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「~がる」は「~がる」でも

 2週間前、「~がる」という接尾語の考察をしてみた。しかし、「~がる」は「~がる」でも、ほしがるとか食べたがるとかの「~がる」とは違う「~がる」があるのを見落としていたことに気付いた。そこで補足考察しておくことにした。その部類の「~がる」とは、「転がる」「あがる」「さがる」とかの「~がる」だ。
 前回考察したのはほとんどが形容詞と接合する「~がる」だったが、ここで取り上げる「~がる」はガ行五段活用のれっきとした動詞だ。だから、「食べたい」に対する「食べたがる」のような対比はない。ほしい、くやしい、さみしい等の形容詞は、それらに「~がる」をつければ内面の欲求や感情が外部に現れて見てとれる用法になるという共通の性質があるが、ここで問題にする動詞にはそれもない。共通点はそれぞれの動詞の活用が「がら、がり、がる、がる、がれ、がろ」となることだけだ。
 では、この活用の動詞にはどんなものがあるかを抜き出してみよう。
上がる、追いすがる、かがる、かけあがる、食い下がる、転がる、さがる、すがる、つけあがる、つながる、つらさがる、とおりすがる、とがる、飛び上がる、とりすがる、なりあがる、なりさがる、はいあがる、ひきさがる、ひろがる、ふさがる、ぶらさがる、まがる、またがる、むらがる、もりあがる、わきあがる
 他には、いやがる、剣呑がる、残念がる、得意がる、等が思い浮かぶけれど、これらは純粋な動詞ではなく、形容動詞だ。
 こうしてみると、「~がる」の活用語尾を持つ純粋な動詞は数が多くはない。だが、なかなかドラマティックなことが書けそうな動詞ぞろいであることは確かだ。例えば、人生の成功や転落に関わる動詞が目立つ。口惜しいが引き下がったり、人の情けにすがったりは個人に起こり得ることだ。国や民族にも経済的に「盛り上がる」時代もあれば、バブルがはじけてGDPの成長グラフが下に「曲がる」時もある。栄枯盛衰は世の常だ。それにつけても、「群がる」人々の一人にはなりたくないが、私と「つながって」いたい人たちとは今後もつながっていたいと思う。
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体育の日に、頭の体操 ― 「~がる」の考察 ―

 最近ちょっと興味を覚えている言葉がある。「~がる」という一語だ。広辞苑を調べたら、接尾語で、形容詞や名詞に付いて五段活用の動詞を作るとあった。そして、いくつかの用例があった。確かに、この接尾語が付くと、その形容詞や名詞は五段活用の動詞に変身する。例えば「こわい」という形容詞に付くと「こわがる」となって、「こわがら、こわがり、こわがる、こわがる、こわがれ、こわがろ」と「ら行五段活用」の動詞になる。他の形容詞や名詞と接合しても、全部が「ら行五段活用」になる点は共通だ。
 しかし辞典には「~がる」という接尾語が、どんな形容詞や名詞と接合しやすい性質があるのか、それが接合して動詞化されたら、もともとの形容詞や名詞とどう違ってくるのか、ということまでは書かれていなかった。ところが、私の興味はその2点をはっきり知ってみたいことにあった。もう20年以上前だが、かつて急増した外国人労働者や難民を助けるため、教会で日本語教師養成のための日本語教授法教室を数年間やったことがあった。そんな過去がこの一語への興味を呼び覚ましたのかも知れない。とにかく、今日は頭の体操のためにそれを一考してみてみようと思い立った。

自問1.では、「~がる」という接尾語はどんな形容詞や名詞に付く性質があるのか?
自答1.この接尾語はすべての形容詞や名詞に付くわけではない。数例を挙げて見ればわかる。例えば形容詞の場合なら、「大きい」「高い」「赤い」「」「強い」「嬉しい」「悲しい」などで試してみると、「大きがる」「高がる」「赤がる」などとは言わない。形式では接合できても、実際は使わない。もし使ったら、「変な言葉。どういう意味?」と言われてしまうだろう。ところが、「強がる」「嬉しがる」「悲しがる」は実際に使われる。使用頻度の差はあっても、ちゃんと意味が成り立つ五段活用の動詞として通用する。変な言葉だなどと言う人はいないだろう。してみると、「~がる」と接合しやすい形容詞、つまり相性のいい形容詞と、そうでない形容詞があるという事実がまずわかってくる。
 他方、名詞との相性はどうかというと、「~がる」が名詞と接合する場合はあるにはあるが、それほど多くはないと思われる。例えば、「嫌」、「剣呑」等と接合して、「嫌がる」、「剣呑がる」等の動詞的用法に変えられないことはないが、少なくとも私には多くの用例が思い浮かばない。探せばあるにはあるだろうが、極めて少ないと言っていいのではなかろうか。従ってこの考察では、名詞は考察対象から外すことにする。その代り、辞書には書いてなかったが、「~たい」という助動詞を考察の対象に加える。

 では、形容詞を性質別に括ってみると、何がわかるだろうか?以下は厳密に調べた結果の性質別分類ではないが、大よそはこんなふうに分けられるのではないかと思って分類し、思いつくままの例を列挙してみたカテゴリー別の形容詞群だ。それに助動詞「~たい」の系統が一つと、特殊な形容詞「ない」の系統が加えてある。

色彩の形容詞群:赤い、白い、青い、薄い、濃い、淡い、明るい、暗い、美しい、汚い
視覚・空間の形容詞群:大きい、小さい、広い、狭い、高い、低い、遠い、近い、厚い、薄い、深い、浅い
聴覚・時間の形容詞群:長い、短い、強い、弱い、柔らかい、鋭い、鈍い、早い、遅い、素早い、のろい、
触覚の形容詞群:固い、柔らかい、粗い、粘っこい、丸い、四角い
体感の形容詞群:冷たい、熱い、寒い、暑い、暖かい、涼しい、ぬるい、痛い、かゆい、眩しい、重たい、軽い
味覚・嗅覚の形容詞群:美味しい、まずい、甘い、辛い、酸っぱい、苦い、よい、わるい、くさい
感情(喜怒哀楽)の形容詞群:嬉しい、悲しい、恐ろしい、恐い、憎らしい、楽しい、羨ましい、いとしい、淋しい、懐かしい、恥ずかしい、苦しい、欲しい
性質・性格の形容詞群:よい、悪い、難しい、易しい、優しい、清い、卑しい、醜い、激しい、賢い、素晴らしい
「~ない」系統の形容詞群:情けない、つまらない、はかない、つたない、くだらない
「~たい」系統の形容詞群:食べたい、飲みたい、見たい、行きたい、死にたい、やりたい
 
 以上の形容詞と助動詞を材料として、接尾語「~がる」を付けてみると、付きやすく相性のよいもの、どちらかというと付きにくいもの、そして、絶対に付かないものがあることがわかる。絶対に付かない形容詞は、人間の感覚や感情とは独立した色彩、視覚・空間、聴覚・時間、触覚などに分類される形容詞群だ。例えば、「赤がる」、「長がる」「遅がる」などとは絶対に言わない。自然界を形容する客観的な形容詞は「~がる」とは接合しないのだと結論してよかろう。
 では、人間の味覚・嗅覚とか物の性質・人の性格などに関わる形容詞はどうだろうか?この部類では接合する形容詞もあるが、接合しないものの方が多いようだ。例えば、体感の形容詞群では「寒がる」「暑がる」「痛がる」「痒がる」「眩しがる」等は相性がいいが、「軽がる」「暖かがる」「涼しがる」などとは言わない。性質・性格では「悪がる」「難しがる」「強がる」などとは言うが、「良がる」「優しがる」「卑しがる」などとは言わない。味覚・嗅覚では「まずがる」「臭がる」などとは言うが、「甘がる」とは言わないし、「辛がる」「美味しがる」もどちらかと言えば言わないだろう。「~がる」が接合しやすい形容詞は、どうやら人間の感情移入が強く表れるものが多いように思われる。それに対して、客観的な修飾に使われる形容詞とは相性がよくないことがわかる。特殊な形容詞「~ない」が付いた形容詞群もこの部類に入ると見てよかろう。「つまらながる」などは可能だが、「つたながる」などとは言えないからだ。
 それらに対して、人間の喜怒哀楽を表わす感情の形容詞群と助動詞「~たい」の形容詞群は、接尾語「~がる」と非常に相性がよく、全部が接合する。「嬉しがる」「悲しがる」「恐ろしがる」「楽しがる」「羨ましがる」「懐かしがる」「恥ずかしがる」「欲しがる」「食べたがる」「飲みたがる」「見たがる」「死にたがる」「やりたがる」等、私たちが日常一番よく使う表現だ。これを見ると、「~がる」は人間の主観や感情に関わる形容詞と最もよく結びつく接尾語だと結論していいだろう。
 ただし、「くすぐったい」「ありがたい」「じれったい」などは、「たい」がついていても、助動詞「~たい」の系統には属さない形容詞だ。「~たい」は意欲や願望の助動詞だが、「くすぐったい」「ありがたい」などは他の語から生まれた合成形容詞である。しかし、「くすぐったがる」「ありがたがる」「じれったがる」などと、どれもが助動詞「~がる」ととてもよく結びつく。それはこれらがどれも人間の感情や体感に関係のある言葉だからだろう。それは「~がる」という接尾語が、そういう形容詞や助動詞と接合しやすい性質があるという結論の補足的根拠になる。

自問2.次は「~がる」という接尾語が付いてできた動詞は、もともとの形容詞や助動詞や名詞とどう違ってくるのかという問題だ。
自答2.これも例を挙げ、それを比較して考えてみることにする。形容詞でも「~がる」が付かない種類のものはここでは消去してよい。考察に値するのは「~がる」と相性のいい感情や体感を表わす形容詞と助動詞だけだ。では、そういう種類の形容詞と「がる」が付いた動詞を並べて比較観察してみよう。

嬉しい  -嬉しがる         
悲しい  -悲しがる                                  
恐い   -こわがる        
羨ましい -羨ましがる        
恥ずかしい-恥ずかしがる       
苦しい  -苦しがる         
欲しい  -欲しがる
強い   -強がる
つまらない-つまらながる
食べたい -食べたがる
見たい  -見たがる
行きたい -行きたがる
死にたい -死にたがる
やりたい -やりたがる

 これらを見比べると、わかることが少なくとも二つある。一つは「~がる」が付いた言葉が第三者から見える表情、様子、状態を表現していることだ。嬉しい、悲しい、苦しい、欲しいなどの感情や欲求は人の内面にあるものだ。だから多少は表情や動作に表れるとしも、外部には目立たない。黙って耐えていれば他人が気付かないことは珍しくはない。だから、打ち明けられて「ああ、そうだったんですか。辛かったでしょうね」ということになる。
 ところが、「嬉しがる」とは嬉しさを表に出して、喜んだり、はしゃいだり、飛び跳ねたりすることだ。表に出すから人はその人が嬉しいのだということがわかる。だから、例えばプレゼントをもらったら、本当は嬉しいのだろうけれど、言葉や動作に出して嬉しがらず、無表情に黙っていたら、プレゼントを上げた人は相手が嬉しいのかどうかさっぱりわからず、「せっかく上げたのに張り合いのない人だ」とがっかりするわけだ。
 悲しがるは、悲しい気持ちを外に出して涙を流し、泣き、取り乱したりする様を言う。そうした目に見える動作や表情や様子から、心の見えない悲しみが他人に見えるわけだ。他人にはわからない苦しさも、呻き身もだえして苦しがれば他人にもわかるし、内心にある羨ましい気持ちも、「いいねえ、あなたは。運が良くて」と口に出して羨ましがれば、人に知られてしまう。また、欲しがるは欲しいと思うだけでなく、「ねえねえ、あれ買って」とねだったり、駄々をこねたりして、欲しい思いを外に出すことだ。そこに「欲しい」と「欲しがる」の違いがある。他の全てもこのようにして理解できる。
 わかることの二つ目は、例えば上述と同じ「嬉しい」の例で言うと、嬉しいという気持は、本当にはそう思っている自分しか知らないし、感じることはできない感情だ。それに対し「嬉しがる」ことによって自分が嬉しいことを知るのは他人なのである。人間は複雑な動物だから、本当は嬉しくなくても「嬉しがって」見せ、他人を欺くことができる。しかし、本来はある人が「嬉しがれば」他人は「それによってその人が嬉しいのだと知ることができる」という基本があるからこそ、そういう欺きも成り立つのだ。
 「欲しい」を例にとっても同様だ。「欲しい」のは当人だけが知ることで、「欲しがら」ない限り、他人はその思いを窺い知ることはできない。つまり、「欲しい」は当人だけにとどまる欲求だが、「欲しがる」は他者に向けられた欲求表現だということがわかる。だから、「欲しがられた」他者(親、恋人、商売相手等)はそれに応じるかそれを断るかあるいは無視するかの反応を迫られるわけだ。
 私が誰かの才能を「羨ましい」と思っている限り、その感情は私だけにとどまる。しかし、一たび私が口に出したりブログに書いたりして、その人を羨ましがったら、それはもう私だけにとどまらない。むしろ私の「羨ましがる」言葉を聞いたり、ブログを読んだりした他人の問題になる。その他人は私の言葉やブログを無視したり、批判したり、軽蔑したり、それに理解を示したりしなくてはならなくなるからだ。つまり、「~がる」が付いて動詞になった言葉は、それに接した他者を巻き込むものなのだと結論できる。

 さて、来客や雑事で中断したが、ちょっとしたこの一日の頭の体操は楽しかった。体も大切だが、老齢になると頭の運動がもっと大事だと思う。ところで、助動詞「たい」に「~がる」がくっついた欲求表現の動詞でだが、貧者への援助など、いわゆる「善行」を「やりたがる」やりたがり屋になってはいけないと思う。善はやりたいからではなく、やるべき必然性があからやるものだと理解すべきだろう。さもないと自己満足になる。貧者の救済など、本当はする必要がないに越したことはないのだ。

33年という年月

 5日前に運動ニュース99号を発送した。まだ務めが0,0000001%ほどは残っているが、手を貸す運動はこれでほぼ完全に終ったことになる。今週の日曜日10月6日、10時半のミサに与ったとき、神様にそれを報告した。「主よ、あなたが私に託された仕事はすべて終わりました」と。
 手を貸す運動を終わりにする決心をした6月末からは暗雲の下を歩く思いだった。そして、運動の終止が決まった8月24日の臨時総会以後しばらくは、わが子の死を悼み悲しむような心境だった。ある人が言った。「辛い思いをしているのは先生だけではありませんよ。私たちだって苦しみを味わっているんです」と。たった7,8年の手を貸す運動参加経験だけで、33年の過去の苦労の重みを背負っている私の心痛と比べるとは!そういう呆れた神経が私を余計に苛立たせてきた。だが、今はすべてが終わった。
 私はもう立ち直っている。いつまでも落ち込んではいられない。人生で全てを捨てた経験が私にはすでに2回あった。だから、そういう試練では鍛えられている。今回も同じだ。打ちひしがれても立ち上がる。後ろを振り返るよりも前方を見る。84歳では人生の残りももうあまりないだろうに・・・と人は嗤うかも知れない。だが、私はそうは思わない。主の恵みで、気力は取り戻せた。残された日々があと1年だろうと5年だろうと、私の人生に引退はない。そして、そのはるか先の永遠の命を見上げている。だから、前を向いて歩く。これが今の心境だ。

 カトリック町田教会の祭壇の背後には復活の主イエス・キリスト様の十字架像がある。前の日曜日、それを見ながら自問自答した。復活の主は実質的に主を十字架の死に追い詰めた大祭司、長老、律法学者たちのところには出現なさらなかった。なぜだったのだろうか?もし、彼らに出現なさっていたら、「メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう」(マルコ15;32)と罵った彼らは、顔面蒼白、地にひれ伏して、自分たちの間違いを後悔したことだろう。しかし、主はそうなさらなかった。出現なされば、復讐とも受け取られただろうし、何よりも信じるのは「十字架から降りて復活したことを目撃したから」ではなく、「見ないで信じる」ことにあったからだと思う。私も主のなさり方に倣おうと思っている。
 また、その時に思ったのは、主のご生涯も33年だったことだ。主のなさった救いの大いなる業に比べれば、手を貸す運動など大宇宙に対する塵一粒にも値しない。だが、それでも主と同じ33年の命だったことは何か意味のある一致のようであり、慰めにも誇りにもなる。それにしても、33年は長かったとつくづく思う。例えば大卒の青年が22歳で就職し、55歳の退職まで働く年数と同じなのだから、一人の人間の生涯労働に等しい長年月だったのだ。われながらすごいことだったと思う。こんなに続いたのは、やはり神と人とに祝福された業だったからだろうか。

 ところが、そんな長年月だったにもかかわらず、いろいろな出来事、場面は鮮明に覚えている。玉川学園での24年は平板でどの年に何があったかをあまりよく覚えていないのに、手を貸す運動の年月は33年がよく思い出せるのだ。例えば、1880年に玉大の礼拝センターで、初めてシスター根岸さんに支援を申し出た時のこと、その後の礼拝説教や講義で、シエラレオネの貧しい子たちのことを話して支援者を募ったこと、1987年に給食援助のため「コーヒー一杯の犠牲でシエラレオネの子に一ヶ月の給食を」のコピーをシスター根岸に入れ知恵したこと、1991年の最初のシエラレオネ訪問、苛酷な10年内戦時の苦労、その後の復興支援、2003年と2008年の現地視察、2008年の本の出版、25周年記念式典等々、記憶は克明に蘇る。
 シエラレオネの教育里子として今は立派な大人になったかつての少年少女たち。彼ら・彼女たちのあの顔この顔も思い浮かぶ。ところで、「ともに歩む会」が出来たが、それは「シエラレオネの人たちと共に歩む」とうたっている。だが、会員たちはいったいシエラレオネの誰を知っているのだろうか?3人を除けば、彼らは内戦後に手を貸す運動に入った人たちばかりで、苦難の時期を知らない。だから、手を貸す運動の真髄が理解できていなかったのかも知れない。

 いずれにせよ、手を貸す運動は終わった。運動ニュース99号への返事の電話やメールがいくつも来ている。運動の消滅を残念がり、同時に運動を評価してくれるものがほとんどだ。「余生風さんのしたことはノーベル賞にも値する」というのもあった。お世辞であることは百も承知だが、励ましてくれる心根には感謝でいっぱいだ。しかし、手を貸す運動がいくらかでも主のお役に立ったのなら、それで十分だ。賞や表彰は要らない。そういうものには無縁でありたい。私は代表でも皆さんの僕であり、窓口に過ぎないと自覚していた。そして、最初から黒衣に徹し、いつもシスター根岸さんを表に立ててきた。黒衣は顔を出さずに舞台から消えるのが役目だ。今私はそれを果たそうとしている。
 奇しくも今週の日曜日の福音ではルカ17章7-10節が読まれ、「あなたがたも同じことだ。自分に命じられたことを果たしたら、『わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです』と言いなさい」というまとめがあった。それを聞いたとき、これはまさに私に言われていることだと理解した。33年の手を貸す運動は私にとって「しなければならないこと」だった。「それをしただけだから、私はとるに足りない僕です」と主に報告しなければならないのだが、この日曜日にはそれがわかる前にそれを果たしていたということになる。私としては上出来だったかなと思う。
 振り返ってみると、手を貸す運動は支援をしたいから始めた活動ではなかった。する必要があったから、やむにやまれず始めたことで、成功とか世間の評価とかは一切考えなかった。ただ、「あなたも行って同じようにしなさい」の勧めのままに始めただけだった。だから純粋だったし、神様だけにではなく、人々にも信用してもらえたのだろう。それは支援の必要がもうそれほどないのに、支援活動をしたいから支援をするのとは大違いだ。そういう支援活動は支援を作り出しているに等しく、たぶんに自己満足の行為となる。それは神様の手伝いというよりは、自分たちの「したいこと」に他ならないと思う。世の中にはそういう支援活動をする人たちもいるが、主の福音を信じる者はそうであってはなるまい。今週の感想である。
プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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