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どんな王か?

 毎年11月の最終主日は王であるキリストの祝日だ。それは世の終りを象徴する典礼暦年が終る日でもある。今年は11月25日、福音はヨハネ18;33b-37が読まれる。ピラトがイエス様を尋問した場面だ。ユダヤ人たちが主を引き渡した告訴理由には、主が王かどうかの言及はない。しかし、彼らは主が自分を王だと詐称したとも言ったに違いない。だから、ピラトは主に、「お前はユダヤ人の王なのか?」と尋ねたのだ。実際、彼らは後で、「もし、この男を釈放するなら、あなたは皇帝の友ではない。王と自称する者は皆、皇帝に背いています」(ヨハネ19;12)と、ピラトを脅迫気味に牽制した。それは告訴の最初にも言ったに違いないという推理の根拠になる。

 私もピラトの質問を今日の福音考察の第一問にしようと思う。「主はまことに王か?」と。結論から言うと、然り、王だ、という答えになる。ピラトと主のやり取りはこうだった。主は彼に「あなたは自分の考えでそう言うのですか。それとも、ほかの人がわたしについて、あなたにそう言ったのですか」と反問なさった。ピラトは答えた。「このわたしがユダヤ人でもあると言うのか。お前の国の者たちや祭司長たちが、お前をわたしに引き渡したのだ。お前はいったい何をしたのか」と。
 主はそれに答えて、「わたしの国は、この世に属していない。わたしの国がこの世に属していたなら、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、わたしの部下が戦ったことであろう。しかし、実際、わたしの国は、この世に属していない」と言われた。そこでピラトは、「では、お前はやはり、王なのか」と再確認した。すると、主はお答えになった。「わたしが王であるとは、あなたの言っていることである。わたしは、真理について証しするために生まれ、また、そのために世に来た」と。
 このお答えを聞くと、「わたしが王だとはあなたやユダヤ人たちが言っていることで、わたしが言っていることではない」ともとれて、ご自分が王であることを否定しているようにも聞こえる。ただしそれは新共同訳等の邦訳で、バルバロ訳は「あなたの言う通り、私は王である」と訳している。確かに原典の“Συ λέγεις οτι βασιλευς ειμι.”(You say that I am a king.)はそう訳すこともできる。しかし、どちらの訳が妥当かはさておき、単純な “Yes, I am.”とは違い、含みがあることは確かだ。
 では、なぜ主はそんな含みのある答え方をされたのだろうか?主は王だったし、今も王だが、王は王でも、ピラトやユダヤ人たちが常識的に理解していた王とは違う王だったからだ。もし「あなたはユダヤ人の王か?」と聞かれて、単純に「そうだ」と答えていたら、まさに彼らが思っていたような王と誤解されただろう。ユダヤ人たちは「どうです。やはり王を詐称した男だったでしょう?」と告訴の正当性を誇示し、ピラトはピラトで、王だと言う以上は自称でも処罰せざるを得なかっただろう。
 だから主はそうとられないよう慎重な答え方をなさったのだ。主が「わたしの国は、この世に属していない。わたしの国がこの世に属していたなら、わたしがユダヤ人に引き渡されないように、わたしの部下が戦ったことであろう。しかし、実際、わたしの国は、この世に属していない」と言われたお言葉は、主が世俗的な地上の王であることを否定していた。従って、何ら皇帝に背く者ではない。ピラトはそれがわかった。そして、主を無罪だと判断した。だから釈放しようと考えた。
 しかし、イエス様はピラトへの答えで、ご自分が王であることを否定なさってはいない。むしろ明確に肯定なさった。「わたしの国は、この世に属していない」とは、逆にこの世に属さない国があることを意味する。従って、それが「わたしの国」なら、主はその国の王に他ならないからだ。それはこの世とはまったく異次元の国で、「わたしは、真理について証しするために生まれ、また、そのために世に来た」と言われた言葉は、まさに主が「私はその国の王だ」と宣言されたに等しい。 
 そもそも福音宣教中、主は弟子たちに「主の祈り」を教えられたが、その最も重要な一節に「御国が来ますように」(ελθετω η βασιλεια σου’)がある。それは直訳すれば、「あなたの王国が来ますように」(Thy kingdom come.)という意味だ。従って、私たちが実現を祈り求める福音的な国は本来「王国」なのだ。ところで、王国ならば当然そこには王がおられるが、天の父は「子にすべての人を支配する権能をお与えになった」(ヨハネ17;2)。そこに主がその王国の王である根拠がある。 

 主が王であることは納得できたが、ではどんな王なのだろうか?この問いは前の問いよりずっと重要だと思う。率直に言って、青年時代の私は王とか天皇とかが好きではなかった。もっとも現天皇は尊敬しているが、私の反感は戦争中に「天皇陛下の御ために」と滅私奉公を叩き込まれ、結局は騙されていたことを敗戦後に知った苦い経験に起因していた。そんな君主ならいない方がいい、と。歴史を見ると、良い王もいたが、民衆に圧政を強いた王や皇帝は枚挙にいとまがない。
 かつてのイスラエル民族の王たちもそうだった。預言者サムエルが初代の王サウロに塗油したのは、民衆が「私たちにも他の国々と同じように王をたててほしい」(サム上8;5)と要求したからだった。しかし、もともとモーセ以後の神の民には人間の王は存在せず、神のみが王で、そのもとで指導者に導かれた民はみな平等、というのが基本だった。それなのに「私たちにも王を」という要求は、神への異議申し立てだった。だからサムエルは不承不承塗油して王をたてたのだった。
 その代り、彼は預言した。「あなたたちは王の奴隷となる。その日あなたたちは、自分で選んだ王のゆえに、泣き叫ぶ」(サム上8;17,18)と。その預言通り、ダビデと僅かな王を除き、ほとんどの王は「主の目に悪とされることを行い」(列王上11;6)、民を不幸にした悪王、ダメ王の連続だった。そして、南北に分裂した王国は外敵に順次滅ぼされて行った。しかし、神はやがて救いの時が来るとその不幸を恵みに変え、もともと以上の神の王国を実現するために御子を遣わされた。
 それが主イエス・キリスト様に他ならない。もし主が世の王たちと同じような王だったら、私はそのような王国の一員になりたいとは決して思わなかっただろう。しかし、幸いなことに私たちが福音書を通して出会った主イエス様は、地上の王たちとはまったく違った。では、どんな王かと言うと、私は5つの特徴を挙げられると思う。そのうちの3つはこの主日の第二朗読ヨハネの黙示録1;5-8の中にヒントがある。
 第一にこの王は「今おられ、かつておられ、やがて来られる方」だということだ。この表現は4節と8節に2回繰り返されているが、主イエス・キリスト様を指している。しかし、8節は主を明確に「神である主」「全能者」と言い表し、主が人であると同時に神であることを宣言している。「わたしはアルファであり、オメガである」とは、同じ神性を別の言い方で言い表した表現であって、これは21章13節などにも現れる黙示録のリフレインとも言えるものだ。
 ちなみに、Α(アルファ)とΩ(オメガ)はギリシャ語アルファベットの最初と最後の文字で、世の初めと終わりを意味する。ちょっと面白かったのは、新約聖書ヘブライ語訳のこの箇所が「わたしはアレフであり、タヴである」と訳されているのを見つけたことだ。ヘブライ語アルファベットは最初の文字がא(アレフ)、最後の文字がת(タヴ)だからだ。それはさておき、主は世の初めから世の終わりまで栄光と力を保持し続ける王であられる。地上にそんな王はいなかったし、今もいない。不老不死の薬を求めた王はいたようだが、多くは惨めな死を遂げた。だが、主はそれとはまったく違う。
 次の特徴は、「死者の中から復活した方」であることだろう。ここでは復活に力点が置かれているが、死なれたからこそ復活があった。しかも、その死は十字架上のこれ以上ないほど苛酷な死だった。地上の王たちなら金の王冠をいただくのに、主は死の前には茨の冠をかぶせられた。それは何のためだったかと言うと、黙示録1;5は「わたしたちを愛し、ご自分の血によって(わたしたちを)罪から解放してくださった」と教える。そんな王は地上にいない。主はそういう王なのだ。
 第三の特徴は信じる人々を神の恵みで生かすため、世の終わりまで自らを糧として与える王であることだ。善政で民を飢えさせない王はいた。しかし、自らを食物としてその民を養った王はけっしていなかったし、今後もいまい。主は最後の晩餐でその食物をエウカリスチアの秘跡として制定し、教会を通してそれを信じる者たちに与え続けられる。みことばは人なられたが、今やパンの形色のもとにおられる。主は神の身分でありながら(フィリ2;6)そのような糧になられた王なのだ。
 第四の特徴は最後の審判を行い、人それぞれに報いる王であることだ。マタイ25;31-46はそれを伝えている。それによれば人の子である主は栄光に輝いて来臨し、すべての民を裁く。人はその時、いかに隣人を愛したかの基準で裁かれ、それぞれの報いを受ける。「最も小さい者の一人にしたことは、わたしにしてくれたこと」だからだ。旧約ではそもそも裁きは王の権能の一つだったが、世の終わりに主が万民を裁くのは、「地上の王たちの支配者」(黙1;5)だからに他ならない。
 最後の特徴は、貧しい人々を助け、病む人々を癒し、不幸に泣く人々を慰め励まし、私たち普通の者たちと辛苦を共にし、共に歩んでくださる方、人々に仕えることを率先して示された王であることだ。弟子たちの足を洗った師など前代未聞だ。それらすべては福音書が語る。王でありながら、王とは感じさせない王、「地上の王たちの支配者」でありながら、最も低い者となった王。この王であるキリストの祝日が想起させる主はそういう王だ。だから私は心服し、ずっとついていく。

 さて、これまで毎週のコラムを福音書中心に書いて来たが、典礼暦年がここで終わるのを機会にそれも終わりにしようと思う。わずかな読者がいることは知っているが、私は自分の老化防止と自分の興味からそれを書いて来た。しかし、老化防止なら他の方法もある。福音書解説に興味を失ったわけではないが、4年に一度同じ個所を取り上げるのには少し飽きが来た。だから、すくなくとも日曜日ごとの聖書コメントコラムは今回をもって一応休止符を打つ。
 今後どうするかははっきり決めていないが、8月以来一念発起して旧約聖書を原典ヘブライ語で通読し始めた。今はそれに興味があり、それを通して旧約聖書を今までとは違う視点で考えるようにもなった。だから、それについて書くかも知れない。また聖書以外のもっと一般的で身近なこと、社会や生活の問題も考察してみたい。いずれせよ、数少ない読者に上記変更をお知らせし、今までアクセスくださったことに心から感謝したい。Thanks! Mercis! Gracias! ありがとう!
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その日その時

 いよいよ今年も典礼暦年の終わりに近づき、年間第33主日の福音マルコ13;24-32も終末の予言を伝える。それは世の終わりのことだ。読んでみると、この章節はイエス様がその時になさった予言の一部に過ぎないことがわかる。それは弟子たちが神殿の巨石と建物を見て、何と見事かと称賛したことが発端だった。主は彼らに相槌を打つどころか、むしろそんな称賛に冷や水を浴びせ、神殿や巨石ばかりか、現世界の全てが崩れ去る時の到来を予告されたのだった。
 想像すらしていなかったことを聞いて、おそらく弟子たちは驚愕したのだろう。彼らは「おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか?そのことがすべて実現するときには、どんな徴があるのですか?」と尋ねた。非常に気になったのだ。そこで、主は彼らの質問に答えて、その徴候の方からお話しになった。「これらのことがみな起こるまでは、この時代はけっして滅びない」(マルコ13;30)と言われたが、「これらのこと」はこの主日の章節の前に書かれている。
 では、そこではどんな事柄が予言されたかと言うと、多数の偽キリストの出現、戦争、地震、飢饉、主を信じる者に対する迫害、家族内の対立、ユダヤの滅亡、未曽有の苦難などだ。しかし、ここにはユダヤの滅亡と世界の終末とが混ざり合っていて、はっきりとは区別されていない。おそらくマルコの福音書が書かれた時、エルサレムはまだローマ軍によって破壊されていなかったのだろう。しかし、それが西暦70年に起こったことはその後の人たちよく知っている。 
 従って、マルコ13;5-13は世の終わりまで当てはまることだが、同13;14-20はユダヤとエルサレムが滅亡した時だけの予告だと見るべきだろう。しかし、続く同13;21以降は再び私たちの時代にも当てはまる予言と警告になるのだと思われる。そして、多くの苦難の後、遂に人の子が来られると予告される。その前兆は太陽が暗くなり、月が光を放たず、天体が揺れ動く天変地異だ。人の子の来臨はその後で、「大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来る」と描かれている。

 「太陽が暗くなり、月が光を放たず、星は空から落ち、天体が揺れ動かされる」という描写を読むと、これは大地が平らで、半ドーム型の天空に星が散りばめられていると考えられていた時代の世界観で語られていることがわかる。現代の宇宙観では星雲と星雲の衝突や融合による大変動等は考えられるが、星が空からぱらぱら落ちることは考えられない。従って、解釈は文字通りではなく、想像を絶する何らかの大変動が起こることは確かだという予告と解釈すべきだろう。
 しかし、この予言を読むと、主が弟子たちの質問をはるかに超えたところに踏み込まれたことがわかる。弟子たちは神殿の石が崩れ去るという予言に不安を感じて、それがいつ起こるのか、どんな前兆があるのかと尋ねた。彼らの関心は神殿のことと、せいぜいユダヤの将来のことぐらいだった。しかし、主はユダヤの悲惨な命運のことも予告なさったが、それ以上に全人類の全歴史の終わりに実現する全世界の終末にまで言及されたのだった。
 ただ、戦争、地震、飢饉、主を信じる者に対する迫害、家族内の対立、偽キリストの出現等、人の子が来られるまでのいろいろな徴候は、以後2000年の人類史の中で何回も地球上のいろいろな所で起こって来た。これが世の終わりではないかと思われたのに、そうではなかったことがどれほどあったことか。そもそも初代教会の人々は、聖パウロも含めて、主の再臨は近いと信じていた。しかし実際はそうではなく、教会は2000年もその日その時を待ち続けてきた。
 この経験に照らすと、地球温暖化、資源の枯渇、無信仰者の増大、偽キリスト的人物の輩出、テロリストの核兵器による人類破滅の危険等があっても、それを世の終わりの徴候に当たるなどと、安易に当てはめない方がいいことがわかる。確かに人の子が来られる前には、地上にそういう悪の跋扈、騒乱や不安材料が急増するだろう。しかし、人の子の来臨がいつかわからない以上、そういう事柄や出来事が終末の徴に当たるとは、ことが成就するまでは誰も言えないのだ。

 主は弟子たちの2番目の質問には尋ねられた以上のことを話されたが、「そのことはいつ起こるのですか?」という最初の質問には答えを明かされなかった。「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存知である」と答えられたが、これは答えないために言われた返答だった。しかし、「子も知らない」とはどういうことだろうか?主が父の子として神であれば、知識は共有なさっておられたはずなのに、本当に知らなかったのだろうか?
 折しも日本では野田総理が国会を解散させて、多くの人を驚かせたところだ。解散権は首相の専権と言われる。何人もこれを簒奪することはできない。私はこの専権が「子も知らない」と言われた主のお言葉を解釈する参考になると思う。神の独り子である以上、父がご存知のことを主が知らないはずはない。しかし、それは「その日その時がいつか」についての知であって、それを決定・発表するのは父の専権だ。「子も知らない」とは、その専権は子にはないという意味だと言えよう。
 その日その時を知らないのは私たち1人ひとりの人生の終わりに似ている。昨日、女優の森光子さんが死去なさった。人がいつか死ぬことは100%確実だ。しかし、その「いつか」はわからない。100%不確かで、神様のみがご存じだ。世の終わりもそれに似ていて、その日その時がいつかは、人には100%隠されている。しかし、それがいつか来ることは100%確かだ。そして、まさにその時、人の子は栄光に満ちて来臨し、救いのみ業を最終的に完成される。そう信じるのがキリスト者だ。
 マルコ13;24-32は、キリスト者が主日のミサで毎週、「主は栄光のうちに再び来られ、生ける人と死せる人を裁かれます。その国は終わることがありません」と表明する信仰宣言の根拠になっている。もっとも、世の中には、世の終わりというものはいつか来るだろうが、キリストの来臨などはあるわけがない。そもそも人は死んだら終わりだから、自分が死んだ後の世の終わりなんて関係ない、という人もいるだろう。しかし、主の予言は真実だとして、キリスト者はそれに賭ける。
 主は言われた。「そのとき、『見よ、ここにメシアがいる』『見よ、あそこだ』と言う者がいても、信じてはならない。偽メシアや偽預言者が現れて、しるしや不思議な業を行い、できれば選ばれた人たちを惑わそうとするからである。だから、あなたがたは気をつけていなさい」(マルコ13;21-23)と。その予言がどう実現され、選ばれた人たちがどう呼び集められるのかもわからないが、その日その時の到来を確信して、心の目を覚まして待つ。それが主のお言葉に賭けた者の覚悟だと思う。

あるやもめの献金に思う

 今年の年間第32主日の福音はマルコ12;38-44で、その後半は貧しいやもめの献金の話だ。イエス様はエルサレム神殿の賽銭箱の近くに座り、人々が献金する様を見ておられた。賽銭箱には雄山羊の角でできた投入口があって、貨幣を落とすと音を立てたそうだ。それは他人にも聞こえ、よく見えたので、金持ちたちはこれ見よがしに大金を入れた。ところがそこへ一人のやもめがやって来て、レプトン銅貨2枚、つまり1クヮドランスを献金した。当時それは最小単位のお金だった。
 人々は「何だ。あれっぽっち…?」という目で彼女を見たのではなかろうか。おそらく主の弟子たちも同じような気持ちを顔に出したのだろう。それを見て取られた主は彼らを呼び寄せて話された。「あなたがたによく言っておく。あの貧しいやもめは、献金箱に投げ入れている人の中で、誰よりも多く投げ入れた。ほかの人は有り余る中から投げ入れているのに、あのやもめは乏しい中から、その持っているすべて、生活費のすべてを投げ入れたからである」と。

 実は4年前の11月にもこの話題を考察したが、今回もまた取り上げる。そのわけは前回の推測に間違いがあったと気付いたので、訂正したいからだ。前回、私はイエス様が神殿のどこにあった賽銭箱の前におられたかという問題で、ニカノール門の所ではないかと書いた。だが、それは間違いだった。男女はそれぞれの庭にいたと思ったのでそう推理したが、男たちは「女たちの庭」には入れたし、何よりも賽銭箱は庭中央のニカノル門にはなく、「女たちの庭」の回廊にあったからだ。
 とは言え、賽銭箱はその回廊に13箱もあった。そうなると、主がどの賽銭箱の前におられたのかという疑問は依然として残る。ところで、それはエルサレムの神殿がどう造られていて、賽銭箱がどう配置されていたかを知らないと答えようがない。では、それはどうなっていたかというと、もちろん当時の神殿はヘロデ王が完成したものだが、庭は「祭司の庭」、「男たちの庭」、「女たちの庭」、そして「異邦人の庭」の4つに別れていた。前回と同じ図だが、それを見るとよくわかる。
エルサレムの神殿図

 異邦人も「異邦人の庭」には入れた。しかし、囲いのある他の3つの庭にはイスラエル人しか入れなかった。ただし、イスラエル人でも、「祭司の庭」には祭司しか入れず、「男たちの庭」にはイスラエル人の男しか入れなかった。ところが、「女たちの庭」には女性だけでなく、祭司も一般男性も、イスラエル人なら誰でも入れた。だから、誰もが献金できるよう賽銭箱は全部がその庭の回廊に置かれたのだろう。ちなみに賽銭箱はヘブライ語ではオーツァール(אוצר)と呼ばれた。
 しかし、13箱は回廊に等間隔に並べてあったのではなく、おそらくその入り口に置かれていたのだと思われる。もしそうだったとすれば、「女たちの庭」には3つの入り口(門)があったから、南と北の門の左右に2個ずつ合計8個、東側の広いコリント門には合計5個が置かれていたのではあるまいか。「男たちの庭」にも入り口が6か所あったが、そこには賽銭箱が置いてなかった。だから、献金したい男たちは賽銭箱のある「女たちの庭」の門から入らなければならなかっただろう。
 わけてもコリント門は「祭司の庭」と「男たちの庭」へとまっすぐ進めたから、最も大勢の人々が通った入口ではなかったかと思われる。そうすると、イエス様が座って見ておられたのは、きっと「女たちの庭」に入るコリント門の賽銭箱だったに違いない、という答えが出る。でも、座る所はあったのかと言うと、あった。文献によれば「女たちの庭」の回廊下には14段の石段があった。おそらく、主はその石段に斜めに腰かけておられたのだと思われる。これが私の新解釈だ。

 さて、もう一つ訂正しなくてはならない点がある。それはイエス様がこのやもめの献金をきっかけに、弟子たちに何をわからせようとなさったのかという、この話題の最も中心的な問いだ。私は今まで主がこのやもめの献金を称賛し、後世への手本として推奨なさったと受け止めていた。しかし、今は主が教えようとなさったのはそういうことではなかったと思う。むしろ献金行為に対する人々の相対評価的な見方を、絶対評価的な見方に転換させようとされたのだと考える。 
 もちろん主がそのやもめの行為にいたく感動されたことは確かだ。私たちも彼女の実情を知ると、確かに主が言われる通りだ。彼女は誰よりも多く献金したと深く感動する。とは言え、彼女の知られざる実情は主が神の御子だからこそ知り得たので、普通人は知り得なかったことだ。従って、明かされるまでは実情を知らなかったから、外面的に評価してしまった。しかし、他人の心の内まで見て評価することなどそもそも普通人には無理な注文だ。主はそれを求められたのではないと思う。
 また、そのやもめが「乏しい中から、その持っているすべて、生活費のすべてを投げ入れた」ことを称賛し、あなたがたもそのように全財産を献金しなさいと推奨なさったのでもないはずだ。そんなことをすれば誰もが明日から生活に窮し、社会は瓦解するからだ。確かに主は「明日のことは明日が思い悩む」と、神への信頼を教えられた。しかし、ぶどう園の喩え(マタイ20章)では自助努力も教えられている。皆が全財産を献金するような無謀な行いを主が奨励されたとはとても思えない。

 では、主は何を教えようとされたのだろうか?主は貧しい彼女が全生活費を献金したと言われたが、私はそれを称賛ではなく、まず事実を言われたのだと見る。「ほかの人は有り余る中から投げ入れているのに」彼女は全部を入れたと比較するための事実だ。そして、主はそこから誰が最も多く入れたかという問いに、「あの貧しいやもめは、献金箱に投げ入れている人の中で、誰よりも多く投げ入れた」という答えを出し、人々や弟子たちの常識的な物の見方を根底から覆されたのだ。
 つまり、比較は単純な見かけの数量によってではなく、比べられるものの実情を考えてしなさいということで、それが主の教えようとされた最低限の諭しだったと思う。コップとバケツでは入る水の量は大違いだが、満杯になった二つは「満杯」という点では同じように、人も相対評価だけでなく絶対評価せよということだ。そして、もし比較対象をよく知らないと自覚したら、その時は軽率な評価は控えよということになる。それは「人を裁くな」の教えにつながる副次的メッセージでもある。 
 次に主は真の献金が痛みを伴ったものであると言うことに気付かせたのだと思う。例えば現代の献金なら、億万長者の1万円と小遣い月100円の子の100円の場合、どちらら懐に痛みを感じるだろうか。前者にとってはあり余る中からのはした金だから痛くはないだろうが、小遣い月100円の子には100円は全財産だ。痛いにきまっている。だが、その痛みがあってこそ献金は価値がある。痛みは献金の証しなのだ。財布のお掃除みたいに出す1円なら痛まないから証しにはならない。
 しかし、この貧しいやもめの献金にはそれ以上の何かがあった。思うに、それは彼女の命がけの思いが込められていたからではなかろうか。旧約のサレプタのやもめ同様、彼女は生活費のすべてを神に献げて何かを祈ったのだ。義務、ルーチン、自己満足、虚栄等に過ぎない献金とは質が違う。彼女は真剣さと切実さでも他の誰よりも多くを賽銭箱に投げ入れていたのだ。情けないことに、私はそんな献金はしたことがない。だから、せめて痛みを感じる献金ぐらいは続けたいと思う。

最も重要な掟

 イエス様はすでにエルサレムに入っておられた。年間第31主日の福音マルコの12;28b-34は主がそこで一人の律法学者と対話されたことを伝えている。彼は主に好感を持って近づいた。わけは主が復活のことでサドカイ派の人たちを見事に論破なさったからだろう。律法学者はほとんどがファリサイ派で、死者の復活を信じていたから、その点ではサドカイ派と対立していた。だから、彼は彼らが言い負かされるのを見て快哉を感じ、主にもう一つだけ確かめておきたいと思ったのだろう。
 彼は主に「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか」と尋ねた。主は答えて言われた。「第一の掟はこれである。『イスラエルよ、聞け、私たちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない」と。要するに全身全霊を尽くして神と隣人を愛しなさいということだ。
 これは聖書の中で人のなすべき最も大事なことが、イエス様によって明言された箇所だ。「聞け、イスラエルよ」という第一の掟は申命記6;2-6にある。だから、教会はこの主日の第一朗読でそれを読ませるのだが、イスラエル人ならその言葉を知らない者はいなかったはずだ。そして、第二の掟はレビ記19;18にある。そうだとすると、イエス様のお答は新しくも何ともなく、ただ旧約の教えを再確認したに過ぎないではないかと、この対話を過小評価する人がいるかも知れない。
 しかし、それは違う。それまで人々はその二つを知ってはいたが、それらを余りにも多い他の諸々の掟と並べて受け止め、その二つの掟がそれほど重要だとは意識していなかった。ところが、イエス様は律法学者の質問をよい機会として、掟の中で最重要なものがどれかをここで簡潔明瞭にお示しになった。それは籾殻の中に落ちたダイヤを見つけ出して見せたたようなもので、全ての掟をそのように要約した預言者や知者は過去に誰もいなかった。実に見事な旧約の新鮮化だったのだ。
 第二の掟は最後の晩餐では「新しい掟」に表現し直されるが、新約における掟の体系はここで初めてその頂上が明らかになった。モーセの十戒も山上の説教の戒めも、すべてはこの愛の掟の下位につながり、それによって意味づけられることになる。だから、「律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている」(マタイ22;40)とも、「愛は律法を全うする」(ローマ13;8-10)とも言われるのだ。そして、「神を愛していると言いながら、兄弟を憎む者がいれば、それは偽り者です。目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません」(一ヨハネ4;20)という観点からすれば、この二つの掟は愛せよという唯一最重要な掟の表裏に他ならないとも言える。だから聖アウグスティヌスは“Dilige, deinde fac quod vis"(愛せよ。しかる後、汝の欲することをなせ)と言ったのだ。

 しかし、「なぜ神を愛しなければならないのか?一方的ではないか。私を愛せよと言うが、そう命じる神は我々を愛しているのか?」と問う人がいるかも知れない。もっとも、「聞け、イスラエルよ、…あなたの神を愛せよ」と命じたのはモーセであって、神ではない。その誤解を指摘した上で言うと、確かに旧約では、神はイスラエル民族には愛を示し、「わたしは恵もうとする者を恵み、憐れもうとする者を憐れむ」(出33;19)と言われたが、万民にはそうは言われなかった。
 だがそれは救いの計画の途中だったからだ。新約では神の愛は普遍的であることが明確になった。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」(ヨハネ3;16)と言う啓示がそれだ。世とは全人類を指す。だから使徒ヨハネは、「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、…御子をお遣わしになりました」(一ヨハ4;10)と書いた。先に愛したのは神なのだ。それは逆の意味で一方的だった。ここに神と隣人を愛しなければならない掟の根拠がある。

 主の答えを聞いたその律法学者は言った。「先生、おっしゃる通りです。…『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛し、また隣人を自分のように愛する』ということは、どんな焼き尽くす献げ物やいけにえよりも優れています」と。彼が神と隣人への愛を燔祭の献げものや犠牲と比較したのは、それらを司る論敵サドカイ派の祭司たちに対する皮肉もあっただろうが、何よりも彼の念頭をよぎったのが預言者たちの言葉だったからだろう。 
 かつて預言者アモスは背信のイスラエルをこう告発した。「主は言われる。…わたしはお前たちの祭りを憎み、退ける。祭りの献げ物を喜ばない。たとえ焼き尽くす献げ物をわたしにささげても、…わたしは受け入れず、肥えた動物の献げ物も顧みない」(アモス5;21,22)と。 そして、預言者イザヤはユダヤの民に、「お前たちのささげる多くのいけにえがわたしにとって何になろうか、と主は言われる。雄羊や肥えた獣の脂肪の献げ物にわたしは飽いた。…むなしい献げ物を再び持って来るな。・・・お前たちの血まみれの手を洗って清くせよ。…悪を行うことをやめ、善を行うことを学び、裁きをどこまでも実行して、搾取する者を懲らし、孤児の権利を守り、やもめの訴えを弁護せよ」(イザヤ1;11-17)と言った。

 律法学者の反応はまことに素直で、その感想は当を得ていた。イエス様はそれに感心なさったようで、彼にこう言われた。「あなたは神の国から遠くない」と。このお言葉を伝えたのはマルコだけで、それはマタイにもルカにもないが、たいへん興味深い。「神の国から遠くない」と言われたのだから、そこにかなり近い。だが、まだそこから距離がある。その地点にとどまったままでは、結局神の国には入れないですよ、と言う意味だと思われる。
 では、なぜ「あなたは神の国に入れる」と言われなかったのだろうか?彼は神と隣人を愛することが最重要な掟であることをよく理解できた。それはすばらしい。だから「遠くない」と言われた。だが、理解しただけではだめなのに、もしあなたは神の国に入れると褒めたら、彼はそれでよいと思ってしまっただろう。だから、主は「遠くない」と言われたのであろう。もしそれを理解した上に実践していたら、彼は「あなたは神の国のすぐそばにいる」と言ってもらえたのではなかろうか。 
 聖書温故知新であるからには、では現代に生きる自分はどうかと自問しなければなるまい。毎週日曜日のミサに与り、祈りをささげ、献金をしていても、もし愛がなければ私も預言者たちが非難したイスラエル民族と大差ないことになる。全身全霊を尽くして神を愛し、隣人を自分のように愛しているか?自分の心に神と隣人の居場所はあるか?その答えを得たら少しでも実践する。それなしには今日の福音を学んでも、「あなたは神の国に遠くない」と言われるにとどまると思う。
プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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