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先のことを考えれば

 年間第25主日は第一朗読がアモス8;4-7、第二朗読が一テモテ2;1-8、福音はルカ16;1-13だ。今回は第一朗読と福音を取り上げて考察してみる。
 預言者アモスの舌鋒は鋭く小気味良い。彼は商人たちの不正を糾弾して、「このことを聞け。貧しい者を踏みつけ、農民を押さえつける者たちよ。お前たちは言う。『新月祭はいつ終わるのか、穀物を売りたいものだ。安息日はいつ終わるのか、麦を売り尽くしたいものだ。エファ升は小さくし、分銅は重くし、偽りの天秤を使ってごまかそう。弱い者を金で、貧しい者を靴一足の値で買い取ろう。また、くず麦を売ろう。』主はヤコブの誇りにかけて誓われる。『わたしは、彼らが行なったすべてのことをいつまでも忘れない。』」と言った。
 アモスはBC750年ごろ南のユダ王国で羊飼いだったが、神様からの使命を受け、北のイスラエル王国で預言活動をした人だ。彼は王であれ、祭司であれ、権力者であれ、不正や搾取をする者がいれば容赦なく告発し、神罰を宣告した。この章節では狡猾で悪賢い商人たちを槍玉にあげている。彼らは計りをごまかして不正に金を儲けた。そればかりか、「弱い者を金で、貧しい者を靴一足の値で買い取ろう」と、その汚れた金で弱者や貧者を奴隷として売買したのだ。「くず麦を売ろう」の一句も辛らつだ。工業用の「事故米」を食用として不正に転売した「三笠フーズ」を連想させる。今あることは昔もあった。預言者アモスはそれらを糾弾したのだった。

 イエス様も悪賢い男の譬えを弟子たちにお話になった。それがルカ16;1-9だ。長いので書き写さず、解釈を加えながら話の筋を追うことにしよう。それは商人ではなく、ある管理人の譬えだ。当時のイスラエルには不在地主がかなりいて、財産管理や運用は地元にいる管理人に任せていたそうだ。その男もある金持ちの主人からそういう権限を委ねられていた。ところがある日、彼は主人に呼び出されて、会計報告を出しなさい。もうお前には管理を任せておけないと言い渡された。
 譬えには「この男が主人の財産を無駄使いしていると、告げ口をする者があった」とある。おそらく管理人の言動を身近で見聞きしていただけでなく、彼に反感も持っていた召し使いが、彼の不正を主人に通報したのだろう。「目を覚ましている僕」の譬え(ルカ12;45-47)には、「主人の帰りが遅れると思い、下男や女中を殴ったり、食べたり飲んだり」する僕の例があった。この男も主人の不在をいいことに、そういうことをする管理人だったのだろう。だから、恨みを買って告発されたのだと推測できる。

 そこで、この管理人は考えた。「どうしようか。主人はわたしから管理の仕事を取り上げようとしている。土を掘る力もないし、物乞いをするのも恥ずかしい。そうだ、こうしよう。管理の仕事をやめさせられても、自分の家に迎えてくれるような者たちを作ればいいのだ」と。もう首になることは避けられない。だとすれば、どうしたらいいかと、彼は先のことを考えた。しかし彼は自分を知っていた。農業は無理だ。経験も体力もない。かといって、乞食になるのは自尊心が許さない。
 すると、名案が浮かんだ。そうだ、管理人の職を失っても、どこかに自分を引き受けてくれるところを確保すればいいんだ、と膝を打ったのだ。今世論で叩かれている高級官僚の天下りなどは、まさに退職後の自分の受け皿確保に他ならないが、これは受け皿になる独立行政法人とか民間会社とかにも甘みがあるから成り立つ。スケールこそ小さいが、この管理人が考えたのは実は同じことだった。ここからまさに彼の悪知恵が本領を発揮する。
 彼は主人に借りのある者を一人一人呼んで、最初の人にこう尋ねた。「わたしの主人にいくら借りがあるのか」と。「油百バトス」という答えを聞くと、彼はこう言ったのだ。「これがあなたの証文だ。急いで、腰を掛けて、五十バトスと書き直しなさい」と。貸し主の管理人が借用証書を不正に書き換えさせるという、何とも呆れた挙に出たのだ。バトスとはユダヤの液状物計量単位バトのギリシャ語読みで、1バトは約40リットル相当だった。油100バトは4キロリットルだから大変な量だ。それを半分に減らすというのだから、こんないい話はない。借りた方はもちろん喜んで証書改ざんに応じたことだろう。
 管理人は別の人にも「あなたはいくら借りがあるのか」と聞いた。「小麦百コロスです」と言う答えに、彼は「では、これがあなたの証文だ。八十コロスと書き直しなさい」と、またもや証書改ざんを持ちかけた。コロスはユダヤの固形物計量単位コールのギリシャ語読みで、1コールは約400リットルだった。従って、小麦100コールは40klという大変な量だ。それを20%も減らしていいと言う。願ってもない提案だから、この借り手も言われるままに喜んで書き直したに違いない。
 この証文の借りはすべて農産物だ。油はきっとオリーブ油だったのだろう。昔は地代を払う代わりに、生産物を地主に物納した。いわゆる年貢だ。日本でも私が少年の頃までは、まだ小作農が地主に年貢米や麦を納めていた。父もその一人だった。だから、私は父の荷車を押して、何度も地主の家まで年貢米を納めに行ったことがある。譬えの借り手は、滞納した年貢がつけのようにたまってしまい、借りとして証文を取られていたのだ。管理人はそれをうまく利用した。
 彼は権限があるうちに数量を書き直させて借り手に恩を売り、職を失った先のことを考えて、不正だが巧妙な手を打ったのだ。ただし、悪事は発覚してしまったようだが、イエス様はこの譬えを次のように結んで言われた。「主人は、この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた。この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている。そこで、わたしは言っておくが、不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる」と。

 若干の解説を加えたが、譬えのストーリーは以上のとおりだ。福音書が伝えたいメッセージは、もちろん「不正にまみれた富で友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる」と言われたお言葉にある。しかし、譬えの結びはある意味で管理人の悪知恵を是認し、褒めているようにも思える。だから、潔癖なキリスト者の中には、この譬えに何か気まずいような疑念や、もやもやした不快感を覚える人がいるかも知れない。
 私もかつてはそういう一人だった。この管理人は相当な小悪党で、彼の言動は何一つ褒められないと思えたからだ。彼はまず財産使い込みで主人を裏切った。次に利己的な動機で証文を改ざんし、主人に更なる損害を与えて罪の上塗りをした。そればかりか、借り手たちを共犯者に引きずり込んだ。「彼らも証文改ざんに加担した以上、管理人の私を誰にも告発できまい。もし訴えれば、自分たちの罪も露見してしまうから、できるわけがない」と踏んだのだろう。だから、ひどい男だと思えたのだ。
 借りても借り手で、そんなに多くの借りがあったのは、できれば借りを踏み倒そうと返済せずにいた、いわくありの農民たちだったのかも知れない。あるいは預言者アモスが糾弾したような、ずる賢い商人だったこともありうる。いずれにせよ、蛇の道は蛇、それを知っていたからこそ、管理人は彼らに証文改ざんを持ちかけたのだろう。彼の意図がわかったとき、利害が一致した借り手たちも、きっと意味ありげにニヤリと目で合図し、証文書き換えの共犯になったのだと思う。私はそこに、人目を憚って密談する人たちの、欲深い顔を想像してしまうのだった。
 そんな理由で、以前の私はこの譬えがどうも好きになれなかった。だが今は違う。むしろ実に興味深いと思う。そこからは当時の社会の一端がわかるし、実社会のそんな汚い密談の譬えから、永遠の命のことを考えさせてくださるイエス様の、懐の深さに感銘を受けるからだ。もしこれが預言者アモスだったら、正面からこの管理人の不正を糾弾していたことだろう。しかし、主は人間の悲しい本性もよくご存知だった。だから主人同様、管理人のたった一つの良い点はほめたのだ。
 その良い点とは先のことを考えたことだ。彼は必死に知恵を絞った。残念ながらそれは悪知恵を働かせて、失職してもこの世で生き永らえるためだけの努力だったが、その抜け目なさはやはりたいしたものだった。だから、イエス様は「この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている」と言われたのだ。ほめたのはその点だけで、けっしてこの管理人の不道徳な行為を是認なさったわけではない。
 では、なぜ主は彼の主人の言葉を通して、彼の抜け目なさをほめられたのだろうか?それは光の子らもその賢さには学び、先のことをもっと本気で考え、もっと努力しなければならないからだと思う。この世の子らとは、まだ救いの光に浴していない人々のこと、光の子らとは、福音を信じて生きる人たちことだ。ところで、この世の子らと言われる人たちは、この世の命や富のためなのに、実に(ずる)賢く考え、真剣に行動している。譬えの管理人はその一例だった。
 それに比べると、光の子らはどうだろうか?善良だが甘い。中途半端で、賢さと本気度ではこの世の子らに負けている。光の子らは、この世とは比較にならない永遠の命に招かれているのだ。そのすばらしい先のことを考えれば、この世の子らよりももっともっと知恵を働かせ、魂の救いと神の国のためにもっと本気になって働けるはずではないか。でも、そうしていない。だから、しっかりしなさい。主は弟子たちをそう励まされたのだ。そして今は私たちにもそう言われている。これがこの譬えのメッセージだと思う。

 イエス様はその実践として、「不正にまみれた富で友達を作りなさい」と言われた。富は原典ギリシャ語ではマンモーナスだが、もともとはアラマイ語だ。お金はその象徴だが、広い意味では富全般をさす。でも、主はなぜ富を不正まみれだと言われたのだろうか?厳密に読むと、主がここで言われたのは「不正にまみれたあなたの富」だ。しかし、それはあなたが不正をして得たという意味ではない。富はそれ自体が何か不正に染まっている。それをあなたが持っているという意味だ。
 ある人が不正な手段で富を手に入れれば、それはもちろん不正な富だ。だから今日の闇社会などは、そういう汚れた金をまともに表で使えるよう、合法的な取引等で資金洗浄(マネーロンダリング)をする。しかし、ある人が正当に手に入れた富でも、それにはやはり何らかの汚れがあるものなのだ。例えばお金は、人の手から人の手へと回って来る間に、どこかで不法な買収に使われたり、取り立てで貧者を苦しめたり、あるいは資金洗浄されたりしたのかも知れない。そういう意味でイエス様はこの世の富を「不正にまみれた」と言われたのだ。
 しかし、そんな富であっても、使いようによっては不正や汚れが帳消しになり、光輝く天の富になりうる。それが「不正な富で友達を作る」ことなのだ。つまり、富を飢えた人、貧しい人、苦しむ人たち等に使うことだ。なぜか?「そうしておけば、金がなくなったとき、あなたがたは永遠の住まいに迎え入れてもらえる」からだ。「金がなくなったとき」とは、この世の金が通用しない神の国へと旅たつ時のことだろう。ユダヤ教のラビには「この世では金持ちが貧乏人を助け、来世では貧乏人が金持ちを助ける」という諺が伝えられていたという。富で作ったそういう友が、永遠の住まいに迎え入れてくれるのだ。

 ルカ16;10-13には格言のような言葉が並ぶ。それは不正な管理人の譬えと関連して、10-12節ではまず「忠実と不忠実」をキーワードとする教えがこう書かれている。「ごく小さな事に忠実な者は、大きな事にも忠実である。ごく小さな事に不忠実な者は、大きな事にも不忠実である」と。「でも、そうかなぁ、小さなことに忠実でも、大きな事ではそうでない人もいる」と、異論を唱える人がいるかも知れない。それにも一理はあるだろう。しかし大雑把には、やはり小さな事に忠実な者は大きな事にも忠実だと見てよいと思う。
 その次の「だから、不正にまみれた富について忠実でなければ、だれがあなたに本当に価値あるものを任せるだろうか」という言葉は、「小さな事に忠実な者…」を前提とした応用に他ならない。「あなたがた」とは弟子たちのことで、本当に価値あるものとは福音を指すのだと思う。譬えの管理人が主人の富に忠実ではなかったように、もしあなたがたが世の富についてさえ忠実でないならば、どうして無限に大事な福音を任せられようかと言う意味だ。ひょっとしたらイスカリオのユダに回心を促がされたのかも知れない。また未来の教会に金権腐敗を警告なさったともとれる。
 ところが、それに続く「また、他人のものについて忠実でなければ、だれがあなたがたのものを与えてくれるだろうか」と言うくだりは理解しにくい。筋がつながらないのだ。バルバロ訳はそうではなく、「他人のもの」を「外のもの」と訳している。それに対するのは「内なる霊的なもの」で、それが「あなたがたのもの」に当たると解釈したのだ。つまり、「他人のもの」と「自分たちのもの」という対比ではなく、「自分たちの外にあるもの」(すなわち物質的な富)と「自分たちの内にあるもの」(すなわち霊的な富)との対比として理解したのだ。私もこの見解に賛成だ。
 残念ながら、共同訳の「他人のもの」は誤訳だと思う。これでは理解できない。La Saint Bible de Jerusalemもバルバロ訳と同じ見解で、“C’est un bien éxterieur à l’homme:la richesse.”と記し、「あなたのもの」には、“Il s’agit des biens spirituels qui, ceux-là, peuvent aprtenir à l’homme."と注釈している。これならすんなりとわかる。「自分にとって外的な富にさえ忠実ではないならば、誰があなたがたの内なる霊的な富を与えてくれるだろうか」と言っているのだからだ。
 バルバロ訳の注釈には、「イエズスがこの世の富を『自分のものでないもの』といっているのは、人間がこれを永久に所有し得ないからである。人間は単に、富を神から受けて管理しているに過ぎない。人間が望めば、誰にも奪われない真実の富、すなわち恩寵を得ることができる。この世の富の管理に不正を働いた者は霊的な富をもうばわれるであろう」とある。ここに不正な管理人の譬えとの関連がある。

 「忠実と不忠実」をキーワードとする教えの後に来るルカ16;13は、「仕える」をキーワードとする系列の格言的な言葉だ。まず、「どんな召し使いも二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである」という言葉は、原則を打ち出した格言的な言葉だ。これにも「それはおかしい。人は昼の間はある社長のもとで勤務し、夜は違う店の主人のところで働ける。二人に仕え、両方を敬愛できるではないか」という異論が出るかも知れない。
 しかし、イエス様が話された時代は今と違った。召し使いとは奴隷のことだったのだ。奴隷は一人の主人に独占的に所有され、この主人に仕えるか、他の主人に売られて仕えるか、どちらかの一人に仕えるしかなかった。そういう背景で語られた言葉だったのだ。これは召し使いにだけでなく、昔は家来にも当てはまった。日本でも忠臣は二君に仕えずと言われた。仮に二君に仕えることができたとしても、両方を均等に愛することは至難なのだ。明智光秀がそうだったが、仕えられる方もそういう家臣には全幅の信をおけなかっただろう。そういう意味で、この格言的な原則は妥当だと言ってよいと思う。
 「あなたがたは、神と富とに仕えることはできない」という最後の一句は、上述の原則の応用で、二人の主人に神と富を代入したものだ。しかし、そのメッセージは富についての締めくくりにふさわしく、実に強烈だ。その意味は明白だから説明は要らない。要るのはそれを聞いた者の覚悟だ。イエス様はその一言で、妥協を許さない福音的生き方を要求されている。光の子らは善良だが、甘い。中途半端だ。御の国が来ますようにと祈る半面、週の6日は地上の富にかまけている。これは、それでいいのかという問いかけだ。まことにこの世の子らは、光の子らよりも賢くふるまっている。同感だ。
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無くした銀貨のたとえ

 年間第24主日の福音ルカ15;8-10は「無くした銀貨のたとえ」だ。こう書いてある。
 「あるいは、ドラクメ銀貨を十枚持っている女がいて、その一枚を無くしたとすれば、ともし火をつけ、家を掃き、見つけるまで念を入れて捜さないだろうか。そして、見つけたら、友達や近所の女たちを呼び集めて、『無くした銀貨を見つけましたから、一緒に喜んでください』と言うであろう。言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある。」

 「たとえ」とはヘブライ語でメシャリームと言われる。当時のラビたちもよく使っていた説話の一形式だ。旧約聖書ですぐ脳裏に浮かぶのは、預言者ナータンがダビド王の前で語った、「ある富者と貧しい男とその子羊の譬え」(サムエル下12;1-4)だ。王の罪過を告発するためだった。福音書はイエス様が話されたとされる譬え話を数多く伝えている。長いのもあればごく短いのもあるが、どれも心に響くメッセージを秘め、記憶に残る不思議な力を持つ。
 とりわけルカの福音書には素晴らしい譬え話が多い。「無くした銀貨のたとえ」もその一つだ。これはルカだけにある譬え話で、短いが実によく書けている。「あるいは」という書き出しでわかるように、この譬えのメッセージはその前の「見失った羊のたとえ」と同じだ。「あるいは」とは、「別な譬えで言えば」という意味に他ならない。従って、内容の方はがらりと変わる。「見失った羊のたとえ」と違い、主人公は女で、場面は荒野ではなく家の中、失われたのは羊ではなく、銀貨一枚だ。

 ドラクメ銀貨とはギリシャ貨幣で、1ドラクメはローマ貨幣の1デナリオンとだいたい同額だった。1デナリオンとは労働者の日給相当の額だったから、今の日本で言えば1万円ぐらいだろうか。その女はドラクメ銀貨を10枚持っていた。夫がいたにせよ独り者だったにせよ、10万円ほど持っていたのだから、彼女は小金持ちだった。ところが、その一枚が無くなっていることに気付いた。「あっ、ない!」と、彼女は小さなパニックに陥ったに違いない。そこで家中を捜し始めた。
 これは譬えに過ぎない。だが、それをあたかも実際あったかのように見なして想像してみると、好奇心がくすぐられる。「ともし火をつけ、家を掃き、見つけるまで念を入れて捜さないだろうか」と書いてあるからだ。まずその描写で、ともし火をつけたのだから、彼女は夕方か夜になって、銀貨一枚がないことに気付いたんだなということがわかる。そして、捜す場所を家の中にしぼったのは、銀貨を家から持ち出した記憶がなかったからだろう。家の中のどこかにあるはずだと、その点は確信をもって捜し始めたのだろうということもわかる。
 やはり女性だ。彼女は家を箒で掃き、念入りに部屋を捜しまわった。では、その甲斐あって銀貨はすぐ見つかったのだろうか?どんなふうに見つかったのだろうか?それにしてもなぜ一枚だけ無くなったのだろうか?こんな疑問を持つと、想像はふくらむ。私はかつてボーイスカウトの野外聖劇用に「イエスが行く」という3巻を書いた。この譬えはそれには収録しなかったが、元となった台本には2章に、「見つかったドラクマ銀貨」という一幕があった。

 それはこんな構想で書いたものだった。ある夕方、聖母マリア様が幼いイエス様を連れて、寡婦のヨハンナに食べ物を持っていった。ところが、彼女と息子は何か忙しそうだった。わけを聞くと、銀貨が一枚なくなったので、捜しているのだと言う答えだった。そこでマリア様もイエス様も手伝い出した。日が暮れると明かりを灯した。ということは、すぐには見つからなかったということだ。息子はもう一度床の上を見てみると言って、ともし火を下におろした。だがその時、テーブルにドンとぶつかった。
 するとヨハンナが叫んだ。「あった!」と。皆が「どこ、どこ?」と見ると、何と一本のテーブルの足の下から、銀貨が半分見えていた。息子が偶然ぶつかったので、テーブルが動いたおかげだった。銀貨は何かの弾みで落ちたのだが、土間だったから音がせず、気付かれなかった。そして、テーブルの足の下の凹みに転がり込んでしまっていたのだ。これはすべて私が劇用に考えたフィクションだが、銀貨がどのようになくなり、どのように見つかったか、その一つの答えを出したものだ。もちろんその後は大いに喜び合って、女友達や近所の女達を呼んだお祝いになる。
 これは譬えで、大事なのはメッセージだ。そんな細かいことを想像して何になるという人もいるだろう。しかし想像力を働かせることは、当時の状況の中で語られた譬えを理解するのに大いに役立つ。そればかりか、こういう譬えはイエス様ご自身が実際に体験し、見聞なさったからこそ話せたのだろうから、逆にそれを通してイエス様の幼少年期がどんなものだったかを窺い知る手がかりになる。それは実に貴重だ。だから、私はこの譬えの聖劇に聖母と幼いイエス様をも登場人物に加えたのだった。

 ところで、この譬えを読むと、ある人は北条時頼に仕えた鎌倉武士、青砥藤綱のエピソードを連想するかも知れない。彼は滑川に10文銭を落とした。そこで天下のお金を無駄にしてはならないと、50文の松明を買って捜し出した。人が40文の損ではないかと馬鹿にしたら、いや、松明を買った50文は世の中にあり、自分は10文を得たのだから、損になっていないと答えたとか。かつて私は鎌倉にいたとき、その川の橋をよく渡ったから、その現場も知っている。それは無くしたお金を見つけて喜んだ点と散財した点で、「無くした銀貨のたとえ」とやや似ている。
 しかし、この二つはメッセージがまったく違うのだ。青砥藤綱の逸話は経済的なレベルの話題で、天下の財貨をより広い視野で見る発想の勧めだ。しかし、「無くした銀貨のたとえ」は人間の救いが話題だ。女が無くした一枚の銀貨でさえ、見つかればそれほどの喜びだったのなら、ましてや一人の罪人が回心によって救われるならば、神の国ではどれほど大きな喜びがあることだろうか。だから、あなたがたも罪人の救いを願いなさい、というメッセージだからだ。
 主はこの譬えの心を、「このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある」と言われた。罪人とは現代的な意味の犯罪人のことではなく、やむを得ず娼婦や徴税人になった人たち、貧しくて税が払えない底辺の人たち等のことだった。今日のキリスト教信者は、私を含めてだが、口では貧困者たちに同情し、罪人の回心を祈ると言うが、実際生活ではダメ人間や汚い人々にはあまり近づきたがらない。私たちはこの譬えで本気度を問われている。

見失った羊のたとえ

 年間第24主日の福音はルカ15;1-32だ。そこには3つの失ったものの譬えが書かれている。一つは見失った羊、二つ目は失った銀貨、三つ目は失った息子、いわゆる放蕩息子の譬えだ。どれも興味深いテーマだが、全部一緒では長すぎるから、とりあえず見失った羊の譬えを取り上げてみる。もし時間があって、意欲も残っていたら、他の譬えも見てみることにしよう。

 さて、ルカ15;1-7の「見失った羊の譬え」は有名だから、ほとんどの信者は知っているだろう。そのメッセージも明白だ。7節でイエス様がその譬えの心を明かしてくださっているからだ。しかし、教会ではこの譬えが良い牧者の観点から話されることが多いので、ここでは他の角度からも見てみようと思う。例えば、羊の立場からすれば、「なぜボク(羊)が群れからいなくなったのか、そのわけを知っていますか?」という問いもありうる。そういう考察もしてみるということだ。
 この譬えはマタイ18;12-14でも伝えられている。もっともルカでは飼い主にも責任がありそうな「見失った羊」だが、マタイではで「迷い出た羊」で、羊のせいになっている。また、イエス様が話した相手も違っている。マタイでは弟子たちに「小さい者を軽んじないよう」戒めて話されたとされているが、ルカではファリサイ派の人々や律法学者たちが対象だった。はたしてどちらに話されたのだろうか?これはファリサイ派の人々の不平が聞こえたので、彼らにも聞こえるよう、弟子たちに話されたのだと解釈すればよいだろう。
 ルカによれば、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、次のように不平を言い出した。「この人は罪人たちを迎えて、食事までいっしょにしている」と。食事を共にするとは会食者たちを対等と見なすだけでなく、親しい間柄でもあることをも意味する。ところが、ファリサイ派の人々や律法学者にとって、徴税人や罪人は律法を守らない人間の屑だった。それを人並みに扱うなどとんでもない。律法軽視だと思えた。だから不満を口にしたのだ。そこでイエス様は一つの譬えをお話になった。 

 「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで探し回らないだろうか。そして、みつけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある」と。

 先祖が遊牧民族だったイスラエル人たちは、どれほど親近感や実感をもってこの譬えを聞いたことだろうか。羊とはあまり縁のない日本人でもこの話はわかる。初めてここを読んだ時、私は特に、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言う発想に感動したことを思い出す。しかし、現実的にこの譬えを考察して見ると、重箱の隅をつつくようなことかも知れないが、いくつかの疑問も出て来てしまうのだ。
 その羊飼いは、たった1人で100匹の羊を率いていたのだろうか?と言う疑問もその一つだ。もし一人だけだったとしたら、たったの1匹を見つけるために、99匹もの羊を残して行ったことは、大多数を危険にさらしてしまったことになる。それは賢明だっただろうかという次の疑問を誘発する。旧約聖書を読むと、昔はイスラエルにもまだライオンや狼がいたことがわかる。豹なら今も生息している。だからこそ羊飼いは見張りを怠らなかったのだ。
 そればかりではない。譬えでは「九十九匹を野原に残して」とあるから、その場所は番人がいなくても比較的安全な囲いの中ではなかったことがわかる。ヨハネ10;1-18にある良い羊飼いの場合は、出入りの門がある囲いの中にいる羊だ。しかし、野原とは原典のギリシャ語で「エレモス」と言い、荒野の意味だ。そこには柵もなければ遮蔽物もない。羊飼いが不在だったら、肉食獣に襲われる危険ばかりか、またまた羊が迷い出るリスクがあった。それも一匹では済まず、数匹になるかも知れなかった。
 私は以前、99匹の残った羊は良い羊で、おとなしくちゃんと待っていてくれると信じられたからこそ、羊飼いは見失った一匹を捜しに出て行けたのだと理解していた。しかし、考えてみるとそれはやはりおかしいと気付いた。いくら従順であっても、羊たちは賢く強い動物ではない。それなのに99匹を番人も付けず、羊たちだけを残して出かけたとすれば、その牧者の判断と行動は賢明ではなく、むしろ軽率のそしりを免れないものだと言わざるを得ない。
 ところが、イエス様の譬えでは、その飼い主は強い決意と深い愛情をもった牧者として描かれている。だとすれば軽率だったはずがなく、むしろ思慮した上での行動だったと考えざるを得ない。ではその根拠は?譬えだから単純化して語られたが、実は羊飼いは一人ではなかったのだ。羊が100匹もいたのだから、雇い人も一人や二人はいて当然だ。きっと彼らに99匹の番をさせ、自分は見失った羊を探しに出かけたのだ。今の私はそう思う。そう推測すれば、この羊飼いがしたことは、うんうん、なるほどと納得できる。

 でも、その羊はなぜ群れからいなくなったのだろうか?何かわけがあったに違いない。「見失った羊の譬え」というと、羊飼いにも少し責任のありそうなニュアンスだが、失跡にはその羊自身や他の羊たちにも原因があったのかも知れない。その羊自身に起因するケースを考えると、①体力が弱くて群について行けずに脱落した。②愚かにも一匹だけ道草を食べ続けていて置き去りになった。③強情でわがままな問題児の羊だったから、自分から群れを出て迷子になった等が考えられる。
 仲間内のいじめやトラブルがもとで、居辛くなって出て行くこともあり得よう。群れる動物では時々そういうことが起こる。リカオンや狼の群れでの実例はテレビで見たことがある。子供の頃、イジメや争いの実際を一番よく目撃したのは鶏だった。雄鶏も雌鶏も強い者勝ちで、強者は弱者をつついて追い払い、欲しい物を独占する。しかし、弱者にも順位があり、自分よりも弱い鶏が来るといじめる側に回る。羊の群れにもそういうことがあるかどうかは知らないが、人間界には確かにある。譬えの羊を人に置きかえるとき、この事実は覚えておく方がいい。
 飼い主のせいで羊がいなくなることもありえないことではない。遅れている虚弱な羊や草を食べ続けていた羊がいたのに気付かず、結果的に置き去りにしてしまうような場合があったら、それは羊飼いの落ち度だ。しかし、強情で性格が悪いトラブルメーカーだからとか、わがままで可愛げがないからとかの理由で、「お前なんか要らない」と羊を追い出したり見捨てたりする羊飼いはいない。どの羊をも大事にし、いなくなれば探しに出る。それが本物の良い羊飼いなのだ。

 この譬えには疑問点もあったが、感動的な点もいくつかある。まず感心するのは羊飼いが、いなくなった1匹に気付いたことだ。動く100匹の羊を数えることは容易ではない。それなのに、その異変に気付くとはさすがだ。おそらく一匹一匹を数えたのではなく、それぞれの羊を知り尽くしていたから、「おや、あの羊はどこにいる?」と、気にかかる個体の不在にすぐ気付けたのだと思う。そこに、絶えず羊たちのことに心を配る真剣さと、羊への愛情がうかがえる。
 そして、「見つけたら、喜んでその羊を担いで」というくだりも実に感動的だ。普通なら綱をつけるなどして引っ張って帰るだろう。ところが、その羊飼いは担いだとある。まるで迷子のわが子を見つけたように、担ぎ上げたのだ。担いだのだから、イエス様は小さな羊のイメージで話されたのかも知れないが、それを肩に乗せて戻る様子は目に浮かぶようで、羊飼いの喜びようが如実に伝わってくる。
 そして、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言う」くだりも感動的だ。私たちの社会では、失った物が見つかったら、損をしなくてよかったと喜んでも、皆に喜びを共有してくださいとはほとんど言わない。しかし、イスラエルではそういうことがよくあったのかも知れない。だから、イエス様はそれを当然のことのように話されたのだろう。いずれにせよ、かつてそういう発想も習慣もなかった私には、初めてここを読んだ時すごく新鮮に思えた。

 聞いていたファリサイ派の人々や律法学者たち、そして、弟子たちや群衆もこの譬えの意味はよくわかったに違いない。この譬えに登場するのは、羊の飼い主、100匹の羊、その中からいなくなった一匹の羊、友達や近所の人たちだ。「見失った羊」とは、罪人とか徴税人とか、当時の社会で冷たく扱われ、疎外されていた人たちのことに他ならなかった。しかし、神様の慈しみにとっては、彼らこそ見つけ出さなければならない見失った羊、救われるべき人たちだったのだ。
 いなくなったその羊を捜しに出た羊飼いとは、天父から遣わされた救い主、イエス様ご自身のことだった。主はすでに言われていた。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」(ルカ5;31-32)と。この譬えは主がどんな心意気でその使命を果たそうとしておられたか、罪人が悔い改めれば天においては喜びがどんなに大きいか、それを具体的に表現し再確認したものだった。
 100匹の羊とは、人間社会全体を意味し、残った99匹とは医者の要らない健康な人々、神様の特別な癒しや励ましがなくても何とか生きられる、正しい人々を指すと解釈できる。そして、「一緒に喜んでください」と言われた友達や近所の人たちとは、もちろん残った99匹の中にも入るが、とりわけその時イエス様の話しを聞いていた人々、つまりファリサイ派の人々や律法学者たち、そして弟子たちや群集のことだった。
 「言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある」というお言葉は、正しい人がいることを天の父がそれほど嬉しいとは思っていないと言う意味ではない。正しい人たちに価値があることはもちろんだ。だが、見失った羊が見つかった時と同じように、一人の罪人の回心は失われた魂が見つかったことで、それがどんなに大きな喜びであるかを言い表そうとしたことに他ならない。
 イエス様が「大きな喜びが天にある」と言われたのは、暗にこう問いかけられていたことなのだ。「天に大きな喜びがあるなら、あなた方も一緒に喜んでしかるべきではないか。あなたがたは神様を信じる「神の民」だと自認しているからだ。それなのに、わたしが罪人や徴税人たちを分け隔てなく受け入れているのを、『何であんな連中を好意的に迎え入れるのだろう』と批判し、不満に思うのは間違っている。逆だ。むしろ喜んで、わたしと共に彼らと付き合うのが筋ではないか」と。

 ところで、現代社会でも100匹の羊は人間社会のことだが、その中の「友達や近所の人たち」は、教会の信仰共同体に当たるだろう。この譬えを理解している教会の多くは、見失った羊のような人が見つかって戻って来ると、天において喜びがあるように、よかったよかったと大いに喜ぶ。ところが、すべての教会がそうかというと、そうでもない現実があることもまた否定できない。それを知ると心が曇る。
 確かに強情でわがままな羊が自分から群れを出るように、共同体を嫌って離れる信者もいる。しかし、情けないことだが、教会の歴史にはいつの時代にも、どこかに、ファリサイ派の人々や律法学者がした仕打ちと同じことをした人々もいた。そんなことは例外的であってほしいが、もしもある教会でかなりの信者が去ったり、来なくなったりしている現象が、共同体の中のある人たちによる嫌がらせやいじめによるとしたら、その原因になっている人たちは、罪人や徴税人を蔑視したり遠ざけたりした、あのファリサイ派の人々や律法学者たちと同じことをしていることになる。
 また、もしも、「私のやり方が嫌なら、この教会から出て行っていい」などと言う司祭がいたら、それは見失った羊を捜しに行くどころか、追い出すに等しい。従う信者ならいいが、ダメ信者や逆らう人はいなくなってもいいというのは、薄情で無責任な牧者だ。それにもかかわらず、もし良い羊飼いの説教をするなら、それは言行不一致の偽善だろう。真の良い牧者は今いる羊を平等に心にかけ、見失った羊を本気で捜す。そこに真贋を見分ける秘訣がある。イエス様は真の牧者だった。それに倣う弟子を待ち望む。

厳し過ぎないか?

 年間第23主日の福音はルカ14;25-33だ。それは「大勢の群衆が一緒についてきたが、イエスは振り向いて言われた」という描写で始まる。
 ルカによれば、イエス様の一行は相変わらずエルサレムに向かっていた。行く手にはご受難が待っていた。しかし、群衆はそんなことは知らなかったし、弟子たちもまだそれがよくわかってはいなかった。だから、メシアである主がイスラエルを解放してくれれば、待ち望んだ幸福な世になると、浮いた考えでついて来ていたのだろう。そこで主は振り向いて言われたのだ。それは屈託なげな彼らの雰囲気を、突如凝固させてしまうような衝撃的な言葉だった。こう言われたからだ。
 「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない」と。
 群衆はどんなに驚愕したことだろうか。弟子なら自分の十字架を負うことや命も惜しまない覚悟は理解できただろう。だが、なぜ父母兄弟姉妹配偶者子供、つまり家族全てまでも憎まなければならないのか?あまりにも厳し過ぎて、常軌を逸してはいないか。おそらく彼らはそう思っただろう。ここを読むと、私たちもそう感じてたじろぐ。自分の十字架と命がけの奉仕については、すでにこのブログNo.37で取り上げたから、ここではなぜ家族まで憎まなければならないのか、その真意と「憎む」とはどういう意味かを探ってみる。

 まず、イエス様はそのような厳しい条件を誰に要求なさったのだろうかと言う問いだが、それは群衆全体にではなく、直接的にはもう弟子となっていた人たちに対してだった。ここはしっかり抑えておく方がいいと思う。主は弟子たちに初めてご自分の死と復活を予告されたとき、すでに「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。…わたしのために命を失う者は、それを救うのである」(ルカ9;21-24)と言われている。だから、このことは初めての言及ではなく、その時に言明されたことの再確認でもあったわけだ。
 しかし、その時は明らかに弟子たちだけに言われたのだったが、この時は群衆全体に言われた。そして、家族への愛着を断つという新条件を加えられたが、逆にエルサレムでの死と復活には触れられなかった。その3つの点で違った。このとき主が弟子たちに対してだけではなく、群衆に語られたのは、弟子たちが群衆と一緒だったからだけではなく、群衆の中に、これから弟子になるかも知れない者たちがいたからではあるまいか。他方、ご受難と復活に言及なさらなかったのは、12使徒たちにも口止めなさっていた事柄だったからだろう。

 主が突然振り向いて話されたのは、おそらく後を歩いていた群衆と弟子たちの会話が耳に入ったからではなかろうか。そういうことは以前にもあった。「一行はカファルナウムに来た。家についてから、イエスは弟子たちに、『途中で何を議論していたのか』とお尋ねになった」(マルコ9;33)とある記述はその一例だ。その時、彼らは途中で誰が一番偉いかと議論し合っていたのだが、主はちゃんと聞いておられたのだ。エルサレムへの途上でもおそらくそうだったのだと思う。
 では、どんな会話が聞こえたのだろうか?時期的にはもう少し後になるが、使徒ヤコブとヨハネ兄弟はイエス様に「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください」(マルコ10;37)と願って(マタイでは母親が願ったことになっているが)、主に野心をたしなめられたことがある。二人はメシアを地上的な王と理解し、王座に着かれたら私たち兄弟を大臣にしてくださいと、今で言えば猟官運動をしたわけだ。
 聖霊降臨前の弟子たちがその程度だったことを示す言辞はまだある。もう御昇天の直前だったというのに、弟子たちは尋ねたのだ。「主よ、イエスラエルのために国を立て直してくださるのは、この時ですか?」(徒1;6)と。神の国は、イスラエル王国再建ではないことがまだわかっていなかったのだ。ましてやエルサレムへの途上の時点だったら、新しい王国でどういう地位につけるかとか、暮らしがどうなるかとかの会話で盛り上がっていたとしても不思議ではない。
 だからイエス様はショック効果をねらって、むしろ厳しすぎるほどのことを言われたのだと思う。弟子の将来はそんな生易しいものとはまったく違う、と釘を刺されたのだ。彼らにはすでに、日々自分の十字架を負うよう求めておられたが、この日は、「父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない」と、弟子になる覚悟に新しい条件を加えられた。しかし、それは人間的に見て、厳し過ぎるハードルなのではあるまいか?

 ここで2つの問題が出てくる。一つは、家族を「憎まなければ」という条件は、「あなたの父母を敬え」(出20;12)というモーセの律法に反しないか?イエス様は人間に最も自然な家族愛を否定されたのだろうかという疑問だ。二つ目は、家族を去るとか愛着を断つとかなら容認できるとしても、なぜ憎まなければならないのかという疑問だ。家族の絆が希薄になっている現代の日本でも、家族愛はまだ社会の大切な基盤だ。その否定は非人間的、不道徳のそしりを免れないのではないだろうか。
 二つ目の疑問から解決してみる。これは言葉の意味の問題なのだ。聖書の「憎む」という表現は、実は日本語や現代欧米語とは必ずしも意味が同じではない。従って、今自分たちが使っているままの意味で解釈すると誤解が生じる。原典のギリシャ語で「憎ム」は「ミセオ」だ。だから「憎まないなら」は原典に忠実な訳だ。しかし、聖書の「ミセオ」には独特な意味があって、普通は「憎む」でいいが、旧約聖書的用法だと、「あるものを他のものより愛さない、より少なく愛する、より少なく好む」の意味になる。つまり「愛する」の正反対の「憎む」ではなく、「より少なく愛する」ことなのだ。
 マタイ10;37にあるイエス様のお言葉は、「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない」と書かれている。これは比較で、ルカの伝える「憎まないなら」よりもわかりやすい。イエス様の教えに賛成するかどうかは別として、意味はすんなりと理解できると思う。実は「憎まないなら」というのは、その意味なのだ。つまり、「家族愛に変わりはなくても、それへの愛着を断つ」と言う意味だ。それが真意なのだ。
 ちなみに、聖書独特の用法のせいで誤解されるリスクが大きいにもかかわらず、ルカの福音書の翻訳聖書は例外なくこの箇所を、「憎まないなら」の訳で通している。それは原典への敬意からで、生半可な意訳は聖書の味わいと香りを損なうからだと思う。語句が誤解されるリスクは学べば解決できる。それより原典を損なわない方が大事だ。
 では、「父母を敬え」の掟に反しないかという一つ目の疑問はどうかというと、私は反しないと答えていいと思う。イエス様は、ある時は父母への孝愛を空文でごまかすファリサイ派の人々を非難し(マルコ7;813)、ある金持ちが永遠の命を得るにはどうしたらいいかと質問した時は、「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬えという掟をあなたは知っているはずだ」(マルコ10;19)と答えられた。主が家族愛を大切になさっておられたことは疑問の余地がない。
 では、それなのに、この時はなぜそんな厳しい、まかり間違えば誤解を招く言葉を口になされたのだろうか?それは弟子になりたい者たちに対してだったからだ。浮かれた考えでは弟子にはなれない。彼らを待つのは世間的な地位やバラ色の生活とは無縁の、命の危険と苦難の十字架に満ちた過酷な使命だった。それを予見されていたからこそ、主は最愛の人たちへの愛着さえも断たなければならないと、あえて厳し過ぎるほどの要求を言われたのだ。そして、ルカはそれを「憎む」という副作用の強い表現で伝えたのだった。

 実は、今日の個所をよく読むと、家族への愛着を断つことは、弟子となる具体的な条件の一つであって、その後に続く2つの譬えももう一つの具体的条件なのだということがわかる。前者は人間のうち最も大事な自分自身の命と家族への愛着を断つこと、後者は所有物への執着を断つことだ。それは「同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人として、わたしの弟子ではありえない」という結論のお言葉で明らかだ。
 そこで、ついでに譬えについて触れておこう。「同じように」とは2つの譬えの主人公と同じようにという意味だ。この言葉の前にある2つの譬えで、共通している点は計算だ。一つは塔を建てようとする場合、費用が足りるかどうかを計算しないで建て始める人の愚かさ、もう一つは戦いの場合、賢い王なら勝ち目がないと悟ったら和平を求めるのに、勝算を無視して、自軍の2倍もある敵軍に戦いを挑む王の愚かさが語られる。
 では、イエス様はこの譬えで何を言おうとなさったのだろうか?岩下壮一師の本の中だったかどうか記憶はさだかではないが、「永遠の命を計算に入れると、すべてが違ってくる」と言ったという、ニューマン枢機卿の言葉を読んだことがある。私はこの言葉を梃子にして考えると、2つの譬えの意味がわかりやすく解けるのではないかと思う。
 十分な資金もなしに塔を建設しようとする者とは、永遠の命を計算に入れないで、人生を設計する者のことだと言えよう。一見、地上では成功したように見えても、神の国に富を積んでいなければ、永遠の生命は得られない。人生設計という塔の建設に永遠を計算に入れないと、続かずに失敗する。それは愚かだ。ではどうしたら塔を完成させられるか?この譬えにはその問いがある。
 他方、不十分な兵力で強力な敵に挑む王とは、永遠の生命を計算に入れないで、王の王であるメシアに敵対する者のことだ。どんなに頑張っても結局は永遠の命は得られずに負ける。それに対して、和睦を求める賢い王とはメシアに従う者のことだ。そこに2つの譬えの答えがある。主の側について、弟子となることだ。弟子は家族、己が命、持ち物も犠牲にし、人間的には損に見える。だが、永遠の命を計算に入れれば損ではなく、むしろ神の国で得をするのだ。これは主が弟子たちを励ましたのだとも受け取れる。

 さて、家族愛を断つというテーマに戻って、残る疑問を取り上げよう。一つは、主の弟子になることが素晴らしいとしても、そんな厳しい条件では、いったい誰が弟子になれる、またはなろうとするだろうか?という疑問だ。その答えは、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しいという喩えに、弟子たちが「それでは、だれが救われるのだろうか」と驚いたとき、主が「人間にできることではないが、神にはできる」(マルコ10;25-27)と言われたお言葉にある。聖霊の助けがあれば、どんなに条件が厳しくても、弟子になれないことはないのだ。
 では次の疑問、主の福音を信じる人は、すべて弟子にならなければならないのだろうか?つまり、信じる者(信者)になるとは弟子になることと同義語なのだろうかという疑問だ。答えはそうではないとも、そうだとも言えるだろう。弟子には狭義と広義の意味があるからだ。狭い意味での弟子とは福音や使徒言行録に出てくる12使徒や70人弟子、今日の教会なら教皇、司教、司祭、助祭、修道者などがそれに当たる。彼らは家族を愛してはいても、それを去り、神様と福音のため自分の生涯を捧げて生きる道を選んだ。一般信者はこの意味の弟子ではない。
 ゼベダイの息子ヤコブとヨハネはイエス様に呼ばれると、「すぐに、舟と父親を残して」(マタイ4;22)従った。ペトロはらくだが針の穴を通る喩えの後、「このとおり、わたしたちは自分の物を捨ててあなたに従って参りました」と言った。すると主は「はっきり言っておく。神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子供を捨てた者はだれでも、この世ではその何倍もの報いを受け、後の世では永遠の命を受ける」(ルカ18;28-30)と言われた。彼らはそういう弟子たちの典型的な例だ。
 新約聖書のギリシャ語原典では、弟子はマテーテスと言われる。ところが、信者はピステウオンだ。前者は英、仏語ではdisciple、後者は英語ではbeliever、仏語ではcroyantに当たる。すべての弟子は信者だが、すべての信者は狭義の弟子ではない。信者のうちの選ばれた者、または志した者がそういう弟子になる。ところで、イエス様が家族愛を断ち、命懸けで従う覚悟をお求めになったのは、いわゆる普通の信者にではなく、そういう狭義の弟子たちに対してだった。

 しかし、主の福音を信じて洗礼を受けた人は、広い意味ではやはり主の弟子でもある。主が使徒たちに、「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」(マタイ28;19)とお命じになったのは、その意味で言われたのだった。従って、信者は皆その意味では主の弟子ではある。だが、彼らは狭義の弟子ではないから、主がいわゆる弟子たちに求めた厳しい条件は求められてはいない。家族とは幸せに暮らしていいし、命がけの福音宣教を命じられることもない。
 では、一般信者には弟子になる条件は無関係なのだろうか?いや、そうだとは言い切れない。少なくとも経済的困難、病気、孤独、不運など、背負うべき十字架は誰にも与えられるからだ。それらを呪って耐えるか祈って背負うかは、信仰のあるかないかの試金石になろう。そして、時には家族か信仰か、命か信仰かの厳しい選択を迫られる時がある。かつて踏絵に直面したキリシタンたちはそうだった。彼らは命を捨てるか信仰を捨てるかの重大な決断を迫られたのだった。
 平和で、信仰の自由が認められている今の日本では、一般信者がそんな緊張や危機的状況に置かれることは少ない。もっとも因習の強い田舎とか、理解のない職場などがないわけではない。家族が非キリスト教的な環境では、今でも信者になるには親兄弟姉妹配偶者子供との軋轢や、誤解を覚悟しなければならない場合があって、相当な勇気が要る。私も19歳で洗礼を受けた時、日蓮宗の家族の総反対に遭った。しかし、今の日本では、ほとんどの一般信者は平穏な生活を享受している。いわゆる弟子にならなくても、それもまた福音的で祝福された生き方なのだ。

 こんな考察をしている時、ある聖女のことが私の念頭をよぎった。一般的な信者からあえて主の弟子になった聖ジャンヌ・フランソワーズ・ド・シャンタルだ。彼女は1572年、フランスのディジョンで貴族の家に生まれた。年頃になってシャンタル男爵と結婚すると、ブーブル城に住み、妻として母として立派に勤めを果たし、キリスト者としては貧者や病人への援助を惜しまなかった。ここまでは、彼女は一般信者として生き、広い意味でのキリストの弟子であった。
 しかし、聖フランシスコ・サレジオに出会った後はその指導を受け、もっとイエス・キリストに仕えたいと思った。つまり狭義の弟子となることを望んだのだ。夫が世を去り、子供たちが成人すると、彼女はその希望を実現させるために修道生活を志した。ところが、親族は皆反対し、子供たちは戸口に横たわって彼女の出発を止めようとした。しかし、彼女はその上をまたいで家を出たと言われる。家族を愛していたが、神に従うために家族を乗り越えたのだった。そして、やがて聖母訪問会の創始者となった。祝日は12月12日だが、彼女は主のお言葉の実践者だった。
 それは感嘆に値する。だが、私はそういう見事な生き方を称え過ぎないようにしたいと思う。そうしたくてもできない、体も心も弱い人がいる。親の介護をしなければならない人、家族を養う責任のある人、わけあって修道生活から世俗に戻った人、それこそさまざまな人がいる。私はむしろそういう普通の人々の心情を慮りたい。教会はえてして聖人や立派な人たちばかりを評価し称賛しがちだが、そしてそれは良いことではあるが、それは時としてそうでない人たちをうつむかせる。
 イエス様は弟子になりたい人たちに語りかけられた。それは弟子になれない人たちを自分はだめだと自信喪失させるためではなく、弟子になりたい人たちを真剣に考えさせるためだった。だから、主に招かれていると感じて、弟子になりたいと思う人は、主が示された弟子になるハードルに挑めばよい。そして、弟子となって福音に奉仕するなら、それは実に素晴らしい。しかし、いわゆる弟子ではないが、主を信じる者として福音的に生きるなら、それもまた評価に値するのだ。
 主は振り返って話されたとき、「家族を憎まないなら」、「ついて来る者でなければ」と、「~なら~れば」の条件法で言われた。それは選択の自由が与えられていることを意味する。強制はなかった。福音を信じて選ぶなら、弟子になる道を選ぼうとも、そうではない生き方を選ぼうとも、主はどちらをも祝福してくださるはずだ。神の国には、神の民の奉仕者となる弟子たちは欠かせないが、神の民そのものもいなくてはならないからだ。
プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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