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主の御昇天についての考察総まとめ

 久しぶりにブログを更新する。テーマは明日6月1日の主日が主の御昇天だから、それについて自分が考察し書いてきたことを総まとめしてみることにした。だが、その前にちょっと面白い(自分としては)観察の結果に言及しておこうと思う。その観察とはゴーヤのひげ蔓の絡まり方だ。今年もグリーンカーテンと食用の一石二鳥を狙って、庭にゴーヤを3本植えた。5月下旬になって急に成長が早まり、立ててやった竿と紐にひげ蔓を巻きつけて、上へ上へと1日10㎝ほどは伸びている。ところがその蔓の巻き付き方には傾向があることに気づいて興味を覚えた。
 ゴーヤのひげ蔓は先端が竿や紐に届くと、時計回り、つまり右回りに巻きつく。数日間観察したところ、稀に例外のケースはあるが、殆どはその巻きつき方だった。人間にも何%かは左利きがいるが、全体的には右利きが多いように、ゴーヤの巻きつき方は右利きがほとんどだと結論していいようだ。もう一つ興味深いのはひげ蔓の先端が巻きついた後、どのようにして蔓本体を竿や紐に近づけるかの近づけ方だ。巻きついたひげ蔓は、今度は巻きついた先端と蔓本体の中間をぐるぐる巻きのバネの形に変形し、竿や紐に自分を引き寄せる。遺伝子のなせる業とは言え、何という凄い仕組みなのだろうかと驚嘆してしまう。
 このひげ蔓の巻きつき方はゴーヤだけではない。キュウリやブドウなども同じだ。しかし、キュウリやブドウも右利きかどうかはまだ確かめてないので何とも言えない。同じ巻きつき方でも異色なのはクレマチス(テッセン)ではなかろうか。これにはひげ蔓はない。では何で近くの細い物に巻きつくのかと言うと、葉の茎そのものがくるりと対象物に絡まるのだ。これはひげ蔓を持たないで葉茎を使う省エネ型の絡まり方で、これも一驚に値する。どうして植物にこんな遺伝子があるのか実に不思議だ。
 朝顔も周囲にある細い物体にからまって上に伸びる。ところが、朝顔の場合は絡まるための専用のひげ蔓はなく、茎そのものが蔓になって絡まる。この絡まり方はヒルガオ、山芋、トコロ、早乙女草(へくそカズラ)等でも同じだ。早乙女草はスケッチした時右回りに絡まることを確認して描いた。他方、山芋は、子どものころ自然薯探しの時に、「山芋は右巻き、トコロは左巻き」と大人に教えられた通り右巻きだ。では、朝顔はどうか?今までその点に関心を持って観察したことがなかったので、ゴーヤの傍に植えた日本朝顔で実験してみようと思い、今日その蔓茎を棒に添ってまっすぐ付けてみた。これでどちら回りに絡み始めるかを確かめるためだ。果たしてどちら回りか、実験結果を知るのが楽しみだ。

 さて、今回の主要テーマ、主のご昇天についての考察の総まとめに入るが、カトリック新聞6月1日第4244号の「キリストの光、光のキリスト」欄で、担当の神父さんは「イエスはどこへ消えた?」というテーマで主の御昇天を解説している。その前半の説明には納得できたが、後半は不十分だと感じた。不十分なだけではなく、誤解をも与えかねないと思った。だから、まずそれを指摘しておきたい。その解説は、そこに書かれていたままの言葉を引用して要約すると、次のような筋書きになると言っていいだろう。
 「昔は、神様は空の上にいると考えられていたようです。(でも今は違います。)では、イエスはどこに消えたのでしょうか?マタイの福音書は『わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる』と言う言葉で結ばれています。昇天は弟子たちにとっては別れではなく、新たな出会いの始まりであったのです。姿が見えなくなったと言うことは、いなくなったということではなく、弟子たちの心に来られたのです。イエスは彼らの心の中に消えたのです。」
 それはもっともらしいが、主の御昇天を正しく伝えてはいないと思う。もっともまったく間違っているとは言えない。確かにイエス様は弟子たちの心に来られ、私たちの心にも来られるからだ。しかし、それは聖体拝領や祈りにおいてであって、御昇天によってではないと私は理解している。もしも主の御昇天を「信じる者の心に来られること」という矮小化で解釈するなら、使徒言行録の「イエスは彼らが見ているうちに天に上げられた」とある叙述はどう説明するのだろうか?ルカがそれを使徒たち大勢の前で客観的かつ物理的に起こった出来事として書き残したことは間違いない。それを「心の中に消えた」と解釈して済ますことは、壮大な御昇天の出来事を単なる比喩、個人の精神内の出来事に変質させてしまうことではなかろうか。御昇天の神秘をごまかす解釈だと思う。
 イエス様は私たちの心に来られ、共にいてくださる。私もそれは真実だと思う。しかし、それは御昇天ではない。主の御昇天は使徒信条に「天に昇って、全能の父である神の右の座につき」とある通りなのだと私は理解する。それを変質させて解釈してもいいのだろうか。現代人の考え方や知識に応じるためだといって、信仰の真理を妥協させるべきではないと思う。身近な植物にさえわからない不思議がいっぱいなのだから、ましてや信仰の神秘を人知でたやすく理解しきれるはずがない。主のご昇天もそうだ。そもそも福音には普通の人知では理解し得ない神秘があることを自覚すべきなのだ。その神父さんは「主は天に昇られたが、同時に弟子たち、私たちと共にいてもくださるのだ」と結べばよかったのにと、その不十分さを残念に思う。
 もし御昇天の信仰箇条が現代人の知見や思考に合わないと思うなら、「天」をどう理解したらいいか、「昇られた」とはどういうことか、右も左もあるはずのない父なる神の「右の座」とは何を意味するか、そもそも主はなぜ天に昇られたのか、福音書が御昇天について少ししか語らないのはなぜか、そういう問題をもっと真剣に考察すべきなのだ。私が今まで書いてきた考察はそれらに答えていると思う。私は主の御昇天をいろいろな角度から考察して来た。調べ直してみたら、過去20年間に以下の1 2編を書いていた。並べてみる

1993年5月23日、こじかA年:「ぽかーんとしてたが」(子ども向け)マタイ28;16-20
1993年5月23日、こじかA年:「後駆者たちのつとめ」(指導者向け)マタイ28;16-20
1994年5月15日、こじかB年:「何だ、またか」(子ども向け)マルコ16;15-20
1994年5月15日、こじかB年:「やり残されたこと」(指導者向け)マルコ16;15-20
1995年5月28日、こじかC年:「大空にVサイン」(子ども向け)ルカ24;46-53
1995年5月28日、こじかC年:「高い所からの力」(指導者向け)ルカ24;46-53
2007年5月20日、サンデー3分間:「大空にVサイン」ルカによる福音24:146-53
2009年月5月24日、聖書反芻:「天よりも地上に目を」マルコ16;15-20
2010年5月15日、行間伝いの聖書自問自答:「主のご昇天と宇宙」ルカ24;46-53
2011年6月5日、主日の聖書自学:「ご昇天は通過点」 マタイ28;16-20
2012年5月19日、「聖書温故知新Ⅱ:「なぜご昇天なさったのか?」マルコ16;19
2013年5月16日、聖書温故知新Ⅲ:「宇宙と金魚と主のご昇天」使徒言行録1;9

 これらすべてをここに再現することは無理だが、読み直してはみた。ずいぶん書いたものだなぁと、われながら感慨すら覚えたが、振り返ってみた結果、私自身の中にも御昇天についての理解の変化と深化があったことがわかった。人は同じところには留まっていないもので、こんなに年をとってもまだ進化はするものだと実感した。週刊誌「こじか」に書いた3回は子ども向けの単純な解説だったが、その一つ1994年の「何だ、またか」は、今思えば何かそれを予感していたような内容だった。引用してみる。
 「ごふっかつのイエスさまは、四十日間を弟子たちとすごされた後、福音を伝え、洗礼をさずけるよう命じてから天にのぼり、父の右のざにつかれました。教会は今年もそのごしょうてんをいわいます。しかし、毎年くり返すので、「何だ、またか」という顔をする人はいませんか?でも、あるえらい学者は言いました。「『何だ、またか』が人を作る」とね。人は同じことをくり返しても、けっして同じままではないのです。
 みなさんは、さしばというわたり鳥を知っていますか?小さなたかです。秋になると愛知県のあつみ半島に集まり、上しょう気流をとらえると、南に飛ぶのに十分な高さにとどくまで、輪をえがきながらだんだんとまい上がります。同じ所を通っても、次の時は前の時よりも高くなるのです。信こうもそれににていますね。同じことをくり返してこそ、新しい発見をして向上します。イエス様が天にのぼられたのは、わたしたちにも天に上がるまで高くなれ、というまねきではないでしょうか?」
 (註:原文では「ちょうげんぼう」と書いてあるが、これは間違い。さしばが正しいので訂正して採録した)
 子どもたちのために書いたこのご昇天のワンポイント説明は、実はその後の私自身で実現したのだった。12回の考察と記述で、私自身が以前には御昇天の出来事で気付かず知らなかった神秘とメッセージを新たに発見してきたからだ。2010年の「主のご昇天と宇宙」と2013年の「宇宙と金魚と主のご昇天」では、私は主の昇天のあり方について考察した。それによって、主は物理的に「天」に昇られたが、「天」とは私たちが通常知っている天空ではなく、人間には未知の4次元以外の世界であり、それこそが「神の国」と呼ばれる世界に違いないという結論に達した。それを人の心の世界に矮小化してはいけないのだ。
 2011年の「ご昇天は通過点」 は今年と同じマタイの福音書だった。ところで、この福音書には御昇天の出来事で終わってはいない。では、御昇天のことは書いてないのかと言うとそうではない。同福音書をよく読むと、終末の預言や王の裁きの喩えなどで、主が天に昇られることは明確に言及されていることが確認できる。御昇天は救いの御業の一環で、主がそうなさらなければならない理由があった一つの通過点だったのだ。救いの御業には二つのV字の軌跡がある。降誕し昇天すると言うV字型の軌跡を描く一つ目の神の救いの仕上げだ。二つ目のV字の軌跡は再臨の時に見られるだろう。
 しかし、私の記憶に一番残っているのは2012年の考察、「なぜご昇天なさったのか?」 だった。そのとき私は多くの人が、もし主が昇天されず、ずっと復活して地上におられたらどういうことになったかについて、ほとんど疑問を持たないらしいことに気づいた。そして、だから主の御昇天の真意が理解できないのではないか、と思った。その考察で得た結論は私にとって実に貴重だった。人が死ぬ意味と、「見ないで信じる信仰」による救いの公平さの2点がわかったからだ。
 主の御昇天が人が死ぬ意味をわからせてくれるとは、「わたしたちの国籍は天にある」(フィリピ3;20)と確信させることだ。主の御昇天は人がいつまでもいる所は地上ではなく、永遠の命が待つ神の国であることを、全ての人に周知徹底させるためだったのだ。もし主がいつまでも地上におられたら、人々はそのうち地上に最終的な神の国が実現すると誤解したに違いない。しかしそうではないことを、主は復活なさっても地上にとどまらないことで悟らせてくださったのだ。
 「見ないで信じる信仰」による救いの公平さとは、次のことを意味する。神の国はいつか行くべき人の本当の居場所だが、そこに入るには父なる神に祝福された者(マタイ25;34)でなければならない。ところで、そういう者となるためには見ないで信じる信仰(ヨハネ20;29)と愛の掟の実践が絶対に欠かせない。それは神の国入国の必須条件だ。しかし、主が地上におられ続けたら、見ないで信じることは成り立たない。だからこそ主は私たちがそれを実践できるためにもご昇天なさったのだ。それは救いが完成するためにはどうしても必要なステップだったのだ。
 しかし、主は天に昇られたので、地上にはご自分の代わりに使徒たちを残し、教会を通して福音が全世界に行き渡るよう、後をお託しになったことがわかる。それによって「見ないで信じる信仰」を可能になさったのだ。そして、御自分がいなくなった代わりに、主は聖霊を送って教会を守り導き続けておられるのだ。今もいつも世の終わりまで。それがこの主日の福音で、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と言われた意味だ。
 もし誰かが、「復活した主が世の終わりまで地上にいてくださったなら、福音書も要らず教義論争もなく、万民は主を信じただろうに…昇天なさらず、ずっと私たちといてくださったらよかったのに」と考えるなら、それは浅はかな願望だ。なぜなら一方では、主は上述の意味でいつも私たちと共におられるからだ。他方、御昇天なさらなかったら、見たから信じる人が出て不公平になる上、真の信仰とはならないからだ。だから、主は昇天され、「神は宣教と言う愚かなことによって、信じる人々を救う方がよいとされた」(一コリント1;21)のだ。
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見ないで信じる信じ方

 今、いろいろと自分関連の悩みを抱え、新たな支援のための懸案も山積している上に、こんな苦しみのためだけに生きている意味がわからない、なぜこんなに不幸なのかと呻吟する周囲の人々とも関わっている。2千年前の聖書の出来事について書いている場合ではあるまいと思えなくはない。しかし私はやはりそれについて書く。特に主イエス・キリスト様の復活は信じる者にとっては単なる過去の出来事ではなく、現在の関心事であり、未来を示唆する神秘だからだ。
 だから、少し遅くなったが、復活節第2主日の聖書を取り上げる。その共通主題は「喜び溢れる信仰」だと思える。第一朗読使徒たちの宣教2;42-47には皆が「喜びと真心をもって一緒に食事をし」とあり、第2朗読使徒ペトロの手紙1;3-9には「キリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じており、言葉では言い尽くせないすばらしい喜びに満ち溢れて」と書かれ、ヨハネ福音書20;19-31には、復活の主イエス様の出現に「弟子たちは、主を見て喜んだ」とあるからだ。
 
 それはご復活後の弟子たちの様子や初代教会の雰囲気を伝えて実に貴重だ。そうだったろうなぁとうなづける。しかし、その喜びを共有した上で、私が関心を持ったのは、復活なさった主が弟子たちだけにだけしか現れなかったという事実についてだった。福音書は週の初めの日の夕方、弟子たちがユダヤ人を恐れ、戸に鍵をかけて家の中にいたことを伝える。そこへ主が現れたのだった。そのご出現はルカも伝えている。
 ただし、ルカは主を見た弟子たちが亡霊だと思って恐れおののいたと書いている。その恐れは間もなく解消し、喜びに変るのだが、両書とも主が普通の人とは違っていて、いわゆる復活の体であったことを証言している点では同じだ。復活した主のご出現はマタイにもマルコにも書かれているが、それは主を信じていた婦人たちや弟子たちに限られていた。それも頻繁にではなく、指折り数えるほどの回数だけであった。
 そこで疑問が湧かないだろうか? 「いったい主はなぜ弟子たちなど限られた人々にだけ復活したご自分を現わし、なぜできるだけ多くの一般人たちにもご自分が復活したことを証明するために出現し、復活体をお示しにならなかったのだろうか?もしそうなさっていたら、十字架の下で「他人を救ったのに、自分は救えない。メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう」と罵ったあの人々は信じてひれ伏し、人々も主を信じたかも知れないのに…」と。
 ところが、そういう一般の人々には出現せず、弟子たちなどごく限られた人々にしか現れなかったところにこそ、実は福音の真骨頂があった。つまり、そこにこそ主の福音を信じる信じ方の普遍性があったのだ。考察の結果、私はその結論に至った。裏返せば、それは仮に復活した主が当時ユダヤにいた人々すべてに出現し、復活の事実を証明なさったとしても、そしてそれによって仮に彼等すべてが主の復活を信じたとしても、それは特殊なケースに過ぎなかったことを意味する。
 では、なぜそれが特殊なケースに過ぎなかったかと言うと、その時点でエルサレムやユダヤにいた人々は全人類ではなかったからだ。それどころか、人類のほんの微々たる一部分に過ぎなかった。すなわち、仮に復活の主が当時出会えた人々すべてに出現なさったとしても、それは人類史のごく短い限られた時代に、世界の小さな一隅にいたごく限られた地域の人々だけへの出現だったことになるから、人類史全体を通した全世界の人々の殆どは復活を見ることができなかったし、今生きている人々もできないことになる。それでは全人類の救いは果たせない。もし復活した主を見たからこそ主の復活が信じられたのだとしたら、そのごく限られた人々以外はその恩恵に浴せなくなり、信じる恵みから除外されることになるからだ。それでは甚だしく不公平で普遍性を欠き、救いの方法としては不完全になる。
 だから主は全人類に公平で普遍的な方法をお選びになった。私はそれが証言を通して信じるという信仰の王道なのだと理解した。だからこそ主は信じて従った弟子たちや婦人たちだけに出現されて、他のユダヤ人たちの誰にも出現なさらず、弟子たちが人々に主の復活を宣べ伝え、人々が彼らの証言を通して信じるに至る方法をお選びになったのだ。聖パウロはそれを「宣教の愚」と呼んだ。「そこで神は、宣教と言う愚かな手段によって信じるものを救おうと、お考えになったのです」(一コリ1;21)と。しかし、「神の愚かさは人よりも賢かった」。
 その王道は、主の復活を信じ得る十分な根拠を与えてくださったことでもわかる。その一つが福音書の証言だ。おかげで人は復活の主を自分の見なくても信じることを決断できたし、今もできる。「これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためである」(ヨハネ20;31)と書かれている通りだ。だから、主はトマスに「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は幸いである」と言われた。見ないで信じる方が普遍的な信じ方なのだ。
 私は昨年も、なぜ復活の主は多くの人々に現れてご自身の復活を証明なさらなかったのか、特に事実上主を十字架で殺した祭司長や長老、律法学者等に出現なさらなかったのかと自問した。現れていたら、彼等は恐怖に震え慄き、ひょっとしたら改心したかも知れないのに・・・と。だが、そうなさらなかったのは、もう彼らなどは相手にしなかったからか、あるいはそんな低次元の復讐めいた出現は神の栄光を汚すものだったからだろうかなどと考えた。しかし、今思うとそれは恥ずかしい勘ぐりだった。そうではない!主は世の終わりまで続く人類の救いを見据え、証言を信じて決断する信仰の普遍的な道を用意するために、他の人々には一切出現せず、弟子たち等限られた人たちにだけ出現なさったのだ。断言してもいい。それは宣教の愚によって後世の人々も信じて救われるための配慮だったのだ。
 使徒ペトロが「あなたがたはキリストを見たことがないのに愛し、今見なくても信じている」と称賛しかつ励ましたのも、弟子たちの証言によって信じることこそ普遍的な信仰の王道であり、見て信じたのは特例に過ぎなかったこと、彼らは証言者となるために出現の主を見ただけであって、その方が優れた恩恵ではないことの確認である。だから、自分も復活の主に会えたらなぁなどと羨んだりするのは心得違いだ。むしろ見ないで信じられる方が幸せで羨望に価すると思うべきだろう。
 もしも復活の主を見た弟子たちの証言では信じられないという人がいたら、その人は主の山上でのご変容はもっと信じられないに違いない。なぜならそれは使徒ペトロ、ヤコブ、ヨハネの3人しか知らなかった出来事だからだ。他の使徒たちや婦人たちは、主の復活後にその出来事を打ち明けられて知ったのだろう。だが彼等は3人の証言を信じたようだ。主の復活を体験したからだろうが、彼等は見ないで信じた。この事例は主の復活を伝える弟子たちの証言を考えるとき参考になる。
プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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