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ウエッブログ再開

パウロの伝道旅行地図
 ウエッブログを再開することにした。きっかけは待降節第三主日に読まれた使徒パウロのフィリッピの教会への手紙の一節だった。そこには「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。…主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい」とあった。私は思い煩う辛いことがあって、ここに書くことをやめていたが、使徒は「思い煩うのはやめなさい」と言う。私はこの勧めが私への励ましとも思えたので、再開を決めた。ただ、手を貸す運動の年末はとても多忙なのに、加えてあれやこれやのことが起きたので、実行は今日まで延びてしまった。

 私に書けることと言えば聖書にかかわる事柄ぐらいしかないが、書くことをやめて感じたことは、書かないと考えなくなり、考えないと老人は老化の一途をたどるということだった。そこで、自分の精神的、知的健康を保つためには、何らかのことを書き続ける方がよいと思った。でも、何もウエッブ上にではなく、ノートに書けばいいではないかとも考えたが、やはり他者の批判を意識する方が真剣になれるからプラスになる。書く以上はプラスになる方がよいから、やはりウエッブログに書くことにした。
 ただ、振り返ってみると、聖書温故知新では、私は無意識のうちに人に教えるという態度で書いていたように思う。それだから誤解も招き、人を傷つけもしたようだ。それを反省して、今後は自分の知的トレーニングのためだけに書くことにした。もちろん読んでくれる他の誰かがいて、それがその人にとって何らかの役に立つのならば、それはそれで結構なこと、望外の結果と言える。
 題材は原則として、やはり主日ごとの聖書からとることにしようと思う。しかし、たいした学者でもないのに、それを正面切ってどうこう言うのはおこがましく思われるので、私は書かれている言葉の行間で考察したい。行と行との隙間で隣にある聖書の言葉を問い、自分なりに考え探求してみるということだ。そこで、カテゴリーは「行間伝いの聖書自問自学」とする。

 さてその「行間伝いの自問自学」の手始めとして、今回はこのエウッブログ再開のきっかけとなった聖パウロの言葉を考えてみようと思う。
 使徒は「主において常に喜びなさい。…どんなことでも、思い煩うのはやめなさい」と勧めた。なぜ、そう書いたのだろうか?それは当時のフィリッピの教会に、そう勧め、そう励まさなければならない状況があったからだと思う。つまり、喜びを打ち消しそうな事情や、思い煩わされる現実がそこにあったからだろう。それが行間からうかがえる。さもなければ、そんな言葉は要らなかったはずだからだ。
 では、いったいどんなことが喜びを打ち消そうとし、どんなことが思い煩いの種になっていたのだろうか? 私は今まで特別な関心を持っていなかったので、この手紙には素晴らしい教えが書いてあることを知ってはいたが、フィリッピの教会がどこにあって、聖パウロとどんな関係にあり、手紙が書かれた当時そこにどんな問題があったか等を考えたことがなかった。不勉強だったわけだ。しかし、上述の言葉がきっかけとなったご縁で、もっとちゃんと知ってみようと思いたった。
 そこで、まずこの手紙を全部読み返してみた。すると、改めて確認したことや、今まで漫然と読んでいたから気付かなかったのに、初めて気付いた事柄などがいくつかあった。そして、使徒パウロが、「主において常に喜びなさい。…どんなことでも、思い煩うのはやめなさい」と言った言葉も、一見遠回りに見えるが、そうした当時のフィリッピの教会の成り立ちや置かれた状況などを知ることによって、初めて本当の理解に至れるのだということを確信した。

 再確認したことの一つに、フィリッピの教会が教会史上の一転換点になったという事実があった。これはかなり重要なことだとだと思う。フィリッピは当時「マケドニア州第一区の都市で、ローマの殖民都市」(徒16;12)だった。マケドニアはかつてはアレキサンダー大王が生まれ育ち、現代では旧ユーゴスラビア連邦の一州としてコソボ、記念すべき地でもあったのだ。使徒言行録16章はそのいきさつとエピソードを語る。
 聖パウロは第2回伝道旅行の折、トルコのトロアスで、「マケドニア州に渡ってきて、わたしたちを助けてください」と願うマケドニア人の幻を見た。そこで初めてエーゲ海を渡り、フィリッピに行ったのだった。ルカも一緒だった。これが教会におけるヨーロッパ大陸への福音宣教の始まりだったのだ。それまでは主にユダヤ人が対象であり、宣教は現在のトルコ以南だった。パウロはフィリッピでは誤解されて投獄されるが、その一部始終は非常に興味深い実話で感動的だ。読む価値がある。こうして福音の種はそこに蒔かれ、教会ができた。西暦50年の頃だった。
 では、聖パウロはいつ頃、どこでこの教会宛の手紙を書いたのだろうか? 1章13節、15-17節で、彼は捕われの身だと書いている。だから、人々は彼がローマかパレスチナのカイザリアの獄中で書いたのだろうと考えてきた。しかし、聖書学者のブノワ神父はそこで書いたとすると、フィリピの信者との容易なやりとりとか弟子のエパフロディトの派遣とかを説明することが難しい。両方とも地理的に遠すぎて、そういうことが容易にできたとは思えないからだと言う。それに、聖パウロは手紙で間もなくフィリピを訪ねるつもり(フィリ1;26、2;24)だとも言っている。もしその通りなら、ローマやカイザリアからでは話が通らなくなる。道程が違うからだ。それは聖パウロの伝道旅行地図を見れば納得がいくだろう。そこで、ブノワ神父は書いた場所をエフェソではなかったかと推定する。そこからなら連絡は容易だったからだ。私も「捕われの身」を「足止めをくった」意味にとれば、書いた場所はエフェソが妥当ではないかと思う。
 もしその仮説が正しいとすれば、その手紙を書いた年代もほぼ推定できる。すなわち西暦57年だったということになる。なぜなら、聖パウロは第3回伝道旅行でギリシャへ行った時、そこへの行きと帰りに2回フィリッピに立ち寄ったが、帰途の訪問は58年の過越し祭の後(徒20;3-6)だったことがわかっているからだ。その訪問を予告した手紙だったのだから、書かれたのが西暦57年中だったことは十分推定できる。その後、彼らはそこから海路エルサレムに向かったのだった。

 では、なぜ聖パウロはその教会に手紙を書いたのだろうか?それはそこの信者達にある危険が忍び寄っていたからだ。当時、教会にはユダヤ教から改宗したキリスト者達の中に、割礼等ユダヤ教の習慣を押し付けようとするユダヤ主義的宣教者が現れていた。いわゆるユダヤ教への先祖帰り的なキリスト教派とでも言えようか。彼らは自分達の目的を達成するために、聖パウロを悪く言い、あちこちで教会に派閥と分裂を起こさせていた。だから、聖パウロはその危険を警告し、イエス・キリストの真の福音を守るために彼らと激しく戦わなければならなかったのだ。ローマ、コリント、ガラテヤ等の教会に宛てた彼の手紙はその論戦を物語る証しだ。
 フィリッピの教会への手紙はそれらに比べると、あまり論争的でも教義的でもない。しかし、それらの系譜に属すると言われている。実際、そこには驚くほど強い口調の非難や警戒の表現がある。例えば、「あの犬どもに注意しなさい。よこしまな働き手に気をつけなさい。切り傷に過ぎない割礼を持つ者たちを警戒しなさい」(フィリ3;2)とか、「キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば、善意でする者もいます。一方はわたしが福音を弁明するために捕らわれているのを知って、愛の動機からそうするのですが、他方は自分の利益を求めて、獄中のわたしをいっそう苦しめようという不純な動機からキリストを告げしらせているのです」(同1;15-17)などだ。
 彼はこうして警戒すべき者がだれかを明示したのだが、その人たちは同じ初代教会の信者たちだった。それを「あの犬ども」とか「よこしまな働き手」とかと断じる言い方は実に激しい。3年ほど前、ある教導職の言動が明らかに間違っていると思って論難した時も、私はそこまでは言えなかった。しかし、考えてみればイエス様もファリサイ派の人々には同じような非難を浴びせたものだった。似て非なる教えは一目で間違いとわかる邪説よりもむしろ危険だからだろう。聖パウロがあえてそこまで言ったのは、彼の危機感がいかに強かったか物語っている。フィリピの信者達の喜びを妨げ、思い煩いを惹起していたのは、おそらくそうした謬説だったのだと思う。
 しかし、手紙のほとんどの部分には、フィリッピの信者たちに対する親愛の情が溢れ、真の福音に従って生きる大切さが切々と教え諭されている。それと言うのも、この教会の信者達は聖パウロが伝えた福音に忠実で、彼が「わたしの喜びであり、冠である愛する人たち」(4;1)と呼ぶほど、彼の慰めになっていたからだ。彼らは「ああ、物分りの悪いガラテヤの人たち」(ガラ3;1)、「キリストの恵へ招いてくださった方から、あなたがたがこんなにも早く離れて、ほかの福音に乗り換えようとしていることに、わたしはあきれ果てています」(ガラ1;6)と言われたガラテヤの信者達とは大違いだったのだ。
 そういう信者達に対してだったから、彼はキリストの最も深い真理をも、彼らへの単純清澄な勧めの中で、次のようにさりげなく語れたのだと思う。「何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え、めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにも見られるものです。キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になりました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」(2;3-11)と。非常に有名な箇所だ。だが、教義としてではなく、信者の生き方の模範として語られたことを見落としてはなるまい。

 4章の15章には注目に値する次の叙述がある。「フィリッピの人たち、あなたがたも知っているとおり、わたしが福音の宣教の初めにマケドニア州を出たとき、もののやり取りでわたしの働きに参加した教会はあなたがたのほかに一つもありませんでした。また、テサロニケにいたときにも、あなたがたはわたしの窮乏を救おうとして、何度も物を送ってくれました。贈物を当てにして言うわけではありません。むしろ、あなたがたの益となる豊かな実を望んでいるのです。」
 この教会の人たちは精神的な支えだけでなく、物質的な支援をも積極的にしていたのだった。使徒言行録20章では、エフェソ教会の長老たちと会ったとき、聖パウロはイエス様が「受けるよりは与える方が幸いである」と言われた言葉を彼らに話している。それはフィリッピの人たちから別れた直後のことだ。おそらく彼の脳裏には彼らがしてくれた物的援助のことがあったのではなかろうか。彼らは貧しい兄弟たちに支援を送る現代のわたし達のお手本でもあったのだ。
 そんな気心の通じ合う彼らに対して書いた手紙だったから、「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。…主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい」という言葉も、その文脈の中で理解しなければなるまい。それは「わたしの喜びであり、冠である愛する人たち」(4;1)と言った後に続く勧めの言葉だ。だから、そこには論難したり嘆いたりする表現はない。むしろ穏やかで親愛の気持ちが溢れる中で語られている。それにもかかわらず、その行間には喜びを消そうとする者たち、煩いを引き起こす者たちの人影がちらついている。でも、そういう者たちに惑わされず、喜びなさい、煩うのはやめなさいと励ましているのだ。そしてその理由は一つ、「主はすぐ近くにおられます」ということにあった。

 しかし、その勧めを手紙の文脈から切り離して、現代の私たちに当てはめようとするなら、文字通りに解釈するのはあまり賢明だとは思えない。上述の問題以外にも、当時は当時なりの辛苦や悩みがあったに違いないが、信仰の薄い、高度に組織化された現代では、辛苦も悩み煩いも当時とは非常に違うし複雑化しているからだ。それに、聖パウロは「常に」とか「どんなことでも」とか「すべてに」とか、物事を十把ひとからげに言う傾向がある。それも考慮するならば、「喜びなさい。思い煩うのをやめなさい」というのはいい勧めだが、「常に」や「どんなことでも」ということばはあまり重視しなくてもいいのではないかと思う。
 私は「煩うのはやめなさい」という使徒の勧めを読んで、そうしようと心を決め、ウエッブログを再開できた。しかし、「常に喜びなさい」と言われても、人にはどうしても喜べない時があることは否めない。オイオイ泣きたい不幸な時も、怒りにはらわたが煮えくり返る時もある。そういう時でも喜んでいなければならないのかと言うと、そうではないと思う。そういう時は泣いていいし怒ってもいい。「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい」と言うことでも同じだ。そう言われても、人には思い煩わないではいられないことがある。職を失って気落ちしている時、誤解されて辛い時、家族に病人が出た時など、思い煩うなと言われてもそれは無理だ。そういう時は呻いても懊悩してもいいのだと思う。
 ただ、喜びを打ち消す悲しみや辛苦や悩み煩いにどんなに取り囲まれても、そういうものが心を占領し尽くすままにさせてはいけないと思う。それに譲歩してはいけない。そういう現実があるからこそ、聖パウロは「喜びなさい。煩うのをやめなさい」と励ました。悲しみや辛苦がどんなに増えても、喜べる何かはある。どんなに悩み煩いの闇が深くても、どこかに光はある。喜べることが僅かでもあれば、それを喜び、微かでも光があるのなら、そこに希望を持つ。逆境の中にあっても、そういうプラス思考でいるようにしなさいというのが、現代の私たちに対する使徒の勧めのメッセージではなかろうか。
 
 さて、そうこうしているうちに大晦日になってしまった。すぐ新しい年が来る。
 どうぞ、みなさん、よいお年を!
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プロフィール

余生風

Author:余生風
「聖書温故知新」
「思いつくまま、気の向くまま」
折にふれ「水彩画」も紹介してまいります。

「手を貸す運動」創始者
社会福祉法人「地の星」理事
元玉川大学教授

佐藤正明(余生風)ホームページ
「絵画と心」

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