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どちらがましか

聖地の石臼
  ロバが回した石臼 カファルナウムで撮影

 年間第26主日の福音はマルコ9;38-48で、イエス様が不寛容を戒め、弟子に対する一杯の水への報い、躓きの重大さを教えてくださった章節だ。ここでは寛容と躓きのテーマを一考してみる。短気故に雷の子と呼ばれた使徒ヨハネは、弟子ではない者が主の名を使って悪霊を追い出しているのを見てやめさせようとした。そして、それを主に報告した。すると主は、「やめさせてはならない。…わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである」と、彼をたしなめられた。
 悪霊追放は我々の専売特許と言わんばかりに、ヨハネは他者をやめさせようとした。しかし、そういう非寛容さは人々から狭量さへの反感や軽蔑を買い、助かる機会を奪われた人たちからは恨まれかねない。それよりも、良いことは誰がやっても良いのだと、善が行われる方を喜ぶべきだ。誰であろうと主の名によって善を行うのなら、その栄誉は主に帰せられる。妨害して反感や恨みを買うより、逆らわない者は味方と見る方がどれほどましか。主は度量の広さをそう教えられたのだ。 
 それにもかかわらず、思えば教会も長い歴史の中で非寛容なところがあった。第二バチカン公会議はそういう排除の論理を反省し、キリスト教以外の諸宗教にも神の真理が潜在していることを認め、それらを信じる人々に敬意を払い、彼らと対話する姿勢を全教会に勧告した。ましてや宗派が違ってもイエス・キリスト様を主と信じ、その福音に従って生きるプロテスタントや聖公会等のキリスト者ならなおさらだ。彼らもそうだが、私たちは悔い改めなければならないと思う。 

 42-48節は主を信じる小さな一人を躓かせる者への警告だが、そこには自己処罰に似た4つの厳しい例がある。これは実際そうせよという勧告ではなく、そうする方がましなくらいだという喩えだと解釈すべきだが、それにしてもこんなにショッキングな喩えは他にあるまい。もちろんそれは躓きの重大さを脳裏に深く刻みつけるためであって、実際はほとんど実行できない大げさな喩えだと、私は今までそう受け止めて来た。しかし、読み返してみると、再考の余地があるなと感じた。 
 最初の例には、小さな一人を躓かせる者は大きな石臼を首に懸けられて、海に投げ込まれる方がよいとあるが、「躓かせる」は「躓かせた」ではなく、行為前の話だから、それは躓かせた罰ではない。そのことはまず確認しておく必要があろう。これは躓かせるよりも、躓かせないよう首に石臼をつけて海に投入される方がましという選択の問題で、そこには①躓きと命、②躓かせて生きる命と躓かせないため捨てる命という、二重の価値比較がある。そのどちらがましかという比較だ。
 海とはガリラヤ湖のことだが、人は石臼を首に懸けられてそこに投げ込まれたら、確実に死ぬ。従って、そこには躓かせて罪を犯すよりは命を失った方がよい。つまり躓かせないことは命に優るという価値判断がある。そして、もう一つは躓きの罪を犯して生きるよりも、犯さずに命を失う方がよいという価値判断だ。人は石臼をつけて海に投げ込まれて死ねばもう躓かせることはない。しかし、ではそうすればこの問題はすべて解決するのかというと、実はそうでもないのだ。
 なぜなら次のような疑問が湧くからだ。まず、そのように死んだら、人は地獄ではなく、神の国入れるのか?次に、小さな一人を躓かせないための解決は、海に投げ込まれる以外に方法がないのか?第三に、もしそれを真に受けて本当に実行しようとする人がいたら、どうするのか?等という疑問だ。ところで、この喩えではこの後の片手片足片目の3例でのようには、神の国に入れるとは書かれてない。もっともこの例では、神の国入りが暗黙の前提として語られたのかも知れない。
 いずれにせよ、手の例なら両手を持って地獄に行くより、片手で神の国に入る方がよいと言えるが、全身が海に投げ込まれる場合は、全身は半々にできないからそうは言えない。躓かせるよりも海に沈んで死ぬ方を選ぶのだから地獄へは行かないだろうが、さりとてそんな行為だけで神の国に入れるとも言い難い。だから、その言質を与えられなかったのではなかろうか。ところで、そのように死んでも神の国に入れないなら、その行為は何にもならないだろう。ということは主がその行為を推奨したわけではなく、躓きの重大さをわからせるために話されただけだということを意味する。
 次に2番目の疑問だが、石臼を首に懸けられるとは、他人に強いられて懸けられるのではなく、自ら懸けるか、他者に頼んで懸けてもらう意味だろう。小さな一人を躓かせそうな自分を自覚するのは自分であって、他人はそんなことは知らないし、知っても人様の首に石臼を懸けて海に沈める権利などないからだ。では、小さな一人を躓かせないために、そんなふうにして海に投げ込んでもらう以外に躓かせることを避ける方法はないのかというと、そんなことはない。いくらでもある。
 そうだとすれば、この例は主を信じる小さな一人を躓かせることが、それほど重大な事だということを肝に銘じさせるためのショック療法的な喩えに他ならないことがわかる。実際にそうせよという勧めでもなく、首に石臼を懸けられて海に沈めば躓かせずに済むという話でもない。ましてやこの喩えを真に受けて実行しようとする人がいたら、それは間違った解釈だよと、止めに入らなければなるまい。

 以上の考察は続く3例にも当てはまる。主は片方の手足目があなたを躓かせるなら、片手片足は切り捨て、片目は抉り出せ。両方の手足目がそろったまま地獄に入るより、片手、片足、片目になっても神の国に入れる方がよいと言われたとある。しかし、死んだ人は地獄にも神の国にも生前のままの体では入らない。なぜなら、両手、両足、両目のままであれ、片手、片足、片目であれ、死ねば人の体は復活の時まで朽ち果てたり焼かれたりして、骨になって残るだけだからだ。
 だとすれば、実際は片手、片足、片目で神の国に入ると言うことも、両手、両足、両目のまま地獄に行くこともないことがわかる。それなのに主がそういう話をなさったということは、第一に躓かせる悪と体の一部分を失う悪ではどちらがましか、完全な体で滅びるのと欠陥があっても神の国に入れるのではどちらがましかを喩えで話して、比較しやすかったからに他ならないだろう。その証拠は3つの例がどれもペアだということにある。
 目は別として、体の部分では口や舌、頭脳や性器等の方が手や足よりもずっと人を躓かせることが多いはずだ。それなのにそれらを例に使われなかったのは、手足や目のように片方だけでも使えるペアではなく、躓きの悪と比較しにくかったからではなかろうか。実際、口、頭脳、性器を持ったまま地獄に行くより、それらなしでも神の国入る方がましだなどと言ったら、あまりインパクトはなくわかりにくい。記憶にも鮮烈には残らず、むしろ失笑を買いかねない。
 そもそも片手、片足を切断し、片目を抉り出すという荒療治は、小さな一人を躓かせた罰ではなく、躓かせないための予防的処置だ。つまり、躓かせるよりも体の一部分を失う方がましだという価値の軽重を教えられたのだ。では、躓かせないためには片手、片足を切り、片目を抉り出すしか方法がないかというと、そんなことはない。方法は他にもある。してみると、このショッキングな喩えは、ことの重大性を人々に強烈にわからせるための喩えに他ならないのだと結論できる。
 従って、まさかとは思うが、もし誰かが本当に手足目の片方を犠牲にして、躓きを避けようとするならば、それは見当違いも甚だしいと言うしかない。主はそんなことをさせるためにこの喩えを話されたのではなかった。また、そんなことをしても躓きは防げない。片手片足片目でも、悪い心と舌先三寸があれば、人は何回でも他者を躓かせ得る。大事なのは躓きが自分の片手片足片目を失うよりも重大であり、神の国はそれらを失ってでも入るに値すると理解することだ。主はそれを教えられたのだ。そして、最も大事なのは主を信じる小さな一人を自分が躓かせないことにある。
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平等以下になる心構え

 年間第25主日の福音はマルコ9;30-37だ。その前半はイエス様が受難と復活を再び予告されたことを伝え、その後半は誰が一番偉いかと議論していた弟子たちに、主が人の上に立つ者はどうあるべきかを教えられたことを書いている。第一朗読の知恵の書2;12,17-20は、福音のその前半部分と関係が深く、第二朗読のヤコブの手紙3;16-4;3は、福音の後半部分とのつながりで読むと、より複眼的な福音理解に役立つ箇所だと思う。
 知恵の書2; 18はこう語る。「本当に彼が神の子なら、助けてもらえるはずだ。敵の手から救い出されるはずだ」と。これは神を信じない者が信じる者を死に追いやり、神の助けが本当にあるかどうかを試して口にする言葉だが、イエス様が十字架につけられた時、その下から祭司長たち、律法学者たちや長老たちが、「神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから」(マタイ27;43)と、主を侮辱した言葉とそっくりだ。
 主は受難の予告でその言葉までは言われなかった。だが、それはやがてゴルゴタの丘で言われる。マルコ9;30は「一行はそこを去って、ガリラヤを通って行った」と書いているが、「そこ」とはご変容の山の麓だ。「ガリラヤを通って」とは、もうこの地方を巡回しなかったということだ。では、どこへ?エルサレムへ。ガリラヤでの福音宣教は終わった。残るは都エルサレムでの受難と復活という救いの業の成就だった。だから、主はそれを予告し、弟子たちに意識させたのだ。

 この章節を読むと、弟子たちの不安定な心理状態がわかる。彼らは受難と復活の予告がどんなことかわからなかった。無理もない。今の私たちは何が起こったかを知っているから予告の意味がわかるが、事が起こる前の彼らにはまったく見当もつかなかったに違いない。しかし、ペトロが主を諌めて叱責された後だ。何か言ってまた叱られることも怖かったのだろうが、主が殺されることを確かめることはもっと怖かったのだろう。弟子たちは恐れて、もう誰も尋ねられなかった。
 彼らは何とも奇妙な心理状態にあったようだ。一方には主が殺されていなくなる不安があったが、他方では世俗的出世欲が膨らんでいた。だから、道々彼らはメシアの王国が実現したら、誰がどの大臣になるかを想定して言い合っていた。主が殺されてしまえば、そんな出世の想定は無意味になるのに、その不吉な未来は来ないかの如く、彼らは誰が一番偉いか議論したのだ。彼らには世俗的欲望と主の死の不安という、水と油のように異質な二つの現実が併存していた。
 そこでカファルナウムに着いた時、イエス様は彼らに「途中で何を議論していたのか」とお尋ねになった。実は主には全部聞こえていのだ。彼らが黙って答えなかったので、主は座り、12使徒に教えて言われた。「いちばん先になりたい人は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者となりなさい」と。私はここに今日の一番実用的なメッセージがあると思う。それは上に立つ者はどうあるべきかを諭している。つまり、主の弟子なら、平等以下の僕になって使える心構えだ。
 それについて多くの説明は必要はないが、少々言えば、「すべての人の後になる」とは自分をだれよりも至らない、末席が一番ふさわしい者だと自覚することを意味するだろう。そして、「すべての人に仕える者」とは、立場が一番下の、皆の下僕か皆の下女だと自認することに他なるまい。私は思いがけなくも7月以来、さる社会福祉法人の理事長になってしまった。だから、主が弟子たちに与えたこの戒めは、私にも大いに関わりがある教えとして心に刻み込んでおきたいと思う。

 すべての人に仕える者になるのは、言葉ではわかっても実践は易しくはない。使徒たちも例外ではなかった。だから、主はその後も機会あるごとにそれを教え込まれた。ヤコブとヨハネ兄弟が「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください」と願った時(マルコ10;35-45)もそうだ。他の弟子たちは二人の厚かましさに憤慨したが、その時も主は、「あなた方の中で偉くなりたい者は、皆に仕えるものとなりなさい」と諭された。
 そして、最後の晩餐では弟子たちの足を洗われた。洗足は来客にする下僕の仕事だった。主は言われた。「あなたがたは、わたしを『先生』とか『主』とか呼ぶ。そのように言うのは正しい。わたしはそうである。ところで、主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから、あなたがたも互いに足を洗わなければならない」(ヨハネ13;12-17)と。足を引っ張り合うどころか、互いに赦し合い、僕のように他の人々に仕えなければならない模範を、主は示されたのだ。
 そんな教えが一般社会で行われるわけはないが、せめて主の福音を告げ伝える教会では実践されてほしいものだ。しかし、それは初代教会においてすら、早やないがしろにされがちだったらしい。第二朗読のヤコブの手紙はその一端を証明していると言えよう。4章1節には、「何が原因で、あなた方の間に戦いや争いが起こるのですか」とあるからだ。互いに争う者はイエス様を模範とせず、人に仕えることなど考えもしない者に他ならない。人間的弱さが勝ってしまったのだ。
 現代日本の教会ではすべての人に仕える精神は生きていると思う。しかし、時として怒鳴りまくり、権威をちらつかせる司祭もいなくはない。不幸なことに私は過去20年間にそういう神父に2人会ってしまった。一人はパワーハラスメントの権化のような人物だった。赦さなければならないが、そういう職責にありながらそういう在り方をすることは許してはならないと思う。もし主がかつてのお姿で現れたら、きっとそのような現代の弟子をたしなめるか叱責なさるに違いない。
 主はその時、一人の子供を12使徒の真ん中に立たせ、その子を抱きあげて言われた。「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなく、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである」と。かつてのイスラエルでは子どもは無力で取るに足りない者の代名詞だった。しかし、主はそれを大切にすることは自分を大切にすること、ひいては天父を尊ぶことだと諭された。心に刻みたい教えだ。

覚悟のほど

 年間第24主日の福音はマルコ8;27-35、第二朗読はヤコブ2;14-18だ。両方ともイエス・キリスト様を信じる者に、その覚悟のほどを問う箇所だと思う。
 福音書はイエス様が再びガリラヤを離れ、今度はフィリッポのカイザリア地方に行かれたことを伝える。ガリラヤ湖から2、30キロ北、ヨルダン川源流の地方だ。やはり弟子教育のためと、ファリサイ派の人々等との接触をしばし避けるためだったと想像するが、その地方にも主に心服する人がいて招いたから行かれたのではなかろうか。その地方の村々を回られたとあるから、もちろん福音宣教もなさったことは間違いない。
 そんな道中で、主は弟子たちに「人々は私を何者だと言っているか」とお尋ねになった。弟子たちは人々の噂をあれこれ言ったが、主は「では、あなた方はわたしを何者だと思っているのか」と問われた。すると使徒ペトロは答えた。「あなたは、メシアです」と。それは実に殊勝な正解であった。彼は使徒団を代表してそれを宣言した観がある。しかし、主はそのことを誰にも話すなと口止めなさった。正しい答えでも、それはまだ秘密にしておくべき事柄だったのだ。
 マルコにはないが、マタイの福音書では主が使徒ペトロの言明を褒め、彼の上に教会を建て、天の鍵を彼に授けると言われた有名なお言葉が書き残されている。しかし、その言明を誰にも話すなと口止めなさった点ではマルコと共通だ。この後で起こる山上でのご変容は3使徒だけの秘密として口止めされたが、イエス様がキリストだというこの時の言明は、おそらくそば近くにいた使徒たちだけになさった口止めだったのだと思われる。
 これはしばし歩みを止めてなさった会話だったように想像するが、他の弟子たちも追いついた所で、イエス様は突然彼らがまったく思ってもいなかったことを話し始められた。「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている」という最初の受難予告だ。彼らにとって、それはまさに青天の霹靂で、驚愕だけでなく、恐怖さえ呼び起こしたに違いない。もっとも、主はこのことは口止めされなかった。
 この予告の重大性はペトロの言明の比ではなかった。だが、それは彼らのメシア理解の言明を前提にしていた。ところが使徒ペトロはこの重大な主の打ち明けを聞くと、主をわきに呼んで諌め始めた。主の質問に正解を答えたことで、彼は少し天狗になっていたのかも知れない。「諌める」は原典ではepitimanだが、動詞epitimaoは「叱責する、厳しく注意する」意味で、「とんでもない!そんなことを言ってはだめじゃないですか」と、おこがましくも彼は主を咎めたのだ。
 すると主は彼の方に向き直り、すごい剣幕で、「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている」と厳しく叱責なさった。この叱責でも同じ動詞が過去形epetimehsenで使われていて、そこから二つのことがわかる。使徒ペトロは「あなたはキリスト」と言ったが、本当はまだその真意をよく理解していなかったことが一つ、もう一つは受難と復活が主にとっていかに重要だったかということだ。サタンと言われたのは、ペトロがそれを否定しようとしたからだった。

 それは主の重要なお言葉をもう一つ引き出した。その時、主と共に歩いていたのは弟子たちだけではなく、群衆も少し後ろを歩いてようだ。そこで、主は群衆も弟子たちも呼び寄せて言われた。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである」と。主がそう言われたのは、そこにいた群衆が信じる人々だったからだと思う。
 ここにこの主日の福音で最も重要なメッセージがある。そのお言葉は主イエス様をメシアとして信じる者の覚悟のほどを問いただしているのだ。「それは無理だ。理解できない」と拒否するならその人はキリスト者ではない。「人間のことを思って」いて、その次元から出ないからだ。「理解できても無理に近いと感じるが、それでも主に従いたい」と決意するなら、その人はキリスト者だと言えよう。「神のことを思って」、神様の計画を信じる次元に踏み込もうと人生を賭けるからだ。

 ただ、この時イエス様が本当に「自分の十字架を背負って」と言われたか、とういうことには私は疑問を持っている。なぜなら、まだこの時点では、主の十字架刑は実現してはいなかったし、受難の予告でも十字架という言葉は出ていなかったからだ。十字架とは大罪人が受ける屈辱的な刑罰だった。イエス様がそんな刑罰に処されることを群衆の誰が想像できただろうか?また無実の自分がなぜ十字架を負わなければならないのか、群衆も弟子たちも全く理解できなかったはずだ。
 まだモデルのなかった時にそんな理解に苦しむ比喩を主が言われたとは、私には思えないのだ。他方、主がご受難で十字架を負われたこととその価値がわかった後年の初代教会の人たちなら、その比喩がよくわかったはずだ。おそらくこの頃にはもう、主が十字架を負われたように我々も己が十字架を負うという表現が広まっていただろう。マルコ福音史家はそういう初代教会の感覚で、つい「自分の十字架を背負って」という表現を主の口から語らせてしまったのではないかと思う。
 本当は、主は「自分の重荷を背負って」とか「自分の苦難に耐えて」とか言われたのではなかろうか。しかし、主が十字架を背負うモデルとなられてからは、「自分の十字架を背負って」という一語は、信者たちにとってそのまま主のお言葉として受け入れることができるものになった。それはそれでいい。ただ、本当に主がその時そう言われたのかどうかは学問的に一考してしかるべきだ。いずれにせよここで一番大事なのは、「自分の十字架を背負う」覚悟のほどがあるかどうかだ。 
 ヤコブは書いた。「行いの伴わないあなたの信仰を見せなさい。そうすれば、わたしは行いによって、自分の信仰を見せましょう」と。これも信じる者の覚悟のほどを問う。行いの伴わない信仰とは何か?主のお言葉を借りれば、「自分の命を救いたいと思う者」が頭の中だけで考える産物に他なるまい。それに対して、行いを伴う信仰とは「わたしのため、また福音のために命を失う」覚悟のある者の信じ方だと言えよう。では、今そういう信仰の人がいるだろうか?多くはいないのではないか。私は現代日本の教会の停滞を憂えているが、一因はそこにあるのではないかと思う。
 

エッファタ

 年間第23主日の福音はマルコ7;31-37だ。ここには「エッファタ」と言うアラマイ語の一語がある。イエス様が話されたままに伝えられた数少ないお言葉の一つだ。他のお言葉はたとえ福音書原典にあっても、しょせんはギリシャ語に翻訳されたお言葉に過ぎず、主が話されたままではない。そういう意味でこの一語は宝物以上に貴重だ。ところで、それを口にされたのは、主が地方巡回からガリラヤに戻って来て、舌もよく回らない一人の聾者を治癒なさった時のことだった。
 主がティルスやデカポリス等、地方を廻られた主目的は弟子教育のためのようだったが、この頃になると、ファリサイ派やヘロデ党などの敵意が次第に強まっていたから、それを避けるためもあったのではなかろうか。しかし、ガリラヤに戻ると、人々はすぐそれを聞きつけてやって来た。主の人気は一向に衰えていなかったのだ。その時、人々はどもりの聾者を連れて来て、彼の上に手を置いてくださいと主に願った。治癒してやってくださいという意味だった。
 そこで主は彼を群衆から引き離すと、おそらく人差し指だったと思うが、指先を彼の両耳に入れ、次に唾をつけた指先で彼の舌に触れられた。そして、天を仰ぐと深く息をつき、その人に「エッファタ」と言われた。アラマイ語で、「開け」と言う意味だ。すると何と耳が開け、舌のもつれが解けて、その人ははっきり話すことができるようになった!そこで、人々は感嘆して主をほめそやし、口止めされたにもかかわらず、益々噂を言い広めた。これがその出来事のあらましだ。

 ところで、唾をつけた指などと聞くと、日本人の中には「汚い」と、生理的に拒絶反応を起こす人がいるかも知れない。いったい主はなぜ耳に指を入れ、唾をつけた指を舌に触れるという、奇妙で手の込んだ行動をなさったのだろうか?他の場合には、例えばただ触れるだけ(マルコ1;41)、あるいは言うだけ(ルカ18;43)で病人を治癒なさった。いや、動作も言葉もないケース(マルコ5;29)すらあった。そうすることもできたのに、なぜこの時はそんなやり方をされたのだろうか?
 このことでは参考になる例がある。ヨハネの福音書9章にある盲人の治癒だ。主はその人に対しては、唾でこねた泥を目に塗られた。だが、この時はすぐに目を治癒せず、シロアムの池に行って洗いなさいと言われた。盲人がその通りにすると彼は目が見えるようになった。その場ですぐ治癒されなかったのは、この時は目が見えることよりもっと大事なことをその後の彼に用意しておられたからだが、この時そう命じられたのは彼が盲人で、耳はちゃんと聞こえていたからだった。
 では、マルコの福音書にある聾者はどうだったかと言うと、耳が聞こえないのだから、口で言ってもわかるわけがなかった。だから、主は彼の両耳に指を入れ、唾をつけた指を舌に触れたのだ。そうすれば、目が見えた彼は主のなさることがわかったからだ。まさに必要な所に手を当てる手当てをなさった。つまり盲人には目に唾でこねた泥を、舌が回らない聾者には耳には指を当て、舌には唾つきの指を当てられたのだ。これがこの疑問への第一の答えだと思う。
 しかし、その場ですぐそうなさったのは、その聾者を連れて来た人々の信仰に応えるためという理由もあったからだと思う。四人の人に運ばれた中風者(マルコ2;1-12)の場合と同様、この聾者も本人が主のところへ行きたいと言い出したというより、むしろ周りの人たちが彼のためを思って連れて行ったように思われる。だから、主は彼らの信仰に報いて、その場で彼の障害を治癒なさったのだと思う。それにしても、「エッファタ」の一語は彼が人生で初めて聞いた声だったに違いない。
 そのEφφαθα(Effata:エッファタ)の一語だが、マルコはそれをギリシャ語では“Διανοιχθηι”(開け)という意味だと説明している。ギリシャ語の読者には未知の言葉だったからだ。これはアラマイ語だが、ではそれはギリシャ語原典に正しく伝えられたのだろうか?アラマイ語訳新約聖書を見ると、それはאתפתח(Etpatah)とある。従って、Effataとはやや違うと言わざるを得ない。イエス様のヘブライ語名イエシュアも他言語に訳されると、イエスス、イエズス、ジェズ、ヘスス、ジーザス、イエスなどと変わってしまったように、言葉はそのまま他言語に入るとしばしば発音に変化を来たす。Effata もそうだ。しかし、それはEtpatahにかなり近い発音だから、主の元々のお言葉はそうだったと思っていいだろう。いずれにせよ、この一語が最高に貴重なことには変りはない。

 もう一つ、なぜ主はその時ため息をつかれたのか?という疑問も湧く。「天を仰いで深く息をつき」とあるが、「深い息」とはため息のことだ。原典では“estenaxen”とあるが、その現在形stenazoは「溜息をつく、嘆息する、呻く」の意味だ。ならば喜びや安堵ではなく、嘆き混じりの気持ちを表していることになる。主がその聾者を拒否なさらなかったことは、治癒なさる意思があったことを示すが、この溜息は同時に大いに喜んで治癒なさったわけでもないことを表していると思う。 
 では、なぜ溜息をつかれたのだろうか?想像だが、主が本当に望んでおられたのは、盲人が見えるようになり、聾者が聞こえるようになることより、人々の心の目が見えるようになり、心の耳が聞こえるようになることだったからではなかろうか。もちろん体の目や耳は治癒なさったが、本当に治癒なさりたかったのは心の目と耳だった。ところが、人々は目や耳を癒されると、そこで止まってしまい、心の目や耳のことはそっちのけになる。だから主は嘆息なさったのだと思う。
 病人や障害者が奇跡的に治癒される時、人々は大いに満足して感嘆した。しかし、イエス様にとってそれは必ずしもそれほど満足できることではなく、むしろ複雑な心境にさせることだったのではなかろうか。奇跡の後、言いふらすなと口止めされたのは、奇跡の噂で間違ったメシア観が独り歩きすることを防ぐためでもあっただろうが、もう一つは主が神的力で盲人の目や聾者の耳を開くために来たのではなく、心の目を開くために来られたのだからでもあったと思われる。
 そこにこの聾唖者の治癒におけるメッセージがある。それは主の慈しみを示す意味深い証しではあるが、単純に讃嘆し感謝すればよい出来事ではなかった。その種の諸々の奇跡は、主にとってはある意味で「心ならずも」の面があったからだ。事後の口止めも、「ヨナのしるしのほかは、しるしは与えられない」(マタイ16;4)と言われたお言葉もそれを物語っている。むしろ、本当に主が「エッファタ」と言いたかったのは、人々の心の耳に対してだったのだ。私はそう理解する。
プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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