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種が蒔かれた土  見直しNo.4

 過去に書いたものの見直しを「ヨハネ伝ところどころ」から始めていたが、2010-2011年度年間第15主日の福音がマタイ13;1-23だと知って、自分はこの個所をいつ取り上げただろうかと調べてみた。原稿で残っていたのは、1983年「良い地に落ちた種」(玉川大学礼拝)、1993年「変れる土」(こじか)、1994年「変れる土」(玉川大学礼拝)、2008年「変われる土地」(聖書反芻)、2009年「種が蒔かれた土と被造物」(聖書反芻)の5つだった。
 ところで、好奇心が湧いたから、1982年の原稿を読み直してみて驚いた。これは見直しのレベルではなく、撤回した方がいい内容だと思えたからだ。Retractandumの典型的な一例に当たる。なぜそれが撤回に値するかのわけは見直しの考察で述べることとし、今回はまずその原稿を公表し、自分の恥をさらすことから始めようと思う。さもないと、なぜ撤回に値するかがわからないからだ。
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原稿:良い地に落ちた種  マタイ13;3-9   (1983年1月18日 玉川大学2年生礼拝)

 成人式おめでとう!すばらしい人生を歩んでいただきたい。(カードを配布)
私は15日の成人の日、町田の駅前でカブスカウト達と募金をしていました。民間救急車購入資金の募金で、日赤に頼まれたからです。バスセンターの前にいると、それは それは多勢の人が通るのです。成人式に来た女子は一目でわかりました。晴れやかな振袖の着物を着ていたからです。私はその方たちを見ながら、どんなことを考え、何を感じているのかなぁと、しきりに思いました。もちろん、何もわかりませんでしたが、その顔を見ると、晴れやかな気持ちでいることだけは確かだと思いました。他方、私たちが募金していたのは、救急車が出動してくれない寝たきり老人とか病人を、民間のボランティアが運搬する車購入のためでした。これは人生の暗い、惨めな真実の一面なのです。しかし、ほとんどは振り向いてもくれませんでした。

 昨年の今頃、テレビや新聞によって、人間のすごいドラマが世界中に衝撃を与えました。覚えていますか?氷の張ったワシントンのポトマック川にジェット機が激突し、多くの人が川に落ちました。救助のヘリが救命ブイのついた綱をおろしたとき、近くにいた人が二度も綱を他人に譲って、三度目にヘリが来た時は氷の水中に沈んで行ったというニュースです。そして、その同じ新聞に小さく、14歳の少女が筋ジストロフィーで、短い一生を終わったという記事が載っていました。
 皆さん、今日は2年最後の礼拝ですが、この二つのことを、自分を振り返るために少し考えていただきたいのです。
 筋ジストロフィーはまだ現代医学も手が施せない病気で、たいてい二十歳の成人式にたどり着く前に、命を燃え尽きさせてしまうのです。この14歳の少女は精いっぱい生きました。しかし、どれほどもっともっと生きたかったことでしょう。皆さんのように大学で学びたかっただろうし、人並みに結婚も夢見たことでしょう。でも、そのような幸せは彼女には与えられなかったのです。世の中には20歳まで生きたくても生きられず、学びたくても学べない人がいます。
 皆さんは5体満足で、大学に学べるほどの知能と経済力にも恵まれ、広い未来が約束されています。何と言う幸せでしょうか。では、皆さんはその素晴らしさを十分生かしてきましたか?
 そして、玉川と言うよい土地に蒔かれた種です。先ほど聖書を読みましたが、この種まきの譬えは皆さんに当てはまります。玉川は根の張れない石地ではありません。茨に覆われる?これはこれからの人生のことでしょう。皆さんはみな良い土地にあるのです。
 しかし、せっかくよい土地にあっても、鳥が来てついばむことはあります。つまり、反対の思想に汚染され、身は玉川にあっても、心は玉川から養分をとっていないことです。しかし、そうでなくても蒔かれた種がみんな発芽するとは限りません。私は園芸が好きで、よく草花の種子を蒔きます。昨年の秋もパンジーをたくさん作ろうと種をまきましたが、全部は発芽しませんでした。どうしたわけでしょうか?土地が良くても発芽する力のないものがあるからでしょう。 
 しかし、種は譬えです。種と私たちには重大な違いがあります。もし私たちが種と同じなら、ダメな種は運命的で、発芽できなくても種の責任ではありません。しかし、種と私たち人間が違うところは、種は自分を変えることができないが、私たちは自分を変えることができるということです。譬えを続けるなら、私たちは自分を変えることができる種なのです。自らを変えて、充実した人生を芽吹かせられるのです。そして、玉川の礼拝はそのためにあるのです。

 皆さんは一年間すばらしい学生でした。たとえ見かけがどうであろうと、私はそう信じています。そう信じられなくなりそうな時、私は自分自身と戦いました。けっしてレッテルを貼らんぞ、と。たしかに眠った学生もいました。その人にはそのとき眠りが必要だったのでしょう。それならいつか目覚めてくれるだろう。もしも先生の話がつまらないから眠るのなら、それは先生が悪いのだと考えました。
 よくしゃべる人もいました。私はその人を決めつけないよう努力しましたが、注意はしました。それでは社会で通用しないからです。今しゃべったり、眠ったり、上の空であったりするからダメな人だとは思いません。その人は自らを変える力をもっているからです。しかし、今のままを是認することはできません。ここに中学生のクリスマス礼拝についての感想文があります。聞いてください。
 「大学生がうるさかったように思う。」
 「とにかく大学生がうるさいし、単位を取るために出席してるらしく、おしゃべりをしたり、中にはガムを噛みながらという人もいる。適当にやっているのは、こっちとしては見るに堪えない。」
 「大学生を立たせては雰囲気がうるさくなる。席に座らせた方がいい。」
 「大学生がうるさかった。大学生で、もう社会人だからしょうがないけど、学園の生徒とは変わらない。ちゃんとして参加してほしいと思う。」
 「大学生がうるさい。」
 やはり恥ずかしいでしょう?中学生などにこのように言われて、ああ、自分を変えなければと思いませんか?全部ではありません。ごく一部です。自分をぜひ変えてほしいものです。

 そうかと言って、皆さんにだけ要求するのではありません。私も反省し、皆さんにおわびしなければなりません。私も自分を変えたいと思うのです。
この間、同僚の先生からこんな話を聞きました。その先生が電車に座っていたら、玉川の大学生と他大学の学生が話していたのだそうです。
 「あんた、玉川大学なんだってねぇ。」
 「そうよ。玉川よ。」
 「今度、薬師丸弘子が入るんだって?」
 「そうなんだ。すげえだろう。」
 「いいなぁ、オレ、あいつのファンなんだよ。オレも学校変えようかなぁ。」
 「でも玉川にゃ、礼拝ってのがあるぜ。」
 「何だい、それ?」
 「キリスト教じゃねぇけどよぉ、讃美歌を歌ったり、聖書を聞いたりよ。まあ、宗教の時間さ。これが、オレ、一番いやなんだよ。」
 二年生かどうかわかりませんし、全部が全部同じではないと希望しますが、礼拝が一番いやと言うのはグサッと来ました。
 私もそれがわからないではありません。礼拝はある意味で辛いです。私は、「ああ、小原先生のようだったらなぁ」と時々思います。でも、あの小原國芳先生でさえ、生前「やっぱりオレが話さんといかんのかなぁ」と言われたこともあるそうです。私は自分の力量を知っています。ですから、年間に多数の講師を招いて、少しでも皆さんに豊富で満足のいく礼拝であるようにと、心がけてはみました。全部の講師がこちらの願いに答えてくれたとは思いません。しかし、有意義であれかし、皆さんの人生に役立つものであれかしとの願いは常にありました。
 礼拝とはそういうものだと思います。今楽しいから、今すぐ役に立つからではありません。そうであれば、それに越したことはありませんが、本当はいつか皆さんの人生が実を結ぶための養分となるもの、種まきのたとえで言えば、遅行性肥料のようなものだと思います。

 ここで、ポトマック河畔で命綱を二度も譲って、結果的には命を失った人のことを考えてみてください。その人はおそらく自分の助かるチャンスを人に譲る方が、人間的に価値が高いとか何とか考えたあげくに譲ったのではないでしょう。それは緊急の状況でした。皆動転し、誰もが助かりたい一心だったでしょう。ですから、むしろとっさに行動したのでしょう。ほとんど本能に近いほど、考える暇もなく…
 しかし、その人がもしそれまで自己中心的で、人のことなど何ら顧みない人であったら、そういうとっさの場合に、そういうとっさの行動が取れたでしょうか?否だと思います。むしろ、ふだん以上に自己中心的になり、人にチャンスを譲るどころか、人のチャンスを奪おうとしたかも知れません。その人は普段の考え方、生き方が肌に沁み込んでいたからこそ、とっさの場合に本能と言えるほど素早く、他人に命綱を譲る行為ができたのではないでしょうか?
 この人は命を粗末にしたのではありませんでした。結果として失っただけです。大切なのは命を失ったことではなく、二度までも命綱を譲れたことです。それによって自らは死んでも、百倍も千倍もの人の心に、同じ種を蒔いたと言えます。しかし、それはそれまでの人生で培われた心の力があったからです。私たちが礼拝を一年間して来たのも、玉川と言う良い土地から、ふだんの養分を吸い上げるためでした。だから一週間一週間が尊いのです。
 今日は一年のその最後の礼拝ですが、私は今一つの願いを持っています。その願いをこめて、特別にカードを印刷してもらい、皆さんに配りました。英語ですから皆わかると思います。その願いとは、成人式を祝った皆さんが、充実して幸せな人生を過ごしてくださること、そして、人生のいかなる時も、-たとえ、私たちが自覚しなくても、-神様が皆さんと共に歩んでいてくださることです。
 皆さんには自由意志があります。神様の囁きも、小原先生の教えも拒むことができます。私の願いなど小馬鹿にもできます。しかし、私は願い続けることはできます。それが私にできることです。できることだから、私はします。私は本当には、願いを持つことしかできません。私は頑固にこの願いを捨てません。この願いが私の信仰です。皆さんを信じています。すばらしい種となって、やがてすばらしい人生を実らせ、30倍、60倍、100倍の実を結んでくれることを。
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見直しの考察

 上掲の原稿は、自己採点すれば100点満点で50点ぐらい、つまり落第だ。その主な理由は種まきの譬えを間違って解釈しているからだ。どうしてこんな間違いをしたのか思い出せないが、肝心の聖書が正しく理解されていなければ、それ以外の話がどんなに良くても評価は下がる。これが撤回するにしくはないと判断した理由だ。
 共同訳はマタイ13;1-23を「種まく人のたとえ」としているが、この譬えのポイントは種ではなく、土にある。だから、1993年にこの譬えについて子供向けに書いた、「いいたねのはずなのに」という短文では、私は次のような問いを出した。
 「…『まかぬ種は生えぬ』と言われるけど、この場合、四番目の種以外は『まいても生えず、生えても実らぬ』です。まかれたのは全ていい種のはずなのに、なぜ?それは土のせいなんです。イエス様は、種は神のみ言葉、土は人間の心だと、このたとえをとくヒントをくださいました。すくいの実りもまた、人の心という土しだいなんですね。では、君はどんな土?」
 これでわかる通り、1983年の原稿の間違いは、学生たちを土に喩えるべきだったのに、種に喩えたことにあった。1993年に書いた子供向けの短文では、それを180度変更し、人を蒔かれた種ではなく、土に喩えた。これが正しい解釈なのだ。しかし、撤回すべきは「良い地に落ちた種」原稿の譬えの解釈であって、書かれた内容全部ではない。
 その他のことはまずまずだったと言っていいのではなかろうか。かつて成人式は1月15日だったが、それはその3日後の1月18日、大学2年生の1982年度最終礼拝だった。だから、私はその年の反省と次年度への励ましを込めて話した。そういう文脈の中で福音書の譬えを話すことには制約があった。その譬えそのものにあまり深く立ち入らなかったのは、そういう理由からだった。しかし、それは間違った解釈をした言い訳にはならない。
 ワシントンのポトマック川にエア・フロリダ90便が墜落したのは、前年の1月13日で、当時はまだ記憶に新しかった。その時、2度も命綱を人に譲って死んだ人のことは人々を感動させた。私はそれを学生さんたちに、自分を変える一つの例として見てもらおうとした。それは妥当だったと思う。
 1993年と1994年に書いた2編の「変れる土」では、焦点を種から土に移し、譬えそのものについて立ち入った説明を加え、福音のメッセージが何かを明示できたと思う。その1編を見直し版として以下に掲載する。
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変れる土     1993年7月11日、(こじか1515号)

 農家生まれの私は、少年の頃よく種まきを手伝いました。だから、「種蒔く人の譬え」を初めて読んだ時、イエス様がとても身近に感じられて嬉しくなったのを覚えています。
 ユダヤ人は譬えをマシャールと言います。ラビたちもよく使った話法ですが、イエス様の譬えほど優れたものはありません。ところで、この種蒔く人の譬えは、福音書にある64の譬えの原型(プロトタイプ)ではないかとさえ思われます。共観福音書のどれにもあり、譬えで語る意味も解説も記してあるからです。
 この譬えの通称はそのままでもいいのですが、本当は「種を蒔かれた土の譬え」でしょうね。ここでの話題は、作物栽培4条件中の種と土ですが、ポイントはむしろ土の方にあるからです。
 農夫にダメな種を蒔く馬鹿はいません。事前に必ず選別し、良い種だけを蒔きます。ましてや神様においておや!です。種は神様のみ言葉ですから、不完全な種はあり得ません。では、みんな完璧な良い種なのに、なぜ結果が違うのでしょうか?蒔かれた土地のせいなのです。ならば、土地である人の心よ、どの土になりたいか?ここに問いかけの核心があります。
 もう少しよくわかるために、譬えの背景となるパレスチナの地勢と種の蒔き方を一瞥してみましょう。パレスチナは岩地が多く、畑でも山際には岩盤があり、土は浅く、昔は農道が畦道でした。他方、種の蒔き方には点播(てんぱ)、条播(じょうは)、撒播(さんぱ)の3方法がありますが、パレスチナ地方の昔のやり方は撒播でした。それは種籾を袋などに入れて、片手いっぱいにつかむと、パァッ、パァッとばらまく蒔き方です。
 これがわかると、譬えがよくイメージできると思います。点播や条播と違って、ねらいが定まらない撒播では思わぬ所に種が飛び散ります。その結果、譬えにあるようなことが起こるのです。イエス様の観察は的確です。だから、人々もそこまではこの話がよくわかったはずです。
 しかし、そこから先が問題でした。弟子たちもそれは同じだったのです。面白いのは、彼らが「近寄って」、つまりこっそり意味を尋ねるところです。民衆の手前、恥ずかしかったのでしょうか。イエス様は意味を明かされました。それには警告、励まし、招きが含まれています。
 まず警告。畦道の固い土は神様のみ言葉をはねつける心。せっかくの良い種も、これでは芽が出ませんよ。石だらけの土はみ言葉を右の耳で聞いても、左から抜けてしまう心の浅い人。これではせっかく良い種が芽を出しても、育ちませんよ。茨の場所は、心は良質でも、世の誘惑に負ける人。これではせっかく育っても、実りませんよ。譬えにはそういう三つの警告があるのです。
 次は励まし。よい場所に変りたいと願っても、土は移動できません。だから、もし人の心が土とまったく同じなら、運命的で絶望しかありません。しかし、人間は変れます。変れる土なのです!だれでも変れる。だから、どんな人にも希望がある、と主は励ましておられるのです。
 最後に、主は招いておられます。「だから、変わりなさい。100倍の実を結べる土に!」と。
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 最終見直しは、以下掲載の「種が蒔かれた土と被造物」(2009年7月13日)の抜粋をもって答えにかえる。この譬えの適切な題名は「種が蒔かれた土」であって、メッセージの比重は土にある。なお、この見直しは同時に、今週の主日の聖書自学を兼ねるものでもある。
抜粋:
 「イエス様は種は御国の言葉だといわれている。種が神の御言葉を意味するとすれば、道端に落ちた種も、石地に落ちた種も茨に覆われた種も皆完璧に良い種であった。種のせいで実らなかったのではない。蒔かれた土地のせいだったのだ。その土地とは神の御言葉を受ける人を指す。
 しかし、良くない土地のせいでせっかくのよい種が実らないとしても、良くない土地、ここでは道端の土地、石だらけの土地、茨の生える土地は良い土地になれるのだろうか?そこが問題なのだ。石だらけの土地は肥沃な土地に変わろうとしても自分では変われない。道端の土も同様だろう。それは運命的で、もしも人が土地と同じなら、そこには絶望しかない。なぜなら、神の御言葉が落とされても変われず、実れないのだから。
 ところが、人は土地とは違う。そこが根本的に重要なポイントなのだ。この譬えで人は土地に譬えられているが、土から創られた人はただの土ではない。自然界の土は自分では他の土に変われないが、人は自分で自分を変えられるからだ。この譬えで言えば、人とは自ら変われる土なのだ。そして、そこにこそ希望があり、救いがある。
 もし人が変われる土でないならば、この譬えのメッセージそのものが意味を失う。「耳のある者は聞きなさい」という招きは、「あなたたちは変われる土ですよ。聞いて自らを変え、救われなさい」という、希望を与えるメッセージなのだ。それを言い落としたら肝心なことを言い忘れたことになる。」
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思いもよらない解決 見直しNo.4

 Retractandum第2弾はヨハネ6章の話題だったから、いっそのことそれが収録してある「ヨハネ伝ところどころ」から、順に取り上げてみようと思うに至った。そこで、1985年8月、通信教育学部スクーリング礼拝講和「思いもよらない解決」をNo.3の話題とした。見直し版だけ掲載する。
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 「ナタナエルは彼に言った。『ナザレトから何のよいものが出ようか。』フィリポは彼に言った。『来て見なさい』と。」(ヨハネ1;46)

 ナタナエルの言葉は、当時のユダヤ人の偏見を表していておもしろい。片やフィリポの言葉は何が最も説得力があるかを示して、これもまた興味深い。 ラテン語の格言に、“Nihil valet contra factum.”というのがある。「何ものも事実にはかなわない」という意味だ。「来て見なさい」と言った彼の言葉はそれに当たる。とにかく来て見ろ。そうすればわかる、と彼は言ったのだ。
 ナタナエルの先入観には歴史的な背景があった。ユダヤ人とは本来イスラエル南部ユダ地方の人々を指したが、イエス様の時代にはガリラヤの住民も、民族的にはほとんどがユダヤ人だった。しかし、彼らはユダヤのユダヤ人たちからはガリラヤ人と呼ばれていた。中でもナザレトは軽視されていたようだ。
 ユダヤと仲が悪かったサマリアの北にあるガリラヤは、その昔イスラエル民族が二つの王国に分裂した時、ユダヤはユダ王国(南王国)と名乗り、ガリラヤはイスラエル王国(北王国)の一部となった。そのため隠然たる対抗意識がずっと残っていたのだ。ユダヤのユダヤ人は自分たちが主流だとして誇りを持ち、北部を田舎者扱いにしていた。日本で言えば表日本と裏日本の感覚だろうか。ナタナエルの言葉ははからずもそんな意識をさらけ出したのだった。
 そういう偏見はどこにもある。どこそこの学校出身者にろくな者はいない。どこそこの家系によい人間がいるわけがない。どこそこの国民に独創性があるはずがない等々だ。こういう偏見の問題も取り上げる価値はあるが、私が今日、ヨハネ福音書のこの一節をきっかけに考察したいのはそのことではなく、人間の救いについてだ。先ほど読んだヨハネ福音書の一節は、一見それと無関係に思えるが、実はそれについて大事な示唆を与えている。

 人類は今、多くの解決困難な問題に悩んでいる。例えば、自分で作りだした多すぎるほどの核兵器による自己破滅の脅威におびえている。病気の制圧に励んだ結果が人口爆発を可能にし、それが招きかねない人類共倒れを心配している。なのに、死そのものに対して勝利なき戦いを挑み続けなければならないジレンマにも悩んでいる。人口蘇生の機器を発明したがゆえに、かつては自然に死ねたのに、今はそれができなくなった苦渋もある。教育の荒廃にも手を焼いている。 
 私はそれらを解決する努力をくさすつもりはない。むしろ、それらに感服し、自らの努力で解決できるところまでは、人間は自助努力をしなければならないと思っている。問題は、世の中が科学の力や人知と金の力だけで何でも解決できると信じ、それしかないと考える姿勢があることだ。そこには、ナタナエルの思い込みと同じ精神構造がないだろうか?すなわち、それは「人知の力以外のところから、何のよい解決があろうか」と」主張しているように見えることだ。でも、それはまっとうな姿勢だろうか?

 私はある日、その答えになりそうな、思いがけない体験をした。私は職場の玉川大学が近いので、よくミニバイクで通勤する。その日も同じだった。かっこよいナナハンではないが、ラッタッタの妹分みたいなものでも、気持ちだけは颯爽と行こうと飛ばしていた。ところがわが家から数百メートルの坂道にさしかかった時だった。私はおやっと思う光景を見た。道路左側のある家の前で子どもが2人わぁわぁ泣き、女の子の方が何か一生懸命試みていたのだ。
 パイクは勢いがついているから一度はそのまま通り過ぎたが、私は気になって、「待てよ、何かたいへんなことらしいな…」と思った。そこで、くるりと反転すると、その場に戻った。そして、見てあっと驚いた。二、三歳ぐらいの男の子が、門扉の内側から鉄柵の間に頭を突っ込んで、抜けなくなってわぁわぁ泣いていたのだ。そして、その背後では、その子の姉らしい四、五歳の女の子もわぁわぁと二重奏で泣きながら、何とか弟の頭を鉄柵から抜こうとしていた。
 そこにはもう通りすがりの女の人も来ていた。 そこで、近づくなり私は聞いた。
 「どうしたんですか?」
 その女の人は答えた。
 「頭を入れてしまって、どうしても抜けないらしいんですよ。困りましたわねえ…」
 「こりゃ大変だ!」
 居合わせた男性である以上、私は何とかしなければなるまいと感じた。そこで、渾身の力をこめて両手で鉄柵を左右に広げようと試みた。広げれば頭が抜けると思ったのだ。だがダメだった。びくともしない。結果は私がハァハァしただけだった。私たちの会話を聞き、私の試みを見た二人の子どもは、ことの重大さがもっとよくわかったらしく、火のついたような泣き声でわめき始めた。女の子は必死になって、もう一度弟の体をかかえて引っ張った。首が伸びて男の子はものすごい泣き声をあげた。そりゃそうだ。痛くないわけがない。でも首は抜けるでもなく、千切れるでもなかった。
 今度は女の人が道路側から、男の子の頭を手でぎゅっと押してみた。すると男の子はまた火がついたように泣き叫んだ。私は女の人に、それはやめた方がいいと忠告した。そんなことをして抜けるものなら、もうとうに抜けていたはずだ。それに、幼児の頭まだ柔らかい。そんな無理な押し方をして、頭蓋骨にひびでも入ったらどうするのだ。たとえ頭が抜けたとしても、そんなことになったらそれこそ後で大問題になる。そう心配したから、その方法はやめてもらったのだった。
 そうかと言って、いつまでもそのままにはしてはおけない。何とかしなければ…困ったな。困ったな。それには鉄柵を何とかする他ない。そうだ、消防署に応援を頼もう。鉄柵をへし曲げるか焼切るか、とにかく何とかしてくれるだろう。壊しても物は後で修繕できる。そう思った私は119番をかけに行こうとした。するとその時、そこへ年配の女性があたふたと駆け上ってきた。すぐわかったのだが、彼女はその子たちの祖母だった。近くへ何かの用事で行っていたらしいが、近所の人の知らせで急いで帰って来たのだ。孫二人は彼女の後を追って出ようとしていたのかも知れない。 
 お祖母ちゃんを見ると、しゃがんでいた男の子は立ち上がった。首が入ったままでも上下には動けたのだ。お祖母ちゃんは叫んだ。 
 「まぁまぁ、どうしたと言うの!」
 すると、男の子はひときわ激しい泣き声を出して、おばあちゃんにしがみつこうとした。すると、その時あっけにとられることが起こった。体がするりとこちら側に抜けたのだ!頭ではなく、体の方が抜けたのだった。
 「あぁっ!」
 みんな驚いて、顔を見合わせた。そして、よかったぁとほっとした。しかし、私には次の瞬間、何とバカバカしい。こんなに簡単に抜けられたのに、という感懐も湧いた。何はともあれ、一件は落着した。男の子を抱いたお祖母ちゃんは、「ご迷惑をおかけました」とみんなに頭を下げた。それに会釈を返し、やがてみんな散って行った。もちろん、思わぬ道草をした私も大学への道を急いだ。
 だが、バイクを走らせながら私は思った。でも、あの時あの場で私たちはどう考えたか?頭を突っ込んだのだから、頭を元の方に引き抜くか、鉄柵を広げるしかないと考えた。それ以外に他の方法があるわけがないと思い込んでいたではないか。考えてみれば幼児は頭が大きく体が細い。体が斜めになればなおさらで、頭が通れば体も通る。猫と同じだ。当然ああなれば抜けられたわけだ。でも、実に簡単当然なその結末は、起こって初めて気付いたことで、起こるまでは誰ひとりそれに思い至らなかった。解決は思わぬところにあったのに…だ。

 人は一度思いこんでしまうと、なかなかそこから抜け出せず、他の発想ができなくなる。もっと深刻な問題でも同じことが言えるのではあるまいか。もうこれしかない。これしかないのにダメなのだから、もう絶望しかない。そう思い込んでしまって、個人の場合はビルから飛び降りたり首をくくったりし、国家間は軍事行動に出るとか、核抑止論に固執する。しかし、「これしかない」と本当に言い切れるのか?否。思いもよらない解決はありうる。このハプニングで私はそれを学んだ。
 人間はえてして習慣とか固定的観念の呪縛から抜けだせないが、ナタナエルもそうだった。私たち現代人も多かれ少なかれ彼に似ていると思う。ユダヤ人たちも、ガリラヤのナザレトから救い主が出ることなど考えられない。そんなことがあるわけがないと思い込んでいた。ところが、神は彼らが思ってもいなかったやり方では救い主を世に送り、十字架と復活という、これまた彼らがまったく思いもしなかったやり方で救いを実現された。聖書はまさにその証言の書なのだ。 
 私はあの男の子が祖母にしがみついた姿に、神を信じる人の原型を見た。イエス様は幼子のようにならなければ、誰も神の国には入れないと教えられたが、それはあの男の子のようになることだと私は理解した。今日の世界は、もはやイエス様の福音では解決できない問題ばかりだ、と思い込んでいる人が少なくないかも知れない。だが、私はフィリポと共に言いたい。「来て見なさい」と。そうすれば思いもかけない解決があることを、体験できるのではないかと思う。
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Retractandumの感想
 そのハプニングの状況は、今でも鮮明に思い出す。今だったら、あのような場合、誰かが携帯ですぐ消防署のレスキュ-を呼んでいたに違いない。そうしていたら、救急隊のおかげで男の子は助け出されたかも知れないが、その代わり、あのあっと驚かされた解決はなかったかも知れない。文明の利器は往々そういうスリルのあるチャンスを奪う。
 後日、通信教育学部の学生さんたちがわが家に訪ねて来た。そして、「男の子が首を突っ込んだ門扉はどこですか?」と尋ねた。あのハプニングは私が伝えたかったことを言葉でイラストした例話に過ぎなかった。しかし、肝心のメッセージは埋没し、そのミニ事件だけが彼らの記憶に残ったらしい。少し情けなかったが、でも彼らにとって、それがいつか何かを考えるのに役立つのなら、それもよしと割り切った。講話とか説教とかはだいたいそんなものなのだ。
 聖書と典礼を見たら、来る2011年7月3日、年間第14主日の福音はマタイ11;25-30だと知った。それはヨハネ的と言われる個所で、そのとき、イエス様がこう言われたこう伝えている。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした」と。「これらのこと」とはまさに当時の知者・賢者たちが思いもしなかった救いの神秘だった。その意味で、またもや偶然にもこのRetractandumは、主日の聖書自問自学を兼ねることができる。幸いなことだ。
プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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