聖パウロの証言
今日、年間第5主日の第二朗読には、コリントの信徒への第一の手紙15;1-11が読まれた。この個所はキリスト教信仰の根幹について語っている。それは当時のコリントの信者たちにとって、どうしても欠かせない励ましであり証言でもあったのだろう。それを読むと、彼ら以上にそれを必要とする現代の私たちは、信じた福音が間違いないものだとの確信を新たにし、感銘を受ける。
聖パウロは書いた。「兄弟たち、わたしがあなたがたに告げ知らせた福音を、ここでもう一度知らせます」と。彼がコリントに初めて主イエス・キリスト様の福音をもたらし、そこに信仰の共同体をつくったのは西暦50-52年頃だった。そして、この手紙を書いたのは西暦57年頃だと言われる。そうだとすれば、彼が去ってから5年ほどしか経っていなかったことになる。それなのに、「もう一度知らせます」と、わざわざ書かなければならなかったということは、信徒たちの間にもう信仰のぐらつきが起こっていたからだった。
そんなにも早くそうなったことに、私はいささかの驚きを覚える。しかし、同時に人とはそんなものだとも思う。弱いからだ。ましてや私たちはそれから2000年も経った21世紀に、キリスト教発祥の地からはるかに離れた、文化も歴史もまるで異質な日本に生きている。それを思えば、私たちに福音に対する疑問が起きたり、信仰がぐらついたりしても、それほど驚くには当たらない。むしろ当然だ。しかし、だからこそ、聖パウロが断言してくれる証言は心強いのだ。それは私たちの疑念を晴らし、ぐらつきかかる信仰を持ち直させてくれるからだ。
では、聖パウロは何を証言しているのかと言うと、彼はこう書いている。「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、・・・キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また聖書に書いてあるとおり、三日目に復活したこと」だと。これが彼の証言の要点だ。そして、それはまさに私たちが主日ごとに唱える信仰宣言の根幹的部分と重なる。言い換えれば、それは信仰宣言が初代教会における信仰と変っていない、ということを意味する。これはすごいことだ。
信仰宣言には、「わたしは信じます。唯一の神、全能の父、天と地、見えるもの、見えないもの、すべてのものの造り主を。わたしは信じます。唯一の主イエス・キリストを。…主は、わたしたち人類のためわたしたちの救いのために天からくだり、聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け、人となられました。ポンティオ・ピラトのもとで、わたしたちのために十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書にあるとおり三日目に復活し、…」とある。そして、その後に主の再臨、聖霊、教会、体の復活、永遠の生命などの信仰箇条が続く。
その各部分を見ると、「唯一の神、天と地、見えるもの、見えないものの造り主」を信じる部分は、キリスト教独自の信仰ではなく、ユダヤ教やイスラム教徒と変わらない。しかし、全能の父、唯一の主イエス・キリストを信じるのはキリスト教だけの信仰となる。そして、「主は、…わたしたちのために十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書にあるとおり三日目に復活した」ことを信じるのは、まさに信仰箇条の根幹だ。この部分がなければキリスト教ではなく、それを前提としなければ、主の再臨、聖霊、教会、永遠の生命などのことは皆、意味を失う。聖パウロがコリントの信者たちに語り、念を押したのは、それが信仰の根幹だったからなのだ。だから、彼は断言した。「あなたがたはこの福音によって救われます。さもないと、あなたがたが信じたこと自体が、無駄になってしまうでしょう」(一コリ15;2)と。
彼が特に重視したのはイエス様の復活だった。だから、手紙の15;12ではこう書いて叱責した。「キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたのある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか」と。そう言いふらす信者がいたからだ。そして、「キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。…キリストが復活しなかったのなら、…わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です」とも書いたのだ。
彼は主の復活が真実だったことを確信させるため、復活の主に出会った証人を数多く列挙している。まずケファと呼ばれた使徒の頭ペトロだが、それはルカの福音書24;34に該当する事実だと思われる。他の10使徒への出現は全福音書が伝えている。500人以上の兄弟に同時に現れたというのは、福音書にも使徒言行録にも言及はないが、考えられるのはご昇天(徒1;6-11)の時だろう。「次いでヤコブに現れ」という記述も福音書や使徒言行録には該当記録がない。しかし、その出現はあったのかも知れない。その半面、聖パウロはマグダラのマリアや他の婦人たち、そしてエマオへの弟子たちへの出現には触れていない。
興味深いのは500人以上の兄弟たちに現れたことで、「そのうちの何人かは既に眠りについたにしろ、大部分は今なお生き残っています」と書いている点だ。彼がこの手紙を書いた時は、主がご昇天されてからすでに約25年が経っていた。従って、その時20歳前後だった者は45歳前後になっていただろう。でも、確かにまだ大勢が存命中だったことは容易に推察できる。大勢の目撃証人が存命中なら、作り事や嘘はまかり通らない。それは証言の信憑性を裏付ける一根拠になる。要するに、重要なことは多くの証人がいるということだった。
でも、一つの疑問が湧く。聖パウロは、「あなたがたはこの福音によって救われます」と言ったが、では、それを信じたら、それだけで人は救われるのだろうか?私の自答は、その通り、確かにこの福音を信じなければ救われない。しかし、それを信じただけでは救われない、ということだ。根拠は、聖パウロ自身が「たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ無に等しい」(一コリ13;2)と教えてくれたことにある。人は信仰がなければ救われないが、信仰だけでも救われない。愛がなければならないのだ。ちなみに、信じるだけで救われると主張したルターの致命的誤りはそこにあった。
私は福音における信仰の真髄は教義にはなく、「愛を信じ、愛を行なうこと」にあると確信している。信じることの究極は愛を信じることであり、愛を生きることが福音の真髄なのだ、と。この確信は、イエス様自らが最も重要なことは神様と隣人への愛だ(マルコ12;28-34、マタイ22;34-40、ルカ10;25-28と教えてくださり、人が裁きの時に問われるのは愛だ(マタイ25;31-46)と明かしてくださったからだ。信仰があるだけではだめだということは忘れてはならないと思う。
では、信仰は救いのためにどんな役割を果たすのだろうか?ここは理屈で説明するよりも喩えで言うと、信仰と愛を人体に喩えるならば、愛は心に当たり、信仰は体に相当すると言えのではなかろうか。そして、信仰箇条とは体の主要部分に当たると思う。心がなく、体だけなら人とは言えないが、心だけあって、体がない人間もありえない。身体がなければ、心は存在する場所がないからだ。両方があってこそ人は人でありうる。愛と信仰の関係もそれに似ている。愛は信仰を生かし、信仰は愛に居場所を与え、それを支える。
身体の中にはいろいろな部分がある。爪や毛髪のように切って捨てていい物もあれば、頭、胴体、目口耳鼻、手足、血管など、必要不可欠な部分もある。信仰宣言の内容は信仰箇条と言われ、身体で言えばさしずめその必要不可欠な部分に当たる。聖パウロが言った「キリストがわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また聖書に書いてあるとおり、三日目に復活したこと」は、まさにその必要不可欠な信仰箇条のエッセンスなのだ。
何よりも大切なのは神と隣人への愛で、それがない信仰は無に等しい。これは確かだ。しかし、信仰がないと神と隣人への愛を学べない。それは、信じない神をどうして愛せるだろうかと問えば、誰にもわかることだ。神と人を真に愛するには福音的信仰が不可欠なのだ。その愛は福音を受け入れた信仰の中で育つ。その信仰は愛を支え育み、逆に愛は信仰を生かす。だから、聖パウロはコリントの信徒たちに、そのことをこんこんと教えたのだ。そのおかげで、現代に生きる私たちはその恩恵にあずかることができる。彼の手紙は理屈っぽいからさほど感動的とは言えないが、私たちにまちがいなく強固な確信を与えてくれる。実にありがたい。彼に感謝しよう。
ただ、残念なことが一つある。彼は「わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です」と言いながら、「わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒よりずっと多く働きました」と書いた。こんな誇り方をするパウロは好きではない。この後半は書かない方がよかった。使徒も人間だった。不完全なところがあったのだなと思う。
聖パウロは書いた。「兄弟たち、わたしがあなたがたに告げ知らせた福音を、ここでもう一度知らせます」と。彼がコリントに初めて主イエス・キリスト様の福音をもたらし、そこに信仰の共同体をつくったのは西暦50-52年頃だった。そして、この手紙を書いたのは西暦57年頃だと言われる。そうだとすれば、彼が去ってから5年ほどしか経っていなかったことになる。それなのに、「もう一度知らせます」と、わざわざ書かなければならなかったということは、信徒たちの間にもう信仰のぐらつきが起こっていたからだった。
そんなにも早くそうなったことに、私はいささかの驚きを覚える。しかし、同時に人とはそんなものだとも思う。弱いからだ。ましてや私たちはそれから2000年も経った21世紀に、キリスト教発祥の地からはるかに離れた、文化も歴史もまるで異質な日本に生きている。それを思えば、私たちに福音に対する疑問が起きたり、信仰がぐらついたりしても、それほど驚くには当たらない。むしろ当然だ。しかし、だからこそ、聖パウロが断言してくれる証言は心強いのだ。それは私たちの疑念を晴らし、ぐらつきかかる信仰を持ち直させてくれるからだ。
では、聖パウロは何を証言しているのかと言うと、彼はこう書いている。「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、・・・キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また聖書に書いてあるとおり、三日目に復活したこと」だと。これが彼の証言の要点だ。そして、それはまさに私たちが主日ごとに唱える信仰宣言の根幹的部分と重なる。言い換えれば、それは信仰宣言が初代教会における信仰と変っていない、ということを意味する。これはすごいことだ。
信仰宣言には、「わたしは信じます。唯一の神、全能の父、天と地、見えるもの、見えないもの、すべてのものの造り主を。わたしは信じます。唯一の主イエス・キリストを。…主は、わたしたち人類のためわたしたちの救いのために天からくだり、聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け、人となられました。ポンティオ・ピラトのもとで、わたしたちのために十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書にあるとおり三日目に復活し、…」とある。そして、その後に主の再臨、聖霊、教会、体の復活、永遠の生命などの信仰箇条が続く。
その各部分を見ると、「唯一の神、天と地、見えるもの、見えないものの造り主」を信じる部分は、キリスト教独自の信仰ではなく、ユダヤ教やイスラム教徒と変わらない。しかし、全能の父、唯一の主イエス・キリストを信じるのはキリスト教だけの信仰となる。そして、「主は、…わたしたちのために十字架につけられ、苦しみを受け、葬られ、聖書にあるとおり三日目に復活した」ことを信じるのは、まさに信仰箇条の根幹だ。この部分がなければキリスト教ではなく、それを前提としなければ、主の再臨、聖霊、教会、永遠の生命などのことは皆、意味を失う。聖パウロがコリントの信者たちに語り、念を押したのは、それが信仰の根幹だったからなのだ。だから、彼は断言した。「あなたがたはこの福音によって救われます。さもないと、あなたがたが信じたこと自体が、無駄になってしまうでしょう」(一コリ15;2)と。
彼が特に重視したのはイエス様の復活だった。だから、手紙の15;12ではこう書いて叱責した。「キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたのある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか」と。そう言いふらす信者がいたからだ。そして、「キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。…キリストが復活しなかったのなら、…わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です」とも書いたのだ。
彼は主の復活が真実だったことを確信させるため、復活の主に出会った証人を数多く列挙している。まずケファと呼ばれた使徒の頭ペトロだが、それはルカの福音書24;34に該当する事実だと思われる。他の10使徒への出現は全福音書が伝えている。500人以上の兄弟に同時に現れたというのは、福音書にも使徒言行録にも言及はないが、考えられるのはご昇天(徒1;6-11)の時だろう。「次いでヤコブに現れ」という記述も福音書や使徒言行録には該当記録がない。しかし、その出現はあったのかも知れない。その半面、聖パウロはマグダラのマリアや他の婦人たち、そしてエマオへの弟子たちへの出現には触れていない。
興味深いのは500人以上の兄弟たちに現れたことで、「そのうちの何人かは既に眠りについたにしろ、大部分は今なお生き残っています」と書いている点だ。彼がこの手紙を書いた時は、主がご昇天されてからすでに約25年が経っていた。従って、その時20歳前後だった者は45歳前後になっていただろう。でも、確かにまだ大勢が存命中だったことは容易に推察できる。大勢の目撃証人が存命中なら、作り事や嘘はまかり通らない。それは証言の信憑性を裏付ける一根拠になる。要するに、重要なことは多くの証人がいるということだった。
でも、一つの疑問が湧く。聖パウロは、「あなたがたはこの福音によって救われます」と言ったが、では、それを信じたら、それだけで人は救われるのだろうか?私の自答は、その通り、確かにこの福音を信じなければ救われない。しかし、それを信じただけでは救われない、ということだ。根拠は、聖パウロ自身が「たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ無に等しい」(一コリ13;2)と教えてくれたことにある。人は信仰がなければ救われないが、信仰だけでも救われない。愛がなければならないのだ。ちなみに、信じるだけで救われると主張したルターの致命的誤りはそこにあった。
私は福音における信仰の真髄は教義にはなく、「愛を信じ、愛を行なうこと」にあると確信している。信じることの究極は愛を信じることであり、愛を生きることが福音の真髄なのだ、と。この確信は、イエス様自らが最も重要なことは神様と隣人への愛だ(マルコ12;28-34、マタイ22;34-40、ルカ10;25-28と教えてくださり、人が裁きの時に問われるのは愛だ(マタイ25;31-46)と明かしてくださったからだ。信仰があるだけではだめだということは忘れてはならないと思う。
では、信仰は救いのためにどんな役割を果たすのだろうか?ここは理屈で説明するよりも喩えで言うと、信仰と愛を人体に喩えるならば、愛は心に当たり、信仰は体に相当すると言えのではなかろうか。そして、信仰箇条とは体の主要部分に当たると思う。心がなく、体だけなら人とは言えないが、心だけあって、体がない人間もありえない。身体がなければ、心は存在する場所がないからだ。両方があってこそ人は人でありうる。愛と信仰の関係もそれに似ている。愛は信仰を生かし、信仰は愛に居場所を与え、それを支える。
身体の中にはいろいろな部分がある。爪や毛髪のように切って捨てていい物もあれば、頭、胴体、目口耳鼻、手足、血管など、必要不可欠な部分もある。信仰宣言の内容は信仰箇条と言われ、身体で言えばさしずめその必要不可欠な部分に当たる。聖パウロが言った「キリストがわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また聖書に書いてあるとおり、三日目に復活したこと」は、まさにその必要不可欠な信仰箇条のエッセンスなのだ。
何よりも大切なのは神と隣人への愛で、それがない信仰は無に等しい。これは確かだ。しかし、信仰がないと神と隣人への愛を学べない。それは、信じない神をどうして愛せるだろうかと問えば、誰にもわかることだ。神と人を真に愛するには福音的信仰が不可欠なのだ。その愛は福音を受け入れた信仰の中で育つ。その信仰は愛を支え育み、逆に愛は信仰を生かす。だから、聖パウロはコリントの信徒たちに、そのことをこんこんと教えたのだ。そのおかげで、現代に生きる私たちはその恩恵にあずかることができる。彼の手紙は理屈っぽいからさほど感動的とは言えないが、私たちにまちがいなく強固な確信を与えてくれる。実にありがたい。彼に感謝しよう。
ただ、残念なことが一つある。彼は「わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です」と言いながら、「わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒よりずっと多く働きました」と書いた。こんな誇り方をするパウロは好きではない。この後半は書かない方がよかった。使徒も人間だった。不完全なところがあったのだなと思う。

