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シーランド神父様の講演を振り返って

 あっと思う間に、あれから早や10日が過ぎた。あれとは9月28日に開催した神言会員ジョン・シーランド神父様の講演のことだ。終わって2,3日は疲れが出て何もできず、その後は事後処理に追われたため、記録は今になった。だが、再始動した手を貸す運動にとって大いに記念すべき行事だったので、記録と発表だけはぜひしておかないといけないと思い、ここに少し書き残しておく。
 手を貸す運動Ⅱ主催のこの講演は4月の総会で、フィリピンの学校給食援助を新支援対象として決めると同時に発表し、6月頃から準備を進めてきた。講師はもちろん支援先の責任者シーランド神父様であり、場所はカトリック町田教会の大聖堂をお借りした。日時は9月28日(日)午後1時半からで、講演はDVDの説明も含めて約70分、演題は「フィリピンにおける私たちの教育支援と学校給食」であった。ここでいう「わたしたち」とはNPO法人RASA-Japanのことだ。

 その実現にあたり、手を貸す運動Ⅱのサーボランたちは長い準備期間も当日も実によく一致協力して動いた。私は代表として、講演の後、彼らの見事な働きを心からねぎらい、感謝し、誇りに思った。
 この計画を発表したときは、はたして実現するだろうか?実現するとしてもどの程度のものになるだろうか?もしも大きな聖堂の中に僅かな聴衆しかいない侘しい講演会になったとしたら、神父様に申し訳ないな、などと心配がなかったわけではない。しかし、失敗を恐れていたら何も出来ない。だから、神様の祝福を信じて準備を進めてきた。
 ところが、講演当日になってみたら、何と聖堂には大勢の人々の姿があった! 数えてくれた人によると、ほぼ90名近かったそうだ。主日のミサが終って2時間も待たなくてはならない午後1時半という時間帯だったから、おそらく信者さんの出席はあまり期待できないだろう。手を貸す運動の支援者と町田市近辺の一般市民も入れて、50名も来てくれれば上出来だろう、と私は思っていた。それなのに、そんなに聴衆が多かったことはちょっとした驚きだった。手を貸す運動の支援者の出席は期待したより少なかったが、町田教会の信者さん達は予想よりもずっと多く来てくださったのだ。

 神父様は故郷ペンシルバニアのことや神学校に入って司祭になるまでのいきさつ、なぜ、そしてどのようにしてフィリピンで学校建設や奨学金による教育援助をし、学校給食をしているか、それらのことをユーモアも交えてわかりやすく講演された。少し耳が遠くなった私には聞き取れない時もあったが、聴衆はメモを取るなどして、熱心に聞いていた。何よりもお人柄が好感を与えたようだ。しかし、講演内容は運動ニュース5号で取り上げるから、ここでは詳しく触れないでおく。 
 一言で総括すると、この講演は成功だった。大成功と言えば言い過ぎだろうが、少なくとも私の想定をはるかに超えていた。だから、私はそこに神の祝福を感じた。また人々からも手を貸す運動の試みが祝福されていたように思う。想像していたよりもずっと多くの人たちが来てくれたことがその証拠だ。特に、今まで一度も教会に入ったことのなかった一般の方々が来てくださったのは実に嬉しいことであった。 

 ところで、この講演はシーランド神父様の快諾、町田教会の理解、信者さんたちのコラボがあったおかげで実現したのだが、何よりもサーボランたちが周到に準備を重ね、当日は各自が誠実かつ臨機応変に、手際よくそれぞれの役割を果したからこそ成功したのだった。その連携と協力は見事だった。私はその経験が今後に役立つと思っている。
 この講演では一人の幼稚園女児Sちゃんが手作りのビーズ細工を教会玄関で売って、神父様に献金するという飛び入り貢献もあった。嬉しいハプニングだった。旧手を貸す運動でも、幼稚園児や小学生がお結び弁当やお年玉献金で支援に加わっていた。このSちゃん献金は私にそれを思い出させ、そういう動きが手を貸す運動Ⅱでももっと広がればいいなと思わせた。ほほ笑ましいだけでなく、「童心神に通ず」だからだ。

 私がこの講演計画を提案したのは、いくつかの目的があったからだった。第一は、フィリピンの学校給食支援を決めた以上、まず手を貸す運動の支援者自身にその実際をよく知ってもらいたかったからだ。第二は、私たちの支援金を委ねる神父様に直接会って、そのお人柄に確信を持ちたかったからだ。第三は神父様に謝礼で支援金を稼ぐチャンスを与えるため、第四はこういう成功体験によってサーボランの自信を深め、結束を強めるため、第五は、こういう催しによって新支援者の増加をはかるため、そして第六はこういう経験によって手を貸す運動内に飛躍への活力が蓄積できると期待したからだった。
 振り返ってみると、第二、第三、第四、第六の目的はほぼ達成できたと思う。神父様とは直接会えて、信じるに足る方だと確信が持てたし、支援金贈呈や謝礼で支援の助けもできた。他方、サーボランたちはこの経験によって、難しそうなことでも、できると信じてやれば、事は成る。ただしそのためには神様のみ心を確かめ、その祝福を謙虚に願い、準備をしっかりとやって人事を尽くす必要があることがわかったと思う。もしそうなら、それはこのイベントの最も貴重な収穫だったと言える。それに比べ、第一の目的はやや期待はずれだったし、第五の目的はこれからのことだ。ただし、新しい支援者は早や何人か増え、旧支援者も数人が復帰してくれた。一つの成果ではある。

 講演の後はささやかな懇親会があった。そこである人から質問が出た。「支援はしたいが、支援金が本当に必要な相手に届くのか。誰かのポケットに入ってしまうかも知れないという疑念があるとためらいを感じる。どうしたら支援金が間違いなく活かされると思いますか?」
 私は答えて言った。「他団体のことはわかりませんが、私たちは現地には行かず、現地の支援に責任をもつ神父様やシスター達に直接支援金を送り、それによって援助に参加しています。間に人や団体を介しません。だから、支援金を託する神父様やシスター達が信用できるかどうかは最大の関心事です。ところで、今提携している宣教クララ会のシスター達やシーランド神父様は信用に価します。だから責任を持って支援金を送っているのです。手を貸す運動に関する限り、託された支援金は間違いなく助けの必要な人たちに届き、活かされています。誰かが横領するようなことは絶対ないです。また中間に人や団体が介在しませんから、支援金は最短で送られ、少ししか目減りしません。30余年間の実績がそれを証明しています。要するに、支援金を贈る時はそれを託す人や団体が信用できるかどうか、支援金の一部を事務所費や旅費や給料に使って多くを目減りさせる団体や人物ではないか、支援先の現地責任者が信用できる人または団体か、それらの点をよく確かめることです。そうすれば支援金は間違いなくそれを必要とする人々に届き活かされます」と。
 手を貸す運動Ⅱは組織よりも、信用に価する人によって成り立つことを是とする。そして、サマリア人の譬えの結びで、「あなたも行って同じようにしなさい」と言われた主の福音的勧めを原点とする。そういう人たちの活動である。
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プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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