FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

気になった言葉

 昨日、年間第29主日の福音はルカ18.1-8であった。メインテーマは祈りで、不信仰、性悪な裁判官のたとえがあった。そんな不正な裁判官でさえうんざりさせられる寡婦の願いには結局負けて、聴き入れざるを得ない。ましてや神が信じる者の祈りを放っておかれるだろうか。いや、それはあり得ない。だから倦まず祈りなさいという論旨であった。ミサでの説教もその線にそったもので、妥当だった。だが、一つ気になる言葉があった。「しかし、人の子が来るとき、地上に信仰が見出されるであろうか」という最後の一節だ。「うーん」と深刻に考えさせられた。
 フランシスコ会訳の注釈によれば、二つの解釈があるそうだ。一つは、喩えと無関係な終末観の挿入句だという説、もう一つは喩えと関係があり、神は祈りを必ず聞かれるから、地上でのことは心配せずに主の来臨の時に思いをいたすことを示唆しているという説で、同訳は後者の方を正しいとしている。私もそう思うが、では肝心の問いそのものにはどう答えたらいいのだろうか?
 まず自分はどうか?人生の終わりに来ていて、信仰に揺らぎはないか?ある人は物心ついて以来、ある人は青年時代から、ずっと老人になるまで信仰を持って生きて来たとする。しかし、最後の最後に信仰をなくしたら、その人生は神の前でどんな評価になるだろうか?意志による選択で信じたものは、意志によって信を捨てることもできる。だから、祈るときは、そういう意志の選択をしてしまう誘惑に陥らないよう祈りたい。「わたしたちを誘惑に陥らせないでください」と祈るのはそのことだと思う。
 次にこの時代はどうだろうか?すでに主イエス様はその宣教中に、コラジン、ベトサイダ、カファルナウムなどガリラヤの町々の不信仰を非難し、「お前たちは不幸だ。…裁きの日には、ソドムの地はお前よりも軽い責め苦ですまされる」(マタイ11.20-24)と言われている。主が直接話されてさえそうだったのだから、その後の時代や現代に不信仰がはびこっても驚くには当たらないだろう。しかし、主の福音からどんどん離れていく現代のヨーロッパや日本の現状を見ると、「人の子が来るとき、地上に信仰が見出されるであろうか」という問いには、「ほとんど見いだされないかも知れません」と答えなければならないかも知れない。
スポンサーサイト

君たちの競争相手は

  “君たちの競争相手は無限大の大空、万古不動の大地。しっかりやりましょう!”
 今日は体育の日なので、この名言を思い出した。玉川学園の創立者故小原國芳総長が、体育祭の冒頭で毎回高らかにのべた挨拶だ。
 体育祭が人間同士の競争に終始するだけでは次元が低い。我々は何のために体を鍛え、競い合うのか?考えを新たにし高い目的を追え。人間同士の身体的優劣、目先の勝ち負けはある。だが、身体的競争であっても、大空や大地のようなドでかいものを窮極の相手と思い、魂をも養う競争に高めることを意識せよ。そう刺激し激励したのだと私は理解して来た。
 皮肉屋は言うかも知れない。「大空は無限ではない。大地は確固不動ではない」と。だが、そんな揚げ足取りは野暮だ。ここは宇宙論や地殻変動理論の出番ではない。かの挨拶は簡潔で、高邁な思想を感じさせ、参加する大人をも子どもをも潔い競争心に奮い立たせたものだ。そして、人の記憶に長く残っている。身体が衰えても、それは精神にその競争相手がどんなものかを示唆し続ける。力ある名言のゆえんだ。

10人の治癒について一考

 今年の年間第28主日の福音は、イエス・キリスト様が重い皮膚病を患っている人10人を癒された話であった。多くの解説は戻ってきて感謝をしたサマリア人を称賛し、そうしなかった9人のユダヤ人を恩知らずだとしている。しかし、実際はそう単純ではなかったはずだ。だから、ミサの説教を聞きながら私は思った、「彼らはイエス様に『司祭たちのところに行って、体を見せなさい』と言われた後、どんな思いを抱きながら歩き出したのであろうか?と。
 10人のうち1人はサマリア人だった。他の9人が皆イスラエル人だったかどうかはわからないが、おそらくはそうだったのだろう。とにかく彼らは隔離されていた。ところで、「司祭たちのところに行って、体を見せなさい」と言われたとき、彼らは司祭とはユダヤ教の司祭だと理解しただろう。イエス様がイスラエル人だったからだ。しかし、そのことはきっとサマリア人に非常に複雑な思いを抱かせたに違いない、と私は推察する。なぜなら、他宗教の司祭のところへ行っても、拒まれるかも知れなかったからだ。でも彼は信じて歩きだした。
 とにかくイエス様の言葉を聞いて歩き出した点では、10人は同じだった。9人も信じて動き出したのだ。そもそも司祭に体を見せるのは、重い皮膚病から治ったことを証明してもらい、社会復帰ができるための律法の規定があるかただった。しかし、イエス様から「司祭たちのところに行って、体を見せなさい」と言われた時点では、彼らの体は皮膚病のままだったのだ。治癒してもらった後でそう言われたのならわかるが、病気のままの体を見せてどうする?普通ならそういう疑問を持つ。
 だが、彼らはそういう疑問を主にぶつけず、病状のある体のままで歩き出した。その意味では10人は皆、「お言葉を信じて司祭に見せに行けば、治るに違いない」と、イエス様を信じたのだ。そしてそう信じた通り、行く途中で彼らの体は清くなった。それに気付いたのはサマリア人1人だけだったとは考えられない。1人が気付いて「あっ、治っている!」と叫べば、他の者たちも気付いたはずだからだ。だが、そこからの行動が違った。
 サマリア人は大声で神を賛美しながら戻ってきて、主イエス様の足元にひれ伏して感謝した。そこで、主が「清くされたのは10人ではなかったか。ほかの9人はどこにいるのか。この外国人のほかに、神を賛美するために戻って来た者はいないのか」と嘆かれ、そのサマリア人には「立って、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」と言われたのだった。
 では、このサマリア人はその後どうしたのであろうか?想像だが、おそらくは喜びに溢れて故郷に戻り、サマリアの司祭に体を見せたのではなかろうか。主から「司祭に見せなさい」と言われたのだからだ。そして数年後、使徒たちがサマリアにも福音宣教を始めたとき、真っ先に主の福音を信じて洗礼を受け、主からしていただいた奇跡の治癒の話を初代教会の人々に伝えたのではなかろうか。弟子たちが思い出さなくても、彼にとっては絶対に忘れられない出来事だったからだ。ルカはそれを聞き取り、福音書に記録したのだと思う。
 では、他の9人はなぜ戻らなかったのだろうか?ユダヤ教の司祭たちに治った体を見せに行くことは、サマリア人のようには苦痛ではなく、むしろ治癒と共にもう一つ大喜びする理由になった。なぜなら社会復帰ができるからだ。従って、好意的に想像すれば、彼らは皮膚病が消えたことを知って嬉しさの余り自分のことで頭がいっぱいになり、主イエス様のおかげで癒された恩はすっかり忘れ、早く司祭たちに見せようとエルサレムに急いでしまったのではなかろうか。
 もちろんそれは言い訳にはならない。だから、イエス様は「ほかの9人はどこにいるのか」と言われた。もし彼らがサマリア人といっしょに戻ってきていたら、彼らにも「あなたの信仰があなたを救った」と言ってやれたのに、残念だと嘆かれたのだと思う。私はそう解釈したい。サマリア人は体も癒され魂も救われた。しかし9人は、体は癒されたが魂は救われなかった。少なくともその時点ではそうであった。
 ただ、その9人全部が全部忘恩のままでいたとは限らない。これも好意的な想像だが、私は次のように推察するのだ。彼らより少し遅れてイエス様もエルさルムに着き、やがて十字架につけられて亡くなり、復活したという噂が流れた。もし9人がエルサレムにいたのなら尚更だが、そうでなくてもその噂を聞いたら、彼らのうちの何人かは「あ、あの時の方だ。私はあの方のお陰で癒されたのに、司祭に体を見せることで頭がいっぱいで、そのままだった。何と恩知らずのことをしてしまったことか!」と気づいたのではなかろうか。
 そして、「あのように言葉だけで病を癒すことは神の人でなければできない。世間では今あの方が復活したとか、いやそれは嘘だとか噂しているが、あの方なら復活はありうる。」そんなふうに考え、遅きに失したとは言え、その時の治癒を神に感謝し、忘恩を悔いて、使徒ペトロやヨハネの説教を聞いたとき、主の福音を信じて魂をも癒していただけたかも知れない。9人は普通の人が経験しなかった奇跡の恵みをいただいた人たちだからだ。
 イエス様はサマリア人の行動を私たちの手本として称賛された。恵みをいただいても感謝しない人もいるからだ。しかし、主は9人を恩知らずだと切り捨てられたわけではない。彼らを非難したと言うより、彼らが体の治癒だけでなく、魂の治癒まで来なかったのを残念がられたのだと思う。すべてに時がある。受けた恩にすぐ気づく人もいれば、気づくのが遅い人もいる。サマリア人は前者であり、彼らは後者だった。少なくとも何人かがそうだった可能性は否定できない。私は好意的にそう解釈してやりたい。

 







 

信行

 今週、年間第27主日の第一朗読ハバククの預言書に、「神に従う人は信仰によって生きる」(新共同訳ハバ2.4)ということばがあった。今日、金曜日の第一朗読ガラテヤの人々への手紙3.11では使徒パウロがそれを引用している。そして、16世紀にマルティン・ルターもそれを引用し、教会に分裂の雪崩を誘発した。
 ところで、キーワードとなっている「信仰」という言葉を調べると、訳は一様ではないのだ。いわゆる「信仰」という意味では言い表せない証拠である。だから、聖書協会訳と新共同訳は「信仰」だが、バルバロ訳は「誠」、フランシスコ会訳は「誠実」と訳している。元々原典のヘブライ語 אמונתו のאמנה は אמן(アメン)と語根が同じで、「神は誠実、信頼に足る」のような用法の「信頼、誠意、誠実等」の意味だ。教義的信仰の意味だけではない。 ところが、三者はそれを三様の意味で使い、その対立対象も同じではないのだ。少しずつずれている。
 預言者ハバククの「神に従う人は信仰によって生きる」と言う一句では、צדיק (ツァディク)は「義人」、「神に従う人」、「正しい人」等と訳せるが、そのどれでもよい。要するに「神の前に正しい人」を指す。そして、その対立対象は「高慢な者、歪んだ心の悪人」である。だから、高慢にも神を拒む歪んだ心の悪人と違い、神の前に正しい人は神を信頼して生きると言ったのだ。複雑な教義論争ではなく、未来のことを告げた時に単純に言っただけだ。
 ところが、使徒パウロはそれをローマの人々への手紙1.17とガラテヤの人々への手紙3.11で論証として引用した。使徒パウロはアブラハムを救いが約束に過ぎなかった時代の信仰の模範と見なし、「正しい人」を彼に倣って主の福音を信じた人と理解した。だから、「正しい人」の意味にはハバククの場合と少しずれている。しかし、対立対象は非常に違って、「高慢な者、歪んだ心の悪人」ではなく、「モーセの律法、またはそれに固執する者たち」であった。だから、彼が「正しい人は信仰によって生きるからです」(フランシスコ会訳)と言うとき、言いたいことはわかるが、私には少しこじつけの感がぬぐえない。
 それをさらに牽強付会させたのがマルティン・ルターだと思う。彼は「正しい人」を彼の解釈に従って主の福音を信じた人とし、その対立対象を「高慢な悪人」でも「律法」でもなく、「人間の業」(Opera)としたからだ。使徒パウロは人が救われるのは主の福音を信じて実践することによるのであって、律法の実践によるのではないと言ったが、ルターは人が救われるのは主の福音を信じることだけによるのであって、人が行う善なる業によるのではないと言った。そこには大きなずれがある。
 ルターは主の福音を信じることを信仰と呼び、人間の業をそれに対立させた。教会は救いにはGratia et Opera, Scriptura et Traditio(神の恩恵と人の善行、聖書と伝承の教え)が必要と教えてきたが、彼はいやSola gratia, sola scriptura(神の恩恵と聖書のみ)でいいと主張し、Opera(人間の善行)とTraditio(伝承の教え)を否定した。そして、教会に分裂の大悲劇を惹き起した。
 しかし、聖パウロは「アブラハムは神を信じた。それは彼の義と認められた」(ガラ3.6)と言い、主イエス様は「わたしたちの父はアブラハムだ」と誇ったユダヤ人たちに、「アブラハムの子供なら、アブラハムの業を行なうはずだ」(ヨハネ8.39)と言われた。では、アブラハムの業で最も優れた業は何であったかと言うと、それは「神を信じた行い」であった。信じるとは人間の行為、即ち業の一つだ。だから信仰と業は対立しない。表裏一体だ。もしルターがそれに気付いていたら、不幸な教会分裂は起こらなかったのではなかろうか。
 そもそも日本語では「信じること」(אמנה, πίστις, fides, foi, faith)を仰ぐという字をつけて信仰と言う。神への特別の信だという意味では優れている。だが、誤解のリスクもある。「信仰vs行い」の図式で、行いと対立的に受けとめられるリスクだ。しかし、信じるとは人間の行為の一つでもある。ならば、信仰ではなく信行と言えばよい。イエス様はアブラハムの業がまさにそれだと言われたのだ。
  「義人は信仰で生きる。」と言った預言者ハバククの言葉は、使徒パウロによって少しずれて引用され、ルターによってさらにずれて引用された。それがハバククの想定もしなかった歴史上の激動を起こした。日曜日にこの預言者のことばを原典で読み、金曜日に使徒パウロのその引用を読んで思った。もし使徒がそれを引用することなく、更にルターが使徒の引用を取り上げなかったら、この一句がこんなに注目されることはなかっただろう、と。

ああ、愚かなガラテヤの人々よ

 今週の聖書の第一朗読は旧約聖書からではなく、ずっとガラテヤの人々への手紙だ。使徒パウロの理と情が入り混じっていて、それを読むと彼が嘆き、怒り、諭す肉声が聞こえるようだ。2千年も前にこんな個性溢れる手紙が書かれたのかと思うと感動を覚え、感じ入ってしまう。そこには聖パウロ自身の経歴や体験、出会った人々や問題状況等も生々しく書かれているから、初代教会の歴史を知る上でも非常に貴重な文献だ。
 今日のことばは、 「ああ、愚かなガラテヤの人々よ」だ。今日の朗読箇所、3章1-5節の冒頭にある。ガンと一発喰らわせる一語だ。こんな激しい叱責のことばはめったに聞かないし言わない。しかし、それは罵声や激怒とは違う。やり切れない嘆きをこめて、正しい信仰に戻れと願う深い愛がこもった叱責だった。これを聞いた人たちはどれほどショックを受け、どう受け止めたのだろうか?
 その一語の後を続けて読むと、叱責の理由がわかる。こう書いてある。 「ああ、愚かなガラテヤの人々、十字架につけられた者としてイエス・キリストがあなた方の目の前に描き出されたのに、誰があなた方を惑わしたのですか。」
 ガラテヤの異邦人信徒たちは使徒パウロからイエス・キリスト様の福音を聞いて信じた。ところが、せっかく信じたのに、ほどなく惑わされ始めた。惑わしたのはユダヤ教から改宗したユダヤ人キリスト教徒たち、いわゆるユダヤ化主義者だった。彼らは使徒パウロが宣教した後に潜入し、ユダヤ人のように割礼を受けなければ神の前に義とされないと、異邦人の信徒たちを惑わしたのだ。それは初代教会が最初に直面し大問題になった。
 考えてみれば、それは西暦50年前後のことだったから、主のご昇天後まだ20年前後しか経っていなかった。それなのに、早や福音のそんな歪曲や信仰の劣化が起こっていたのだ。それを知ると、人はなかなか変わらない頑迷さがあると同時に、何とも変わりやすいものだとつくづく思う。教会の2千年はそんなことの繰り返しだったとも言える。
 現代でも、ガラテヤの人々の代わりに「ああ、愚かな〇〇〇〇よ」と言えるケースは少なくないはずだ。人々を導く立場の人たちにはきっとそう言いたい者たちがいるに違いない。では、仮にもし私がそう言うとしたら、私はその〇〇〇〇にどんな名を入れるだろうか?と一瞬そんな思いが脳裏をよぎったが、「それはおこがましいぞ」と自分をたしなめた。むしろ自分が誰かから「ああ、愚かな者よ」と言われないようにしないといけない。

恋人と夫婦

 「恋人はできないことを約束するが、夫婦は約束しないことをする。」
 名は思い出せないが、あるフランス思想家の言葉だ。そんな夫婦は今時珍しくなってきて、約束したことを忘れたり、破ったりする夫婦の方が多くなっているかも知れないが、この言葉を思い出したのは、昨日の朝日新聞朝刊で「妻に先立たれたら」という記事を読んだからだ。
 それによると、配偶者に死なれたダメージは男性の方が強いそうだ。そして、不眠、悲哀、孤独感、引き込もり等に陥りやすいとか。そこで、それを乗り越えるための方策が書いてあった。「悲哀等の解消を焦らない。よく休む。故人のためにできなかったことより、できたことを想い出す。信頼できる人に気持ちを聴いてもらう。日記を書く。外出する」の6つだ。よいアドバイスだとは思うが、どうも平凡な心理療法みたいで、心にエネルギーを与えるものが足りないように感じた。それで思った。発想を変えて、自分が残されたことの意味を見いだせたら、気力が湧くのではないかと。
 愛する配偶者に先立たれたらどんなに悲しいか!そこで立場を置き換えて察してみるのだ。「もし自分が先に死んでいたら自分は悲しまなくて済むが、配偶者が悲しまなくてはならない。どんなに辛いだろう。ならば、配偶者にそんな思いをさせないため、代わりに自分が引き受ける。してみると、残されてよかった。それができるのだから」と。発想をそう変えてみれば、悲しみは自分が愛する者に代わって引き受けているのだという意味が見つかり、生きがい、つまり心のエネルギーが湧くだろう。そして、それは約束しなかったことの最良の一例になると思う。

続きを読む

原点のひとこと

 「聖書と典礼」による今日の福音はルカ10.25-37であった。その結語は手を貸す運動の原点であるイエス様の次のひとことだった: “行って、あなたも同じようにしなさい。” 原典ではギリシャ語でこう書かれている。
行って ギリシャ語行え ギリシャ語
 しかし、律法の専門家に話されたのだから、実際はヘブライ語でこう言われたのだと思う。
行って行え ヘブライ語


プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。