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アルジェリアのテロ事件で思ったこと

 柄にもなく時事問題に少しばかり口を挟んでみようと思う。1月16日に発生したアルジェリアの事件だが、イナメナスにおけるイスラム武装テロ勢力の天然ガスプラント襲撃は、日本人17名中10人が死亡という惨事になった。犠牲になった方々とご家族に心から哀悼の意を表したい。自然災害や航空事故などで多数の人命が失われることは少なくないが、テロ行為で日本人にこんなに多くの犠牲が出たのはオウムの地下鉄事故以来ではなかろうか。
 それにしても犠牲者は多国籍に及んだが、なぜ日本人が一番多かったのだろうか?テレビや新聞報道などによると、テロリストたちはイスラム過激派の分派で、襲撃の際、従業員に国籍を問い、アルジェリア人だとわかると「イスラム教徒は殺さない。行け」と解放する一方、「日本人はいないか」と質問したと言う。仏人が一番の狙いだったようだが、日本人も狙われていたふしがある。だから犠牲者が多かったのかも知れない。では、なぜ日本人も狙われたのだろうか?
 今回のテロリストたちはアルジェリア人、チュニジア人、リビア人、エジプト人など40人で混成の武装グループだったそうだ。襲撃の真の目的は身代金獲得や勢力の拡張だったと言われるが、建前はマリの反政府勢力撃退のため軍事介入したにフランス軍の撤退要求だった。それなのに彼らがフランス人よりも日本人を多く殺したこと、そしてマリの反政府軍に多いのがトゥアレグ族だということを知って、私はかつて聞いたある講演と福者シャルル・ド・フーコーのことを思い出した。

 ある講演とはもう20年も前だが、イスラエルのモサド(秘密警察)の元幹部だった大学教授A氏がT大学でイスラム教国の世界観について行った講演だ。彼はおおよそ次のように話した。北アフリカから中東を経てインドネシアに至るまでのベルト地帯には石油が豊富だ。彼らはこれを神がイスラムを祝福している証拠だと理解し、やがてイスラムが再び世界を制覇する時代が来ると考えている。ところで、全世界がイスラムに帰順した時、彼らは他の民族をどう取り扱うだろうか?
 彼らは人類を3分類する。まずイスラム教徒、次はユダヤ教徒とキリスト教徒、三番目の部類は異教徒だ。それは喩えれば弓の的のようだ。もちろん中心円はイスラム教徒のゾーン。次にそれを取り巻く中間の円はユダヤ教徒とキリスト教徒のゾーン。そして、一番外周の円は異教徒のゾーンだ。さて、イスラムが世界を支配したとき、そのどれか生存を許されないかというと、異教徒たちのゾーンだ。キリスト教やユダヤ教は確かに敵対勢力だが、他方では同じ唯一の神を信じるから生存を許容できる。だが、異教徒は違う。だから、真っ先に抹殺される、と彼は講演したのだ。 
 その見解は強烈なショックだった。もちろんそれはモサドの一見解で、それが全て正しいとは思わなかったが、根拠が無くもなかったからだ。彼らは対決するイスラム諸国の情報を的確に入手し、冷徹に分析していた。それに比べ、私は何と呑気であることかと痛感した。日本人は中立だから、たとえイスラム圏の人々と友にはなれなくても、彼らからイスラエル人やキリスト教徒または欧米人のように憎まれたり狙われたりすることはあるまい、などと思っているふしがあるからだ。
 イスラム教とキリスト教とユダヤ教は歴史的いきさつから、近親憎悪みたいな関係にあるが、同時に根底には近親感もある。しかし、異教徒は敵対する相手というより侮蔑の対象、いてもいなくてもいい、神の前に価値の低い人間だと考えられている、とA教授は語った。それを鵜呑みにして慄えることはないが、今回のイスラム武装テロリストたちがイスラム教徒は見逃し、欧米人以上に日本人を狙って殺したらしいことを知ると、彼の見方もあながち極論ではなかったと思えてくる。

 トゥアレグ族の名からシャルル・ド・フーコーのことを連想したのは、彼が今マリ北部で反政府勢力の主力になっているかつてのこの部族と深い関係があったからだ。彼は1858年生まれで、初めは探検家兼地理学者のフランス軍人としてモロッコの地質調査などに貢献したが、後に神父となり、トゥアレグ族に福音を伝えようとアルジェリアで彼らと共に生きた。だから、サハラの隠者と呼ばれたが、1916年に暗殺された。イスラム教サヌーシー教団の犯行だったと言われる。
 トゥアレグ族は西サハラの遊牧民で、かつては隊商を襲撃する好戦的民族として恐れられたが、20世紀末からはカダフィの傭兵になっていた。シャルル・ド・フーコーはそんな部族に福音宣教を試みたが、生前に改宗させたのは青年たった一人だけだったと言われる。そして、彼の場合も同じ部族の狂信的イスラム教徒が彼の命を奪ったのだ。だが、彼のリュックには一つの会則原稿が入っていた。後年それに則して創立されたのが「イエスの小さい兄弟・姉妹会」だったと聞く。
 かつてその創立者シャルル・ボワイヨーム師の著書”Au cœur des masses”(民衆の中へ)を読んで感動した記憶がある。2005年教皇ベネディクト16世はシャルル・ド・フーコー列福した。しかし、暗殺者たちの末裔は今度は隊商を襲うのでも、愛の福音を伝えたサハラの聖者を暗殺するのでもなく、天然ガスプラントを近代的兵器で襲撃し、そこで働く日本人たちや欧米人たちを殺害した。彼らは反米・反仏を掲げ、イスラム教徒以外を殺したが、それは全く間違った認識に基づく。

 狂信的なイスラム過激派は反欧米をあたかも十字軍撃退の現代版のように解釈しがちだが、近世以降の欧米諸国はキリスト教国ではないことがわかっていない。歴史的経緯で欧米にはキリスト教徒は多いが、国家は反キリスト教的でさえあるのだ。貪欲を否定するキリスト教を捨てたからこそ、植民地主義や貪欲資本主義を平気でやれた。イスラム過激派が植民地時代の屈辱を恨み、資本主義の支配に抗するのはわかる。だが、それらをキリスト教の仕業と混同するのは全く見当違いなのだ。
 もっともイスラム諸国でもそういう認識の人ばかりではない。むしろ多くは穏健な人々だと思う。しかし、狂信的な人たちが全体のたったの5%でもいたら、事態の悪化には十分なのだ。それは民主主義の国で暴力団や極右の及ぼす悪影響と似ている。人口のわずか1パーセントに過ぎなくても、そういう存在が全体を恐怖で萎縮させ、幸せや平和を奪うのと同じだ。過激な少数の大きな声と暴力が穏健な多数の声をかき消し、それがイスラム諸国の実体であるかのように誤解されてしまう。
 だから、そういう過激派がいても、イスラム諸国の人は皆そうだろうと思ってはなるまい。しかし、少数でも大きい声がみんなの声のように思われがちなように、今イスラム諸国は少数の過激派のせいで危険な者ばかりの国と思われている。そして、少数の過激派が自分達の意志を沈黙の大多数に強要しようとしている。現実はそうなのだと思う。私たち手を貸す運動が支援しているナイジェリアもそうで、北部のイスラム主義者はイスラム法シャリアを全国民に守らせようとしている。

 おそらくこういう歪んだ現実が直されるには気の遠くなるほどの長年月がかかり、まだ多くの犠牲が出るだろう。よりよい世界を目指すにはギブアップッはできないが、犠牲をより少なくするためには元モサドのA教授が明かしてくれた見方は参考になる。日本人はイスラム世界の持つ危険に免疫がなさ過ぎると思う。イスラム過激派にかかったら誰が真っ先に抹殺されるかをよく認識しておく方がいい。彼らに普遍的ヒューマニズムはなく、彼らの神経は日本人とは違うからだ。
 それなのに日本の新聞やテレビは今回の事件でも、アルジェリア政府軍のテロリスト鎮圧作戦が人質の生命を優先しない乱暴なやり方だったとか、企業が経済利益を求めて進出するのがテロに狙われる原因だとかと非難気味に報じ、テロリストたちの卑劣さと間違った論理を厳しく非難していない。それでは非難の矛先が違う。それが彼らを増長させる。非難されるべきは制圧したアルジェリア政府軍でも企業でもない。全面的に非難されるべきはイスラム武装勢力の彼らなのだ。
 宗教学者たちはイスラム教が本来は平和や正義を尊ぶ宗教だと言う。否定するつもりはないが、これだけ凶悪なテロリストがそこから出てくるのを見ると、「よい木はよい実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ」とある福音書の言葉を思わずにはいられない。シャルル・ド・フーコーはトゥアレグの人々に愛の福音を伝えたが、狂信的なイスラム教徒らは暗殺でそれに答えた。そして、今回の武装テロリスト共は無辜の日本人を殺害した。良識のある人ならどれが良い実を結ぶ木かわかるはずだ。
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近況の一端

 「神のことばの仕分けⅡ」はまた延期だから、今週は近況の一端を書いて「週に一度は必ずここに何か書く」とことにしている自分のきまりを果たことにする。
 近況と言えば、5日前の14日に雪が降った。首都圏で10センチの雪と言えば大雪の部類に入る。その雪がまだ解けずに、かなり残っている。わが庭の小さな池には昨年初夏から金魚が3匹いるから、万が一酸欠にでもならないようにと、積もった雪を除いてやった。すると今度は一面に氷が張った。今は大寒だから無理もない。金魚たちは底の方にいて、エネルギーを消耗しないためか、それとも寒さで動きが鈍っているのかほとんど動かない。氷をそのままにしておいたら分厚くなってきたので、今日割って捨てた。ほぼ2センチの厚さだった。氷を取り去っても、金魚たちは池の底でじっとしている。沈黙の世界だ。
 「よくもずーっと黙っていられるなぁ」と、感心するというか、哀れむというか、呆れるというか、そんな感想が湧いた。魚も音を感知する能力はあるが、話したり聞いたりする感覚はない。だから沈黙の世界に何の違和感も疑問も持たないでいられるのだろう。しかし、類推してみれば、同じように人間にも何らかの感覚が、つまり六感外の世界の感知能力が欠けているのだろうなと思えてくる。だから、例えば「天使たち」にはわかっていることがまったくわからず、彼らには当たり前の神の存在がえてして無いと思えるのだろう。私が金魚たちを見ているのに、彼らはそれにまったく気づかず、餌を上げているのに、彼らはただ食べるだけだ。誰が餌を落としてくれたかを考えることも、「ありがとう」と言うこともない。話せないなら、せめて一度ぐらい動作で感謝を示したらよさそうなものだが「もっとも神様に対する人間だって似たようなものだ」と思いうと納得してしまう。

 今は真冬。だが、我が家の庭でも春の到来を確実に感じさせるものがある。木の芽だ。今年はコブシが花芽をたくさんつけている。昨年は少なくて寂しかったが、今年は咲き年なのだろう。ボケの花芽もしっかり形を整えている。白梅も同じだ。今年は紫モクレンの花芽が少ないが、葉芽はもう春に備えて枝にいっぱい並んでいる。福寿草はまだ地表に現れていないが、沈丁花の蕾はふくらんで、咲くタイミングを待っているようだ。
 そういう自然界の変化を見ていると、人はそれを過去、現在、未来という時の流れのパターンで捉えるが、それでいいのかなと思えなくもない。なぜなら現在というものは、人が現在だと思っている瞬間にもう過去になっているから現在ではなくなり、未来が現在になる。つまり、現在とは瞬間ですらなく、実際は未来がどんどん過去に流れて行くだけで、止った瞬間の現在というものは存在しないからだ。言い換えれば、現在が存在することはわかっても、人にはそれが捉えられないのだ。
 それはどこかアキレスと亀の競争に似ている。亀が走り出した一定時間後、俊足のアキレスが追う。彼が追いついたと思う時、亀は亀なりにもう少し先に進んでいる。アキレスがそれにまた追いつこうとする。ところが亀はまたもう少し先に行っている。こうしてアキレスは永遠に亀に追いつけない、とギリシャ哲学のソフィストたちは言った。実際はアキレスがどこかで亀を追い抜くはずだから、その論理が事実と違い、詭弁であることは明らかだ。だが、その論破はなかなか難しかった。
 その詭弁の間違いは止まっていない走行中の走者を一瞬止めて比較することにある。その比較は、実は追い抜くまでの瞬間をどんどん縮めて、どのように追いつくかを説明しているに過ぎないのだ。現在と言う時間の考察でも、人は一瞬たりとも止まらない時間を、一瞬止めて見つめる。そして、止まっていない時の流れをあたかも止まったもののように見たてて「現在」と呼ぶ。そこがアキレスと亀の話に似ているのだだが、止まった「現在」というものは実際は存在しない。
 では、実在するのは過去と未来なのだろうか?と言うと、必ずしもそうとは言えない。過去はある意味で実在すると言ってもよかろう。それが歴史というものだ。過去は消そうとしても消えないし、変えようとしても変えられない。そういう既成事実としては実在だ。しかし、自然界においても人間においても、過去は実在する形としてはほとんど残らない。自然界で形で残っている過去は樹木の年輪ぐらいだろう。他は今の形だけがあり、過去は消えている。人の過去も文書や芸術作品や記憶では残るが、人そのものの過去はその人の中にはなく、今だけがある。青年期は老人には思い出の中でしか存在しない。
 未来はもっと非現実的だ。それは未定のヴァーチャルな存在で、人の考えの中だけに存在する。まさにEns realis(現実的存在)とは相容れない。こういう存在を哲学用語ではEns rationis (Being in the thougt:考えられた存在)と言う。しかし、考えてみると、未来だけでなく、「現在」もEns rationisであり、過去さえそうだと言える。要するに、過去、現在、未来という時の流れの思考パターンは、現実そのものではなく、人間によって「考えられた存在」に他ならないように思われる。
 では、何が現実なのであろうか?今の瞬間を静止させて捉えない、流れたままの存在の「今」が現実なのではなかろうか。しかし、人間は静止させて考えないと理解できないから、本当の現実はいつも知の網からすり抜けて捕えられないのだと思える。時間とは何か?それは初めがあった存在(被造物)の持続という属性である。だから、人は知性では「現在」という時間を捉えられないが、存在世界の一員として「現在」を生きることはできる。いや、生きるとは現在にいるということだ。
 だが、過去、現在、未来という時間の流れの思考パターンは便利ではある。限界のある人間だから、これからも私はこれを使って物事を論じても、何ら恥じることではないと思っている。たとえそれがフィクション的で、考えられた存在に過ぎないとしても… などと考えていたら、木の花芽や葉芽の話から遠ざかってしまった。「芽ぐむ」とは「恵む」に通じるとか。誰が誰に(あるいは何に)何を恵むのかは別として、そういう芽ぐみ恵む春の到来が待ち望まれる。

 近況の一つに私の旧約聖書原典通読の試みがあるが、昨日民数記を読み終えた。ちょっとした達成感がある。モーセ五書で残るのは申命記だけになった。たぶん2月いっぱいで五書全てを読了できるのではないかと予想していたが、それが実現しそうだ。一昨日は民数記を一日で3章読んだ。昨年の八月に開始した時は知らない語彙に時間を取られ、遅々として進まなかったが、こんな老齢でも続けていれば多少の進歩があるものだとわかった。それは励みになる。
 民数記では非常にショックを受けた個所があった。それあ25章6-16で、こんな話題だ。モーセに率いられたイスラエルの民がシティムに滞在していた時、男たちの中にはモアブの娘たちと交際して、娘たちの影響で背信行為をする者が出始めた。ある日、モーセと民衆が臨在の幕屋の入り口でそれを嘆いていた時、一人のイスラエル人がミディアン人の女を連れて戻って来た。それを見ると、祭司アロンの孫ピネハスは共同体の中から立ち上がって、槍を手に取った。そして、そのイスラエル人と女を追って部屋に行くと、二人を突き殺した。私はこれを読んで何と残酷なことを!と、ぞっとした。
 ところが、それはこう続いていた。《主はモーセに仰せになった。「祭司アロンの孫で、エレアザルの子であるピネハスは、わたしがイスラエルの人々に抱く熱情(妬み)と同じ熱情(妬み)によって、彼らに対するわたしの怒りを去らせた。それでわたしは、わたしの熱情をもってイスラエルの人々を絶ち滅ぼすことはしなかった。そえゆえ、こう告げるがよい。『見よ、わたしは彼にわたしの平和の契約を授ける。彼と彼に続く子孫は、永遠の祭司職の契約にあずかる。彼がその神に対する熱情を表し、イスラエルの人々のために、罪の償いをしたからである。』」》
 しかし、たとえ他部族の女を連れてきたとはいえ、裁判もせず、問答無用で槍で突き殺すとは何とも野蛮でおぞましい。ところが、それを神が称賛し、ピネハスに永遠の祭司職を約束したことになっている。そんな馬鹿な!私にはどうしてもこれが「神のことば」とは思えない。愛の神がこんな殺人を肯定し、報いるだろうか?そうは思えない。もともとモーセもレビ族だが、兄アロンの子孫のレビ族が自分達の祭司職の正統性を主張するために、神の言葉でそれを保証したのだと考える。これは「神のことばの仕分けⅡ」で考慮しなければならない要素だと思う。デリケートだが…


 他方、地の星のことでは、今年はボランティアとして利用者にもっと近づこうとした新年の決心は、変更せざるを得なくなった。そのわけはこうだった。利用者さんたちの総責任者は施設長で、ボランティアは組織上その管理下にある。ところが、理事長は組織上、施設長の上にある。そういう立場の人がボランティアになると、上の人が下にくることになり、施設長も支援スタッフもやりにくい。それに介護の特別なスキルを持っていないボランティアはお荷物になるとわかったからだ。
 というわけで、その決心は撤回する。その代り、別の方法で目的を達成しようと思う。大事なのは利用者たちとその家族をもっと知ることだから。同時に自分の役割をよく認識していなくてはならないと実感した。出しゃばっては迷惑をかけることにもなると肝に銘じていなければならない。組織とは難しいものだ。

畏敬の念

 「神のことばの仕分けⅡ」を依然先延ばししているが、それは困難や迷いがあるからではなく、その取り組みには十分な覚悟と時間が要るからだ。年末からある本(自分のではない)の出版に向け、ある文集をパソコンに打ちこむ作業をしているから、それに多くの時間をとられる。しかし、昨年後半から始めた全旧約聖書をヘブライ語原典で通読する「1日1章」の実践は崩したくない。ところが、時間はどこにも売ってないから、必然的にコラムなどを書く時間がなくなるわけだ。とは言え、一週間ここに何も書かないでいると、何かサボっているような気分になるから、今週も「神のことばの仕分けⅡ」の代わりに、少しばかり樹木について書いておこうと思う。

 わが家の近くの公園に冬になると、私に畏敬の念を覚えさせる桜の大樹がある。山桜だが、根元の直径はおそらく60センチぐらいだろうか。巨木ではないが、大樹とは言えるだろう。もちろん押してもびくともしない。花見の頃は花いっぱいに包まれて巨大な綿菓子のようになり、葉桜の頃は新緑に覆われるので、木そのものには目が行かない。しかし、葉が落ちきってしまった冬は違う。特にこの桜は幹がすーっとまっすぐ上に高く伸び、いくつもの太い枝はかなり高い所から出ている。
 それを見上げると、太い幹、大枝、中枝、先端の無数の小枝の全体が、紺碧の冬の空に黒々と彫り込んだ版画のようにくっきり見える。実に鮮やかなコントラストだ。私は冬のこの桜の大樹を見るたびに、畏敬の念を禁じ得ない。この木の花時には親しみ、葉桜には安心感を覚えるが、冬はその凛としたたたずまいに畏敬を覚えるのだ。花や葉は表面に見えるものだが、それらが全く取り去られた裸の木は、存在するものの力強い本質をあらわに示しているからだろうか。
 幹は空中の四方に枝を張り、根を地中の四方に伸ばすが、地上を移動はできない。一度生えたり植えられたりしたら、ずっとその場所に留まる。幼木は動物の食害で消え、人に折られ、病害虫で枯れることも多かろう。逃げられないからだ。だが、生き残りはやがて大樹となり、そこから動けないと見るか動かないと見るかは別として、動じないものの象徴となる。台風が来ようと、地震や火災が起ころうと、津波が襲おうと、己がさだめを従容と受け入れるがごとくそこに立つ。
 しかし、大樹はただそこに立つだけではない。生きている。根から水分を吸い上げ、来るべき春に備えて枝の先端の花芽にも葉芽にも、樹皮を通して栄養分を行き渡らせる。外側からは見えないが、命の営みがその大樹の中では絶え間なく続いているのだ。大地には根をしっかり張り、朔風の青空には無数の枝を伸ばすその凛とした姿、静かに命の働きを続けながら、動じないその太い幹。そういう大樹の存在感が畏敬の念を覚えさせるのだろうか。
 この木を見ると、うろ覚えだが、大学生の頃聞いたルドルフ・オットーの所説を思い出す。彼は人間にとって「聖なるもの」とは「畏るべきもの」(tremendum)と「魅了するもの」(fascinandum)だと言ったそうだ。恐ろしいから遠ざかりたい。だが魅了する何かかがあるから近づきたくもある、と言う意味だ。それですべてとは思わないが、霊山に登り、巨岩、巨木にしめ縄を貼り、初日の出を拝むなど、日本人の自然崇敬を見ると、確かにそういう二つの特徴があるなと頷ける。
 私はわが家近くの公園の桜を自然信仰の思いでは見ない。それも神様から存在を与えられた被造物だからだ。しかし、それを命あるものの先輩あるいは同輩として、畏敬の念を持って眺める。それは何十年間も沈黙して不平を呟かず、寒暖や暴風の猛威にも動ぜず、脈々と命を維持し続けている。「お前はすごい!偉い」と思う。春には見事な花と桜吹雪の壮観さで人を感嘆させ、初夏には新緑で人の目の疲れを癒し、秋には紅葉の美を見せてくれる。そんな仲間がいることは嬉しい。

 ところが、そんな大木でも人手に掛かればあえなく消滅する。わが家の前にあるケヤキ並木の一本がそれだ。公園の桜は今も元気だが、それより少し細いそのケヤキは昨年の十一月末、落葉と同時に伐採された。その木は一度絵に描いた。畏敬の念が湧くほどではないが、がっちりして安心感を与える木だった。花壇に根を張って困らされたが、夏にはセミ達のいっぱい合唱する舞台となり、その幼虫が育つ生活圏にもなっていた。しかし、伐採されてそれはもうこの世に存在しない。
    アベニューフリュリ ←(これが切り倒されたケヤキの木)
 昨年、秋の初め頃、市役所の公園緑地課かららしい人たちが来て、ケヤキ並木の何本かにテープを巻き、間もなく切り倒すことが告示された。幹の中が空洞化して、倒れる恐れがあるからと言うことだった。わが家の前の木はこちら側に倒れたら、私の書斎を直撃する。だから、自然に枯れるまで生かしてやってくれないかと抗議するわけにもいかなかった。そしてある日、数人の植木職人が来て、太い枝はクレーンで固定してからチェーンソーで切り、最後は幹を根元から切り倒した。
 切株を見ると、確かに中がカスカスになって、空洞になりつつある状態だった。家内が伐採職人にどうして枯れてしまう木がわかるのかと聞いたら、根元などにキノコが生えたりしているからわかると答えたそうだ。確かに切られたケヤキの一本の根元には、サルノコシカケと言われる茸がいくつか生えていた。おそらく、それだけでなく、幹に空いた穴から虫が食べた木屑がいっぱい落ちているとか、幹を叩いた音とかで、健康でない木はわかるのだろう。
 そう言えば、先日テレビでみたのだが、最近日本各地の社寺で、御神木と言われる巨木が枯れる異変が起こっているそうだ。自然原因で枯れるのではなく、人間がドリルで根元に穴を開け、そこから除草剤を注入して枯らしているらしい。まるで毒殺だ。なぜそんな残酷なことをするかというと、皮肉にも最近は社寺の修築などに使う広い板材が品薄らしく、それを手に入れるため業者が社寺の御神木に目を付けたのが原因らしいのだ。枯れれば切り倒すしかないからだ。
 しかし、そんな大それたことをする者たちは、ただ皮肉にもと言うだけでは済まされない。実に不届き千万。畏敬の念のかけらもない連中で、寺社の修復など手がける資格はないと言いたい。では、なすすべもなく人間に切り倒された巨木や大木は情けないといえるだろうか?そんなことはない。死んでも彼らは畏敬に値する。なぜなら幹は立派な板材や柱になり、大枝は薪や炭にもなるし、工芸品の原材料にもなる。枯葉は腐葉土に、粗朶は燃やして草木灰になって役立つからだ。
 ましてや生きている大木は、桜のように花を咲かせる木の場合は、花で人々を幸せにし、小鳥やミツバチに糧を与え る。そして、どんな木も青葉の時は人に涼しい木陰を作り、二酸化炭素を吸収して、酸素を供給し、動物たちの生存を保証している。その上、どっしりと動じない大木は、人に安心感を与え、自然を敬う気持ちを育てる。こんな優れた存在をただの物扱いしていいわけがない。不労所得で生きたり、人にも自然にも害悪をもたらしたりする人間よりはずっと優れている。

 さて、ついでだから1月13日の主日、「主の洗礼」の福音ルカ3;15-22について一言書く。この章節の中で、22節はイエス様がヨルダン川で、洗礼者ヨハネから洗礼を受けた時のことをこう描写している。「天が開かれ、聖霊が鳩のような目に見える姿でイエスの上に降り、天から声がした。『あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者』」と。
 「神のことばの仕分け」の考察で、私は旧約聖書にはいわゆる「神のことば」と言われるものが多すぎるほどある。神がそんなに軽々しく細かい事柄まで話されたとは到底思えない。多くはイスラエル民族の指導者が自民族に守らせたい掟や習慣に絶対の権威を持たせるため、神の名において、または「神のことば」として語ったものに他なるまい、と書いた。そして、それに比べ新約聖書は「神のことば」については極めて抑制的で、稀にしかそれを乗せていない事実を指摘した。
 ところで、上述の『あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者』と言われた一節は、まさにその稀にしか書き残されていない正真正銘の「神のことば」の一つだと断定できる。しかし、福音書原典に書かれているのはギリシャ語なので、その時聞こえた「神のことば」そのものではなく、そのギリシャ語訳だと言わざるを得ない。では、聞こえたそのままの声はヘブライ語で聞こえたのだろうか、それともアラマイ語で聞こえたのだろうか?
 もしヘブライ語で聞こえたのだったら、神の言葉ルカ3.22 B (Atah huh beni ha-ahub, beka khafatsuti.)と聞こえたのだろうと推察する。もっともそれすら人語化された神語に過ぎないが、明日の黙想はこれを核にしよう。
 少しだけ書くつもりだったが長くなった。

新年は優れもののリセット装置

 明けましておめでとうございます。みなさんが幸せでありますように!
 とあいさつしても、インターネット上では誰にそう寿いでいるのか、相手が見えない。ならば人ではなく、天地万物につぶやいたのだと思えばいいだろう。と思いたいところだが、その天地万物には新年などという区切りはない。わが家には室内に犬のミニョン、池には金魚が3匹いるが、彼らにも新年は意味がないようで、大晦日も元旦も変わりがない。ましてや草木、山野、冬空の星々等、天地万物はすべていつも通りのペースで存在を続けている。普段通りの同じ日々だ。
 言わずもがなだが、大晦日と元日の間に大きな違いと断絶があるのは、人間が作った人為的な区切りの結果に過ぎないのだ。どうも人間はこういうことが好きなようだが、好きだからだけではなく、どうやらそういう区切りを必要不可欠としているのだと思う。今まで私はそういう事柄を斜めに見がちだったが、今年は肯定的に評価している。なぜなら、新年が一つの、なかなか優れもののリセット装置であることを体験したからだ。それは次のようなことだった。 

 年末に、社会福祉法人・地の星は1冊の本の出版を決めたが、私は早くも2冊目を考え、創設者のK.Aさんが1988年から「月刊ベロニカ」に書いた巻頭言を読んでみた。今まで接する機会がなかったからだが、目を通してみて強い感銘を受けた。初期のものはガリ版刷りだが、その単純な文章はぬくもりとユーモアが人を和ませ、不思議な説得力があったからだ。そこで、なぜだろうかと考えてみて気付いた。K.Aさんは通所施設で知的障害者たちと日々共に過ごし、喜び、心配、苦楽などを共有し、彼らをよく知っていた。だからこそにじみ出る生活実感があり、説得力があるのだ、と。 
 それに比べると、私にはそういう実践体験がない。がから、私も今回「広報地の星」55号に新年の巻頭言を書いたが、私の文章はあまり説得力がなく、人を感動させる力もない。それは本人が一番よくわかっている。K.Aさんのようには日々知的障害者たちと過ごさず、苦楽も作業も共にしていないからだ。外側にいる者が頭で考えただけの理想論や一般論では、その域を出られないのは当然だ。味わいもぬくもりもなく、話題が具体的なレベルになれば、すぐ底をつく。
 そこで振り返った。「ベロニカ苑時代」から「地の星の今日」まで、22年以上も付き合ってきたのに、私はいったい何をしていたのか?と。 K.Aさんの文章を読んで特に自分の不明を恥じたのは、知的障害者たちが健常者のようには物を考えたり感じたりはしないだろう、と思っていた自分の認識不足だ。それは甚だしい間違いだった。彼らは普通の人たちと同じように考え、同じように望み、同じように感じていることをその文章から確信した。働いて給料がもらえれば、たとえ僅かでもとても喜ぶ。私はそういう事実に気づかずにきた。一番大事なことを学んできていなかったのだ。 

 だから一年の計の一つを決めた。この新年は人生7回目の年男だが、何歳になろうと自己更新をしなくてはならないから、昨年までの自分をリセットし、今年は「地の星」で知的障害者さんたちと共に過ごすことを考えている。週何日かは未定だが、施設長に頼んで彼らといっしょに働き、食べ、美化に行き、生活を共有したい。不安はあるが、やってみる。新年が優れもののリセット装置であってくれることに感謝する年の初めは初めてだ。それを利用する他の方々にも幸運あれ!
プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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