スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

生きた水

井戸辺に坐るサマリアの女

 先週のコラムは長過ぎたので、今週は超短く書くつもりだった。だがそうはいかなくなった。四旬節第3主日の福音はヨハネ4;5-42で、イエス様がサマリアの女に生きた水の話をなさる個所だが、ここはもう何度も書いたと思っていたのに、HPでも「こじか」でも、今まで全く取り上げていなかったことがわかったからだ。これには自分でも驚いた。逆に大学の礼拝では何回も扱ったが、その頃のノートにはメモしか残っていない。そんなわけで、これは十分な取り組みが必要だと思ったのだ。

 この個所を読むと、イエス様の一行はユダヤからガリラヤへ戻るのに、サマリアを通る山地のルートを通られたことが分かる。そこですぐ、「なぜその道を選ばれたのだろうか?」という疑問が湧く。なぜなら、ユダヤ人とサマリア人とはかなり前から仲が悪かったからだ。イエス様たちもサマリア人たちから嫌がらせ(ルカ9;52-56)を受けたことがあった。だから、ガリラヤとエルサレム間を往復するとき、通常はヨルダン川沿いの道を使っていた。
 それなのにわざわざサマリアルートを選んだのは、それなりのわけがあったからに違いない。ヨハネ4;1-3からすると、洗礼者ヨハネ集団とイエス様の弟子たちの間に、少し気まずい何かが生じていたらしい。直接的にはそれが理由だったと思われる。ヨルダン川沿いルートを使えば、洗礼者ヨハネ集団と出遭ってしまう懸念があったからだ。しかし、イエス様は内心、サマリアに福音を伝えるご計画も温めておられたように思われる。むしろそれがこの道を通られた真の理由だったのかも知れない。

 そのご計画はヤコブの井戸で始まる。この井戸は創世記には言及がないが、おそらく後世の人が掘ってそういう由来をつけたのだろう。それはシカルの町にあった。この町はヘブライ語・アラマイ語対訳福音書を読むと、ヘブライ語ではシェケム、アラマイ語ではサカルと表記されている。従って、エバル山近くにあった旧シケムの町のことだと見ていいだろう。現代のヨルダン西岸地区の町、ナブルスの近くかそれと重なる場所だ。
 イエス様は旅に疲れて、井戸の傍に座っておられた。エルサレムで過越祭を祝った後の帰途だから、季節は3月末から4月初旬だった。その頃の聖地は春爛漫、日差しがかなり強くなっているが、福音書は時刻がちょうど正午ごろだったと書いている。都から約50キロ歩いて来られたのだから、疲れていて当然だ。のども渇いていたに違いない。神の子であっても、主が完全な一人の人間でもあったことがこれでわかる。
 弟子たちは食べ物を買うために町へ行っていた。なぜ全員がそろって出払ったのか、福音書はそのわけを書いていない。おそらくあと2日はかかる旅路のためにはかなりの食料が必要だったので、それぞれが持てるだけ持つためだったか、あるいは一人や二人だとサマリア人たちに嫌がらせをされて、食料が手に入らないかも知れないと考え、総勢で出かけたのかも知れない。とにかく、イエス様はイエス様で期するところがあったから、たった一人で井戸の傍に残っておられた。

 そこへ一人のサマリアの女が水を汲みに来た。イエス様はそれを予知されていたのだ。そして、何気ない会話から、誰も予想しなかった神の恵みの劇的な啓示が展開して行く。だが、まず人間的な観察から始めよう。この時期、聖地の日中は暑く、2時間も水分補給なしでいると脱水症状になるくらいだ。だから、女たちは朝夕の涼しい時に水を汲みに来るのが普通だった。それなのに彼女はなぜ正午に来たのだろうか?それは人に後ろ指を指される女だったからだ。その時刻なら、他の女性たちと顔を合わせずに済む。だから、わざわざ人のいない頃合いを見計らって来ていたのだ。イエス様はそれもご存じだった。
 イエス様は彼女に言われた。「水を飲ませてください」と。女は驚いた。「ユダヤ人のあなたがサマリア人の女のわたしに、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った彼女の言葉には、その驚きがよく出ている。井戸の傍に男が一人いただけでも大いにうさんくさかったのに、何と声をかけられた。まさか!と彼女が驚いたのは当然だった。当時の男性は既婚女性にはやたらに話しかけなかったからだ。それに、ユダヤ人とサマリア人は付き合っていなかったからなおさらだ。
 でも彼女はイエス様を無視しなかった。なぜだったのだろうか?おそらく町ではつまはじきされていた寂しい女だったから、ユダヤ人男性から声をかけられた驚き以上に、そんな自分に声をかけてくれた人の存在に喜びを感じ、その人が好意的な人かどうかを確かめようと思ったからではなかろうか。そこで好奇心も手伝って、無視するよりも反問したのだった。ところが、主の返答がまたもや彼女を驚かせた。こう言われたからだ。
 「もしあなたが神の賜物を知っており、また『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう」と。
 女が驚いたのは無理もなかった。主の返答が思いもよらぬ不思議な内容だったからだ。この後にも女には4回の驚きが待っている。それを追ってみると、彼女の心の変化がよく見えて面白い。この2回目の驚きにはやや馬鹿にした気持ちもあった。「神の賜物を知っており」とか、「『水を飲ませてください』と言ったのがだれであるか知っていたならば」とか、訳のわからないことはさておき、「水を飲ませてください」と頼んでいながら、「生きた水を与えたことであろう」などと言ったからだ。
 だから彼女は皮肉交じりに尋ねた。「主よ、あなたは汲む物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです」と。
 これはイエス様を祖先と比べて、主が何者なのか探りを入れた問いでもあった。しかし、それを知る前に、彼女はもうイエス様のペースの中にあった。なぜなら主は彼女に、生きた水って何?どこからそれを汲むの?という疑問を起こさせ、それを知りたいという知的渇きを起こさせておられたからだ。普通の水から魂の水へ、知的渇きから魂の渇きへ、わかることから神秘で不思議なことへと、主は彼女を導かれた。これは主が人々に、見えない神の恵みを悟らせる時の一つのやり方だった。
 だから彼女がその水とその出どころに興味を示し、できればそれを得たいという欲求が出てきているのを見抜かれると、主は彼女の疑問に答えて言われた。「この水を飲む者はだれでもまた渇く。しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水が湧き出る」と。主は生きた水の不思議を明かされたのだ。水は水でも、それはいよいよ神秘的な次元に踏み込んだ水の話だった。
 彼女にはまだその水が何かはよくはわからなかった。しかし、からかい半分ながらもそれを求めた。「主よ、渇くことがないように、また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください」と。「この人は『わたしが与える水を飲む者は決して渇かない』なんて言ったが、そんな水があるわけがない。でも、その言葉を真に受けたわけではないけれど、もし仮にそんな便利な水があるのならほしいものだ。そうしたら、暑い昼日中、人目を避けて井戸に来なくても済む。」そう思ったからだろう。
 ここには彼女の本音が出ている。水汲みがどれほどしんどく、なかったらどれほどいいだろうと感じていた証拠だ。しかし、彼女が「その水をください」と願えたのは、渇きを知っていたからでもある。渇きを知らなければ、飲みたいとは思わない。飲まなければ人は死ぬ。飢えもそうだが、渇きは生きるための恵みなのだ。しかし、自然の渇きを知らなければ、どうして魂の渇きがわかるだろうか。そして、渇きを癒されたいと望むだろうか。ここに学ぶべき大切なポイントの一つがある。

 渇きを知っていた彼女の願いは、ある意味で切実だった。しかし、喉をうるおす普通の水と魂をうるおす水の二つは、彼女の中ではまだごちゃ混ぜの状態だった。そこでイエス様は彼女に魂の渇きを自覚させるため、一つのショック療法をお与えになった。突然、「行って、あなたの夫をここに呼んできなさい」と言われたのだ。えっ!? どうして水の話からいきなり夫の話題に変わるの?と、わけありの彼女はさぞかし狼狽したことだろう。これが3度目の驚きだった。
 本当は自分が何に渇いているのか、彼女がそれに気付くには自分を見据えなくてはならなかった。彼女には過去があった。でも、できるだけそんなことからは目をそらして、今だけしか見ようとしていなかった彼女だった。何でそんな質問に答えなければならないの?永遠の命に至る水とやらとは関係ないじゃないの、と彼女は思っただろう。だが、イエス様の凛とした眼差しに気圧されたのだろうか、彼女は不承不承答えて言った。「わたしには夫はいません。」
 だが、主は彼女の過去を見抜いておられた。だから言われた。「『夫はいません』とは、まさにその通りだ。あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたはありのままを言っただけだ」と。初対面の人に自分の過去を言い当てられて、彼女は仰天したことだろう。4度目の驚きだった。でも、それ以上は過去に触れられたくなかったから、彼女は話題をユダヤ人とサマリア人の宗教論争に振った。主がただ者でないことに、少し気付き出してもいたからだろう。
 彼女は言った。「主よ、あなたは預言者だとお見受けします。わたしどもの先祖はこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています」と。紀元前930年頃、イスラエルの12部族はソロモン王死後の王位継承問題で、ちょうどヤコブの井戸があるシケムに集まり、結果として北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂した。そして、北のイスラエル王国はべテルに独自の神殿を造ってエルサレムに対抗した。女はそれを言ったのだった。

 イエス様は言われた。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたがこの山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。あなたたちは知らないものを礼拝しているが、わたしたちは知っているものを礼拝している。救いはユダヤ人から来るからだ。しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。…神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理とをもって礼拝しなければならない」と。
 女はここでまたもや驚いたことだろう。5度目だ。しかし、それは「あっ!」と声を出したり、口をあんぐり開けて仰天したりするような驚きではなく、むしろ息をとめて、主のお顔をまじまじと見つめるような驚きだったと想像する。そこにはすでに畏敬の念があった。なぜなら、よくはわからなくても、主の話が今まで聞いたこともない教えであり、もうユダヤ人もサマリア人も超越して、エルサレムもこの山の礼拝も要らなくなり、何かすごく新しい時代が来ると予告しているんだということはわかったからだ。 
 彼女には神が父であること、霊と真理をもって礼拝することなどはたぶん理解できなかっただろう。だが、そういう礼拝の時が今来ているということは感じとった。他方、サマリア人としては認めたくなかったものの、ユダヤ人との論争から「救いはユダヤ人から」という言葉は聞き知っていた。そこで、「わたしは、キリストと呼ばれるメシアが来られることは知っています。その方が来られるとき、わたしたちに一切のことを知らせてくださいます」と言った。精一杯の知識をひけらかしたのだ。 
 すると主は言われた。「それは、あなたと話をしているこのわたしである」と。おそらく女は「えっ、あなたが!」と、電流が全身を流れたような驚愕に打たれ、二の句が出なかったに違いない。6度目の驚きだ。その時ちょうど弟子たちが戻って来た。それを対話打ち切りのタイミングにして、彼女は町に走り去った。しかし、水がめをそのままにして行った。水を汲みにきたのに、それをすっかり忘れてしまったほど、彼女の驚きは大きかったのだ。主に対する女の心は最初とは完全に変化していた。
 彼女は町へ戻ると、後ろ指を指されていたことも気にせず、人々に告げたのだった。「さあ、見に来てください。私が行ったことをすべて、言い当てた人がいます。もしかしたら、この方がメシアかもしれません」と。町の人々はイエス様のところへやってきて、町に来てくださいと頼んだ。主はそれに応じ、二日間そこにいて福音を告げ、人々は主の言葉を信じた。使徒言行録でも、サマリアは聖霊降臨後もっとも早くに主の福音を信じた地域だ。おそらくこういう素地があったからだろう。
 それにしても、井戸の傍で主と対話したのはサマリアの女だけで、弟子たちは不在だった。では、いったい誰がこの対話を後世に伝えたのだろうか?弟子たちは聞いていなかったのだから、伝えられなかったはずだ。おそらく主も彼らにその一部始終を話されはしなかっただろう。だとすれば、誰が伝えたのか?それができたのはあのサマリアの女しかいない。当人が語り伝えたことは間違いない。ということは、彼女が初代教会で信者となっていたことを意味する。主は彼女を救われた。彼女は二度と渇くことも汲みに来ることもない、永遠の命に至る生きた水を飲めたのだ。

 さて、この「イエスとサマリアの女」の対話から何を学べるだろうか?私は5項目挙げてみる。
1)ヨハネ福音書4;5-42の中心的メッセージは、イエス様がメシアであり、生きた水を魂に与える方だと告げることにある。では、私たちも「その水をください」と願う気持ちがあるだろうか?
 
2)水は人を生かすもの。水なしに人は生きられない。この個所はまず水の大切さ、その素晴らしさを知り直す機会だ。サンテクジュペリの「人間の大地」は彼の体験から、その切実さをよくわからせてくれる。飛行士だった彼はある時サハラ砂漠に墜落した。生死の境をさまよった数日後、遊牧民が現れた。そして助けられ、水が飲めた。その瞬間を彼は現在形でこう書いた。
 「そして今、我々は腹ばいになり、仔牛のように桶に頭を入れて飲む。ベドウィンは心配し、我々を小刻みに中断させる。しかし、彼が我々を放すや否や、我々はまた水に顔を突っ込む。
 水よ、お前は味も色も匂いもない。人はお前が何であるかを定義できないが、お前を味わう。お前は命に必要な物ではなく、命そのものだ。お前のおかげで我々には諦めた力がすべて戻る。お前のおかげで、涸れ尽きた心の泉が再び湧き出る。お前は世界にある最大の富だ。お前は無限に単純な幸せをもたらす。」(「人間の大地」207-208頁から余生風訳。原文は付録)

3)しかし、渇きを知らなければ、「その水をください」とは願わない。そう願うには渇きを知る必要がある。今日の日本人は長らく豊かさに慣れて、飢えも渇きも痛切には知らなくなりかかっている。ある意味で不幸だ。だが、地球上には今日でも飢え渇く人たちがいる。いや、日本でも今、東日本大震災によって飢えと渇きを痛感している人たちが大勢いる。人々は彼らを支援しているが、助けているばかりではない。飢えと渇きの現実を身にしみて学び直させてもらっている。渇きを知る人は幸いだ。それから癒されるだろうからだ、ということもわかる。

4)人は自然の水だけでは生きない。神が与える魂の水によっても生きる。体の渇きを癒す水があるように、魂を潤す水がある。それこそイエス様がサマリアの女に語り、今も与えようとしている水だ。そこでもう一度「人間の大地」の例を見てみる。救われる直前、脱水症状にあったサンテクジュペリたちは、砂丘の上に遊牧民が見えた時、「ああ、彼が腰を一ひねりしてこちらを向いてくれれば、我々は救われるのに。渇きも終わるのに…」と思った。幸いに、その願いは叶った。
 では、聖書の神様はどうだろうか?私たちが願うとうに前から、腰の一ひねりどころか天から身をかがめて、もう人類の方に向いてくださっている。「神は、その独り子をお与えになるほどに、世を愛された」ことがその証明だ。そして、「渇いている者がいれば来て、価なしで飲め」(黙示録22;17)と言われている。永遠の命に至る水を与えることは神の御心であることがわかる。

5)では、永遠の命に至る水とは具体的には何だろうか?福音書自身がそれを教えている。仮庵祭のとき、イエス様は大声で言われた。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてある通り、その人のうちから生きた水が川となって流れ出るようになる」(ヨハネ7;37-38)と。これはサマリアの女に話されたことの再現だと見ていい。ところで、そのすぐ後に福音史家ヨハネは続けてこう書いている。
 「イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている“霊”について言われたのである」(ヨハネ7;29)と。従って、その人のうちから川となって流れ出る生きた水とは、“霊”、即ち聖霊のことだ。しかし、「人はパンだけで生きるのではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」という教えに準じれば、「人は自然の水だけで生きるのではない。神の愛から流れ出る言葉でも生きる」とも言えるから、永遠の命に至る水とは、神のみ言葉だとも神の恵みだとも言っていいと思う。
 ただし、「私たちも『その水をください』と願う気持ちがあるだろうか?」と自問したが、その渇きを知らないならば、人がその水を本気で求めることはないだろう。それは最大の不幸だ。

付録:仏語原文
“Et maintenant, nous buvons à plat ventre, la tête dans la bassine, comme les veaux. Le Bédouin s’en affraie et nous oblige, à chaque instant, à nous interrompre. Mais dès qu’il nous lâche, nous replongeons tout notre visage dans l’eau.
L’eau!
Eau, tu n’as ni goût, ni couleur, ni arôme, on ne peut pas te définir, on te goûte, sans te connaiître. Tu n’es pas nécessaire à la vie: tu es la vie. …Avec toi rentrent en nous tous les pouvoirs auxquels nous avions renoncés. Par ta grâce, s’ouvrent en nous toutes les sources tarries de notre cœur. Tu es la plus grande richesse qui soit au monde…Mais tu répends en nous un Bonheur infiniment simple.”
(Extrait de Terre des Hommes d’Antoine de Saint-Exupéry p.207-208)
スポンサーサイト

天からの声

 東日本大震災と福島原発の甚大な被害がますます明らかになる中で、はるか昔にあった福音書のできごとについてのコラムなどを書いていていいのか、その思いは消えない。その上、昨日はいよいよここに誰もアクセスしない日が現実となった。もうここに書くのをやめる時なのかも知れない。「すべてに時がある」と。でも、自転車をこぐのと似て、やめたら自分が倒れてしまいそうな気がする。だから、自分のためにもうしばらくは続けてみよう。
 
 さて、あす四旬節第二主日は、イエス様の山上でのご変容を伝えるマタイ17;1-9が読まれる。毎年一度は巡ってくる個所だ。それを思って、ふと教会担当の神父さんは大変だろうなと同情した。説教で毎年同じ話をするわけにはいかないから、違う内容を違う角度から準備しなくてはならないが、それにも限りがある。何年かすれば種切れになると推察されるからだ。その意味でも6年ぐらいでの転勤は妥当に思えるが、10年以上も同じ教会にいる司祭はよく務まるものだと感服する。
 ところで、そういう自分はどうかと省みたとき、先週と同じように、「この出来事についてはもう考え尽くした気がする。まだ書くことがあるかな?」と感じてしまった。でも、書くと決めているのだから書くとすれば、対応をきめなくてはならない。そこで、今回もホームページのコラムと子ども宗教誌「こじか」で扱ったこの個所を洗い直し、過去に扱った問題と話題を総括してみることにした。そうすれば、まだ取り上げていない問題や話題も見つかるだろうから、もし見つかったら書くということにした。
 すぐ調べ直してみたところ、コラムでは3回、「こじか」でも3回取り上げていた。そして、多少の重複はあるものの、それらは主のご変容の多様なテーマに着目し、ずいぶんいろいろな角度からその出来事を考察してきたんだなぁ、ということが再確認できた。そこで、まだ触れたことのない問題や話題を見つけるために、まず過去にどんな話題と問題提起があったか、それだけを列挙し、問題には得た答えを簡潔に添えてみようと思う。なお、文体はなるべくその時のまま引用し、話題は☆、問題提起は¿、答えは☀記号で示す。

 こじか1542号(1994年) マルコ9;2-10 主のご変容
 ☆子どものページ:あの声とかがやきは何? 
 ☆指導者のてびき:かいま見た主の栄光
 ¿いったい、イエス様のご変容は何のためだったのか?
 ☀子どもたちに:天の父はイエス様こそが神のみ子であり、何がみ心かをもう一度明かすため、ごじゅなんの前にご復活の栄光をちらっと見せて、わたしたちもまた神の国ではそうなることをわからせてくださったのです。まちがわないように、目からも耳からも。 
 ☀指導者たちに:ご変容は神的栄光と言う最も鮮烈な「しるし」でした。まず、弟子たちに主の神性を証明するためでした。ヘブライ語でカボードとは「目が眩んで、目前が闇に見えるほどの、人間には耐え得ない光の輝きを意味する。」(ルイ・ブイエ)それは「神の居場所」(臨在)を示すものとして、「栄光の包み、その照り映え」(シェキナー)なのでした。
 ご変容には、これらのすべてが出そろっています。雲の中からの天の声は洗礼の時と同じでした。しかしその時のイエス様は普通の人のようでしたが、ここでは輝く神の臨在の一部分です。主が誰であるかをだめ押し的に証明した天父の意図が明らかです。ところで、二人の預言者との会話は主の御受難についてでした。ここから第二の目的が分かります。遠からず、主は神性どころか、人の子の面影すらない姿になります。だからこそ、ご変容はその方が栄光の主であることを事前に垣間見せたのでした。

 こじか1988号(1995年) ルカ9;28b-36主のご変容
 ☆子どものページ:〇年あとのけいこ
 ☆指導者のてびき:これに聞け
 ¿イエス様はなぜ弟子たちを連れていかれたのでしょうか?
 ☀彼らがご変容の忘れがたい栄光を体験するためでした。
 ¿では、彼らはその場にいて何を学んだのでしょうか?
 ☀イエス様が預言者を超える神的な誰かであることを直感的にわかったに違いありません。主がただ者でないことは奇跡的な業でもうわかってはいましたが、それはあくまでも普通の人の姿のままでされました。ところがこの時は、主が普通の人間にはない神的な輝きを放たれたからです。しかし、最重要な学びは雲の中から声を聞いたことでしょう。「これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け」という声は、旧約と新約を代表する預言者と使徒の双方に、イエス様こそ約束の主であると言い聞かせたことを意味します。
 ¿しかし、なぜイエス様は12使徒全員を連れて行かれなかったのでしょうか?
 ☀それは「見ないのに信じる人」の幸い(ヨハネ2029)のためだったと思います。8使徒は私たちすべての代表でした。
 ¿ では、もし私たちが3使徒と共に主の栄光を見たら、より強い信仰を持てるでしょうか?
 ☀そうとは言えません。その証拠に、主の栄光を見ても、ペトロは御受難の時に主を否んだし、ご復活の朝、女たちが主の復活を知らせても、ヤコボは他の仲間と共に隠れ家でびくついていました。 

 こじか1630号(1996年) マタイ17;1-9主のご変容
 ☆子どものページ: たいこばん
 ☆指導者のてびき:天の父からの声
 ¿雲の中から声がした。えっ、主が弟子をだますために、腹話術を使ったんじゃないかって?
 ☀いいえ、腹話術かでも使徒三人の空耳や作り話でもなく、天の父の声でした。神様の声そのものと言うよりは、人の言葉に直された音声だったと言うべきでしょうね。
 ¿では、何のために変容なされたのですか?
 ☀天父みずからイエス様を「わたしの愛する子、わたしの心に適う者」として太鼓判を押し、「これに聞け」と命じるためでした。その太鼓判は旧約と新約が新旧交代する公式の認定でもあったのです。二人の預言者が旧約の代表として立ち会ったのはそのためでしょう。モーセはシナイ山で、エリヤはホレブ山で神の声を聞きました。しかし、彼らは神様から「わたしの僕」(民12;8)とは言われても、「わたしの愛する子」とは決して呼ばれませんでした。なのにイエス様はそう呼ばれ、そのお姿は神性を現して輝いたのです。
 「僕たち」と「愛する子」、それを通して与えられた旧約の律法と新約の福音。ここに決定的な違いがあります。預言者も天の父から派遣されましたが、愛する独り子が来られた以上、この方こそ最も「わたしの心に適う者」でした。だから、今からは誰よりも「これに聞け」と言われたのです。その声はイエス様への励ましでもありました。同じ三使徒同伴でも、ゲッセマネの園ではもう輝きも父からの声もなく、闇と苦悩の祈りがあるだけでした。でも、その前にこの声を聞いておられたから、それがどんなに魂の支えになったことでしょうか!それは父の愛を確信させ、復活の希望を心耳に囁く声だったのです。

 サンデー3分間 から (2007年)ルカ9;28b-36
 ☆見聞きしたことの口止め
 ¿ その口止めはいつ解けたのでしょうか?
 ☀基本的には主がご復活なさった時点で解けたはずです。しかし、3人がその話を切り出すにはタイミングがあったはず。それはエマオへ行った弟子2人が、主に出会ったと急いで戻った時の可能性はあります。しかし、週の初めの日の夕方、主がご出現になった後はどうでしょうか? 私はこの時が口止めされた話を切り出すのに一番よいタイミングだったと思います。戸が閉まっていたのに入って来られたのを見れば、やはり普通の人体ではなく、復活体でした。だとすればお姿が消えた後、居合わせた人たちは誰もが興奮して、思い当たることを話し合ったに違いありません。その時、3人も「そう言えばあの時…」と切り出したのではないでしょうか。

 聖書反芻 から (2009年)マルコによる福音書9;2-13 
 ☆復活後のお姿の予兆:ここには「親と子」「子の犠牲」「親心」が全て入っている。主は子として天の父に祈るため山に登られた。2人の預言者との話題は子の受難による犠牲だった。父なる神は子たる主を励ますため、主を復活の予兆である姿に変容させて輝かせた。そして、「これはわたしの愛する子。これに聞け」と、認証の声を再び天から響かせた。そこに天父の親心がある。
 ¿ヤコブ、ヨハネ兄弟は連れて行ってもらったのに、なぜペトロの兄弟アンドレアは一緒ではなかったのか?
 ☀イエス様に聞かない限りしかとはわからない。ところで今は聞けない。だからわからない。
 ¿高い山とあるが、どこの山だったのか?☀重要ではない問題なので回答省略。
 ¿弟子たちは非常に恐れたとあるが、何をなぜ恐れたのだろうか?☀重要ではないので回答省略
 ¿なぜ預言者モーセとエリヤが現れたのか?
 ☀2人がイスラエルの民を代表して出現したのではなかろうか。まさに受難と復活によって、旧約は新約に変わろうとしていたからだ。 
 ¿使徒たちはどうして2人がモーセとエリヤだとわかったのだろうか?なぜなら、2人ははるか昔の人だった上に、イエス様の時代にはまだ写真はおろか、肖像画家すらいなかった。会ったことも肖像画で見たこともない人を、どうして預言者の2人だと判別できたのだろうか?
 ☀答えは一つ。現われた時、彼らがイエス様に自分たちが誰かを名乗ったからだろう。
 ¿なぜ「これに聞け」と言われたのだろうか?☀こじか1630号と重複するので回答省略。

 行間伝いの聖書自問・自学17から (2010年 )ルカによる福音書9;28-36
 ☆黙っていた出来事:疑うべくもないことは三つ。主のご変容が出来事だったこと、一つの大事な転換点で起こったこと、これが主のご復活後まで3弟子以外には知られていなかったことだ。
 ¿これは夜の出来事だったのだろうか?
 ☀ルカは「翌日、一同が山を下りると」と書いている。だとすると、山上で一泊したとも解釈できる。
 ¿主のお顔はどのように変わったのだろうか?
 ☀主の「服が真っ白に輝いた」のは、服そのものが変色したのではなく、預言者2人が神の栄光を帯びて近づいたから、それを反映して真っ白に見えたのだと解釈できる。しかし、主のお顔は彼らの輝きを反映したからだけではなく、主ご自身から出た変化だったと思う。顔が変わると言っても変わり方はいろいろある。では、イエス様の顔はどう変わったのかと言うと、ルカは「栄光に輝くイエス」(ルカ9;32)と描写した。それは復活体を思わせるような神々しい面持ちだったと言えよう。 
 ¿それは何を意味していたのだろうか?
 ☀ご変容とは、やがて復活された時の主のお姿を一瞬見せた出来事、つまり復活の予兆だったことを意味した。死の苦しみが来る前に復活後の輝く体を主に体験させ、励ましをお与えになったのだ。預言者2人の派遣には一つ大事な役目と意味があった。旧約と新約の引継ぎだ。律法の新旧交代はすでに山上の説教で公布された。しかし、旧約に代る新約の犠牲はまだだった。だから、主が成し遂げようとしておられたご受難は、まさにご自分を捧げる新約の犠牲実現にあった。
 ¿「これに聞け」という言葉は誰に言われたのか?
 ☀すべての人に対する命令だった。3使徒には「これからは主の福音に従って生きよ」ということであり、2預言者には「旧約の時は終わった。今より『わたしの子、選ばれた者』による新約の時代が始まる。その新旧交代の証人になれ」ということだったと言える。
 ¿預言者2人は物理的な身体をもって出現したのか、それとも幻として現われたのだろうか?
 ☀物理的な身体をもっての出現だとすると、常識にも論理にも合わなくなる。モーセは当時から遡ることもう約1300年前、エリヤは約850年前に死んでいた人だからだ。そんな2人が肉体を持った人として現れたとすれば、はるか過去から生き返って来たということになる。神には不可能はないが、常識的に考えれば、そんなことはあり得まい。だとすれば、預言者2人は幻だったと見るのが妥当だと考える。 
 ¿では、彼らの幻は可能だったのだろうか?
 ☀天使は霊だから見えないが、神は人に遣わすとき、天使を見える姿になさる。預言者も霊としては存在するから、この時、神は彼らの霊も見える幻として派遣された。そう考えると説明がつく。
 ¿ イエス様はなぜ復活するまで話すなと、口止めなさったのだろうか?
 ☀理由の1つはご変容の主目的が主を励まし力づけるためで、皆にすぐ知らせるべき事柄ではなかったからだろう。2つ目の理由は、その時点でその出来事が知られて広まると、例えばパンの奇跡の時のように、未熟な民衆が主を王にしようと熱狂したり、弟子たちの間に嫉妬や不和が生じたり、救いの計画に支障を来たす恐れがあったからではないだろうか。それを話すことはまだ有害無益だったのだ。しかし、主の復活後は有益になった。だから口止めが解かれたのだと言えよう。
 ¿もっと大勢の弟子たちを連れて行っていれば、目撃者も大勢でよかったのに、なぜ3人しか連れて行かれなかったのだろうか?
 ☀こじか1988号の問題と重複するが、それを敷延して考えると、3人に絞ったのは彼らが信頼できたからだけではない。目撃者が大勢いれば証言がばらついて矛盾しやすいデメリットもある。尾ひれがついて広まれば尚更だ。何が真実か曖昧になれば、証言の信用は落ちる。だから、3人だけを選ばれたのだと思う。
 もう一つの大事な理由は信仰のモデルを定めるためだったと思う。ご変容はご復活後まで秘密で、他の弟子たちには知らされなかった。3人以外はその場にいなかったのだから、主なき後は3人の証言を信じるしかなかった。それが信じられないのなら、証人が12人いようと500人いようと、信仰は成り立たない。それをわからせ、信じる訓練を積ませるために、主は3人の弟子だけを選ばれたのではないかと思う。3人の弟子は証人のモデルとして選ばれ、他の8人は信じる者のモデルとなるため山の下に残された。後者もある意味で選びだったのだ。

 以上が過去の総括だが、やはりやってみてよかった。それにしても、それを読み直してみて、こんなにも多くの考察をおこない、それまで思ってもいなかった発見をしていたのかと、われながらそれには感慨を覚えた。とにかくその総ざらいのおかげで、その間に今まで気付かずにいたことを三つ、答えを出していないことを一つ見つけることができた。そして、やり残していることが何かもわかった。この後にそれを書くが、それは今までの総括に加える新たな積み重ねだ。
 ところで、答えを出し忘れていたこととは「こじか1630号」の「雲の中からの声は主が弟子をだますために、腹話術を使ったのではないか?あるいは使徒三人の空耳や作り話ではなかったのか?」という疑問に対してだ。それには、いいえ、天の父の声でしたと答えただけで、根拠を示しての反論はしていなかった。では、これにはどう答えることができるのだろうか?主が腹話術を使ったのではないかと言うことと、弟子たちの空耳や作り話と言う疑問は別々に検討した方がいいと思われる。
 まず腹話術ではなかったかという疑う人は、主が洗礼の時もそうなさったことを証明しなければなるまい。同じ言葉だからだ。しかるに、洗礼の時がそうだった形跡は無い。従って、この時も腹話術ではなかったと言える。それにどの福音書も、声が「雲の中から」だったと伝えている。腹話術で雲の中からの臨場感ある声が出せるだろうか。これは断言できないがいつか腹話術者に聞いてみたい。
 また、もしそれが腹話術だったと言うなら、二人の預言者との会話も腹話術でないと筋が通らなくなるが、会話はすでに予告があった受難についてだった。しかるに予告は普通に話された。従って、なぜこの時だけ腹話術にしたのかとなると、その必要性もメリットも見出せず、極めて不自然だ。だから、腹話術はあり得なかったと結論できる。そういうげすの勘ぐりをする人は、ご変容を高貴に張りつめた文脈の中で読んでいないのだと思う。
 では弟子たちの空耳や作り話ではなかったかという疑問はどうだろうか?空耳は一人ならわかるが、イエス様を含めて四人そろって同じ言葉を空耳で聞くことはあり得なかっただろう。物理的に聞いたからこそ、下山の途中でイエス様は口止めされたのだ。空耳だったらそんなことをする必要はなかった。
 使徒3人の作り事と言うのはもっとあり得なかったと思う。ご変容はご復活後まで他の弟子たちが知らなかったことだった。ご復活後の3使徒の行動を見れば、しめし合せて作り事を言い、他の使徒たちをだます状況にはなかった。ご変容のことを打ち明けたのはおそらく皆がご復活を確実に信じた後だろうが、主のご復活に驚き動転していたさ中、それを言い出すのはむしろためらわれたくらいだろう。それで他の人たちを騙しても、3使徒には何のメリットもなかったからだ。

 次は今まで気付かずにいたのに発見したことだ。その一つは「これはわたしの愛する子」という天からの声が福音書には2回書かれているが、弟子たちは実際には2回も聞いてはいなかったという事実だ。使徒ヨハネは洗礼者ヨハネの弟子だったから、主の洗礼の場にいたとしたら、彼だけは2度聞いたかも知れない。しかし、ペトロとヤコブはご変容の時に初めて聞いた。他の弟子たちは実際には一度も聞いたことがなかったのだ。現代の私たちとまったく同じ条件下にある。まさに8使徒は信じる者全体の代表だったのだ。今回初めてそれに気付いた。
 発見の2つ目は、主がご自分の受難と復活を予告されたのは3回だとされているが、ご変容の個所を読んで、3使徒に限っては、受難と復活を4回告予告されたに等しいことに気付いた。下山の時、「人の子が死者の中から復活するまで、今見たことを誰にも話してはならない」と口止めされたからだ。これは3使徒にだけだったが、口止めの期間を指定するために、間接的にではあるが、ご受難に言及なさったことは予告に等しかった。
 3つ目の発見は、ご変容についての口止めと公表の逆転だ。3使徒にとってその口止めは、主が復活するまでは決して話せない守秘義務があった。ところが復活後は逆に話さなければならないことになった。上記の「黙っていた出来事」では、主の復活前はその秘密を漏らすことは有害無益だったが、ご復活後は有益となった。だから口止めが解除されたと書いた。しかし、それは有益であるばかりか、今は宣べ伝えるべき義務があるのだ。そこには積極的な意味がある。

 最後は、「これに聞け」の声についてやり残したこと一つを結論としたい。この総括と考察のおかげで、やり残したことが一つはっきりした。それは天からの声「これに聞け」の実行だ。「これに聞け」とは、太鼓判を押された主イエス様に聞けということだ。だが、私たちは十分にそれを実行してきただろうか?少なくとも私はどうか?答えは否ではないだろうか。講話も書物ももう要らない。十分過ぎるほどある。しかし、その実行は足りない。それは、決して十分過ぎることはない。

荒野の対決

 四旬節に入った。第一主日の福音はマタイ4;1-11だが、それについて書こうとした矢先の3月11日、東日本大震災が発生した。想像を絶した破壊と深刻な被害の情報に、とても福音書の解釈などしてはいられなかった。通常のあれこれの用事や会議の他に、被災地にいる手を貸す運動支援者の安否確認やら外国からの見舞い状の翻訳やら、異例の仕事が入ったので、今回はコラムを週末前に果たせず、書き出したものの、途中で断念した。そこで、なるべく簡単に書き直してみる。

 新共同訳はマタイ4;1-11を「誘惑を受ける」と括っている。しかし、私はイエス様がわざわざ荒野に行かれたのは、誘惑されること自体が目的ではなく、誘惑を通して悪魔と対決するためだったと考える。福音書には「“霊”に導かれて」とある。主は聖霊と一緒に、能動的に対決なさったのだ。誘惑を仕掛けたのは悪魔だったが、主導権は主と聖霊にあった。その認識が大切だと思う。主は神の国の福音を告げる前に、その敵対者に姿を現わさせ、その手の内をさらけ出させたのだ。 
 ところで、この荒野の対決はもう何度も取り上げた。一番近い例では昨年「行間伝いの聖書自問自学」No.16に書いた「三つの誘惑」がある。それを読み返してみると、「このテーマについては、私はこれで語り尽くした気がする。付け加えることはあまりない」というのが正直な感想だ。しかし、過去の原稿やHPのコラムでも、三つ目の誘惑についてはあまり考察して来なかった。だから、今回はその誘惑との対決だけに光を当ててみようと思う。
 マタイの福音書はそこをこう伝えている。
 「悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、『もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう』と言った。するとイエスは言われた。『退け、サタン。「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」と書いてある。』そこで、悪魔は離れ去った。すると、天使たちが来てイエスに仕えた」と。

 さて、これをどういう切り口で理解したらいいだろうか?かつて3年間、オリエンス宗教研究所の子ども週刊誌「こじか」の執筆者だったとき、私はその1629号の子どものページには「たくらんをたくらんだ」、指導者のてびきには「世の初めから嘘つき」の題名で、荒野の三つ目の誘惑について書いたことがあった。子どものページの題名は全部ひらがなだが、漢字を入れれば「托卵を企んだ」となる。それが理解の鍵となると思うので、その時の原稿を掲載してみる。次のようだった。
 「カッコウは声はいいが、ずるい鳥です。たく卵と言って、たまごをウグイスなど他の鳥のすにうみ落とし、それにあたためさせるからです。ひなは養い親のたまごより二、三日早くふ化すると、養い親のるす中に、何とおしりで他のたまごを地面に落とし、すを乗っ取ります!そして、養い親がそうとも知らずにせっせと運ぶえさを、ひとりで食べて育つのです。ひどいでしょう?
 悪魔はそれににています。イエスさまに高い山から全世界を見せると、『ひれふしてわたしをおがむなら、これをみんなあたえよう』と、ゆうわくしましたね。これはたく卵をたくらんだのです。なぜなら、心に偶像礼拝をうみつけ、神さまの教えをおい落とそうとしたのだからです。しかし、イエスさまはぴしゃりと答えられました。『しりぞけ、サタン』と。全世界は神さまのもの。その持ち主でもないのに、『あたえよう』とは、悪魔は何たるうそつき!今も同じこんたんでかれは人に近づきます。でも、外見や口先はまことしやか。だから、ご用心。だまされないように!」
 考え方の基本は悪魔の三つ目の誘惑の狙いを、カッコウの托卵に重ねて見ることにある。イエス様はよく譬えを使って福音の深く豊かな真理をわからせてくださった。そこで、私も考えに考え、托卵の譬えを書いた。自然界の知識がかなり豊富な現代の日本の子どもたちは、きっとこれなら三つ目の誘惑の意図と危険がわかるだろうと思ったからだ。実際、托卵という行動と悪魔のその誘いには類似点がある。だが、考察はその誘惑の状況の解明から始めよう。

 「悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き」とあるが、これは必ずしも具体的な現実の山と考える必要はなく、「高い山」は下界にある世の国々とその繁栄を、パノラマ的に見渡すための舞台設定に過ぎないと考えていい。それに比べ、山上の説教の山と三つ目の誘惑の山との対比はもっと意味がある。共にメッセージを述べるための舞台設定ではあるが、一方が天の国の福音を公布する場だったのに対し、他方は誘惑の偽福音を真っ向から否定する場だったからだ。
 この誘惑は前の二つに比べると性質が違うこともわかる。前の二つは「~したらどうだ」という唆しで、その目的はイエス様が神の子かどうかを確かめることにあった。そして、その手段に聖書を使った。ところが三つ目の誘惑は、「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう」と、自分に対する礼拝の対価に権力と富を与えるという提案だった。もはや聖書を手段に使わず嘘を使った。まさに悪魔の本性を露呈させ、三つの中で最も根源的な悪を潜ませた誘惑だったのだ。  
 悪魔の提案が嘘に基づくことは、全世界は誰のものかと問えば容易にわかる。彼の所有ではなく、神様のものだからだ。教会が主の祈りの後に、「国と力と栄光は…」と加えたのは、その宣言だとも言える。悪魔が、所有者でもないのに「与える」と言ったのは、嘘そのものだった。使徒ヨハネが「悪魔は…偽りを言うときは、その本性から言っている。自分が偽り者であり、その父だからである」(ヨハネ8;44)と喝破した通り、悪魔は世の初めから嘘つきなのだ。それはエバに「その実を食べても死なない。それを食べると、神のように善悪を知る」(創世記3;4-5)と誘惑した嘘に通じる。  
 先行した二つの誘惑は聖書を使って、表向きは聖書と妥協していた。しかし、三つ目は聖書を真っ向から否定した誘惑だった。なぜなら、モーセの律法でも最重要な十戒の第一戒は、「わたしをおいてほかに神があってはならない。いかなる像も造ってはならない。それらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない」(出20;3-5)であるのに、悪魔はそれを否定し、自分を拝むことを求めたからだ。神以外の存在を「神」とすること、それこそが」偶像礼拝の本質なのだ。
 ここに三つ目の誘惑の狙いがあった。そして、ここで托卵の譬えがそれを理解する助けになってくれるのだ。ちなみに、鳥類の托卵を調べてみると、それ自体が大変興味深くて、そちらにのめり込みそうになる。だから深入りはしないが、カッコウやホトトギスは托卵の常習者で、ウグイス、オオヨシキリ、オナガなどの巣に自分の卵を一個産み付ける。その卵は宿主の卵より1~3日早く孵化し、宿主の卵を背中と尻で押し上げて巣の外に落とし、自分だけ残って餌を独占するのだ。
 他の卵を落とす映像をみたことがあるが、本能とは言え、その行為には嫌悪を覚えた。こともあろうに、餌を運んでくれる養い親の卵を、恩をあだで返して、孵化直前に全滅させるのだからだ。オナガは、初めはだまされても、やがてカッコウが近づくと攻撃したり、その卵を見分けて捨てたりするなど、対抗手段を身に着けるそうだが、托卵される鳥にしたら種の存続への脅威だ。人間から見てだが、その悪は本来巣にいるべき宿主の雛たちが排除され、代わりに犯行者がぬくぬくと育つ狡猾さ卑劣さにある。
 では、托卵のどこが悪魔の三つ目の誘惑と似ているのだろうか?それは巣を人の心、宿主の卵を人の心にある神様への帰依と置き換えればわかる。カッコウの雛が宿主の卵を落下させ、自分が巣を独占してしまうように、悪魔は人の心から神を追い出し、自分がそれにとって代わって、人心を占有しようとする。彼が「もし、ひれ伏してわたしを拝むなら」という提案で、あわよくば成功しようとした魂胆はそこにあった。この時は主の心から父なる神への信を駆逐し、自分への帰依を勝ち取ることで、主の心を支配しようと企んだのだ。
 それは悪魔が自分を神の立場に置くことだった。だから私は、この誘惑が神から授かった十戒の第1戒と真っ向対立すると指摘したのだ。誘惑のために悪魔も聖書を使ったことは驚きで、注目に値するが、三つ目の誘惑は違った。しかし、主はこの場合も聖書の言葉で反撃なさった。きっぱりと、「退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある」とお答えになったのだ。申命記6;13の引用だった。こうして、悪魔は本性をさらけ出して去った。完敗だったのだ。
 しかし、すべてはこれで終わったわけではなかった。戦いは主のご受難でも再燃し、人類の歴史を通して絶えず続いた。以後、悪魔は荒野でのようには姿を現さず、むしろ隠して、人心に托卵的な働きかけをするようになった。そのため、どれほど多の権力者たちがその誘惑に陥ったことだろうか!また、普通の人たちも、どれほど多くが富や栄華の誘惑に絡め取られたことだろうか!教会も例外ではなかった。ただ、往々人はその背後にいる存在に気付かない。そこが悪魔の付け目なのだ。

 では、私自身は似たような誘惑を受けているのだろうか?自分の心の内を糾明してみたら、最近では思い当たることが一つあった。先週の金曜日、3月11日の午後は大震災だったが、午前中はF教会で、クリストフォロの会があり、ミサと講話、懇談会があったので、私も参加した。ところで、その時の講話は「老いと永遠のいのち」というテーマだったのだが、それを聞いているうちに、私には自分でも当惑する奇妙な疑問が湧いてしまったのだ。 
 司祭の話は仏教の即身成仏の話を導入に使い、聖書の伝える永遠の命の教えと、教会の信仰宣言などを根拠に永生を語ったもので、悪くはなかった。しかし、私はかねてからこの教会に愛の希薄さと居心地の悪さを感じていたから、もしも天国がこういう共同体の延長だとしたら、行きたくないな。そんな所で命が永遠だったらさぞや居辛いに違いない。ではそんな場合、「永遠の命は結構です。辞退します。命はこの世だけにしてください」と願えるのだろうか?という疑問だった。
 教会の答えはどうなのか、講話後にそれを質問したかったが、司祭は質疑なしでさっさと席を立ってしまった。懇談会でも同様だった。そうなればもう自分で答えを探すしかない。そこで考えてみた。私の論理は、「神様、永遠の命は無償の賜物でしょう?ならば人は頂かないことも出来るのではないですか?私は天の国があの共同体みたいなら、行きたくはありませんから、永遠の命はいただかなくて結構です。他の動物たちと同じように、この世だけでもう十分な気がしてきました」ということにあった。
 普通、信者は永遠の生命を最高の恵みと信じ切っているから、そんな不敬きわまる疑問は持たない。落ち込んだ今の私だからそんな疑問が生じた。しかし、聖書と教会の教えに照らせば、それが聞き届けられない願いだという結論しかない。人は神の似姿に創られ、魂がある。だからこそ救い主は全人類が終わりなき滅びから救われ、永遠に生きられるようにと、十字架上でご自分を犠牲としてお捧になった。もし永遠の生命が任意のものなら、主はそのような犠牲はなさらなかっただろう。従って、永遠の命は要らないから、この世限りにしてほしいと言う要望は、主の福音の否定になる。主を信じる限り、それはできない。
 それにもかかわらず、もし永遠の命を辞退したいと固執するなら、荒野ではなく心の中で、「そう願え。願ってもかなわなければ、神への信仰など捨てて、私につけ。そうすればあなたの願いをかなえよう」という悪魔のささやきに、私は耳を傾けることになる。私の対決はそれだった。だから、私は願い、かつ言明した。主よ、サタンを退けてください。私は体の復活と永遠の命を信じます、と。そして、永遠の命が辞退できないものならば、むしろ主の約束に希望を置き、それにふさわしく生きるだけだと再認識した。
 では、F教会をどう見ようか?あれはまともな共同体ではないと思う方がよい。そんなものを基準にしたら、天の国の理解を誤る。天の国を反映したような共同体もあることはある。それから類推するようにしよう。もっとも、天の国を経験して帰った者は主イエス様以外にはいないし、聖書もそれについては多くを語らない。だから、そこがどういう所か、永遠の生命がどんなものか、本当には少ししかわからない。でも、それが辞退の対象ではなく、至福の恵みであることは確かだ。主は言われた、「死者の中から復活するときには、…天使のようになる」(マルコ12;25)と。私はこのおことばに希望を置いて生きる。

口先だけでは

 年間第9主日3月6日の聖書を調べて見たら、第一朗読は申命記11;18-32、第二朗読はローマ3;21-27、福音がマタイ7;21-27だった。今週は時間があるので、少し早めに書いてみる。 
 しかし、ローマ書は取り上げる気持ちが湧かない。聖パウロは、人が義とされるのは律法によるか、それとも信仰によるかということを論じているが、それはユダヤ教に先祖返りしそうな信者たちが、異教からの改宗者にも律法の遵守を強いたことから生じた初代教会の問題だった。宗教改革の時代にも、それは義認の神学論争として再燃した。しかし、もう済んだこと。現代では意味が薄らいでいる。あまり明るくないこの話題には、今日は引っ込んでいてもらおうと思っている。

 それに比べ、申命記には興味を覚えた。それにはこう書いてある。
 「あなたたちはこれらのわたしの言葉を心に留め、魂に刻み、これをしるしにとして手に結び、覚えとして額につけ、子供たちにもそれを教え、家に座っているときも道を歩くときも、寝ているときも起きているときも、語り聞かせ、あなたの戸口の柱にも門にも書き記しなさい」と。
 出エジプト後のイスラエル民族が、いかに子々孫々に至るまで、神から受けた恩恵を語り伝えようとしていたかは、ここを読んだだけでもわかる。「これをしるしにとして手に結び、覚えとして額につけ」とある一句で思い出すのは、エルサレムの嘆きの壁で一心に祈っていたユダヤ人たちだ。まさにそう書いてある通り、彼らは律法のエッセンスが書かれ紙片を「テフィリン」という小箱に入れ、それを小手に結び、額に付けていた。
 「家に座っているときも道を歩くときも、寝ているときも起きているときも、語り聞かせ」とは、子供や孫に律法を語り聞かせるだけではなく、自分自身も四六時中、どこで何をしていようとも、それを忘れるなという意味だったと思う。ユダヤ人の家族は子供の成人式「バールミツバ」を今も大事にし、教えをしっかり伝えている。そこは立派だと思う。私はと言えば、子供たちに主の教えを十分教えなかった。後悔先に立たずだが、失敗した。ユダヤ人家庭をもっと見習うべきだった。
 しかし、「わたしの言葉を心に留め、魂に刻み」と言う点はどうだろうか。エレミヤ書31;33を参照すると、どうやらそれは実現できずにいたと思える。イエス様の時代にも額と小手にはテフィリン付け、戸口の柱と門には律法を書き記していたのだろうが、心に留め、魂にも刻みつけることは出来ていなかったように思う。当時のエリートだったファリサイ派の人々や律法学者たちを、主が「白く塗った墓に似ている」(マタイ23;27)と非難されたのも、彼らが形式主義的だったからだ。
 申命記の戒めが早くから形骸化していたことは、イザヤ預言者の非難でもわかる。彼は「この民は、口でわたしに近づき、唇でわたしを敬うが、心はわたしから遠く離れている」(イザヤ29;13)という神の言葉を告げている。実に辛辣で、図星を突いた指摘だ。実はイエス様は預言者イザヤのこの言葉を引用しておられる。ファリサイ派の人々や律法の学者たちが昔の人の言い伝えを重んじ、神の掟を破っているのを糾弾なさった時(マタイ15;8)のことだ。

 この主日の福音はそれと合わせて読むと、非常にわかりやすくなると思う。主はこう言われた。
 「わたしに向かって『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。かの日には、大勢の者がわたしに、『主よ、主よ、わたしたちは御名によって預言し、御名によって悪霊を追い出し、御名によって奇跡をいろいろ行ったではありませんか』というであろう。そのとき、わたしはきっぱりとこう言おう。『あなたたちのことは全然知らない。不法を働く者ども、わたしから離れ去れ。』」
 これは弟子たちと群衆に言われたのだから、ファリサイ派の人々を相手にイザヤの預言を引用なさった時とは違う。しかし、言おうとなされたことは同じだ。それは口先だけで神様を敬っても、心が離れていたなら、天の父の御心を行う者ではないと言われたことでわかる。「主よ、主よと言う者」とは口先の人間ということだ。しかし、「御名によって預言し、悪霊を追い出し、奇跡を行った」者たちは、神の国のため働いた人たちなのに、なぜ「不法を働く者ども」と言われるのだろうか?
 興味深い実例がルカの福音書10;17-20にある。弟子たち72人が宣教から帰って、「主よ、お名前を使うと、悪霊さえもわたしたちに屈服します」と報告した時だ。主は「悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい」と戒められた。この時は彼らが心得違いをしないよう、悪霊に対する力は評価しつつも、天の国に入れるのはそのおかげではなく、天の父に嘉されているからだということを示唆なさった。
 それが狭い戸口の譬え(ルカ13;22-30)では、今日の復員とよく似た会話で語られる。「人々が閉まった戸の外で、「御主人様、開けてください」と言っても、主人は「お前たちがどこの者か知らない」と答える。そこで人々は再度、「御一緒に食べたり飲んだりしましたし、またわたしたちの広場でお教えを受けたのです」と、コネに訴える。しかし、「お前たちがどこの者か知らない。不義を行う者ども、皆わたしから立ち去れ」と拒まれるのだ。御主人様」を「主」、預言や悪魔追放を食事や教え拝聴と入れ替えれば、話の筋はそっくりだ。
 そこからわかることは、御名によって預言し、悪霊を追い出し、奇跡を行うような働きも、主と共に飲食し、教えを聞いたというようなつながりも、それ自体は価値あることなのだが、それがあるからと言って、それで天の国に入れるわけではないということだ。では、どういう人が入れるのかというと、「わたしの天の父の御心を行う者だけ」だ、と主は明言された。言い換えれば、コネはもちろん、神の国のための働きすら、それだけで即、天の父の御心を行うこととはならないということだ。

 そうなると、「天の父の御心を行う」とはどういうことかを知る必要が出てくる。「御心」とは原典ではテレマ(意志)で、諸外国語でも「意志」と訳されている。その方がはっきりして、わかりやすい。ところで、天父の御意志は「信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得る」(ヨハネ3;15)ことにある。そのために独り子までお与えくださったのだが、その御意志が実現するためには、人間側からのふさわしい応答が欠かせない。そういう応答をする人こそ、私は天の父の御意志を行う者だと考える。
 では、天の父は人にどういう応答を求めておられるかと言うと、それは信、望、愛だが、結局愛に尽きる。信じるとは神が愛であることを信じることであり、希望とは神の愛に信頼して待つことだからだ。では、愛とは?というと、イザヤの言葉がそれを理解するヒントになる。彼はイスラエルの民の背反を、「心はわたしから遠く離れている」と言った。愛の反対はまさに無関心、目を背け、心が遠く離れた状態のことだ。逆に愛はすぐそばに寄り、関心を持ち、見つめ、共にいることを喜ぶ。
 モーセの律法はそれを「心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」(申命記6;4)と表現し、「自分自身を愛するように隣人を愛しなさい」(レビ記19;18)と命じた。そして、イエス様はこれが最も重要な第一と第二の掟だと確認なさり、「律法全体と預言者はこの二つの掟に基づいている」(マタイ22; 37-40)と要約なさった。これは主ご自身が言われたことだ。従って、天の父の御心を行う者とは、言い換えれば、愛を実践する人だと言っていい。 
 ここが最も重要な点だと思う。だからこそ聖パウロは、コリントの教会への第一の手紙12章31節~13章13節で、「わたしはあなたがたに最高の道を教えます」と前置きした後、「愛がなければ」預言も、信仰も、施しも、殉教も無に等しいと断言したのだ。それは、列挙されたそういうすべての行為も、ただそれだけで、心に愛がなかったら、天父の前にカウントされない。「何の益もない」という意味だ。彼のこの言明は、この日の福音で主が言われていることと、完全に一致している。

 ところで、その応じ方について学ばせてくれるのが、「二人の息子の譬え」(マタイ21;28-32)だ。イエス様は神殿の境内で、次のような話をされた。ある父親が二人兄弟の兄に、ブドウ園へ行って働きなさいと言った。しかし、兄は「いやです」と答えた。でも後で悔いて、働きに行った。父親は弟にも同じことを言った。弟は「はい」と返事は良かったが、実際はブドウ園に行かなかった。では、「二人のうち、どちらが父親の望み通りにしたか。」主はそうお問いになった。
 彼らは「兄の方です」と答えた。もちろんそれが正解だったが、主は「徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう。なぜなら、ヨハネが来て義の道を示したのに、あなたたちは信ぜず、徴税人や娼婦たちは信じたからだ」と言われた。「あなたたち」とは祭司長や長老らのことで、もともとこれは彼らに話された譬えだったからだ。しかし、それもこの日の福音に通じている。口で神を信じると言いながら、実践しなかった彼らは弟と同じだったからだ。
 この譬えでは兄にも弟にも欠点がある。兄は返事が減点だ。しかし、悔いて後で実行したから、採点すれば合格点だろう。兄は徴税人や娼婦たちに当たる。他方、弟はいい返事はしたが、不実行が痛い。採点すれば不合格だろう。主は「徴税人や娼婦たちの方が、先に神の国に入るだろう」とは言われた。しかし、弟に当たる祭司長や長老たちが、「後から神の国に入れるだろう」とは言われなかった。彼らは「主よ、主よと言う者」に類し、「離れ去れ」と言われる可能性が強かった。

 福音のこの個所は山上の垂訓の一部分だが、すでに終末論の響きがある。「かの日には」や「不法を働く者ども、わたしから離れ去れ」等のお言葉が裁きの日を想定しているからだ。そして、「わたしに向かって」というお言葉で、主ははっきりとご自分が裁きの主であることを示された。「群衆はその教えに非常に驚いた」(マタイ7;28)とあるが、教えの内容や権威ある話し方だけではなく、裁き主の立場で語られたことに気付いた人々は、その事実にも大いに驚いたのではあるまいか。
 しかし、「かの日には、大勢の者が」とある一句は、私たちに衝撃を与える。なぜなら、その日、「わたしから離れ去れ」と宣告される人々が僅かではなく、大勢いるということがわかるからだ。しかし、もっとショッキングなのは彼らが主の弟子らしいことだ。「主よ、主よ」と言うのだから異教徒ではなく、信者に違いない。だが、御名によって預言や悪魔追放や奇跡を行ったと言うのだから、一般信者ではなく、何らかの権限を与えられていた人たちだろう。だからショッキングなのだ。
 それは口先の人だけでなく、人間の目には立派なことを行っているように見える人でも、「わたしから離れ去れ」と言われ得ることを教えている。例えば教会の指導者なら、預言活動である説教を立派にこなし、ミサを捧げ、御聖体を配り、聖書をよく教え、宣教の成果をあげても、そういうことをしたからと言って、天の国に入れていただけるとは限らないということだ。ただし、人はそれをどうこうと断定してはいけない。誰が真に父の御心を行う者かを知らないからだ。それを知るのは人の心の奥までをご存じの主だけだ。 
 一般の信者の場合はこう省みるべきではなかろうか。主日には必ずミサに行き、美しく聖歌を歌い、信仰宣言を唱え、多額の献金をし、御聖体を拝領し、朝夕の祈りを毎日欠かさず唱えても、そのおかげで天の国に入れていただけるとは限らない。それらが父の御心を行うこと、つまり、神と人への愛で味付けられていなければ、それらは無に等しく、何の益もないのだ、と。しかし、愛がこもっているならば、すべてはすばらしい価値を得る。
 でも、この最後の段階で、私はギクッとする事実に気付いた。「わたしから離れ去れ」と宣告される人が大勢いるとしても、自分はその中には入っていないだろう」と思っている自分がいることに気付いたのだ。根拠のない安心感だ。だが、ひょっとしたら信者の中には、同じような安心感で、自分を見誤っている人がいるのではなかろうか。これが一番危ういことかも知れない。

悪人に手向かわないわけ

 過ぎたことだが、年間第7主日の福音の一部が気になった。マタイによる福音書5;38-42のこう書いてあるくだりだ。
 「そのとき、イエスは弟子たちに言われた。あなたたがたも聞いているとおり、『目には目を、歯には歯を』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬も向けなさい。あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をもとらせなさい。だれかが一ミリオン行くように強いるなら、一緒に二ミリオン行きなさい。求める者には与えなさい。あなたから借りようとする者に、背を向けてはならない。」
 非常に印象に残る個所の一つだが、気になったのは十分に納得できなかったり、当惑を感じたりするところがなくはなかったからだ。この個所がすでに論じた「敵までも愛する愛」の、一つの証しであることは明らかだ。そして、ここにはまずどう行動すべきかの原則が打ち出され、その後に3つの具体例が、その原則に基づいて示されていることも確かだ。しかし、問題は一見単純明快に思えるその行動原則と具体例が、実はそうでもないことにあった。

 イエス様は行動原則の一つを改正なさった。かつては「目には目を、歯には歯を」だったが、今後は「悪人に手向かってはならない」と教えられたのだ。悪人に手向かわないこと、これが行動の新原則となった。主がお命じになったのだから、信者であればそれに従うのは当然ではある。だが、なぜ手向かってはならないのか?何をされても一切無抵抗であれと言うことか?それだと法治の否定にならないか?そこが釈然としないと、確信を持って従うのは難しい。迷いが残る。
 そこで、その「なぜ」の答えを探してみた。最終的には見つけたつもりだが、考察はまず旧約の行動原則「目には目を、歯には歯を」の全否定ではなく、正当な評価から始めてみた。事実、それは悪法ではなく、むしろ良い掟だったからだ。創世記4;15には「カインを殺す者は、だれであれ7倍もの復讐を受ける」とある。そのようにモーセの律法以前は、やられたら倍どころか7倍もやり返す復讐だった。しかし、律法はそれを禁じ、受けた悪と同等の悪しか返してはいけないと命じた。
 「命には命、目には目、歯には歯、手には手、足には足」(出21;24)とは、抑制の利いた公正公平な報復だったのだ。これは同態応報刑(Lex talionis)と言われ、野蛮なように聞こえるが、実は片目を潰されたら片目だけは潰し返していいが、両目はだめだと、やられた以上に報復しがちな人間の復讐傾向に、歯止めをかけていた。だからこそ、この律法は「慈悲の始め」とも言われた。それに、この律法は裁判で用いられるためであって、私怨の復讐を許すものではなかった。
 こうして見ると、旧約の行動原則を野蛮だったと思うのは、偏見や誤解だとわかる。では、悪法でもなかったのに、なぜイエス様は改められたのだろうか?短く言えば、「不十分だったから」というのが答えだろう。主は神の国の福音を宣べ伝え、それに応じた新しい生き方を示された。しかし、復讐の掟に従っている限り、その生き方はできない。新しい葡萄酒を入れても、古い革袋がもたないのと同じだ。だからこそ、不完全な行動原則をより完全なものに一新する必要があったのだ。
 では、旧約の行動原則だった復讐の掟は、どこが不完全だったのだろうか?そもそもそれは公正公平な償いを命じる律法であった。ところが、どんなにその精神を実現しようとしても、できない矛盾がその一つだったと思う。どういう意味かと言うと、例えば「目には目を」の場合、数では1対1であっても、一方の目が良く、他方の目が悪かったら、公平平等ではありえないという現実にぶつかる。つまり、完全な平等は実現不可能だ。そこにこの律法自体の限界があった。 
 しかし、それ以上に深刻な欠点は、「慈しみの始め」であるはずなのに、その律法の奥には慈しみとは相容れない復讐や憎しみの酵母が残っていたことだと思う。それに気づいたとき、私はイエス様がなぜ復讐の掟を、「悪人に手向かってはならない」という新原則に改められたかがわかった。たとえ公平な報復であっても、復讐を許容する限り、憎しみの酵母は残る。そして、それが残る限り、人は新しく生まれ変われない。だから、復讐を皆無しなければならなかったのだ、と。
 従って、「悪人に手向かってはならない」とは、一切抵抗してはならないと言うことではない。悪人に同じ悪を持って応じてはならない根本姿勢を意味する。復讐は悪に悪で報復することだから、主はそれを否定なさったのだ。法治の否定でもないとわかった。悪には抵抗していいし、むしろしなければならない。ではどう抵抗するのかというと、善をもって応じる抵抗だ。イエス様ご自身がその最高の模範を示された。私はここに、「悪人に手向かってはならない」ことの真意があると理解した。

 その真意がわかれば、この問題に対する釈然としなかった迷いの霧は晴れる。そして、見つかったその答えに照らせば、その後に続く3つの具体例も容易にわかる。どれも上述の新しい行動原則にのっとったケースだからだ。もっとも、そのそれぞれの例をよく理解するには、当時の歴史的背景や社会状況などの知識が多少必要だ。しかし、それがなったらわからないと言うほどのものでもない。いずれにせよ、ここからは3例を一つずつ簡単に見てみる。

 第一は、人から右頬を打たれる具体例だ。普通の市民同士なら、頬を殴ることなどめったにない。だからこの打擲者は当時の支配者ローマの役人や兵士、奴隷に対する冷酷な主人、妻を虐待する夫などの場合だったと思われる。理不尽に打たれたのなら、打擲者は自分にとって少なくともその瞬間は敵対者だ。同等の相手なら殴り返せる。しかし、立場が違うとそれはできない。でも、心の中ではやり返したいと思うのが普通だろう。海軍にいた時の私もそうだった。
 それに、右の頬を殴るということは侮辱を意味した。人は右利きが圧倒的に多いから、相手の右頬を殴るとしたら、平手打ちではなく、手の甲で打つことになる。だから侮辱になるのだ。ところが、主は「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬も向けなさい」と言われた。ここに「悪人に手向かってはならない」という応用がある。「目には目を」だったら、右頬には右頬の打擲で返すことになるのだが、それをせず、左の頬を出すと言うことは、悪に悪で応じないという意思表示だ。
 しかし、文字通りに左の頬を出しなどしたら、かえって相手をもっと怒らせてしまうのではないか、と言う人がいるかも知れない。多分その通りだろう。侮辱ではなく、今度は激怒で左頬を強打されるかも知れない。ではどうする?左頬も殴られればいいのだ。何度殴られても暴力に暴力では応じない。あくまで赦しと平和な対応で応じる。それが新行動原則にのっとった実践だ。
 その場にならないとわからないが、きれいごとを言ってもできっこあるまいと言われば、私は返答をためらう。しかし、そうすべきだと信じることとできることとは別だ。できなくても、私はそれが主の教えだと言うことは信じている。そして、主ご自身がご受難の時にそれを実践なさり、使徒たちも聖霊降臨後に捕えられた時(徒5;40)、実践したことを知っていて尊敬している。右頬を打たれてもやり返さないのは弱いことではなく、屈しないことで、むしろ心が非常に強くなければできないことだ。 

 次は、「あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をもとらせなさい」という具体例だ。これは裁判で告訴者が、担保に下着を要求して来た場合らしい。ユダヤ人は下着なら普通2枚持っていたそうだ。しかし、上着は1枚しかもってなかった。だから貴重で、律法は「隣人の上着を質にとる場合は、日没までに返さねばならない。なぜなら、それは彼の唯一の衣服、肌を覆う着物だからである」(出22;25-26)と命じていた。しかし、主はその上着さえ「取らせなさい」と言われたのだ。
 これも「悪人に手向かってはならない」という精神の応用に他ならない。敵対的なら、告訴者は被告にとって悪を及ぼす者、即ち「悪人」に類する。だから、「下着」を取られまいとして、それを奪おうとする相手と敵意をもって抗争すれば、「目には目を」の図式となってしまう。しかし、それは新しい人の生き方にはふさわしくない。ならば、いっそ上着まで与えなさいとなる。極端ではある。でもふと思った。馬鹿げて見えても、案外それが良い和解のきっかけになるのかもな…と。
 いずれにせよ、冷酷に対して冷酷、悪意に対して悪意で応じてはならないと言う精神の問題なのだ。裁判だけでなく、生活一般においても正しい権利は主張していいし、理不尽な訴えに泣き寝入りすることはない。見逃せない悪や非には、むしろ立ち向かうべきなのだ。主も裁判の場で、下役が大祭司に対する主の答えを失礼だと言って平手打ちした時、「正しいことを言ったのなら、なぜわたしを打つのか」と抗議なさった。これは害悪を受けている他者を擁護する場合にも当てはまる。

 3つ目は、「だれかが、一ミリオンを行くよう強いるなら、一緒に二ミリオン行きなさい」と言われた例だ。ギリシャ語の一ミリオンとは百万のことではなく、1480メートルのことで、約1マイルの距離に相当した。当時、支配者ローマの役人や兵士は出合ったイスラエル人に、自分の荷物などを強制的に運ばせることができた。その特権がこの例の背景にある。もちろん、身の危険を覚悟してなら、「いやだ!」と、イスラエル人はその使役に反抗できただろう。
 しかし、イエス様は荷物を1マイルほど運べと強制されたら、嫌な顔をしないで、むしろその倍の2ミリオン行ってやりなさいとお勧めになったのだ。「バカバカしい。何とお人よしな」と言う人もいるだろう。しかし、まさにそれが「目には目を」の行動原則を否定した、新しい人の福音的生き方なのだ。「左の頬を出す」例は、実社会での応用にはあまり向いていないし、「上着まで取らせる」例は非現実的で、いい例だとは思わないが、この3番目の例には幅広く応用できる価値があると思う。 
 かつて私が勤めていた玉川学園では一ミリオンを一里と訳し、この教えを玉川教育12信条の一つとして、「第二里行者の精神」と呼んでいた。今も続けているかどうかは知らないが、それは人から何かを言われたり頼まれたりしたら、-もちろんそれが善いことや有益なことであることを前提とするが、-言われた分だけ、頼まれた分だけでなく、その2倍をしてやりなさいという教育だった。主はまさにそれをお勧めになったのだが、そこには新しい生き方の精神が躍如としている。
 例えば、ある人に道を尋ねられたら、教えてやるだけでなく、時間がれば、わかりやすい所まで少し案内して一緒に行ってやるのもその一つだ。サマリア人の譬えで、彼が出かける朝、宿屋の主人に2デナリオン渡して、傷ついた旅人の世話を頼んで行ったのも、その実践例の一つだったと言えよう。彼は傷ついた旅人を助けただけでもう十分だった。しかし、頼まれもしなかったのに、彼は出す義務も責任もなかったお金2デナリオンを出して、助けた旅人の後の世話を頼んだからだ。
 私たちの手を貸す運動はシエラレオネやナイジェリアなどの子供たちを30年支援してきたが、そこでも「一緒に二ミリオン行きなさい」の実践がある。たまたま私たちの活動を知った人が感動したと言って、思いがけなく得たお金を献金してくださるようなことはよくある。それが一回限りでも、もちろん私たちは感謝する。でも、頼まないのに、2回も3回も、それ以上続けてくださる方も何と多いことか!ただし、この方たちは強いられてするのではない、自発的な2ミリオン行者だ。

 この個所の締めは「求める者には与えなさい。あなたから借りようとする者に、背を向けてはならない」という42節だ。その前半の「求める者には与えなさい」という勧めは積極的で、「悪人に手向かってはならない」を完成する言葉だと思う。「手向かってはならない」とは消極的な勧めだ。しかし、その両方が合わさると、「悪人に手向かわず、求める者には与えなさい」という十全なまとめになる。そうするよう求められているのは、私たちが天の父の子となるためだ。
 他方、「借りようとする者に、背を向けてはならない」という後半は、「与えなさい。そうすればあなたがたにも与えられる。押入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、…」(ルカ6;38)という言葉と合わせるとよくわかる。借りようとする人にも気前よく、押入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくしてやるなら、貸す人もそうしてもらえる。ただし、そうしてくれるのは借りた人ではなく、天の父なのだ。今の私にとって、この章節の問題は以上の考察で納得できた。
プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。