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ちょっとした疑問

 今日は春分。ようやく春らしい春になった。まだ百花繚乱とはいかないが、わが家の庭でも草木の花々が競うように咲き始めた。今日、数えてみたら18種もあった。咲いた順に挙げてみると、パンジー、ビオラ、椿、沈丁花、ヒマラヤユキノシタ、レンテンローズ、春黄金花、水仙、雪柳、紫花菜、ボケ、ハナニラ、スノーフレイク、ルピナス、ムスカリ、ヒヤシンス、芝桜、サクラソウだ。野草では5種類、ハコベ、オオイヌノフグリ、仏の座、ヒメオドリコソウ、トキワハゼの花があった。
 それらの中で、今年初めて仲間入りして咲いたのはレンテンローズだ。日本ではクリスマスローズの名で知られている花だが、実はクリスマス頃に咲くものはむしろ少なく、2月~3月に咲ものの方がずっと多い。その花期はちょうど四旬節の頃にあたる。だから、レンテン(四旬節)ローズという名がついている。そんなわけで、今年のカレンダーは2月の絵にそれを使い、次のような詞をつけた。
クリスマスローズ
    レンテンすなわち四旬節 だからうつむき祈るのか
    レンテンローズはもの静か アレルヤ歌える時を待つ

 そういえば、今年の四旬節は早く始まった。しかし、それももう最終週となり、昨日は枝の主日、そして今週は聖週間だ。来る日曜日の復活祭には満開の桜やモクレンその他も加わって、きっと花々がにぎやかにこぞって咲き、主の復活のアレルヤを色と形で表すことだろう。春の息吹は復活の象徴でもある。主イエス・キリスト様がエルサレムに入城されたように、私たちは枝の主日に聖週間入りをする。そして、2千年前に起こった主の十字架の死と復活の大いなる出来事を追体験する。

 ところで、今年の枝の主日の福音はルカ19.28-40だったが、ミサ前にそこを読んでいて、おやっと思う一語に気付いた。今までどうして見過ごしていたのだろうか?二人の弟子が先発として出かけた村で、ロバの子の手綱をほどいていると、「その持ち主たちが、『なぜ子ろばをほどくのか』と言った」19章33節だ。ロバの子は一頭なのに、持ち主たちが複数いるとは変ではないか?と私には思えたのだ。誤訳ではないだろうか?そうでなければどういうことなのか?
 ちょっとした疑問に過ぎなかったが、疑問は疑問で、枝の祝福式中も気になってしまった。そこで、帰宅後さっそく調べてみた。まず訳が正しいかどうかから調べた。原典のギリシャ語、ラテン語のブルガタ訳、フランス語訳と英語訳だけを見たが、それぞれκυριοι αυτου, domini eius, ses maîtres, its owners と、どれもが複数で「持ち主たち」と書かれており、誤訳ではなかった。
 次に、では他の福音書はその事柄をどう扱っているのかと思って調べてみたところ、ヨハネの福音書はそれには一切触れておらず、マタイの福音書は触れてはいるが、持ち主には言及していないことが確認できた。それに対し、マルコの福音書は11章5節でそれに言及する。しかし、「持ち主」ではなく、「そこに居合わせた人々」と表現している。ギリシャ語原典、ラテン語訳、仏訳、英訳ではそれぞれ τινες των εκει εστηκοντων, quidam de illic stantibus, quelques-uns de ceux qui se tenaient là, those who stood there と書かれている。
 マルコのこの表現なら、疑問はふつう起きないだろう。そこに居合わせた人たちがそう訊ねるのはごく自然だからだ。しかし、ルカが書いた「持ち主たち」という一語だと、むしろ疑問に思えて当然だ。ロバの子一頭に複数の持ち主がいるなんて、常識に合わないからだ。しかし、誤訳ではないのだから、やはりそれが本当だったのだろう。ならば、それはどう理解したらいいのだろうか?そこで注解書をいくつか調べてみた。すると、ある本に次の説明があった。
 昔、ユダヤの貧しい村などではロバを乗り物として共同で使うことが少なくなかった。従って、何人もの共有者がいたから、「持ち主」は複数だった。おそらくこのロバの子の場合もそういう共有使用者のケースだったのではないか、と。なるほど。私はこの説明で納得することにした。それほど重大な問題ではないし、それ以上時間をかけることもないと思ったからだ。

 しかし、私はその一語の存在から、その説明で納得した答えよりももっと価値のある、もう一つの収穫を得た。それは聖書(少なくとも新約聖書)の信ぴょう性の根拠を、その一語の存在によってまた一つ確認できたことだ。つまり、次のような意味である。
 そもそも聖書は印刷術のない昔に書かれ、その後は手書きで書写されて写本となり、少しずつ数を増えながら伝えられてきた。近世になって印刷が容易になったから、私たちは聖書の存在を当たり前に思っているが、昔は希少品であった。写本を手書きしてくれた人たちがいたからこそ、私たちに伝えられてきたのである。もし書写する人が皆無だったら、聖書は擦り切れて無くなっていたかも知れない。だが、そうならなかったのは、写本を黙々と書いてくれた人たちがいたおかげだ。
 しかし、エジプト、小アジア、ヨーロッパで写本を書いた人々は、ヘブライ人の文化や習俗とは違った文化文明習俗社会に属する民族の人々が少なくなかった。では、そういう文明文化を基盤にした生活経験を持った昔の書写係だったら、1頭のロバの子に所有者が複数いるという記述に遭遇した時、どう受け止めただろうか?思うに、私が疑問を感じたのと同様、それは変だと疑問に思ったのではなかろうか。
 さて、そんな場合、人はどんな行動に出るだろうか?「これは前の書写係が誤記したに違いない。ロバの子の所有者は一人だったのに、間違って複数形で書いてしまったのだろう。では、私が正常に戻そう。」そう考えて、問題の箇所の修正を試みないとも限らない。私ならそんな誘惑に駆られると思う。昔の書写係たちにもそういう誘惑があったのではなかろうか。では、もし仮にそういう誘惑が勝って、修正が安易に行われていたとしたら、聖書はどうなっていたであろうか?手を加えられて元々のものが変ってしまえば、信ぴょう性が失われてしまう。それは聖書にとってまさに致命的だっただろう。
 だが、幸いにもそういうことはほぼ起こらなかった。聖書の書写は多くは修道士たちが果たしてくれたのだと思うが、彼らはたとえ常識では一頭のロバに所有者が複数いるのは変だと思っても、実際には個人の考えや裁量で勝手に修正せず、引き受けた写本を忠実にそのまま書写して、次代に引き継いだ。それに教会がその忠実な保守に尽力した。だからこそ、私たちは聖書をほぼ原本のままだと信じて今も読むことができるのだ。
 ヨハネの福音書5.2もその1例であろう。そこには「エルサレムには羊の門の傍らに、ヘブライ語で「ベトサダ」と呼ばれる池があり、そこには五つの回廊があった」とある。かつて、学者たちはどうして池に5つの回廊がありえたのか理解に苦しんでいた。池を取り巻く四つの回廊ならわかるが、どうして五つなのだろうか?と。しかし、わからなくてもその記述はそのまま書写され続けてきた。そして20世紀になって発掘が進んだとき、四角の池には真ん中を橋のように渡る回廊があったことがわかった。四辺の四回廊と橋型の一回廊で合計五回廊だったのだ。
 「持ち主たち」についても、きっと私と同じちょっとした疑問を持った書写係はいたに違いない。しかし、彼らは疑問があってもそのまま書写した。この一例でもわかるように、私たちは聖書が、確かに多少の挿入や加筆はあるとしても、ほぼ原本と変わらないままの内容で書写されてきたことに確信を持てるのである。実にありがたいことだと思う。「持ち主たち」の一語はそれが何を意味するかの答え探し以上に、聖書の信ぴょう性を証しする一例としての価値がある。ちょっとした疑問の答えからそれに気付けたことは望外の収穫だった。
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プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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