FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

父と子と真理の霊と私たち 

 「もしも今、ヨブがここにいたら」の論考を書いて疲れが出た。だから復活節第6主日の聖書コラムは福音についてだけ簡潔に書こうと思った。そうは言っても手抜きはしたくないので、当日の聖書を全部読んでみた。そうしたら、第一朗読の使徒行録8;5-17に興味が湧いてしまい、素通りするのが惜しくなった。それでまず、少しだけそれに触れてみようと思う。 
 ステファノの殉教後、エルサレムの教会に対する迫害が始まった。そこで使徒たちはユダヤやサマリアなどに散って行った。エルサレムはユダヤの都だったが、同じユダヤでも地方にいれば、権力側ユダヤ人たちの追跡は及ばなかったからだ。これは初代教会が外へと広がり出す一つの転機だった。そういう動きの中で、12使徒の一人フィリポはサマリアに行って宣教したのだった。すると、多くの人々が福音を受け入れた。
 サマリアはユダヤ人にとって半ば異教の地だった。住民たちはモーセ五書は奉じていたが、それ以外の聖書とエルサレムでの礼拝は拒んでいたのだ。しかし、サマリアの女がヤコブの井戸のそばでイエス様と出会った(ヨハネ4章)のがきっかけで、そこの人たちは主の福音を信じた。サマリア人の譬え(ルカ10章)もそういう背景があったから彼らに好意的なトーンで語られたのかも知れない。とにかく、フィリッポが行ったとき、サマリアにはすでに福音を受け入れる素地があったのだと思われる。
 そのフィリッポは福音書でかなり名前が出てくる使徒の一人で、どうやら素直で人付き合いや面倒見のいい性格だったらしい。弟子になったら、すぐナタナエルをイエス様に引き合わせ(ヨハネ1;45)、ギリシャ人たちが主に会いたがった時はその仲介をした(同12;21)。サマリアの人たちが福音を受け入れたのも、彼のそういう性格がプラスしたのではなかろうか。これは現代の福音宣教にも参考になる。学者や智者であっても、好感を持てない司祭の所には人は来ないからだ。
 最後の晩餐の時は、皮肉っぽいトマスの発言と違って、フィリッポは「主よ、私たちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」(同14;8)と言った。何ともストレートで素直な願いだった。これにはイエス様も少し苦笑なさったのではなかろうか。「フィリッポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしがわかっていないのか」と答えられた。しかし、この単純直截な願いが「わたしを見た者は、父を見たのだ。…わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、私が言うことを信じなさい」という御言葉を引き出した。これは彼のお手柄だった。

 復活節第6主日の福音ヨハネ14;15-21は、実はその話を受けた個所なのだ。イエス様は彼の願いに答えて御父とご自分の深いつながりを弟子たちに明らかになさった。そして、その後すぐ聖霊のことをお話になったのだった。ちなみに、父と子と聖霊がそろって語られるのはここが初めてだ。だから非常に注目すべき貴重なくだりだ。聖書には三位一体と言う言葉はないが、その最も明確な根拠となっているのがここだからだ。 
 ところが読んでみると、そんな大事なことが語られているのに、語り口は何か平板で眠たくなるような印象を受けた。これは私だけなのだろうかと、感動どころかまず悩んでしまった。話された個々のことはわかるのだが、「空の鳥を見なさい」と話されたあの時のような、筋の通ったつながり方とインパクトが感じられない。全体の脈略がただつなぎ合わさっているだけのようで、イエス様が一番おっしゃりたいことがどれなのか、はっきりしなかったのだ。
 われながら素直じゃないなぁと思ったが、例を挙げると15節16節がそうだった。15節は「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る」と、「あなたがた」が主語で、視線は弟子たちに向く。ところが、それはそれだけで終わり、急に「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる」と言う16節に移る。「わたしは」が主語だから、視線は急転、イエス様に注目することになる。
 話題間にも断絶がある。「わたしの掟を守る」と言われた後に、「わたしは父にお願いしよう」と言われたら、普通なら「あなたがたがその掟をよく守れるように」とか、「掟を守る人を父が祝福してくださるようにとか、そういう風につながることを予想する。ところが、「父は別の弁護者を遣わして…」と、掟の話とは違う話題に移ってしまう。「わたしの掟」と「弁護者たる霊」は、明瞭につながる脈略にはなりにくい。だから、読む人はあれっ?と肩透かしを食った感じを受ける。
 17節と18節もそうだった。17節では真理の霊のことを話され、それが「あなたがたの内にいる」と言われた。ところがそのすぐ後、唐突に「わたしは、あなたがたをみなしごにしてはおかない」と、主語も話題も急変する。この霊が弟子たちの内にいることと、主が弟子たちを孤児にしてはおかないこととは話が別だ。それぞれの話は理解できるのだが、二つの話は脈略が曖昧だと言うか、並行していて、つながっていないように思えた。私には全体がそんな感じに見えたのだ。
 そこで、それは福音史家ヨハネの書き方のせいかも知れないと思った。彼が伝えた最後の晩餐の話はとても長い。話されたそのままを70年も覚えていることはとうてい無理だっただろう。だから彼は必ずしも脈略にはこだわらず、思い出すことを書き並べただけではないかと私は考えてみた。それに、主の同じ言葉を伝えても、福音史家の教養や性格などによって書き方は違うから、この個所にもヨハネの特徴が出たとも考えられる。長くくどい書き方が彼の特徴の一つだからだ。

 しかし、私は考え直した。平板で眠たくなるような印象を受けるのは、福音史家の書き方のせいもあるだろうが、むしろ読む自分に問題があるのではないか、と。そう言えば、思い当たる理由があった。「空の鳥をみなさい」のような話は、身近で具体的な経験のある事柄だからピンとくる。だからよくわかる。わかるから感動する。ところが、天の父や真理の霊の話などはそういう類の話ではない。必ずしも抽象的ではないが、目には見えず、触れることも確かめることも難しい事柄だ。
 この個所はそういう話題が連続している。だから、そういう事柄に思考が慣れていない私たちは、つい注意が散漫になる。そこで、語り口が平板に見え、言葉に実感がついていけないから、眠たくなるような感じになるのではなかろうか。そう考える方がよいと思って、私は自分こう言い聞かせた。今更ヨハネに福音書を書き直してはもらえないから、直せる自分の方を何とかするしかない。そこで、「読書百遍義おのずからあらわる」ということを信じて、せめて10回ほど読んでみよう、と。
 読書10遍をしたら、その効果か、この個所の全体像がわかった気がする。ヨハネは最後の晩餐の時の話を、脈略なしに思い出すままにではなく、むしろちゃんと筋道立てて書いていたのだ。私はそこにリフレインが3回あるのを見つけた。15節、19節、21節の「あなたがた」つまり弟子たちがリフレインだ。イエス様は御父やご自分、聖霊のことをこんこんと話されたが、このリフレインが鍵だと知ると、すべては弟子たちを力づけ励まそうと、彼らのために語られたことがわかる。
 リフレインのある節を軸に話されたのだとわかると、この個所は次のように解釈できるだろう。
15節の「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る」の主語は「あなたがた」弟子たちで、これが最初のリフレインだ。わたしの掟とは「あなた方に新しい掟を与える」(ヨハネ13;34)と言われた愛の掟で、それを守ることこそ主を愛し、主の愛にとどまる証しとなる。それを行うのは彼らだ。主はこのお言葉で、最も大切なことを彼らに確認なさったのだ。16‐17節はものすごく重大な内容だが、話の筋の中ではこの15節を軸に語られたのだと言える。 
 つまりこうだ。「掟を守りなさい」と言っても、弱い人間の弟子たちには自らの努力だけで守れるわけがない。だから、主は彼らが掟を守れるよう、「わたしは父にお願いしよう」と言われたのだ。どんなお願いかと言うと、彼らと一緒にいてくれる弁護者を遣わしてくださるようお願いしようと言われた。彼らが掟を守れるためだ。世はそれを受け入れないが、弟子たちはやがて受ける。弁護者は真理の霊で、御自分に代わって彼らと共にいてくださると、主はそう励まされたのだ。
 2回目のリフレインは19節の「あなたがたはわたしを見る。…あなたがたも生きることになる」の「あなががた」で、ここも弟子たちが軸だ。18節の「わたしは、あなたがたをみなしごにしておかない。あなたがたのところに戻ってくる。しばらくすると、世はわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る」というお言葉の視線の先にいるのは常に弟子たちだ。ここは聖霊ではなく、主と弟子たちの話で、主は死によるしばしの別れの後、復活して戻ることを予告し、彼らを励まされている。
 20節の「かの日には」とは、聖霊降臨の日ともとれるが、多くの聖書学者は復活の日と解釈している。復活なさった暁には、聖霊降臨までのしばらくの間、主は彼らと共におられる。そして、その間に彼らは御父が主と共におられ、主が御父の内にいることを悟れるだろうと言われたのだ。「主よ、御父を示してください」と言ったフィリッポの望みはその時かなえられよう。そればかりか、その時は「あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいる」とも主は言われた。
 これは驚くべき打ち明けだった。なぜなら、御父と主が聖霊を遣わすことは、父と子と聖霊が一緒だと言うことを意味するが、主が弟子たちの内におり、弟子たちも主の内にいるということは、父と子と聖霊の交わりに、彼らも加わることを意味したからだ。今の私たちで言えば、それは父と子と聖霊と私たちの交わりということになる。私はこのことに今まで気付かなかったが、ここに救いの御業の神秘があると感じる。そして、これを知ると次の21節が実によくわかる気がする。
 21節には「あなたがた」というリフレインが表向きは見えないが、実は隠されている。なぜなら、「わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である」とは、「それはあなたがたのことだ」と言っているに等しいからだ。21節は、事実上15節の「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る」と同じで、一節全部がまるまる15節のリフレインになっている感じだ。主は最初に確認なさった最も大切なことを、ここでもう一度念を押して言われたのだ。
 「わたしを愛する人は、わたしの父に愛され、わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現わす」というお言葉は、先週読んだ「行ってあなたがたのために場所を用意したなら、戻ってきて、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる」(ヨハネ14;3)という個所を想起させる。まさにこれこそ父と子と聖霊と私たちの交わりに他ならない。主は聖霊と復活と父の愛を明かし、弟子たちを力づけ、励まされた。それがこの個所だったのだ。
 総まとめをしてみると、最初のリフレインの所では、弟子たちと聖霊のことが語られ、2番目のリフレインのところでは、弟子たちと御子である主ご自身のことが語られ、最後のリフレインでは弟子たちと父のことが語られる。共通項は「あなたがた」弟子たちだが、それぞれのリフレインには父と子と聖霊が対応している。そして、そこには父と子と聖霊と私たちの交わりがある。そういう見方で読むと、ヨハネ14;15-21はよく理解できるのではなかろうか。

 短く書こうと思ったのに、やはりかなり長くなってしまった。そうとなった以上、ついでだから、第二朗読ペトロの手紙一3;15-18で、そうだなと感じた一句を一つ書き留めておこう。17節にこうかいてある。「神の御心によるのであれば、善を行って苦しむ方が、悪を行って苦しむよりよい」と。

 最後に一言おわび。コメントなどあるわけがないと思って、ずっとコメント欄をチェックしないでいたが、昨日ふとそこに目をやったら、放置したままのコメントがいくつかあるのに気付いた。返事もせず、たいへん失礼なことをしてしまった。ごめんなさい。今後はときどきチェックします。
スポンサーサイト

もしも今、ヨブがここにいたら ― 大震災後75日間の思索巡礼

 これはあの日から75日間の記録である。あの日とは東日本大震災の起こった日だ。その衝撃はあまりにも大きく、私にも何かしなければならないことがあるのではないかと感じ、あの日から2週間ほど経ったとき、思ったことを書き始め、とぎれとぎれにそれを続けた。それは被災者に気持ちで寄り添い、自分が信じていることを確かめるための葛藤と思索の巡礼であった。 
・・・・・・・・・・・・・・・ ✣ ・・・・・・・・・・・・・・・
3月25日
 2011年3月11日、東北と関東地方の太平洋岸をマグニチュード9.0の巨大地震と巨大津波が襲った。東京都下の町田市でも震度5強で、築40年の古いわが家は潰れるのではないかと危惧したほど激しく揺れた。しかし、直後のテレビ速報で知った東北4県の惨状はそんなものではなかった。特に巨大地震後に襲った津波の猛威は目を疑うばかりだった。車が木の葉同然に押し流され、大型船がおもちゃのように翻弄され、ぶつかり合って転覆する有様には驚愕した。
 3月22日の新聞によれば、そのような大型船が流された所に一番多くの被害が出たという。船が木造の家々を次々となぎ倒して行ったからだ。何と私たちは千年に一度の大地震という悪夢のような大天災に遭遇してしまったのだ。テレビに映し出される三陸海岸沿いの市町村はほとんど壊滅し、かつて街並みがあった場所は今や壊れた家々の板切れや、ゴミ芥のようになった物品で覆い尽くされ、どこから片づけていいか見当もつかないほどの様相を呈した。
 そして、悪いことにこの地震と津波は福島第一原発に大被害と大問題を誘発した。これは半分が人災だと言えるが、地震以上に始末が悪い。地震や津波は過ぎれば復興に向けてすぐ対策を講じられるが、原子炉はいったん事故になると、専門の人たちでもコントロールが難しいし、漏れた放射能は人体に害を及ぼし、農産物、酪農製品を売れなくし、土壌や、飲料水を汚染し、住民の生活や経済活動に長期間悪影響を及ぼし続けるからだ。
 あの日以来どの報道メディアも、大地震と津波のこと、増え続ける死者数や被災者、福島原発事故とその経過、政府の対応や人々の懸命の取り組み、海外からの援助、民間の募金活動など、あらゆる面の関係ニュースを絶えず伝え続けている。だから、私などが同じような問題を似たような視点で一緒になって書いても、貧弱な屋上屋を建てるに等しい。ほとんど意味がない。
 しかし、そんな情報を見聞きする中で、私には一つの疑問が湧いた。「神様はなぜこんな災害をお許しになったのか?」という疑問だ。他にもそう思った人はいるかも知れないが、誰かが向き合わなくてはならないこの疑問が私に湧いた以上、神を信じる者として私も答えを探さなくてはなるまいと自覚した。これが復興に果たせる私の小さな役目かも知れないと思えたので、果たせるかどうかはわからないが、この問題に取り組んでみることにした。 
・・・・・・・・・・・・・・・ ✣ ・・・・・・・・・・・・・・・
 この大震災で気付いたことがある。被災者たちも被災していない人々も、大自然の猛威を改めて畏怖をもって実感しているが、ついぞ「神も仏もない」などという怨嗟や呪いの声を聞かないことだ。少なくとも私の周囲では、そういう恨みがましい声は一度も聞かれなかった。この事実に私は思った。「なぜだろう?私は『なぜ神はこんなことをお許しになったのか』と心で叫んでしまったのに」と。
 もう一つ気付いたのは人の絆と日本人であることの誇りだ。被災者たちが黙々と苦難に耐えて助け合う姿には感動を覚えて涙が出る。そして、人の絆と人情の素晴らしさをあらためて感じた。3月16日の朝日新聞には「逆境のジャパン、立ち向かう姿に讃嘆のまなざし」という、海外の声を伝えた記事があった。大地震にもパニックに陥らず、冷静に対応し、略奪は起きず、買い物は列を作って節度を保ち、店は便乗値上げをしない。一致結束して逆境に立ち向かっていると讃えていた。私も同感で、日本人を見直し、誇りに思った。
 そんな折、石原東京都知事は、「日本人のアイデンティティは我欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」と言った。こんな無神経な言辞はあげつらう価値もないが、はしなくもそれは私にヨブ記を想起させた。ヨブが苦悩のどん底にあったとき、見舞いに来た3人の友は彼を慰めるよりもむしろ苦しめて、似たようなことを言ったからだ。そこで私は、もしも今ヨブがここにいたら、神への私の問いに対して何と言うだろうかと考えた。 
・・・・・・・・・・・・・・・ ✣ ・・・・・・・・・・・・・・・
4月10日
 日は経つのに、筆は進まなかったが、もしも今ヨブがここにいたら…という思いは消えなかった。そんな折、被災地仙台のある婦人から無事を知らせる手紙が届いた。ところがそれを読んだら、臨場感あふれる現地情報の終わりの方で彼女もヨブに触れ、「家を流され、肉親や身内の方を亡くされた方々のご心情を思うと、言葉もありません。ふっとヨブ記が頭をよぎりました。謙虚に、謙虚に祈らねばと思いました」と書いていた。
 おそらく彼女は、すべてを失っても神への賛美をやめなかったヨブを思い出したのではないかと思う。でも、私はそれに違和感があった。信仰心の深い彼女とは違い、私は今回の大震災では憤慨して、「なぜ、こんな残酷なことをお許しになられたのか?あなたは愛のはずなのに、これが愛の仕業ですか」と神に文句を言い、ヨブよりも徹底的に神に議論を挑んで、答えを知りたいと願っていたからだ。
 その間もずっと続けていることがもう一つある。新聞紙上の「亡くなられた方々」のリストに毎日目を通すことだ。手を貸す運動の支援者にも行方不明らしい方たちがいる。その安否が未だ確認しきれていない。だから死亡でも行方不明でもなく、本当は無事で、どこか親戚や知り合いなどに泊めてもらっているのではないか。すべてを失って、知らせようにも知らせられないでいるのではないか。そんな望みを抱きながら、もしやと思って死没者情報を見続けているのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・ ✣ ・・・・・・・・・・・・・・・
5月1日
 大震災直後は、亡くなった方々の名前が新聞の一頁以上を占めていたが、今ではごく限られたスペースに減った。復興も進みつつある。時が経てば感情も和らぐものだ。私には神に食って掛かろうとしたあの時の憤慨はもうない。むしろそれを悔いている。しかし、最初に湧いた疑問は消えていない。だから、この思索の巡礼を断念しないできた。そこで、「もし今ここにヨブがいたら…」という問いとここらでしっかり取り組むため、ヨブ記を再読してみた。そして再確認できた。
 ヨブとは実在の人ではなく、ヨブ記の作中人物である。彼は大富豪だったが、正しい人で、神を畏れ、悪を行わず、慈悲深かったから人々の信望も厚く、子宝にも恵まれて幸せだった。ところがサタンは神に、そんな人でもすべてを失えば神を恨み呪うと言い、彼が本当に義人かどうか試す許可を得た。そこで突如ある日、破滅が彼を襲うことになった。サタンが後ろで糸を引いたのだが、群盗の襲撃、天からの火や大風によって、彼は全財産と息子たちを失う災禍に直面した。しかし、彼は神を非難せず、けな気にも「主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」と言って、罪を犯さなかった。そこで次に、サタンは彼を皮膚病に罹らせ、体中を膿だらけにした。だが、それでも彼は神を呪わず、罪を犯さなかった。
 ところが、3人の友人が見舞いに来て、彼の苦しみのことを話し出したとき、彼らとヨブの間に激しい議論が起こった。それは3人がヨブの不幸は彼の罪悪のせいだと言ったからだった。3人は「罪のない者が滅ぼされ、正しい人が絶たれた」ためしはない。だが「あなたは甚だしく悪を行い、限りもなく不正を行った。」だから罪悪を悔いて、「全能者に憐みを乞うなら、神は必ずあなたを顧み、あなたの権利を認めて、あなたの家を元どおりにしてくださる」と助言した。
 これに対してヨブは、3人の見方を誤解だと反発し、自分は潔白で罪もないのに苦しんでいると言い張った。そして、神には「わたしは正当に扱われていない」と訴え、二つの疑問を投げかけた。なぜ自分は罪悪を犯していないのに、罰されたように苦しまなければならないのかという疑問と、なぜ世の中ではしばしば善人が不幸に遭い、悪人が栄えたままなのか。不条理ではないかという疑問だった。そして、冒涜すれすれの言葉を吐いてまで、彼は切々と神にその答えを求めた。
 彼らの議論が終わると、怒れる男エリフが現れる。彼はヨブが「わたしは潔白で、罪を犯していない」という所に彼の過ちがあると指摘し、「神は人間よりも強くいます。なぜ、あなたは神と争おうとするのか。神はそのなさることをいちいち説明されない。あなたは神を見ることができないと言うが、あなたの訴えはみ前にある。あなたは神を待つべきなのだ。今、光は見えないが、それは雲のかなたで輝いている。神は優れた力を持って治めておられる」などと、ヨブを叱った。
 そして、最後に嵐の中から、「全能者と言い争う者よ。引き下がるのか。神を責めたてる者よ、答えるがよい」と神の声が響く。それを聞くと、ヨブは「あなたは全能であり、御旨の成就を妨げることはできないと悟りました。わたしはわたしの知識を超えた驚くべき御業をあげつらっておりました。それゆえ、わたしは塵と灰の上に伏し、自分を退け、悔い改めます」と告白して、沈黙する。
 エリフが何者なのかは書かれてないが、ヨブ記作者の考えを代弁する人物だと言っていいのではなかろうか。そして、38章以後に出てくる「神の言葉」も、ヨブ記作者が神の名を借りて、真の義人とはどういうものかを述べたものだと思う。ヨブ記作者は人間ヨブが、無知無力なのに神に抗議したおこがましさを読者に悟らせ、人知を超えた神の業を受け入れ、神を畏れ敬うことを結論としたかったのだと推察する。興味深いのは、結末で神が3人の友人に対して怒りを表し、ヨブには以前にまさる富の祝福を与えて終わることだ。そこからは次のことが明らかになる。
 一つはヨブの苦悩が悪の罰ではなく、義人かどうかの試みだったことだ。神は愛する人に試練として苦しみを送られることがある。それはヨブだけでなく、正しく生きているのに苦しみに遭う全ての人に当てはまる。しかし、苦しみは神が直接与えるのではなく、たいていは何かを通してもたらされる。ヨブの場合はサタンによってだったが、天災や病気、人間同士の争い、犯罪や事故等による場合もある。東日本大震災もその一つだったと考えると、それを理解するヒントになる。 
 もう一つは、この世で善人は必ず恵まれ、悪人は罰されるという、型にはまった旧約的応報思想の否定だ。ヨブの3友人はその代弁者だったから、神は彼らに怒りを表した。これは彼らの思想に通じる「天罰発言」の棄却でもある。それに対し、ヨブは現実を直視し、もし不幸が神の罰ならば、善人が不幸のままで死に、悪人が罰されずに栄えたまま死ぬのはおかしい。不公平で不条理ではないかと神に尋ねた。だが、納得のいく答えは得られなかった。なぜなら、人に死後はないと考えられていた彼の時代には、来世の裁きと報いが考えられなかったからだ。
 従って、その不条理は未解決のままだった。だからヨブ記は神が義人の彼を以前にも増して富む者に戻す、ハッピーエンドによってしか物語を終わらせられなかったのだ。その納得いく答えは救い主イエス様の出現を待たなければならなかった。主の福音は人に死後があって、だれもがどう生きたかに応じて神の裁きを受け、相応の報いを受けることを明らかにするからだ。

 この検証をもとに私はヨブの考えを忖度してみた。思うに、彼は若者エリフの言葉と彼自身が神に告白した最後の言葉をもって、私に次のような助言をしてくれるのではあるまいか。
 「余生風よ、あなたも私みたいに答えを求めて、『なぜこんな災害をお許しになったのか?』と神に問うているが、神はご自分のなさることをいちいち説明なさらない。私はそう言われたが、それがやっとわかったのは最後の最後だった。しかし、あなたの訴えはみ前にある。あなたはそれを確かだと信じ、神の時を待つべきなのだ。太陽の光は見えなくても雲のかなたで輝いている。同じように、あなたの答えも今は隠されているが、その時が来れば明らかになる。
 しかし、あなたは確信していい。神は優れた力を持って治めておられ、憐み深い人を苦しめることはけっしてなさらない。御旨の成就を妨げることは誰にもできないし、浅い人知で神の計らいを理解し尽くすこともとうてい無理だ。私もかつて人知を超えた驚くべき御業をとやかく言ったが、それは間違っていた。私は信じて待つことをあなたに勧める。
 私は待ってよかった。なぜなら、ずっと後で神は御子を送って、私にわからなかった救いのご計画を明らかにしてくださったからだ。私はそれを知って喜び躍り、神に感謝した。私には限界があるから、あなたの問いに満足のいく答えはできない。しかし、神の御子イエズス・キリスト様ならできる。あの方に聞くがよい。あなたの捜し求めている答えはあの方の教えにある」と。 

 やはりヨブには限界があった。彼の問いは見事だったが、答えは中途半端か未解決のままだった。それに、ヨブの場合と東日本大震災はもともと同列には語れない問題だった。彼の不幸は一人の不幸だったが、東日本大震災は何万人もの不幸だし、彼の苦悩は作品の中だったが、東日本大震災の苦悩は現実だ。彼の問いは「悪をしていないのになぜ苦しむのか?」だったが、東日本大震災での私の問いは「神はなぜこんな災害をお許しになったのか?」だからだ。
 しかし、ヨブの思いを忖度したことは無駄ではなかった。とくに、自分には限界があるから、私の問題には満足に答えられないが、神の御子イエ様ならできるから、この方に聞くがよいと言ってくれた助言は私をはっとさせた。これは大きな収穫だった。私に道筋を示してくれたからだ。そこで私はここからはヨブと共に、「もしも、イエス様だったら」という思いで考察を続けようと思う。
・・・・・・・・・・・・・・・ ✣ ・・・・・・・・・・・・・・・
5月11日 
 あの日から2か月経った。今後は時間のある時に書き足すので月日は省略する。
ところで、ヨブ記24章に印象的な一節があった。ヨブはこう言った。「町では、死にゆく人々が呻き、刺し貫かれた人々があえいでいるが、神はその惨状に心を留めてくださらない」(ヨブ24;12)と。これが記憶に焼きついたのは、東日本大震災の悲惨さに当てはまると感じたからだ。あの直後、私も同じような思いに駆られた。「神はこの惨状に心を留めてくださらないのか?」と。
 ところがすでに触れたとおり、ほとんどの人はそのような問いを発しなかったし、たとえ心中でそう思ったとしても、口にしなかったのだろう。今もそのように見える。そこで私は不安になって自問した。大昔のヨブに似た私の問いはドンキホーテ的で、問う相手を見誤り、間違った問い方をしているのではなかろうか?と。そこで、私は自分の問いを見直してみた。

 多くの人々はこの大災害のことで、なぜ神を責めなかったのだろうか?これも重複になるが、一つは神を信じていないからだろう。ところが私は信じているから、「愛の神様なのに、なぜこんなことが起こるのを許されたのですか?」と質問した。しかし、神は存在しないと思っている人なら、いないと考える者を責めたりそれに問いかけたりしないだろう。無意味だからだ。
 そういう人たちはなぜ地震や巨大津波が発生したか、なぜそれが大被害をもたらしたか、それを防ぐには何をしておくべきだったか、受けてしまった被害をどう処理して行ったらいいか、これから起こり得る大災害にはどう対応していくべきか等については問う。それらは誰にとっても重要で、神を信じるか否かにかかわらず、私も含めて皆が共有し、真剣に解決していかなければならない問題だからだ。しかし、神を信じないならば、神への問いだけはなくて当然となる。
 だから、そういう人たちが天を仰いで非情だと嘆いても、それは恨みの持って行きどころがないからで、天災の主因は自然だとわかっているから、それに抗議したり責任を求めたりしない。責めるとすれば自然を甘く見ていた自分たちの準備不足や油断、政府や自治体の防災体制の不備とか支援の拙さなど、責め得る個人や社会を相手にする。
 しかし、神を信じていても、神になぜと問わない人もいる。思うに、その人たちは地震や津波が神様のせいではないと知っているからだろう。従って、神を責めない。昔は聖書の民も、自然現象や病気を神や悪霊が直接に起こすと考えがちだった。しかし、科学の発達した今日、神を信じる人たちもそれらが神の直接の働きによるのではなく、自然界の法則で起こると考えている。神を信じることを除けば、その点では信じない人たちと同じなのだ。
 例えば、神を信じる人も、今回の大地震と大津浪は、地殻変動が原因で発生したことを知っている。地震学のプレートテクトニクス理論によれば、日本列島の東側にある太平洋プレートは西側のユーラシアプレートの下へと、その東端を一緒に引き込みながら常に沈み込んでいる。しかし、一定の限界に達すると破壊が起きる。東日本大震災はそれが宮城県沖約200㎞の震源地で、マグニチュード9.0という途方もない規模で起こった巨大地震だった。そして、跳ね上がったユーラシアプレートの先端が海水を持ち上げて未曽有の巨大津波を起こし、魔物のように東日本の海岸を襲ったのだ。亡くなった方々の90%は津波のせいだった。私たちはそれも知っている。
 従って、神を信じている人々も、あれは神ではなく、自然のなせる業だと知っているから神を責めないのだ。旧約聖書時代の人々の思考と同じでない限り、神を信じる現代人たちはほとんどがそういう考え方をしているはずだ。実は私も普段はそういう考え方をしている。なのに、大震災直後はこの天災が神のせいであるかのような問い方をしてしまった。冷静だったらそうは言わなかっただろうに、なぜだろうか?自然界の津波ではなく、感情の津波が私を押し流したからだ。
・・・・・・・・・・・・・・・ ✣ ・・・・・・・・・・・・・・・
 それをもう少し詳しく検証してみたい。もし天災も病気も神が直接原因だとしたら、確かに人は他の出来事もすべて神のせいだと言わざるを得なくなってしまう。しかし、それは事実とは合わない。自然現象や人間社会の事象を観察すれば、それらが神の直接関与で生成消滅するのではないことは明らかだ。例えば自然界では雷が鳴り、山火事や干ばつが起こる。かつて聖書の民は雷を神の怒りだと思ったが、現代人はそれが帯電した雷雲の現象だと知っている。落雷による山火事も神の仕業ではなく、自然の一現象だし、干ばつも土砂崩れも神が起こすのではなく、異常気象や豪雨の結果であり、異常気象や豪雨や暴風もまた他の自然現象の結果なのだ。
 災害に結びつくそういう荒々しい自然現象とは逆に、自然には穏やかな春の日差しも、そよ風も陽炎も小川の囁きもある。しかし、それも神が起こす現象ではない。日差しは太陽が送り、そよ風は人にちょうど良い空気の動きで生まれ、陽炎は太陽が地表の水分を温めるから起こる。その他の現象も原因はみな自然そのものにある。神が直接に働きかけてそうなるのではない。
 動物はもっとそうだ。サバンナではライオンは縞馬を倒し、チーターはインパラを捕食する。時には成功し時には失敗するが、成功も失敗も直接に神がさせるのだとしたら、狩りは神がしていることになってしまう。追うチーターも逃げるインパラも神が走らせるのだとしたらナンセンスで、すべての生き物は、神の意のままにしか動かないロボット同然と言わなければならなくなる。 
 従って、一つの事実がはっきりわかる。自然界の出来事や人間社会の事象は、神の直接の影響で生起消滅するのではないという事実だ。そこから導き出される結論は、天災などの悪が神のせいではなく、従って、そのことで神を非難するのは見当外れだということだ。神を信じない人たちはもともとだが、信じている人たちもこの大震災で神を責めないのは、それがわかっているからだ。そうだとすると、神に食ってかかかろうとした私(だけ)が間違っていたことになる。

 この結論は私の思索巡礼の足を止めさせ、自分の中に起こったスタンスの変化に気付かせた。私は初め、「神様はなぜこんな災害をお許しになったのか?」と、非難めいた口調で疑問を投げかけたが、ヨブの助言や自らの考察によって、それが悪い問い方であったと気付いた。だからヨブがしたように私も自分の非を認めた。それはいつしか私のスタンスを、神に対して不信気味に問う姿勢から信頼と希望を持って問う姿勢へと変えていた。
 それはまた祈る気持ちをも変えた。私だけかも知れないが、「なぜ神はそんな災害を許されたのか」という疑念があった間、私は素直に祈れなかった。それが神のせいだとは決めつけず、神が愛であることも疑わなかったが、悲惨な現実に目が向く度に、複雑な思いの霧が晴れず、祈り渋っていたのだ。だから、犠牲者たちを力づけてやってくださいと祈ろうとすると、でも、こんな天災がなかったら、そんな祈りも必要なかったのに…犠牲が出てから助けてくださるより、助けなくてもいいようになぜ災害を止めてくださらなかったのかと、つい呟いていた。しかし、地震も津波も自然法則によって起こる自然現象で、神のせいではないとわかれば、もうわだかまる理由は何もない。素直に祈らなければならないという確信が戻ったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・ ✣ ・・・・・・・・・・・・・・・
 ところが私の中で、一つの問題解消は別の疑問を呼び覚ました。自然界の出来事は自然法則に従って起こるのだから、直接に神によるのではないとわかったが、それならば、神は自然界の生成消滅や生物の生存活動などに何ら関与なさらないのか、それともなさるのかという疑問だ。
 もし神が絶対的な第一原因であるだけで、自然界や人と関わりを持たずに超然としている、いわゆる哲学者の神であるなら、自然界と没交渉だから、天災などは起こさない。同時に人間社会からも超絶しているから祈りを聞かないし、聞いても何にもしないだろう。片や万物に遍在し、万物が神の表れであるとする汎神論的な神であるなら、自然界は神と一体なのだから祈りには耳を傾けるだろうが、天災が起これば、それを起こした責めを負わなければならないだろう。
 しかし、聖書の神は違う。私の知る限りでは、まず聖書の神は宇宙万物を創造された神だ。創造主である神と被造物である宇宙万物とは明確に別の存在だが、神は被造物の上に超然と無関係無関心でいる方ではない。神は被造物を存在させただけではなく、それが定められた在り方で存続できるよう支えてくださっている。そのサポートなしには被造物は虚無に帰る。つまり、自然界の生成消滅や生物の生存活動などに関与している神なのだ。
 それをもう少し知るためには、宇宙万物の起源を探る必要があろう。聖書はそれを神の創造によると教える。もちろん二千数百年前の宇宙観や自然界の知識を基にした叙述だから、現代には通用しない部分が少なからずある。しかし、神学が「無からの創造」と表現したその根本メッセージは、今日でも有効かつ確かな真理だと言えよう。創世記には「神は言われた。『光あれ。』こうして、光があった」とある。それは光という最初の被造物に存在を与えた「無からの創造」だった。光が有なら反対の闇は絶対無を意味した。神を信じる人と認めない人の差はここで始まる。
 神を認めない人は宇宙がその絶対無から自分で生まれ出たと言う。でも、どうして無が有を生み出せるのだろうか?それは底なし沼に落ちた男が、自分の髪の毛をつかんで沼から引き上げようとするのに似ている。それに対して、神を信じる人にとっては、被造物が創造される前に存在したのは神のみで、厳密に言えば宇宙には無(闇)すらも存在しなかった。無とは有の欠如で、人の頭の中にしかないからだ。しかし、神は天地を創造された。だから宇宙万物は存在する。
 大事なのは万物が神によって無から創造されたこと、次に、創造されただけでなく、存在の仕方も定められたことだ。この存在の仕方こそ自然法則に他ならない。だから万物は自然法則に従って存在を続ける。それは神が「良しとされた」あり方なのだ。そして、神は自然法則を与えただけでなく、万物がそれによって存在し続けられるよう、それをお支えになる。「すべてのものは神から出て、神によって保たれ、神に向かっているのです」(ロマ11;36)とはそのことだと思う。
 イエス様は神のその支えについて何度か話された。例えば、空の鳥や野の花を指して、天の父は鳥を養ってくださる、野の草でさえ、神はこのように装ってくださる(マタイ6;26-30)と言われた。言い回しは天の父が直接に鳥を養い、花を装ってくださっているように聞こえるが、それは民衆にわかりやく話すためであった。鳥が自力で空を飛び、花が自力で咲くことは誰でも知っているが、それも神の支えがあってこそできる。神はそう支えてくださる、と主は言われたのだ。
 雀と髪の毛の喩え(マタ10;29-31)もそうだった。それは人間がどれほど優れているかをわからせて、天の父を信頼させるためだったが、主は「その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない」と、どんな小さな被造物にも神の支えが及んでいることを断言された。自然界の事象は自然法則に従って起こるが、被造物は神の支えがあるからこそ、自然法則に従って存在し生成できるのだ。ここに東日本大震災を理解するもう一つのポイントがある。
 しかし、一羽の雀すら神の許しなしには地に落ちないのならば、当然、地震と津波は神の許しがあったからこそ起きたのではないか?という問いが蒸し返されるかも知れない。答えはこうだと思う。その通り。だが、神の許しがあったという言い方は擬人法的な比喩で、実際は地殻のプレートが自然法則に従って激動し、その結果、自然法則に従って大津波を起こしたのだが、神は自然法則がそのように行われることを妨げなかっただけだ。それが支えるということなのだ、と。
・・・・・・・・・・・・・・・ ✣ ・・・・・・・・・・・・・・・
 では、自然法則は絶対不変なのか?と人は問いたくなるだろう。いや、不変ではない。しかるべき理由があれば、神はその一時的変更や一時的停止を許される。それが奇跡だ。自然法則は創造の時に定められた万物本来のあり方だから、よほどの理由がないと変更は許されない。だが、人類の救いにどうしても必要な時と場合には、神は御自身や人によって奇跡を行われた。聖書はそれを伝える。奇跡とは自然界や人間界に神が介入なさる異例のあり方なのだ。
 旧約聖書で最も有名なのはモーセによる出エジプト記の奇跡だろう。しかし、私たちにとって身近なのはイエス様や使徒たちによって行われた奇跡だ。その対象は多岐にわたり、奇跡を行う者も神自身、預言者、救い主イエス様、使徒たちなど多様だ。しかし、最も重要なのは奇跡の理由だと思う。それは、救いの実現にどうしても必要な場合、神の愛や力を表すのにきわめて有益な場合、人々に神の御子や預言者・使徒などを信じさせる必要がある場合などに限られた。例えば、主のご復活は救いの実現に不可欠だったから、天父が主になさった奇跡中の奇跡だった。5千人余の人々を養ったパンの奇跡は、神の愛と力をわからせるのに極めて役立ったからだろう。
 しかし、人は奇跡があくまでも異例の出来事だということを忘れてはなるまい。神がよしとなさるのは、世界万物が創造の時に定められた通常のあり方で存在し生成活動し続けることだ。だから、よほどの理由と価値がない限り、自然法則の一時的変更や一時的停止である奇跡をお認めにはならないのだ。言い換えれば、奇跡をやたらに求めることは、神の定められた自然界と人間のあり方に異を唱える等しく、それを乱すことに他ならない。これも忘れてはなるまい。
 イエス様のお姿勢を見ればそれがわかる。主は神の御子であったのに、ヨナのしるし以外は与えられない(マタイ12;39)と、奇跡にはきわめて抑制的だった。荒野の誘惑で飢えた時も、しようと思えばできただろうに、石をパンに変えられなかった。屋根の上から飛び降りても大丈夫だっただろうに、神を試すことはなさらなかった。のどが渇いていたサマリアの井戸でも、器なしで水を汲む奇跡はなさらなかった。十字架から降りることもできたのに、死を受け入れなさった。 
 奇跡は願ってはいけない事柄もあれば、願っていい場合もある。国家存亡の場合とか、何としても生きていてほしい人の病気治癒とか、愛する人の落盤事故からの生還とか、奇跡ではなくても奇跡的な良い結果を願うことは人情であり、それを願うことを妨げる理由はない。例えば、東日本大震災の大被害が事前に予知できていたら、多くの人は起こらないようにしてくださいと祈っただろう。願いが叶うかどうかは神の御心次第だが、そう願っていいことは確かだ。

 問題は、そう祈っても願い通りにならないとき、それをどう受け止めるかだ。ある人はやっぱり祈ってもだめなのだと、態度を変えるかも知れない。いや、いや、もともといない神だから、答えることも聞き入れることもできないのだろうと、信じていたのに信じることをやめるかも知れない。しかし、世の中はそういう人ばかりはない。奇跡を願うよりも、神の御旨を優先する人がいる。ヨブはそうだったが、聖人と言われる人たち、特に主イエス様と聖母マリア様がそのお手本だ。
 主イエス様は「神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になられ」(フィリピ2;6,7)、死の前夜には、「父よ、御心なら、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください」と祈られた。それなのに罪深いただの人である私が、願いが聞き入れられないからと言って、神の御心もわからずに不平を言ってもいいものだろうか?いけないにきまっている。「御心が天に行われるように、地でも行われますように」とはこのことでもあろう。
 聖母は天使のお告げの時、神にはできないことがないと信じて、「お言葉どおり、この身に成りますように」と神の言葉を受け入れられた。十字架の下でもそうだった。主と心を一つにして、「この極限の苦しみの杯を取りのけてください」と、どんなに祈られたことだろうか。しかし、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫ぶわが子の声を聞かなければならなかった。それでも、最善のことは天の父がご存知だと信じて、すべてをお受け入れになった。

 さて、5月11日に、私は「なぜこんな災害をお許しになったのか?」という問いが、ドンキホーテ的で間違った問い方をしているのではないかと自問した。それ以来、その問いのままでいいのかずっと気になっていたが、ここまで考察したおかげでやっと気づいた。率直に言おう。その問いは悪かった。しかし、問いの文言そのものが悪かったのではなく、問う私の心が悪かったのだ。それに気付いたので、この懸案は解決を見た。
 思い込みから、神を責めたい気持ちでそう問えば、それはあたかも災害が神によって惹き起されたかのような響きになり、誤答をも導き出しかねない。だから問う心次第で悪い問いになる。しかし、自然界や人間社会で起こる事象が神のせいではないと同時に、イエス様の奇跡や2羽の雀の話でわかるように、神の支えなしには起こらないのならば、なぜそれを許されるのかと客観的に問う限り、悪くはない。まともな問いだ。そこで、以後もその問いのままで進むことにした。
      ・・・・・・・・・・・・・・・ ✣ ・・・・・・・・・・・・・・・
 その問いのままでよいとすると、人はそのバリエーションとして、「なぜ神は死をお許しになるのだろうか?」という問題に直面せざるをえなくなるだろう。死は誰一人避けて通れない最も重い問題だ。それが最も重い問題であるのは、愛する者たちには死なないでいてほしい、生きていてほしい、自分も死にたくない、もっと生きていたいと願うのに、生あるものは100%死ななければならないからだ。なぜ神は死をお許しになるのだろうか?
 人だけでなく、生き物はいつか必ず生を終わる。それが死だ。死は自然法則による生の終了に他ならない。しかし、聖書によれば、人間の死は他の生物と同じではない。なぜなら、神がご自分に似せて人を造られ、死ななくてもいい存在だったのに、死ななければならなくなったいきさつがあるからだ。ただその問題はしばし後に回し、その前にいくつかのことに触れておこうと思う。
 その一つは死が私たちに与えるショックと悲しみだ。今回の東日本大震災はまさに最大級の衝撃を私に与えた。しかし、戦争、大事故、疫病大流行など、多数が一度に命を失った例は他にもあったが、そういう死は例外的な場合なのだ。人の死は本来一人ひとり別々で、時も場所も死因も死に方もすべて違う。大勢が一度に死ねば衝撃は大きいが、一億人が同時に死んでも、死は一人一人の出来事であることには変わりがないのだ。
 だから、それが愛する人や身近な人の場合なら、たった一人の死にも人は大きなショックを受け、深く悲しみ悼む。それが人情だ。友のラザロが死んだとき、イエス様も涙を流された。大震災で愛する人や親しい人が心ならずも命を落としたのを知った遺族たちは、どんなに悲痛で無念であろうかと思うと言葉もない。
 ところが、大震災に遭った人たちはじっと悲しみをこらえて、神をも自然をもなじらなかった。私はそれに感銘を受け、自分を恥じて学んだ。この大震災が余りにも衝撃的だったから、私は「もしも神がこれを許されたのならばひどい」と呟いてしまったが、振り返ってみると、過去半年の間に身近な人が3人も世を去ったのに、私はその一人ひとりの死について大震災の時のように、「ひどいではないですか」とは神に言わなかった。これでは筋が通らないことに気付いたからだ。では、一人の人が病気で死んだときも、神をひどいと責めた方がよかったのだろうか?いや、違う。悲しみ嘆きつつも、淡々と、「なぜ人を死なせるのですか?」と素直に尋ねればよかったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・ ✣ ・・・・・・・・・・・・・・・
 触れておいた方がよいことがまだある、死のことで仮にも神をむごいなどと言うなら、人間こそむごい生き物ではないかと言われても仕方がない事実だ。なぜなら、人は今まで余りにも多くの生き物を死滅させ、今も日々無数の殺生をしているからだ。その事実を忘れて、他の誰かをむごいなどと非難するならば、それは自分のことを棚に上げて無慈悲な男に激怒したダビデ王が、預言者ナタンから「その男はあなただ」(サム下12;7)と指弾されたのと同じになる。
 人のむごさは、東日本の太平洋岸を例にとってみてもわかる。その海は豊かな漁獲と海産物をもたらす恵みの海だ。しかし、魚たちから見れば事情は違う。今年、茨城県沖のコウナゴ漁は中止された。福島第一原発事故で海水が放射能に汚染されたからだ。これは漁業関係者には打撃だったが、魚たちにとってはどんなに嬉しいことだったことだろうか。人間にとって恵みの時は魚たちには災いの時、人間にとって豊漁の漁期は、彼らには絶えざる不安と皆殺しの時期でしかないからだ。彼らをごっそりと一網打尽にする網は、逃れようのない津波と同じだが、それは稀にではなく、絶え間なく襲って来る。
 もしコウナゴたちに問う能力があったら、神はなぜ人間と言うこんなに恐ろしい怪物を創ったのかと、身の不運を嘆くのではなかろうか。しかし、同時にもし自分たちがしていることを振り返ることができたら、こうも気付くだろう。「僕たちは大群で海中のプランクトンを食べまくる。彼らにとっては僕たちもまた、僕たちを一網打尽にする人間と同じなんだ」と。そこで、宮沢賢治の「よだかの星」の夜鷹のように、「ああ、かぶとむしや、たくさんの羽虫が、毎晩僕に殺される。そしてそのただ一つの僕がこんどは鷹に殺される。それがこんなにつらいのだ」と悩むことになるのではなかろうか。
 幸いにと言おうか、不幸にもと言おうか、コウナゴにもプランクトンにも、そしてコウナゴを食べるより大きな魚にも、さらにその魚を食べる巨大魚にも、恐怖で逃げる本能はあるが、そう悩む知能や感情はない。だから、他の生き物を捕食しても、夜鷹の苦悩は感じないで済む。知能の高いイルカでさえおそらく同じだろう。人間ですら、食卓の魚や肉を、「我々は多くの命を奪っている。生きるためだ。ごめんな」と、詫びて食べる人はそう多くはいないだろう。むしろ、殺された側の苦痛など想像すらせず、おいしい、おいしいと、歓談しながら食べるのではなかろうか。
 もちろん、実際はそのようにして食べていいのだ。私は非難しているのではない。食物連鎖は生物の法則だ。虫はトカゲに食べられ、トカゲは蛇に、蛇は猛禽類に捕食される。狙わる方は殺されまいとして逃げ、狙う方は捕えようとする。どちらも生きるためだ。しかし、食べられるとなれば、餌食になる方は観念し、自然をも神をも恨まない。捕食者の方は満足し、殺したことについて良心の呵責はない。それが自然の掟なのだ。
 人間が漁をすることも、罪な殺生ではない。養鶏も養豚も漁業と同様、立派な生業だ。やましいことはない。しかし、同時に人間には惻隠の情があるのも事実だ。それなのに、人間は生き物の頂点に立つのだから殺して当たり前と考えるなら、天災で被害を受けても、「これも自然のあり方だから当たり前」と、何ら同情されなくても致し方ないと思わなければなるまい。殺生は罪ではないが、人間にこそ夜鷹の思いがあってしかるべきなのではあるまいか。

 今や人間は他の生き物を最も多く殺し、最も多く食べている。それなのに、他の生き物に食べられることはまずない。人類は捕食される心配が無い特異な生物になってしまったのだ。食物連鎖の単なる頂上ではなく、究極の頂上に君臨し、他の生き物を圧倒して繁栄している。では、人間以上の者はいないのだろうか?いないと考える人々も多いが、私は「いる-というよりおられる-」と考える。少なくとも信じる者にとっては、人間の上には神がおられる。
 では、その神はとどんな存在なのだろうか?ここで魚の話がそれを理解するために役立ってくる。聖書は神が全知全能で唯一絶対であることを教える。ところで、そういう神が仮にもし悪意ある存在で、例えば漁師が魚たちにするように、人間を一網打尽にして捕食するとしたら、どうだろうか?コウナゴが魚網から逃れられないように、全能者の手からは誰も逃れられない。私たちを救える者も皆無だろうから、もしそうだとしたら、人間の日々は恐怖に満ちたものになる。
 しかし、事実は正反対で、聖書が明らかにした神は愛であった。聖書の神は人間より無限にまさる存在だが、人を捕食もしないし滅ぼしもしない。むしろ逆に、人を大いに恵んで生かす慈愛そのものの神なのだ。これは実に驚くべき啓示で、ここに聖書の根本なメッセージがあり、創造の神秘を解く鍵がある。神は食物連鎖の頂点にではなく、慈しみの連鎖の頂点におられる。従って、むごいなどいう言葉はまったく当てはまらず、感謝と賛美がふさわしい方なのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・ ✣ ・・・・・・・・・・・・・・・
 さてそこで、先ほど後回しにした「死ななければならなくなったいきさつ」のところに戻って問おう。神はそのような慈愛の方なのに、なぜ人間が死なないようにしてくださらなかったのだろうか?実は、神は最初、人を死なないものとして創造されたのだった。しかし、原罪によって人は死すべき存在になってしまった。教会はそう教える。聖パウロはそれを、「一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです」( ロマ5;12)と書いた。
 しかし、それは人類の歴史の彼方の出来事で、人間が最初は死なないですむ存在だったということをいくら論じてもあまり意味がない。それよりもここで重要なのは、人間が死ぬ存在であるという現実の方だ。人が原罪によって死ぬべき存在になったのか、それとも生物だからもともと死ぬのが当たり前なのかは別として、人が死ぬという事実だけは誰もが認める。
 ところが、それとどう向き合うかとなると、人々の対応は分かれる。一方には、人は死ねば無になる。他の動物と同じで、個としての命は消え、肉体は自然に帰ると考える人たちがいる。日本ではそれが多数派だろう。死を止めることはできないから、最終的には諦めるしかないとその人たちは考える。ただ、死後を信じていなくても、習慣にのっとり宗教的な葬儀は行う。これは残された者たちが心に一種のまじないをかけ、自分たちを納得させるためだと私は思っている。
 それに対して他方には、人の場合はすべてが死では終わらない。魂は永遠に生きると信じている人たちがいる。彼らは、死んだ人の体は何らかの形で自然の一部になるが、霊魂は神のもとに召され、至福の安息を得ると信じている。従って、葬儀は社会的なお別れの儀式でもあるが、残された者のショックを和らげる単なるおまじない的な形式ではない。キリスト教信者でも本気で信じてはいない人はいるかも知れないが、筋を通す信者なら死後を信じているはずだ。 

 そうなると祈りも違ってくる。イエス様は「だれでも、求める者は受け、…門をたたく者には開かれる。…あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるに違いない」(マタイ7;7-11)と教えてくださり、また、「信じて祈るならば、求めるものは何でも得られる」(同21;22)とも言われた。神は全能だからだ。ここにキリスト教の答えがある。だからこそ、神を信じる者は、生きている人のためにも死んだ人のためにも祈るのだ。
 ところが、すでに少し触れたことだが、それならばなぜ、病人が治るようにと祈ったのに死んでしまい、津波から救ってくださいと祈ったのに救ってくださらなかったのかという、深刻な疑問が起こる。率直に言って、そのわけは人にはわからない。その「なぜ?」は問いのままだ。しかし、はわかっていることはある。神がすべての願いを聞き入れられるとは限らないことだ。例えば、御心に適わない望みや悪を行うための助力を祈っても、これは絶対に叶えられない。
 では、死なないようにしてくださいという祈りはどうだろうか?神は原則としてそういう祈りは聞き入れてくださらない。それは地上に生き永らえることが人間の最終目的ではないからだと思う。ある病人が非常に大切な人なら、死なないようにと祈ることは正しい。しかし、死なないと言っても、いつまで?という問いに、この世でいつまでもと願うならば、それは不老不死の願いになり、主の福音とは合わない。神が人間のために用意している住処は地上ではないからだ。
 それならば、神は人のためにどんな場所を用意しておられるのだろうか?ここが重要なポイントだと思う。主は言われた。「わたしの父の家には住むところがたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言っただろうか。行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻ってきて、あなたがたをわたしのもとに迎える」(ヨハネ14;2,3)と。そして、聖パウロはそれを「人の手で造られたものではない、天にある永遠の住みかです」(コリ二5;1)と言った。
 地上は愛を行う場所であって、永遠に住む場所ではない。だから、神はよほどのことがないかぎり、死なせないでと祈る人たちの願いには応えず、人の命を自然の成り行きにお任せになるのだ。福音書はイエス様が死者を生き返らせた奇跡を3回伝えている。どれも特別な理由があった奇跡だ。しかし、蘇生したその3人も結局は寿命で死んだ。これは注目に値する。それは人がいつまでも地上にいることが神の御意志ではないことの証しだからだ。
・・・・・・・・・・・・・・・ ✣ ・・・・・・・・・・・・・・・
 では、人がいつまでも地上にいることはなぜ神の御意志ではないのだろうか?それは復活を果たした人が、天地創造の時から用意されている神の御国に移り、そこで永遠に生きることをお望みだからだ。それが神の救いのプランなのだ。人はすべて死ぬ。死後、魂は神の国に入るが、肉体は葬られて土に還る。しかし、人間の場合、神は世の終わりに肉体も復活させ、神の国で生きさせてくださると言われている。それがキリスト教信者の信じる「体の復活、永遠の命」だ。 
 イエス・キリスト様のお言葉を読めばそれがわかる。復活を信じないサドカイ派の人たちに主は言われた。「あなたたちは聖書も神の力も知らないから、思い違いをしている。復活のときには、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ。死者の復活については、神があなたたちに言われた言葉を読んだことがないのか」(マタイ22;29-31)と。そして、貧しく弱い人たちなどを良く遇する人に「正しい者たちが復活するとき、あなたは報われる。」(ルカ14;14)と言われた。
 そうは言っても、主の福音は、死ねば誰もが神の国に招かれるのではないことをも教える。甘く考えてはいけないのだ。そこが49日過ぎれば誰もが成仏すると教える仏教とは違う。主はこう断言された。「父は裁きを行う権能を子にお与えになった。…驚いてはいけない。時が来ると、墓の中にいる者は皆、人の子の声を聞き、善を行った者は復活して命を受けるために、悪を行った者は復活して裁きをうけるために出てくるのだ。」(ヨハネ5;27-29)と。
 また、世の終わりの譬えで主はこう話された。裁きの座についた王は、善を行った人たちを右側、悪を行った人々を左側に分け、右側の人たちに対しては、「わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい」と言い、左側の人々には、「呪われた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のために用意してある永遠の火に入れ」(マタイ25;34,41)と宣告する、と。裁きの王とは救い主ご自身のことに他ならない。

 これを聞くと、ある人は反発して言うかも知れない。それはキリスト教の独善的な論理とストーリーだ。俺は復活なんて信じないし、死後があるとも思っていない。だから、それは俺には無意味だ、と。他の人はこう言うかも知れない。私は復活があれば嬉しいとは思う。だが、仏教では相応の供養をしてやれば、死者はみんな成仏すると聞いた。その方が皆幸せそうでいいのではないか。なぜ裁きなどと、死後まで生前のことをとやかく言われなければならないのか、と。
 また、他の人はこう批判するかも知れない。僕も復活とか裁きには懐疑的だね。どちらかと言えばないと思う。でも、百歩譲ってそれがあるとすれば、それに対応する準備が要るだろう。ところが、ある日不意に津波に襲われたりしたら、そんな準備の時間があるだろうか?ないと思うね。だとすれば、準備の時間もなかった人たちを、準備していた人たちと同列に裁き、神の国か永遠の罰かに分けるのは酷であり、不公平ではないのか、と。
 それらに対してはこう答えよう。思想信条は自由だから、最初の方のご意見はご意見として尊重したい。死後と復活がキリスト教の論理とストーリーであることはその通り。しかし、死後と復活があるかないかは、死んでみないとわからないから、それは賭けだが、私は断言してもいい。この賭けで私には絶対に負けがない、と。なぜなら、もし死後と復活があったら、あなたは負け、私は勝つが、もしなかったら2人とも存在しないことになるので、勝ちも負けもなしになるからだ。
 2人目の方は死後を否定していない点に好感がもてる。ただ、残された者の供養で誰もが成仏するという思想には矛盾がないだろうか。まさにヨブが「なぜしばしば、正しい人が不幸のまま死に、悪人が栄えたままで生きているのか?」と問うた不条理の問題に当たる。ヨブの頃は命がこの世だけとされていたから、それだと適切な報いも罰もない。それでは不正義、不公平ではないかと、死後の命を知らなかったヨブは、神にその矛盾を質問したのだった。 
 その不条理はイエス様の福音で初めて解決した。死後の裁きと復活があれば、人はそれぞれ正当な報いを受ける。それは主が話してくださった裁きの喩えや金持ちと乞食ラザロの譬えでわかる。ところが、たとえ生前は悪逆であっても誰もが成仏できるのなら、ヨブが問題にした矛盾は解消しないで残る。供養をすれば成仏して皆幸せになれるというのは、一見大らかなように思えるが、実はとてつもない悪平等ではないだろうか。
 3番目の方の批判は考えさせるだけでなく、ありがたい。裁きや復活に思いを致す機会を与えてくれるからだ。そこで反問させてもらうとすれば、裁きや復活に応じる準備には時間が要ると言うが、ではどのくらいあればいいのだろうか?私が思うに、赤子や幼児を除けば、人にはそれぞれ十分な時間が与えられている。裁きや復活の日のために準備するとは、わざわざ何かをしたり学んだりすることではなく、与えられた人生を精一杯、よく生きることに他ならないからだ。
 イエス様が話してくださった裁きの日の譬えで、王は右側の人たちに、「わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい」と言うが、その理由は「わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ」った。キリスト教の教義を深く学んだからでも、主よ、主よと祈ったからでもないことがわかる。 
 興味深いのは、思い当たることがないため、彼らが「主よ、いつわたしたちは飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか」と聞くと、王が「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのだ」と答えたことだ。 
 裁きの日にこのように祝福され、神の国に入れていただけるのだとしたら、それは特別な準備をする必要はなく、常日頃から隣人愛を行っていればいいことを示唆している。つまり自分の人生で出会う人たち、特に身近な人や困っている人、苦しんでいる人、悲しんでいる人などに、普段から良くしてやっていれば、それだけでいいということだ。だとすれば、死後の裁きと復活の準備は、誰もがいつでもどこでもしていることなのだ。プラスだけでなく、マイナスの意味でも…
 東日本大震災では新聞やテレビがそういう実例をたくさん伝えている。被災地の人たちが苦しみや悲しみをぐっとこらえている忍耐強さ、互いに助け合い、励まし合っている人情の深さなどを知るにつけ、私は心を打たれ、同胞であることを誇らしく感じる。このような苦境にあっても絶望せず、日々の生活の中で他の人たちに心を配り、支え合い仕えあう人たちは、裁きの日に「祝福された人たち」と言われていい。そう言われるに違いないと私は思うのだ。 
 被災地の人たちだけではない。大震災が起こるや否や、日本中がすぐ支援に動き、海外からも励ましと助力が寄せられた。人々のこういう姿は私に人間を見直させた。こういう非常時にも犯罪者はいるらしいが、ほとんどの人たちは誠実に行動し、隣人への愛を実践して生きている。そういう人たちに神が永遠の火に入れなどと言われるだろうか?言われないと思う。聖書の神は「悪人がその道から立ち帰って生きることを喜ぶ」(エゼキエル33;11)慈愛の父だからだ。
 要するに、復活と裁きを意識して、わざわざそれに備える必要はなく、日々をよく生きればいいことがわかる。反対に十分な時間があったら、今の時点で良く生きることを馬鹿にしている人が、そのうち生き方を改めるだろうか?ノーだと思う。いくら時間があっても、そういう人はおそらく死ぬまでそれを活かさないのではなかろうか? 改心に必要なのは、時間とは別の恵みなのだ。いずれにせよ、誰にもそれぞれ十分な時間はある。従って、不公平という批判は当たらない。
・・・・・・・・・・・・・・・ ✣ ・・・・・・・・・・・・・・・
 ところで、死ぬ前に必要な準備のことをあれこれ考察したが、それは生きている人たちが死んだらという視点からだった。では、あの巨大地震と大津波の犠牲になって、すでに亡くなった人たちはどうなったのだろうか?私はこう思う。大震災でなくても、世を去る人は毎日いる。ある人々はほとんど同時に、ある人は一人だけでみまかる。しかし一億人が一緒でも、一人ひとりの人生は一人ひとり違い、一億人の人たちはそれぞれがどう生きたかで別々に裁かれる。
 しかし、被災地の人たちから類推すると、亡くなった方たちはその人たちの家族や仲間だったのだから、今生きている人たちと同じように、大地震や津波が来る前は互いに助け合い、励まし合い、人情厚く生きていたのだと思う。つまり、ふだんから知らず知らずのうちに人への愛を行い、与えられた時間をよく生きた人たちだったに違いない。だから、亡くなったほとんどの方々は天の国に入れていただけたのではないだろうか。私はそう思いたい。
 神は祈っても普通は人を死なないようにはしてくださらないが、死後にこの世の命よりはるかに素晴らしい生を用意して待ってくださっている。それが主の喜ばしい良い知らせ、すなわち福音だ。聖書はこう語る。「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人とともにいて、その神となり、彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである」(黙21;3-4)と。
 神はこのように大震災の犠牲者だけではなく、すべての死者の涙を拭ってくださる。何という慰めであろうか!主の教えに賭け、信じて命を全うした後、信じたことがそのように真実で、神を仰ぎ見ることができ、先に世を去った人たちと再会できたら、その時人はきっと嬉しさに号泣してしまうのではなかろうか。神は天地創造の初めから、愛ゆえに、人間をこのような永遠の命に与らせるおつもりだったのだ。人が死ぬのを止められないわけがこれでわかる。

 未曽有の大震災に遭遇して、私は慈愛そのものだと信じていた神が、なぜこんなことを許されたのかと半ば憤りをもって問い、この考察を始めたが、ヨブの考えを尋ね、聖書から答えを探し、自分でも考えめぐらしてきて、やっと納得のいく理解と境地に至ったような気がする。主に感謝しなければならない。しかし、「人よ、神に口答えするとは、あなたは何者か」(ロマ9;20)と書いた聖パウロの言葉が当てはまるので、ヨブのように私も赦しを乞わなければならないと思う。
 ここまでくる間に、私はある信仰深いプロテスタントのK.Y.さんが、福岡沖地震で彼らの教会堂が壊れた時にくれた手紙を、もう一度読む機会があった。彼は書いた。「世の人は、『神は守ってくれなかったのか』と言いますが、我々は『それでも私は私の神をほめたたえる。神を礼拝し、神に従う。』と言います。この世で守られるために信じているのではないからです。この地上の100年が人生の本番ではなく、死後の永遠の時間こそが本番です。この世での様々な試練は、クリスチャンがどう反応するかというテストであり、かつ、一歩でもキリストに似た者になるためのチャンスです」と。彼の方が私よりずっとよく、わたしより先に、死と試練の意味を理解していた。
 また、今度の大震災では多くの人々が続々と被災者を支援して連帯した。神は人びとの心に、苦難の中にある同胞を助けようとする気持ちが起こるよう、働きかけてくださったのだと思う。これは一つの「愛の奇跡」だと言ってもよい。地震や津波が起こるのを止めてくださっていたら、それは「自然界の奇跡」だっただろう。だが、愛の奇跡はそれに優る助けだ。それこそが御心にかなうことだったのだ。 
 今日は5月24日。あの大震災が起きてから75日になる。5月23日時点の警察庁発表では、亡くなった方々は15,188名、行方不明の方々は8,742名であった。主よ、彼らに永遠の安息を与え給え。手を貸す運動ではただ一人、仙台市のK.I.さんだけがまだ不明のままだ。しかし、懸念された6人中、5人は無事が確認できた。その中の一人、名取市のN. K.さんが手紙の掲載を許してくれたのでその抜粋を掲載する。多くの人たちと喜びを共にし、神に感謝するために。

 「何度もお見舞いのお手紙をありがとうございます。震災後はじめて自宅に届いた郵便が、佐藤様からのお見舞いの葉書でした。お名前は存じておりましたが、一度もお会いしたこともない方々から、あたたかいお心づかいをいただき、ほんとうにうれしかったです。ぜひお礼のお手紙を書き、無事を知らせしたいと思い、ずっとお葉書を持ち歩いておりました。
 私の自宅は名取市内でも甚大な被害を受けた沿岸部からは離れた高台にあり、大きな被害を免れました。お知らせが遅くなり、ご心配をおかけしましたことをおわび申し上げます。
 勤務している職場は重度の知的障害を持った人たちが生活している施設だけに、このような災害時、とにかく職員の手が必要で、交通機関の復旧がいつになるかわからない、車のガソリンが手に入らないといった状況では、職場に泊まらざるを得なくなり、交通機関が一部復旧した後も、勤務に往復6時間かかり、気持ちにも体力にも余裕がなく、お手紙が書けませんでした。
 5月に入って、ようやく続けて休みがとれるようになり、お手紙が書けるだけの余裕ができました。おかげさまで職場でも自宅でも、震災前とほぼ変わらぬ生活ができるようになりました。ありふれた日常のささいな出来事ひとつひとつが、これほどいとおしく感じられたことは、これまでの私の人生にはなかったことです。
 私たちの人生はありふれた日常の出来事の積み重ねだと思いますから、それをいかに大切にしていくかによって、より豊かなものになるのではないかと考えるようになりました。悲しみだけでなく、このような気づきを与えてくださった神様に感謝です。そして、東北に住む私たちのために祈り励ましてくださった「手を貸す運動」に携わる国内外の全ての方に、心からお礼を申し上げます。特にシエラレオネの皆さん、今の私たち以上に、物質的にも精神的にも大変な思いをなさってきたことと思います。長い間それに耐えて生活しているにもかかわらず、私たちを心配し、祈り支えてくださいましたことに、深く、深く感謝いたします。
 同封したお金は、ささやかですが、今後のシエラレオネの支援に役立たせてください。
  皆様、お元気で。          2011.5.8     N.K 」
     
 これを読んで、「幸いなるかな、心の貧しき人。幸いなるかな、泣く人。幸いなるかな、慈悲ある人。幸いなるかな、心の潔き人」と言われた主のお言葉を思い起こした。とにかくご無事だったことにほっとして、慰めを得た。神に感謝!
 そして、これをもって75日間の思索の巡礼を終える。その一番のおみやげは、神がその愛ゆえに人間を永遠の生命に与らせるため、人が死ぬのを止められないことがわかったことだ。それならば、生きている間はそれに応えて、精一杯生きなければならないと思う。聖パウロは勧めた。「祝福を祈るのです。呪ってはなりません。喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」(ロマ12;14-15) と。被災地のために私ができることとして、私はそれを実践して行きたい。
 聖パウロはこうも書いた。「ああ、神の富と知恵と知識の何と深いことか。だれが神の定めを究め尽くし、神の道を理解し尽くせようか」(ロマ11;33)と。まことに神の富と知恵と知識はきわまりなく深い。それは私の知力では究めがたく、理解し尽くせない。しかし、究め尽くせなくても理解し尽くせなくてもよい。神が愛であることさえ確かならそれで足りる。栄光が神にありますように。 

もっと大きなわざ

 最後の晩餐が終わる前に、イエス様は「新しい掟」を弟子たちに与えられた。だが、命がけの忠誠を誓ったペトロには、「鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないというだろう」と、彼の離反を予告なさった。ヨハネ14;1-12の話が「心を騒がせるな」で始まるのは、すでにイスカリオテのユダのことで雰囲気が変になっていたところへ、ペトロの離反まで予告されて、弟子たちが大いに動揺したからではないだろうか。
 この個所は、説教を準備する神父さんたちにはありがたいだろうなと私は想像する。父の家にある住む場所、トマスの質問の面白い言い方、「わたしは道であり、真理であり、命である」という御言葉の一つ一つ、イエス様を通して父へという意味、フィリッポとの問答、主が父におり父が主におられるという神秘、せめて主の業を信じるということ等々、テーマにはこと欠かないからだ。逆にそれら全部をまともに取り上げたら、とんでもない分量になってしまうだろう。
 しかし、私は今なるべく短く書くことに努力中だから、今回は最後の12節だけを取り上げようと思う。「はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである」と言われたお言葉だ。私は今までここを取り上げたことがなく、説教でも聞いたことがない。だが「はっきり言っておく」は何か大事なことを言明する時に使われた表現だから、ここも大事なことなのに案外見落とされているのかも知れない。

 では、なぜここが大事な事柄なのだろうか?それはご受難前の晩餐の席だったのに、「わたしが父のもとへ行くからである」と打ち明けて、もうご昇天のことに言及し、「わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる」と、聖霊降臨後のことも予言しておられたからだと思う。主はすべて見通しておられたのだ。典礼は2週間後に続けて祝う御昇天と聖霊降臨の祝日をふまえて、私たちにそのことを意識させようとしているのではないかと推察する。
 ご昇天の予告は説明なしでいいが、「わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる」という御言葉は考え巡らす必要があると思う。それは何を意味しているのだろうか?「わたしを信じる者」とは文字通り信者のことで、特に弟子たちを指す。それに問題はない。「わたしが行う業を行い」とは、イエス様が人々に福音を伝え、病人を癒し、奇跡を行い、苦難を受けられたことを、弟子たちも行うという意味だと解釈すれば、それで十分だろう。
 ところが「もっと大きな業を行うようになる」という一句は、あれこれ考えてからでないと、どのような意味かはっきりはとわからないと思う。なぜなら、主は同じ晩餐の席で、「僕は主人にまさらず、遣わされた者は遣わした者にまさりはしない」(ヨハネ13;16、15;20)と2度も話された。このお言葉はマタイ福音書10;24とルカの福音書6;40も収録している。そこで、「弟子または僕が師または主人にまさらないのなら、どうして師または主人よりもっと大きな業が行えるのだろうか?」という疑問が起こらざるを得ないからだ。
 しかし、それは聖霊降臨後の弟子たちの働きのことなのだと気付けば、答えが出る。弟子たちの力だけでは、師より大きな業の実現などとうてい無理なことは明白だった。しかし、聖霊が共に働いてくだされば話は別で、弟子たちでも大いなる業ができる。イエス様はこのすぐ後で聖霊を送る約束をなさっている。おそらく弟子たちはまだよくのみ込めなかっただろうが、やがて聖霊を受ける時にそのこともわかるようにと、晩餐の時それを予告されたに違いない。私はそう理解する。

 では、果たして弟子(僕)たちは、実際に師(主人)よりも大きな業をしたのだろうか?ある意味で、然りと言っていいと思う。では、どのようにして師(主人)を上回ったのだろうか?まず福音宣教で上回った。イエス様はガリラヤやユダヤを中心に福音を伝えて回られただけだったが、弟子たちは全世界に宣教した。イエス様の宣教はたった3年だけだったが、弟子たちは2千年経ってもまだそれを続けている。質や伝え方では及ばなくても、広がりと時間的長さでは上回った。
 次に聖霊降臨後の使徒たちは多くの奇跡を行った。例えば、使徒ペトロは神殿の境内で、生まれながら足の不自由な男を、「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」と、右手を取って立ちあがらせた。すると、忽ち足は癒えたのだった。(徒3; 4-7)使徒言行録5;12には「使徒たちの手によって、多くのしるしと不思議な業が民衆の間で行われた」と書いてある。それは相当顕著だったことがわかる。
 使徒パウロは「わたしは使徒であることを、しるしや、不思議な業や、奇跡によって、…実証しています」(二コリ12;12)と書いた通り、何度もそれらを行った。例えば、第一回宣教旅行の時、リストラの町で足の不自由な男を言葉だけで治した。人々は驚嘆して、「神々が人間の姿をとって、お降りになった」(徒14;11)と生贄まで捧げようとした。暴風で船が難破した時は、マルタ島で焚火にあたっていて蝮に噛まれた。人々はすぐ死ぬぞと見ていたが、使徒には何の害もなかった。そこで人々は一転、「この人は神様だ」(徒28;1-6)と崇めた。これらは読んでも面白い実話だ。
 しかし、使徒たち個人のそういう奇跡や不思議な業は、全部合わせても師イエス様を上回ったとは言えないだろう。では、何かもっと大きな奇跡や不思議を行えたのだろうか?そう、行えたのだ。では、それは何だったのかと言えば、まず思い浮かぶのは聖霊降臨の日の成果だろう。聖霊によって人間が一変したペトロは見事な説教をした。するとそれに感動し、その日だけで3000人が洗礼を受けた。こんな成果はイエス様が福音宣教をなさっていた間にはなかったことだった。
 その後、使徒たちは全世界に散って行き、主のなさった業を行った。その結果、主がペトロという岩の上に建てた教会は世界中に広がり、信じる者の数は増え続け、世界中には今1 0億人もいる。これは使徒たちとその後継者たち全員が、教会として成し遂げた「もっと大きな」業だと言えよう。長い歴史の間には、いろいろな意味で何回も危機があった。しかし、教会は崩壊しなかった。2千年も続いて成長し続けている共同体は稀有だ。これも驚くべき大きな業だと言えるだろう。
 
 そうは言っても、弟子たちが束になっても不可能な、イエス様にしかできなかった業がある。ご託身の御業、死と復活による救いの御業、人の魂の糧として聖体であること、父と共にする聖霊の派遣、世の終わりの再臨と裁きだ。それに、そもそも使徒たちが成し遂げ、その後継者たちが成し遂げつつある「もっと大きな業」も、聖霊の助けがあればこそできたし、できることだ。従って、主役はむしろ聖霊で、人はそのお働きに加わっているに過ぎないと言った方がいいかも知れない。
 そういうことどもを考えると、イエス様は何と見事な弟子教育をなさったことかと感嘆する。なぜなら、「弟子は師にまさるものではなく、僕は主人にまさるものではない」(マタイ10;24)と、彼らが高慢にならないよう抑えを与え、同時に「わたしを信じる者は、…もっと大きな業を行うようになる」と、弟子たちをおだてて励まされたからだ。本当は彼らが自力では何もできないことを、よ~くご存知だったのに…

 さて、復活節第5主日の第一、第二朗読箇所も読んでみた。すると使徒言行録6;1-7では、今まで見過ごしてきた2か所に目が留まった。一つは5節の「アンティオキア出身の改宗者ニコラオを選んで」という記録、もう一つは7節の「弟子の数はエルサレムで非常に増えていき、祭司も大勢この信仰に入った」とある一節だ。
 ニコラオはギリシャ語系信者たちの奉仕に選出された7人の一人だったが、改宗者だからユダヤ教からの受洗者ではなかった。私が興味を持ったのは彼がアンティオキア出身だったことだ。なぜなら初代教会が小アジア、ギリシャ、ローマへと進出して行ったとき、その最初の一大拠点となったのがアンティオキアだったからだ。聖パウロの第一回、第三回宣教旅行もそこが出発点だった。この町が宣教の拠点となったのには、ニコラオなどの尽力があったからではなかろうか。
 7節に注目したのは、「祭司も大勢この信仰に入った」とあるからだ。イエス様殺害に主導的役割を果たしたのは、ファリサイ派よりもむしろ司祭階級のサドカイ派だった。彼らは聖霊降臨後もペトロとヨハネを二度も逮捕し、脅しや圧力で弟子たちの活動を止めようとした。しかし、時の経過と共に、司祭階級からも主の福音を信じる人たちが出始めていたのだ。おそらく下級司祭が多かったのだろうが、最強硬反対派にも主の福音は浸透し始めていた。それがこの記述でわかる。

 最後にペトロの第一の手紙2;4-9だが、その9節にはこう書いてある。「しかし、あなたがたは、選ばれた民、王の系統の祭司、聖なる国民、神のものとなった民です。それは、あなたがたを暗闇の中から、驚くべき光の中へと招き入れてくださった方の力ある業を、あなたがたが広く伝えるためなのです」と。どんな文豪もこんな言葉は書けなかった。ガリラヤの無学な一漁師に過ぎなかったペトロが、身をもって体験した救いの神秘だからこそ、こんなに魂に響く言葉になったのだ。
 これは63年前にいただいた洗礼の記念カードに書いてあるから、私には忘れ得ない一節だが、そこに署名がある洗礼者の神父様はもう老齢でホスピスにおり、代父Hさんは連絡が絶えて久しい。そして、そこまで導いてくれた元シスター・Gさんは主のもとに行ってしまわれた。しかし、私は洗礼記念日の12月8日には毎年そのカードを出して、驚くべき光の中へ招かれたことを感謝し、信仰を更新する。この個所の解説は私には不要だ。感動が心にあるから、それだけでいい。

聞きわける   

 「門を通らないでほかの所を乗り越えて来る者は、盗人であり強盗である。門から入る者は羊飼いである。門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞きわける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。」
 このように、復活節第4主日の福音ヨハネ10;1-10は、イエス様が羊飼いであると同時に、羊の門でもあるという譬えを伝えている。今回はできるだけ短く書くことに努めたいので、話題は「羊はその声を聞き分ける」という一句の「聞き分ける」に絞ろうと思う。
 ところで、すぐに疑問だが、「聞き分ける」とは正確な訳のだろうか?ふっとそう思えたので、調べてみた。原典は「聞く」(アクエイ)、外国語訳は“écoutent”、“hear”等で、邦訳はどれも「聞く」だけだった。「聞き分ける」とは、どれまたはどちらが真実か、あるいは良いか悪いか等を、音声で判別する行為だから、単に「聞く」のとは違う。では、またもや新共同訳の誤訳かと言うと、今回はそうとも言えないようだ。むしろ好訳かも知れない。羊たちが羊飼いに従うのは、ただ単にその声を聞くからだけではなく、その声で飼い主だと聞き分けるからだということを意味するからだ。
 では、羊は本当に羊飼いの声を聞き分けるのだろうか?私は以前、何千羽もの海鳥の集団営巣地で、親鳥がどうして雛を見つけられるのか不思議に思っていたが、あるTVの自然番組で、鳥はそれぞれの声の特徴を聞き分けて見つけるのだと知り、本能ってすごいと感嘆した。羊の飼育経験がないので断言はしないが、ペットの鳥獣や家畜の牛馬も目や耳や鼻で主人がわかるのだから、羊もできると思う。そればかりか、過日TVで福島第一原発被災地にある羊牧場のシーンを見た時、それを確信した。飼い主の避難で10日ほど放置されていた羊たちは、久しぶりに飼い主を見ると最初は逃げた。だが、声をかけて呼ぶとすぐ戻って来たからだ。やはり本当だったのだ。 
 もっともこの譬えで大事なのは、羊にそういう能力が実際にあるかどうかではなく、羊が羊飼いの呼び声を「聞き分ける」という譬えに込められたメッセージなのだ。このヨハネの福音書10章は声を「耳で聞く」ことがテーマだが、それに先立つ9章のテーマは光で「目が見える」ことだ。これは偶然の隣接というより、意図的に続けて書かれたと見る方がいいのではなかろうか。ヨハネはイエス様が「目で見、耳で聞く」真理について話されたことを伝えたかったのだと思う。 
 この譬えにある囲いの番人は盗人が来ても通さない。羊飼いである主人の顔を知っているからだ。しかし、飼い主がわかるのは門番だけではない。羊たちもわかる。ただ、興味深いのはわかり方の違いだ。門番は耳でよりも目で見て主人を見分けるが、羊は目でよりもむしろその声を耳で聞いて、ある人が飼い主か飼い主でないかを「聞き分ける」とあるからだ。見分けることと聞き分けること。そこにこの個所で考えていいメッセージがあるのではなかろうか。

 ところで、イエス様はこの譬えを誰に話されたのだろうか?6節に「ファリサイ派の人々に話されたが、彼らはその話が何のことかわからなかった」とあるから、ファリサイ派の人々に対してだった。もちろん弟子たちや群衆もその場にいたが、彼らもおそらくよくはわからなかっただろう。聖書を学んでいたファリサイ派の人たちなら、その気になれば、預言者を通して語られた神の言葉を思い出せたはずだ。でも、できなかったらしい。心の目をつぶり、心の耳を塞いでいたからだ。
 では、現代の私たちは何のことかわかるのだろうか?聖霊に導かれていればわかるはずだ。ある人は詩篇23「主はわたしの牧者」を思い浮かべるかも知れない。それもいい。しかし、一番想い起こす価値があるのはエゼキエル預言書34章だと思う。ファリサイ派の人々もそれを想起していたら、イエス様のお言葉が神からだと信じるかどうかは別として、主が何について語り、なぜそう言われたかが理解できただろうに…と惜しまれる。その預言書は次のように述べている。

 「主なる神はこう言われる。災いだ、自分自身を養うイスラエルの牧者たちは。牧者は群れを養うべきではないか。お前たちは乳を飲み、羊毛を身にまとい、肥えた動物を屠るが、群れを養おうとしない。お前たちは弱いものを強めず、病めるものをいやさず、傷ついたものを包んでやらなかった。また、追われたものを連れ戻さず、失われたものを探し求めず、かえって力ずくで、過酷に群れを支配した。彼らは飼う者がいないので散らされ、…ちりぢりになった。」(エゼ34;2-5)
 「それゆえ牧者たちよ、主の言葉を聞け。わたしはわたしの群れを彼らの手から求め、彼らに群れを飼うことをやめさせる。…わたしは自ら自分の群れを探しだし、彼らの世話をする。牧者がその群れを探すように、わたしは自分の羊を探す。わたしは…群れをすべての場所から救い出す。わたしは彼らを諸国の民の中から連れ出し、諸国から集めて彼らの土地に導く。」(同34;9-13)
 「わたしは彼らのために一人の牧者を起こし、彼らを牧させる。それは、わが僕ダビデである。彼は彼らを養い、その牧者となる。また、主であるわたしが彼らの神となり、わが僕ダビデが彼らの真ん中で君主となる。」(同34;23-24)

 イエス様はこれを念頭に話されたのだと思う。それがわかったら、聞いていた人々はその意味も少しはわかったはずだ。ファリサイ派や律法学者たちは司祭階級と共に、当時のイスラエル民族の指導者、つまり牧者だった。主は、かつてエゼキエル預言書で背任を非難され、牧者をやめさせられた指導者たちを、彼らに重ね合せておられたのだ。彼らは怠慢だったばかりか、民を食い物にしていた。だから、主は彼らを盗人、強盗だと言われたのだ。
 では、何のために主はそのような話をなさったのだろうか?かつて偽預言者たちが人々を惑わしたように、イエス様の時代には「あなたたち偽善者は不幸だ」(マタイ23章)と非難された、ファリサイ派の人々や律法学者たちがいたからだ。「偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなた方のところに来るが、その内側は貪欲な狼である」(マタイ7;15)と言われた通りだ。その後の教会の歴史にも、多くの異端者や偽教導者の出現が予見できたから、主はそう言われたのだと思う。
 だからこそ、主はそのような偽牧者、雇われの無責任な指導者の後にはついて行かないよう、群れの羊に喩えられた弟子たちと、ひいては現代に生きる私たちにまで、「聞き分ける」大切さをわからせようとなさったのだ。では、本物の牧者の声はどう聞きわけることができるのだろうか?まず聖書を通して語られた神様の言葉と合っているかどうかで聞き分けられる。次は聖霊の導きがあればできる。そして、エレミヤが預言した「一人の牧者」イエス様の教えを基準にすれば、最もよく聞き分けられる。
 エレミヤの予言ではその牧者は「わが僕ダビデである」と書かれているが、ダビデ王はエレミヤの時代よりはるか以前に死んだ人だ。従って、これは歴史上のダビデ王ではなく、ダビデの子孫、すなわちメシアであるイエス・キリスト様を意味していたと解釈すべきだろう。主は「わたしは羊の門である。…わたしが来たのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためである」と言われた。それは、主こそが預言で約束された「一人の牧者」であることを明言されたことだったのだ。
 現代に生きる私たちはイエス様がペトロに、「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない」(マタイ16;18)と言われ、使徒たちに「真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる」(ヨハネ16;13)と確約してくださったことを信じるしかない。どんなに年をとっても、聖霊のお助けで、主の声を聞き分け、真偽と善悪を見分ける心の感覚は鈍らせたくないものだ。
 それにしても、気がかりなのは現実の教会が劣化していないかだ。エゼキエルの予言で「群れを養おうとしない。…追われたものを連れ戻さず、失われたものを探し求めず、かえって力ずくで、過酷に群れを支配した」と言われたような現実を、この十年ほど身近な教会で感じたから、そんな懸念を抱いてしまう。劣化は教会史上で何回も起こったが、司教や司祭は謙虚にエゼキエル預言書34章を、自分のことではないかと思って読み直してほしいものだ。もっとも、事なかれ主義で、聖職者らを裸の王様にしてしまっている信者にも責任の一端はあるが…


アマオスへの2人

2011年5月8日復活節第3主日

 その日、2人の弟子がアマオスの村へ向かっていた。ルカによる福音書24;13-35が語るとても意味深い出来事はそこから始まる。その日とは、主が復活された日のことだった。その村はエルサレムから60スタディオンほど西方にあった。1スタディオンは185mだから約11㎞で、大人の足で速く歩けば2時間、ゆっくりなら3時間で行ける距離だ。従って、二人が出発した時刻は午後だったと推測できる。その村に近づいたときの会話に、「そろそろ夕方になります」(ルカ24;29)とあるからだ。
 私がその村の名をアマオスとしたことには、「えぇ?エマオではないの?」と訝る人がいるかも知れない。そう、確かに新共同訳の表記はエマオとなっている。しかし、原典のギリシャ語ではエンマウスだから、どちらかと言えば後者の方がベターだろう。でも、現地ではどう発音されているのだろうかとヘブライ語訳で読んでみたら、ハクファル・アシェル・シェモー・アマオス【註1】と書かれていた。ならば、それがベストだろうと考え、ここではその表記を採用することにした次第だ。      【註1】エマオの名前 アマオスと言とう名の村

 さて、2人が話しながら歩いていた時だった。一人の人が近づいてきて道連れになった。そして、2人に聞いた。「歩きながら、やりとりしているその話は何のことですか?」と。すると「二人は暗い顔をして」立ち止まった。暗い顔だったのは、嬉しい用件で出かけて来たのではなかったからだろう。イエス様が十字架にかけられて殺されてしまい、エルサレムは危ないから来ない方がよいと、アマオスにいた同志に知らせにでも行くところだったのではなかろうか。私はそんなふうに想像する。 
 2人はやや呆れ顔でその人に問い返した。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなたはご存知なかったのですか?」と。どうして2人は彼がエルサレムに滞在していたとわかったのだろうか?彼が都からまだそれほど遠くない地点で道連れになったからか、あるいは、出会った際、「自分はエルサレムから来た者ですが、ご一緒していいですか?」と自己紹介したからかも知れない。いずれにせよ、その人は実は復活された主イエス様だったのだ。だが、「二人の目は遮られて」いたからそれがわからず、ただの旅人にしか見えなかった。 
 そこで主がとぼけて、「どんなことですか」とお尋ねになると、2人はナザレトのイエス様に起こった事のあらましを話し、こう言い添えた。「わたしたちはあの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。仲間の何人かが墓へ行ってみたのですが、婦人たちの言った通りで、あの方は見当たりませんでした」と。
 すると旅人姿の主はこう言われたのだった。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち。メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか」と。その口調は変わっていた。それに気付いた2人はきっと驚いただろう。それにはおかまいなく、主はモーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明されたのだった。ここには深い意味とメッセージがある。

 「ああ、物分かりが悪く」という言葉は、聖パウロのガラテヤの信徒への手紙3;1にもある。まったく同じ “O anoetoi”(O,foolish men)だ。「物分かりが悪く」とは良い訳だが、率直に言えば、「何と愚かな」ということだ。会ったばかりの人に愚かと言われたら、ふつうなら人は怒るかむっとするはずだ。しかし、2人はそうしなかった。主の口から相次いで出た言葉に圧倒されたからだろうか。いや、それだけではなく、婦人たちの言葉を信じなかったことが気になってもいたからかも知れない。
 なぜ主が「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち」と、情けなさと非難の混じった口調で嘆かれたのかと言えば、前もって主が死と復活を3回も予告しておいたのに、その2人だけではなく、他の弟子たちも信じていなかったからだ。ご復活はその予告の最重要な実現だった。その日の朝も婦人たちはそれを告げた天使の言葉を知らせた。それなのに「使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった」(ルカ24;11)のだ。
 そこで旅人姿の主は何をなされたかと言うと、まず2人に「メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか」という救いの道筋を思い出させた。それはご受難前に前もって、「人の子について預言者が書いたことはみな実現する。人の子は異邦人に引き渡され、侮辱され、乱暴な仕打ちを受け、唾をかけられる。彼らは人の子を、鞭打ってから殺す。そして、人の子は三日目に復活する」(ルカ19;31-34)と言われたことだった。弟子たちは「鞭打ってから殺す」まではもう事実として知っていた。実際、主は殺されていたからだ。しかし、「三日目に復活する」ことはまだ信じられないでいたのだ。
 次に、「人の子について預言者が書いたことはみな実現する」ことをわからせるため、主は「モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。」しかし、ルカは主がそうされた事実を手短に伝えただけで、説明の内容は何も書いていない。おそらく2時間近く一緒だったのだろうから、話はかなり長く詳しかったはずだ。では、いったいどんな内容をどう説明されたのだろうか?これは非常に興味深い問題だ。そこでこの後はそれを考察してみる。

 2時間近くの話だったのなら、かなりの分量だったはずだが、同時にその程度の時間では、聖書を細部まで全部説明し尽くすことは無理だったことも明らかだ。だから、旅人姿の主は聖書全体にわたって説明されたが、その内容は「御自分について書かれていること」に限定なさったのだ。そればかりではなく、それは神がメシアによって人類の救いを達成なさるに至った、聖書全体の大筋についての説明だったに違いない。いわば救いの歴史のレジュメだった。
 これは私たちに聖書とは何か、それをどう読み、どう学ぶべきかを考えるよい機会になる。実は少し後だが、そういう要約を試みた人がいた。殉教者聖ステファノだ。使徒言行録7章にある彼の説教は、まさに聖書全体にわたるレジュメの一好例で、主がアマオスへの2人に何をどう話されたかを推察するときの参考になる。しかし、聖ステファノの説教はイスラエル史に偏り、初代教会対ユダヤ人の緊張関係を反映し過ぎている。だから、ユダヤ人の罪を糾弾して、石殺しを招いたのだった。
 しかし、旅人姿の主がなさった聖書の要約は、もっと明るく雄大だったはずだ。主が2人に理解させようとなさったのは、聖書を一貫して流れる太い生きたうねりを通して、神が人類に何をわからせようとしてきたか、どうなってほしいと思って来たか、そのために何を語り、何をなさって来たか、それに対して人はどう応じてきたかだったのではなかろうか。その結果、2人がご自分の復活の神秘を悟れるようにと、主は語りかけ、働きかけられたのだった。これはほぼ確信していいと思う。
 そんな考え方を梃子に、かつてボーイスカウトの野外劇のため、「イエスが行く」Ⅲに「エンマウスへの旅人」を書いたことがあった。旅人姿のイエス様はおそらくこんな会話を交わして歩かれたのではないか、と想定して組み立てたシナリオだった。もちろん、ルカが書かなかった言葉を主に語ってもらうのだから、恐れ多くてやたらなことは書けなかった。従って、旅人の言葉は聖書に根拠を求めて選んだ。私の考えは今も大体同じなので、主の説明がどんなだったかの一例として以下にその要点を紹介してみる。
 難しかったのは、旅人姿のイエス様が急に口調を変え、2弟子に「ああ、何と愚かで、心が鈍く…」と言われた後を、どういう言葉でつなげたらいいかという問題だった。そこがこの物語のターニングポイントになっているからだ。考えた末、私はフィリピの教会への手紙2;9-11の教えと言葉を借りた。そして、次のように書いてみた。弟子1,2とはアマオスへの2人、旅人とはイエス様を示す。

旅人「そうですか。ああ、何と愚かで心鈍く、預言者たちの説いたすべてのことを信じられない者たちであることよ!キリストは必ずこれらの苦難を受け、そののち栄光に入るはずではなかったのですか?」
弟子達「はあ?まあ、そうは言われましたが・・・」
旅人「あなたがたは聖書をどう読んでいるのですか?キリストがそうなることは人びとの罪をあがなうために必要だからであって、それがあなたがたの嘆いているイエスと言う人のことでしょう?しかし、父が生ける神ならば、死を滅ぼすためにつかわした方を死の中に放置すると思いますか?むしろ高く引き上げ、天上の者も地上のものも、あらゆるものが膝をかがめる栄光に入らせられるはずでしょう?神の遠大なご計画はそういうものだとは聞かなかったのですか?」

 そして、この後は聖ステファノの説教を参考にして、旧約聖書の主な場面や人物を取り上げ、聖書がいかにキリストの出現を予言し、それが実現して行ったかを、イエス様の口を通して語っていただいた。最初に取り上げたのはユダヤ人たちが父と誇るアブラハムだ。年老いてサラとの間に得た一人息子を犠牲に捧げなさいと命じられた時、殺せば子孫が空の星のように増えると言う神の約束は不可能になるのに、彼は神にはできないことはないと、神を信じた。旅人はその信仰について話す。

旅人「人には不可能に見えても神にはできないことはない。そう信じておこなったのですね?
弟子2「おっしゃる通りです。」
旅人「では、あなたがたはどうなのですか?人間の目で見て不可能だからと思い、あなた方はナザレトのイエスについて望みを捨てているように見えますが…
弟子2「そう言われると面目もありませんが、そこがその…
旅人「神の言葉を信じるなら、人には心の目が与えられるものです。神の言葉は聖書に示されていますが、それは何を証ししていますか?約束のキリストをどのように待ち、その救いがどう実現するかについてではありませんか?聖書の大筋をもう一度よく思い返してみてください。」

 こんな調子で会話と歩みは進んで行く。次に取り上げたのは、なぜ救いが必要なのかという問いと、その答えとしての罪の存在だった。だが2人は、ではなぜ神がアブラハムを祝福し、イスラエルを神の民としたと思うかという質問には答えられない。そして、小休止の後でこう言う。

弟子1「さっきからお話を聞いて、お国の復興について持っていた私たちの考えが、なんだか見当はずれであったように思えてきました。
旅人「救いはユダヤからですが、神は全ての人の救いを望まれます。ところが、イスラエルは神が自分のために働き、また働かなければならないと考えている。そこに大きな間違いがありますね。その点ではあなたがたも五十歩百歩ではありませんか?彼らは十字架に付けたイエスなしに神がイスラエルを復興してくれることを願い、あなた方はイエスによって神がイスラエルを復興してくれることを願っていた。
 しかし、神のみ心はそういうことにはなく、イエスによってすべての人が新たに生まれて、神の愛子となり、その御国に入ることでしょう?だから、人は聖書を読むとき、神が何をわからせようとしておられるのか、人類にどうなってほしいと思っておられるのか、それを悟らなければならないのではありませんか?神が多くの預言者たちによって語りかけ、救いの手を差し伸べたのはなんのためでしたか?みなそのためだったのです。ところが、この民はそれにどう答えましたか?
弟子1「あまりよく理解せず、背いてばかりだったと思いますね。
旅人「そうでしょう?しかし、忠実な神の僕モーシェはそのような民に、やがて来る真の救いのことを告げたのです。イスラエルの民がエジプトの奴隷状態から自由になったように、来るべき日に神の民は罪の奴隷状態から自由になる。出エジプトの過越をイスラエルが記念するように、やがて大いなる神の民は約束の神の国に入るまで、旅人として真の過越を記念する。神の国は昔イスラエルが得たこの小さなカナンではなく、人の思いを超えた至福の国、神ともにいます輝きの国のことなのです。」
弟子1「あなたはどこかのラビなのですか?私にはあなたがだんだん不思議に思えてきました。」

 こんな会話が続き、旅人姿の主は次に律法の役目とキリストの出現の予言について話す。モーセは「あなたの神、主はあなたの中から、あなたの同胞の中から、わたしのような一人の預言者を立てられる」(申命記18;15)と預言したが、それが約束のキリストであること、そして律法はキリストによって完成されることについての説明だ。すると2人の1人が言う。

弟子2「私たちはナザレトのイエスが来るべきその方だと信じ、反対に遭われることも知ってはいました。しかし、亡くなられてしまってはどうなりましょうか…
旅人「たしかに、亡くなったままなら、そのイエスは約束のキリストではないでしょう。そのことを確かめるために、もう一度預言者たちのことを思いめぐらしてご覧なさい。イスラエルの民は律法をいただいたので、律法に沿ってよく生きましたか?
弟子2「いいえ、さっきも言いましたが、残念ながら神の戒めを忘れ、堕落ばかり繰り返しました。」
旅人「では、せっかくよく生きるための律法があったのに、なぜこのように神の民すらよく生きることができなかったのですか?」
弟子2「なぜだったんでしょうね・・・?」
旅人「あなたはもう教えられています。それは人の心に罪の支配があったからです。…律法は神からで良いものでした。何が正しいかをわかるためにはそれが必要でした。しかし、悪いパン種のある古い心のままでは、いくら律法が石に刻みつけられていても、力にはなりませんね。預言者エレミヤはその必要を痛切に感じ、それを心の割礼と言いましたね。それを受けるなら、人は新しく生まれ変わり、神の国の民となれるのです。しかし、あの偉大な預言者エレミヤすら、それを告げはしたものの、与えることはできませんでした。それはこの預言者が、いつの日か心の割礼を授ける人、つまり魂の奥深くに神の律法を刻み込む人が来ることを予告したことに他なりません。」
弟子2「それが約束のキリストなのでしょう?」
旅人「そうです。誰でも罪の中に生まれている者は自分を清めることができない。それならば、人を罪から解放する者は罪に服している人ではなく、神からの人でなければならないのです。だから、いかに偉大だったとはいえ、アブラハムもモーシェもダビデ王もどの預言者も、その業を果たすことはできなかった。彼らはむしろ自分たちも清められる必要があり、来るべき人を指し示したのです。それを最も明らかに告げたのが洗礼者ヨハネでした。彼は言いました。『見よ、世の罪を除き給う神の小羊を』と。神からであればこそ、世の罪を除くことができるのです。
 しかし、預言者イザヤは神の僕が人々にどう扱われ、どんな仕打ちを受け、どのように死ぬか、しかし神がその後で彼をどのように引き上げられるかを告げたのではないですか(イザヤ53章)。そうです、人の子はすべての人の罪を負って、十字架に就いたのです。しかし、神はその独り子を死の支配に任されず、必ず甦らせるはずではありませんか?
 神は子を信じる者には神の子となる恵みを与えられます。それは霊によって生かされた新しい人であって、神の国とはこのような人々のいるところです。神はそこで人々の涙を拭われるでしょう。その時人々は初めて神が世の始めから、いかばかり人々を愛してくださったかを悟るでしょう。お二方、限りある人の知恵と経験で、神のなさることを計ってもよいものでしょうか?それはとても人の持つ器には入り切れない、溢れに溢れる神の恵みの不思議な業なのです。」
弟子1「ああ、あなたの聖書の説明を聞いて、私はなんだか心に熱いものが込み上げて来るような気分になりました!
弟子2「兄弟、そして旅のお方、見てください!ほら、話に夢中になって歩いているうちにエンマウスの村に着いてしまいましたよ!」

 シナリオはまだ続くし、ここまでの引用は抜粋に過ぎない。しかし、たとえこのシナリオを全部あてても、とうてい2時間も演じる分量はない。それから推測すると、旅人だった主のお話がもっとずっと多かったことは間違いない。他方、私が書いた上記のシナリオにある内容や会話は、私の聖書理解に基づいたもので、イエス様はこんなことを、こんな風に話されたのではないかなぁと想像して書いたに過ぎない。だから、主が確かにそう話されたという確信はないし、そんな思い上がりもない。
 しかし、確信をもって言えることはある。聖書とは、神様が人類になさったきわめて壮大な教育の証しだ、と言うことだ。そもそも教育とは、ある者がある者をある方向に動かそうとする働きかけだ。これは私の教育定義だが、神様は人類に対してまさにそうなさってきた。聖書の神様は創世記から黙示録まで、徹頭徹尾語りかけ働きかける方だ。では人間をどの方向に動かそうとされたのかというと、悪から善へ、罪から恵みへ、滅びから生命へ、闇から神の国へ動かそうとされ、今もそうされている。
 そのために後ろからは「これは道だ。これを歩め」(イザヤ30 ; 21)と囁き、前からは「わたしはここにいる、ここにいる」(同65;1)と手招きし、問いかけ、教え、ほめ、罰し、試練を課し、約束し、救いを経験させるなど、多くの仕方で働きかけて来られた。そして、「神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られた」(ヘブ1;1-2)のだった。アマオスへの道で話されたこともその1コマだったのだ。

 さて、超短くしようと思ったのに、超長くなってしまったから、まとめまがいのことを書いて終わろう。
 まず思うのは、アマオスから急きょエルサレムに戻った2人の心中だ。早めの夕食だったようだが、もう夕方だった。その後すぐ村を出発しても、また2,3時間歩く道は真っ暗になっていたことだろう。しかし、彼らの心中は明るかったに違いない。パンを割くとき、一瞬でも復活の主を見ることができたからだ。外は闇でも、彼らの心には希望の光があった。復活した主の光が。
 次は聖書に注目。主のお姿は消えた。しかし、2人の心中には残ったものがあった。主が語ってくださった聖書の話だ。彼らは語り合った。「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と。それが本当の聖書の学びだと、自省もこめて思う。
 3つ目は主が共にいてくださることだ。2人の目にはわからなかったが、イエス様は道連れとして2人と共に歩いておられた。それは私たちにわからせてくれる、私たちの人生でも主が共に歩いていてくださることを。私たちは主を見たことがなく、お姿も知らない。だが信じる、主が共におられることを。かつて教育にたずさわっていたとき、私は大学の最終礼拝で、毎年Footprintsというカード(註2)を全学生に上げていた。それは主が共にいてくださることをよく表現している。最後にそれを掲載する。

(註2)
footprints

足あと      余生風佐藤訳

私は悲しみの道を歩いていた、
気を付けなければならない暗い道を。
まったく一人ぼっちだと思い込んでいた、
そこには誰一人いるわけがないと。

ところが突如、私のまわりに
光りの筋が広く伸びた。
そして、そとのとき私は見た、
誰かが私と並んで歩いているのを。

そして、私が踏んで来た道を
確かめようと後ろを振り向いたとき、
私は二対の足あとを見た、
私自身のと、神様のそれとを。


プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。