな貯金で入学金と月謝を払ったが、正直のところ二年目からの学費をどうするかは考えておらず、「行けるところまで行こう。後はなんとかなるだろう」ぐらいの、行き当たりばったりだった。
 ところが、人生には不思議なめぐり合わせがあるもので、少なくとも私はそれに恵まれた。そんなおかげで卒業後は7年間カナダに留学することになり、帰国後は紆余曲折の末、中学にも行けなかった貧乏少年は最終職業を大学教授で終えた。そして、定年退職後は20年たった今も、毎日聖書を原典のヘブライ語とギリシャ語で読み、Ⅱをつけて再スタートした手を貸す運動を続けることができている。そのすべては洗礼によって選択した人生の延長線上にあるものだ。

 さて、その洗礼の日からのこれまでを感謝をもって振り返った後に思うことは、これからのことだ。86歳になった身にはもう残り時間はそう多くはない。いつ終わりが来るか?この頃よくそれを考える。明日かも知れないし、来月か、それとも来年か、あるいは2,3年先かも知れない。とにかく、もうそう長くはないことは確かだ。では、老衰して気力を失い、毎日を消化ゲームのように時間を潰して生きるのか?そうはなりたくない。
 意気軒高とまではいかなくても、私にはまだ果たすべきこと、やりたいことが山ほどある。個人的には聖書を研究し続け、世の中の一人としてはささやかながら海外の要支援者たちを助け、主の福音の分かち合いを実践していきたい。洗礼でいただいた神の恵みに応えたいからだ。もっとも、命を終わる時は選べないから、いつでも神の国に行ける準備をして、最後まで信仰をもって生き抜き、その時が来たら永遠の至福にあずかりたい。そう願う。最終的にはこれが一番大事なことだと心得ている。
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プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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